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第四一話 幼少期

 舞楽を方便に使うことに抵抗を覚えた弥勒だったが、弥勒は自分の幼少期を思い出し、それも責務だと考えるようになる。

 弥勒は子供の頃から、俗に上流国民と呼ばれる身分に居ることで、多くの恩恵を受けてきたという自覚があった。


 一番初めは、五歳の頃だ。弥勒は幼稚舎に通っていた頃、耳が聞こえいことで同級生にからかわれたことがあった。弥勒が文字や手話で話しかけても、他の子供達に「えっ?」ととぼける顔をされるという些細なことだった。だが子供というのは残虐なもので、加減を知らず、弥勒が泣き叫びながら意思疎通を図ろうとしても、その冗談を止めなかった。

 弥勒はその経験をした数日後、父正仁に連れられて、とある場所へ向かった。

 それは青森県にある恐山と呼ばれる場所だった。恐山にいる、イタコに会いに行ったのだ。

 父正仁はイタコは、盲目の女性が、神通力を用いて死者を自身に憑依させるのだと教えた。その特別な能力は、誰にでも扱えるものではない。それを用いるのは、イタコだけなのだと、弥勒へ教えた。

 父正仁は続けて「神通力というのは、五感のいずれかが失われていれば、その潜在能力が増すんだ。だから、お前は神通力を他の子達よりも早くに、使いこなすことが出来る。耳が聞こえなくても、波長として言葉以上に心の中をも理解出来れば、お前はもう誰にもからかわれたりしないよ」と、教えてくれたのを、弥勒は覚えていた。

 そう、聴覚障害者の全てが、神通力を用いれるという訳ではない。弥勒はその日見たイタコの様に、ハンデを活かして神通力というその特別な能力を開花させようと努力することに決めたのだ。


 そして次の生まれの幸は、やはり若くして舞楽に触れることが出来たというのが大きい。一般家庭であれば、舞楽という伝統に縁がない人が大多数だろう。だが惟神学園に入学してから、激しく舞を舞う先輩の姿に憧れ、直ぐ様始めることが出来た。父母は弥勒の感性と、徐々に教養を蓄えていく弥勒の成長を喜び、弥勒もまた両親が喜んでくれることが嬉しかった。

 神通力の潜在能力を活かし、耳から入る雑念を完全に排除した上で、雅楽の奏者から放たれる繊細な意識を読取り、初めて舞えるのだ。一寸の狂いもなく雅楽の奏者と息を合わせたその演舞は、忽ち麒麟児きりんじという賞賛を得るに至った。それから地道な努力を続けることが出来たのも、父正仁がいってくれた「地位や才能におごることなく努力し続けられるお前は、私の誇りだ」という言葉があったからだった。

 周囲や環境に恵まれた自分には、人よりも努力する責務があるというのが、弥勒の信条になっていた。そして、それを果たし続ければいつしか人を喜ばせ、恩返しが出来るのだという、哲学を持つ様になっていた。

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