彼女は頭を悩ませる
少し短めです
リリは顔を真っ赤にして激怒していた。
「は? なに、カティア姉は冒険者をやめなかっただあ!?」
ぶちぎれた理由は単純明快だった。
「もう一度、前みたいにカティア姉とタッグの冒険者やったら?」という妹の提案にたいして、ルドルフが「カティアは【勇猛なる翼】に残った」と答えたら、リリは今までに見ないくらい荒れ狂っていたのだ。髪を掻きむしり、頭をまえにうしろに振っている。発狂状態である。
「あのクソ女! クソだクソだ、とは思っていたけど、まさか恩も義理もないクソ女だったとは! 誰のおかげで冒険者出来てたと思ってたんだ、ごらあ!!」
「しょうがないと思うよ」
「なんでしょうがないの? カティア姉がどれだけお兄に借りがあると……」
ここまではリリの怒りは八十%くらいで、暴れていても、思考するだけの理性を保っていた。彼女には彼女の事情があり、なにかしらの原因があると推察していたからだ。
リリの幼馴染でもあるカティア。長い付き合いで信じていからこそ、真実を知って絶句することになる。
「カティアは付き合ってるから」
「……はい?」
「パーティーメンバーと恋仲になったんだ」
「なるほど。お兄と恋仲になったんだ? おめでとう?」
「俺? なんで? グレスとだけど」
時間が停止したように三秒の硬直が起きる。
見つめ合う二人の兄妹。
リリは最初、頭の上にクエスチョンをたくさん浮かべたような惚け顔で、話の内容についていけてなかったようだが、1秒単位で顔が青くなっていく。
「つまり、寝取られた、といいたいわけ?」
「なんのことだ?」
「いや、お兄、寝取られ? 寝取られた??」
「??? リリ。なに言ってるんだ? 俺とカティアは恋仲じゃないぞ」
「いやいやいや! 傍から見たらそんな感じだけど! なにそれ、ほんとカティア姉ってばクソじゃん。クソオブクソじゃん。ビッチビチじゃん」
「カティアを悪く言うのは良くないと思う」
「なんでお兄は平然としてるわけ! なんでそんな通常運転なわけ! ちょっとは悔しがりなよ!! 怒りなよ!!」
「とはいっても、怒る部分がないしな」
動機がない。
カティアも女の子だ。
いずれ好きな男の子ができて付き合ったりするだろうと思っていたし、幼馴染だからといっていつまでも隣にいるわけではない。
カティアの運命の人との出会い、それとルドルフの追放が重なり合っただけの話である。
恋を応援はするものの、怒る理由がわからない。恨む動機は1つもなかったのだ。
リリは苛立ったように踵を鳴らす。
かつかつと、
「リリ行儀が悪いぞ」
「ちょっと黙ってて」
リリはブツブツと独りごとモードに入っていた。誰にも聞こえないくらいぶつぶつと何かを考えている。
こうなったリリは手がつけられないため、ルドルフは放置することにして、ご機嫌取りを始める。洗濯板と桶で洗濯の手伝いを始めた。家事のお手伝いを始めたわけだ。
さて。
兄に放置されたリリではあるが、彼女は彼女なりに思うところはあったようで、
(カティア姉。お兄の嫁として最有力候補だったのに、あれだけ恩があって裏切るとかあのクズ絶対許さない。ほんと最悪。今度、街で見かけたらぼこぼこにしてやる)
リリは奥歯を噛んで、鳴らして、
(それはそれとして、こうなった以上ほかの嫁候補をリリの友達から……でもな。お兄を引っ張れるタイプじゃないとダメだし。リリの友達にそういうお姉さん系がいるかって言われたら微妙なんだよね。かといって、下手に気弱な子を押し付けると、お兄のねじ曲がった性根が治らなそうだし、うーん、悩ましい)
兄のお嫁事情にお節介を焼いていた。
このままだとルドルフは一生独り身コースである。
理由は明白だ。
愛想はない。
気遣いはない。
デリカシーはない。
三拍子揃った大馬鹿者である。
今のままであれば天地がひっくり返っても恋人はできず、妹ルートまっしぐらだ。そんな人生設計になるくらいなら兄嫁をリリが探してやろうという魂胆だった。ルドルフが恋人に恵まれれば、少しは兄のヤバすぎる面が緩和されるという思惑である。
そんなリリの気苦労は梅雨知らず。
兄は兄で、1人、家の端で洗濯を始めている。
リリはそんな吞気な馬鹿兄に嘆息して、
(こうなったらリリがカティア姉をぶん殴って…………うん、それはダメだ)
一瞬だけ、幼馴染をぶん殴って、首根っこを掴んで引っ張ってこようかと脳裏をよぎったが、ルドルフの願いである”カティアに幸せでいてほしい”から遠い。もし、カティアに恋人ができて、それを切り離したら、それこそ兄が悲しむ。リリからしてもれば、カティアの感情論なんてどうでもいいが、お人好しの兄はカティアに幸せであってほしい。そう願っているに違いないと、妹として確信を得ていた。
そうなってくると、彼女が取れる手段は限られてきて、
(リリが直接冒険者ギルドに乗り込んで嫁探しを……でもお兄への言い訳がなあ。さすがに苦しいか)
まだ12歳だ。
冒険者ギルドの資格を取得できる年齢に達してすらいない。
かといって、依頼もない。
そうなると、冒険者ギルドに顔を出す建前がなかったのだ。
(なにか、何かないかな。なにか)
リリはボーっとしている兄のために思考していた。
思考時間にして10分。
ご都合主義というやつなのか、それとも偶然だったのか。
突如として聞こえたのはノックの音だった。
こんこんと二回。
兄は洗濯に必死のため気が付いておらず、自分が出るしかないのだと思い、嘆息まじりに玄関に足を向けた。
真っ昼間の来訪者。せいぜい、ベネチア教のお布施集めか、それとも訪問販売か。どの道こんなあばら家まで訪ねてくるなんて碌な来客じゃないのだろうとリリは肩を落としながら玄関の扉を開いた。
想像の斜め上だった。
玄関先にいたのは小奇麗で整った礼服に身を包んだ、髭の生えた男だった。髭が生えた、とはいってもぼうぼうに伸ばしているというよりかは、綺麗に整えられたダンディーな男だった。一目で平民ではない、とわかるくらい豪奢な金のボタンを付けていたもんだから、リリは目を点にして、石像のように固まった。
リアクションはできない。できるほど余裕がない。人生で初めて見る貴族というやつであり、リリの心臓は音漏れするくらい鼓動を高めてる。
貴族風の男は、自慢の髭をなでながら、1つ疑問を飛ばした。
「ルドルフ、という男はいるかな?」
区切りがいいのでここまで。
今回は、がんばれリリちゃん回でした。
メインヒロイン登場まではあと2話か3話!
無双とざまぁはもう少々お待ちください。