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第三八話 太宰府

 宮崎県を出た弥勒、巳代、渋川の三人は、新天地となる福岡県太宰府市へと向かう。

 弥勒と巳代、渋川の三人は、それぞれの家の使用人が運転する車に乗り込み、宮崎県を出た。

 そして翌日の昼頃、三人は予めそれぞれの家族が太宰府市に用意した屋敷に移った。

 太宰府は『大宰府』として、推古帝すいこてい十七年には朝廷の出先機関として既に存在していた。その数十年後の天智帝てんちてい二年、朝鮮半島への出兵である白村江はくすきのえの戦いでは、拠点として利用される程の都市としての機能を持っていたことが分かる。最盛期には、現在の太宰府市と近隣の筑紫野市に跨る都市となっていた。鎌倉時代に起きたモンゴル帝国による侵略である元寇では、彼らが九州制圧の最終目標として大宰府を目指したことからも分かる通り、大宰府は千二百年以上にも渡って九州一の都としての役割を担っていた。

 また平安時代の天智年間より今まで、太宰府天満宮は大宰府の中心地とて存在し続けている。

「巳代、渋川さん。太宰府天満宮って…………賑やかだね」

 弥勒は太宰府駅から太宰府天満宮までの数百メートルこあいだにある、アーケード街の賑やかさに驚いた。宮崎神宮を含め、宗教施設というのは粛々としているものだ。だからこそ、まるで繁華街の様な賑わいを見せる宗教施設というものに、古都の姿を見出した。

「ここは単なる宗教施設じゃないからな、弥勒。九州はおろか、日本有数の観光地でもある」

「環奈も、天満宮にはあんまり興味がないけど、このアーケード街楽しかったといっていたわ。あと梅の木も美しかったって」

 三人は早速観光を始めた。弥勒は生まれて初めて、自由な旅行というものを楽しんでいる実感が湧いた。

 弥勒は梅ヶ枝餅を頬張った。梅の酸味を期待したが、中にあるのは餡のみだった。遺伝子には敵わないのか、弥勒は和食や和菓子が好きだった。それが例え家の中での政治家である父の後援会の付き合いの最中、礼儀作法に気をかけながら食べる、窮屈なものであったとしてもだ。

「この梅ソーダってのも美味しい! 巳代君も飲んでみてよ!」

 渋川もまたこの梅ソーダを飲んで、目を輝かせていた。ソーダなんて飲んだことがない訳では無いが、やはり味というのは舌の上だけで感じるものではなく、景色を楽しむ視覚や香りを運ぶ嗅覚、そして澄んだ空気を肌で感じる触覚の全てがあって初めて、その食べ物の真の味を堪能できるのだと、渋川は悟った。

 五感の全てがあるというのは当たり前であり、特別な事だ。渋川は、改めてそう思った。渋川にはそういう、当たり前に感謝し、命を尊ぶ様な価値観を大切にしていた。それは、祖父母の影響が大きかった。


 渋川の祖父は、大東亜戦争時に成人していながら従軍をしなかった。貴族というものは時に特権を行使することで、単なる金持ちとは異なるその地位の真価を発揮する。祖父は、その命の価値は民草とは異なるという、貴族プライドが骨の髄まで染み込んだ人だった。

 しかし祖父は戦後、とある女性と知り合ったことで変わった。その女性は後の祖母となる女性だった。祖母は戦災孤児だった。祖父は頭では、民草は苦しんでいると知ってはいたが、戦後に福岡の闇市を訪れて初めて、痩せこけた少女が物乞いをするしかないという現実を目の当たりにした。

 祖父は少女を初めとして、自分の手の届く範囲で路頭に迷う人を助けた。金銭的に助けられなくなった後は、自ら鋤や桑を振って土地を開墾し作物を育てた。

 祖母は鼓膜がなく、聴覚がなかった。身ぐるみを剥がされ暴行を受けた為、片目もほとんど失明していた。

 当たり前というのは全員にとってそうという訳ではないという事実を悟った祖父は、それでも懸命に働く祖母に惚れ、やがて二人は結ばれた。

 それ以来渋川家は、貴族プライドを捨てた比較的リベラルな家へと生まれ変わり、同時に質素倹約を旨とした肉体と精神の健康を保つことを家訓とする様になった。旧態依然とした傲慢不遜な上流階級の尊厳に泥を塗ってでも、無様にも汗水を垂らし、命を繋ぐことの尊さを大切にしてきたのだった。


 渋川は、弥勒に対して親近感を抱いていた。それは、ただ単に弥勒の人柄によるものだと思ってきたが、それは違うと悟った。知らぬ間に、弥勒を祖父と重ねていたのだ。威厳と泥臭さを兼ね備え、祖母の障害をものともしなかった、誰よりも尊敬する祖父とである。

推古帝17年……西暦609年。


天智帝2年……西暦663年。


白村江の戦い……663年10月に朝鮮半島の白村江(現在の錦江河口付近)で起きた日本、百済連合軍と唐、新羅連合軍間で起きた戦争。


元寇……鎌倉時代に起きた、二度に渡るモンゴル軍による侵略。


大東亜戦争……1941年12月8日から1945年9月2日にかけて行われた戦争。太平洋戦争とも呼ばれる。

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