【勇猛なる翼視点】破滅へのカウントダウン
少し短め
はっ、という気合の入った声はカティアが短剣で、ゴブリンの首を斬り落としたものだった。
王都から数時間ほど馬車で揺られた、近隣の村近く。
木が生い茂る森のなか。
カティアの他には、紅ロン毛のグレス、不気味な陰を含んだ少年ロット、金髪縦ロールの少女マリーがいた。
村の回りに住み着いたゴブリンの討伐依頼のためである。
【勇猛なる翼】はゴブリン退治の依頼を受注し、村近辺に住み着いたゴブリンを討伐していたのだ。
リーダーの男は後方で、【勇猛なる翼】のメンツを眺めていた。
彼はそこそ優秀なようで、既に30匹以上狩っており、メンバーの調子を観察がてらに休憩していたのだ。
ゴブリンの死体数から算出した活躍度を確認する。
『剣のロット』の討伐数は15程度か。悪くない数字だろう。
金髪縦ロールの少女『支援のマリー』の討伐数は5と少ないものの、支援魔法をロットやカティアにかけながら、自衛で討伐しているため、魔法使いとしては上出来だった。
ここにはいない『聖女ティナ』もゴブリン程度であれば数匹は倒せるだろう。
彼らは使える。
剣のロットは攻撃役としては存分に働けるほどのスペックがあるし、マリーの支援魔法により強化を施せば、格上とすら対等に渡り合える。聖女ティナは言うまでもない。
しかしながら一名、ダメダメな戦績を収めている人物がいる。
グレスは問題の少女に目を向けた。
恋人となった茶髪のサイドテール、カティアである。
彼女は絶不調だ。
短剣のアタッカーだというのに、ようやく、3匹狩り終えた程度だった。支援役であるマリーにすら討伐数で劣っていたのだ。本人の意思としては、まだまだやる気はあるようだが、すでに体力が切れているようで、肩で息をしていた。
「おい、カティア」
「ちょ、ちょっと、ちょっと調子が悪いだけ!!」
カティアは焦ったように声をあげて言い訳をする。
グレスは小さく舌を打ち、
(マジで使えねえ)
と誰にも聞こえないような小声でつぶやいた。
使えない女だとは思っていた。
神速のカティアなんて呼ばれているが足が速いだけの女。
それだけの女だ。
ルドルフが彼女のサポートをしていたから、守りを無視して、全力で敵の懐に潜り込み、一撃で仕留めるようなアサシンムーブが成功していた。
すべてはルドルフあっての賜物だった。
今の彼女に保護者はおらず、敵の攻撃に意識を割かれていた。
カティアは自衛の技術を求められている。
自衛なんてものは杖しか持たない支援役のマリーですらできるようなこと。魔法使いですら出来るようなことだ。
彼女は剣を持ちながらもそんな初歩的な段階で躓いている。
ルドルフに守られすぎていた。
あまりにも冒険者として未熟だったのだ。
ドラゴンとか、ハイオークとか、そういうのを狩るレベルの話ではない。
ゴブリンにすら防戦一方だというのに、どうしてオークを倒せるというのか。
もはや、力の底は見えていた。
呆れるような顔をしているグレスの隣。
一仕事終えたロットが並んだ。
ロットは、ひひっ、と気味の悪い笑みを浮かべて、
「それで、グレスさん。カティアは、だ、抱けたんですか?」
いきなりの質問だった。
抱けたのか? とは、つまりそういうことだろう。
グレスは紅の髪をかき上げて、不機嫌そう眉をひそめて、カティアとの関係について苛立ったように答える。
「あ? まだだよ。クソが」
まだ抱いていない。
ロットは少々目を見開いて、
「め、珍しいですね。グレスさんが雰囲気を作っても落とせないとか」
と驚いていた。
グレスは手が早いことで有名だった。
抱いた女の数は数多。
彼が目を付けたが最後、必ず食われる。うまいこと雰囲気を作るのが得意だった。
だからこそ悪い噂が多かったりしたのだが、それだというのに恋人を未だその手中に納めていないことが不思議だったようだ。
彼は仏頂面で答える。
「馬鹿なくせして貞操観念だけは高えんだ」
「へ、へえ、意外、意外っすね」
意外も意外。
馬鹿な女といえば下は緩いのが定石であるというのはグレスの談だ。
「あの女。『え、えっちなことは結婚してから……』とか言って回避しやがるんだよ。どんなクソ田舎で育ったらあんなクソみてえな貞操観念になるんだよ」
「結婚するんすか?」
「するかよ。さっさとヤリ捨てるつもりだ。あんなバカと結婚するとか罰ゲームだろ」
と彼はため息を吐き、
「ヤレればそれでよかったんだけどな」
と地面の小石を蹴飛ばして、いじけたように、背中を木に預けてもたれかかる。
露骨に不機嫌そうだ。
ロットはここぞとばかりに提案した。
「だったら無理矢理とかは……どうですか。ほら、押し倒して」
「あ? んな、リスク犯せるかよ。無理矢理やって、泣かれでもしたらルドルフの野郎といきなり敵対する羽目になるだろうが。少しは考えやがれ」
「……る、ルドルフってそんなにヤバいんですか? 正直、じ、実感がわかなくて」
何が面白いのか、ひひ、と笑ったロット。
グレスは首の後ろを手で押さえ、こきこきと首の関節を三回鳴らして、遠目で答える。
「そうだな。はっきり言って、ルドルフ、あいつは化け物だ。今、敵対したら100パー負ける。俺たちに勝ち目はねえ」
「じゃ、じゃあなんで、なんでルドルフを追放したんですか? あ、あとお金、お金を」
「ほらよ。ルドルフの追放によく協力してくれたな。助かったぜ」
「まいどありー」
ロットは投げられた金貨をキャッする。
あの追放は仕組まれたものだった。
ロットも、グレスも、口裏を合わせて結託してルドルフを追放するように算段をつけていたのだ。
ロット少年は裏方だった。いろいろと手を回していたのだ。
「ルドルフを追放したところで、あいつは怒らねえからな。あいつにとって、自分の価値ってのがないに等しいのさ」
「詳しいですね」
「そうか? とにもかくにもだ。あいつを追放したことで俺は野望に一歩近づいた」
「や、野望?。前から気になってたんですけど、それってなんですか?」
「ロット。てめえも追放したかったんだろ? だったら、お互いに得しかねえ。それでいいだろうが」
「そ、その通りですね。はい」
ロットにはロットの、グレスにはグレスの思惑があった。
マリーの「わたくしもノルマを達成しましたわ~」という声を合図に2人は黙る。
追放したかった理由はお互いに言わず、空気を読み合って、この話題に触れないようにする。
グレスは、ゴブリン相手に苦戦しているカティアを遠目で眺める。
彼女はゴブリンの一撃を短剣で受け止めたかと思えば4メートル以上距離を取っている。反撃できるような距離ではない。
これでは朝までかかりそうだとグレスは欠伸をした。
彼女は彼女で必死だった。
お守がいなくなった、今、その身は誰にも守ってくれない。たとえ、新規メンバーで元騎士団長のアマリが加入したとしても、大楯では敵陣への飛び込みを戦法とするカティアを守れない
ルドルフのように遠距離からシールドを張ることはできないのだから当然と言えば当然である。そのことに果たして本人は気が付いているのか。
――――カティアはゴブリン退治に必死で気が付いていなかった。恋人であるはずのグレスが、冷めた目をしていたことに。