第百話 謹賀新年
五条は五条家本流がある関西へ向かい、神事相撲を観覧する行事に参加する。
新年を迎え、修文は三一年目となった。修文年間も残りの五ヶ月を残すのみとなり、新時代が目の前まで迫っていた。
しかし人々の心は暗く、閉塞感が日本中に漂っていた。
誰がこんな国にしてしまったのか、犯人を見つけられる筈もない。数十年に渡り、大小様々な余りにも膨大過ぎる不条理が、日本を貶め、経済的、精神的に、豊かさを奪っていったのだ。
かの地には、焦りと怒りが渦巻いていた。それは他でもない九州の地にである。
だからこそ、九州では、他とは異なる空気が漂っていた。例えるならばそれは、悪を討ち滅ぼす夜明けを待っているかの様な気配であった。
太宰府天満宮にて、五条は家の行事に参加していた。それは五条家本流が代々執り行ってきた神事、相撲の五条場所の観覧であった。
熊の様に巨漢の力士らが、全力でその肉体をぶつけ合い、土俵から相手を投げ飛ばそうと闘う。その勇姿を神へと奉納する為、八百長や興行的な見世物とはことなり、日本の伝統行事として名誉ある正々堂々とした組み合いが行われるのだ。
「この闘いには勝者も敗者もなくて、ただ全力で闘って相手に敬意を払うことを忘れんその精神を、神に奉納する。そういう崇高な行いが、惟神に於ける五条家の役目ってことよね、お父さん」
「そうぞ衣世梨。ばってん、分家やけん顔を出すだけで良か。お前はお前の人生ば歩まんね」
「歩んどうよ。今こうやってね」
五条家は古来より、神事である相撲の世界、角界に於いて影響力を持っていた。記録の上で初めて相撲を取った人間の一人である野見宿禰を先祖に持つ五条家は、鎌倉時代より朝廷の相撲節会を取り仕切る相撲司となっていた。
しかし、五条家本流は明治時代に、当時権威があった大阪相撲協会から表向きは権威を剥奪される形で姿を消したが、実際は惟神学園の管轄である神事相撲にて、その儀式を管轄する相撲司としての役目を担っていたのだ。
「日帰りで太宰府から京都、太宰府と。忙しかけど、これも五条家の人間としての役目やん。やけん私は、真剣にこの行事に臨むんよ」
「お前は自慢の娘ばい。分家やしなぁ……お前を次期当主にしたかばってん、都合の良か時ばっかい、本流も菅原家も一族としてとかなんとかほざきよるけんねぇ……」
歴史ある複雑な名家として、日本の端へと追いやられている五条分家。その渦中で彼女は、名家の誇りと分家ながらの柔軟さで、自らの在り方を模索し続けていた。
修文31年……2019年。
野見宿禰(生没年不詳)……古墳時代の豪族。多くの名家の祖となった。




