【勇猛なる翼視点】墜落の予兆
ギルドにて鈴の音が鳴った。
貴族や教会の司教といった御人にすぐに対応ができるよう、玄関口の上あたりにベルが取り付けてあるからだ。
鈴の音は来訪者の合図だった。
王国の一等地に構えた【ギルド、第三支店】
そこに入ってきたのは【勇猛なる翼】の錚々(そうそう)たるメンバーである。
集まった4人は以下の通り。
紅のロン毛をたなびかせた『紅のグレス』
身軽な格好にバンダナの少女『神速のカティア』
杖を片手に縦ロールの少女『支援のマリー』
鎧に身を包んでいるというのにビクビクしている『剣のロット』
追放を言い渡された『鉄壁のルドルフ』は当然おらず、つまり、『聖女ティナ』を除いた、メンバーが集結した。
グレスのギルド来店と同時。あたりにざわめきが起こる。
『おい、噂をすればなんとやらだ。来やがったぜ、今注目のパーティーが。『性格が最悪のリーダーグレス、身軽さが売りの、カティア、支援魔法に優れたマリー。気弱なくせして剣の腕だけは一丁前な剣のロット。それとパーティーを固める大木。聖人と名高い鉄壁の…………あれ、ルドルフさんはどこだ』
ギルドにたむろっていた冒険者の1人が、ルドルフがいないことに気が付いた。
『マジじゃん。ルドルフさんいねえけどなんであいつら来てんだ?』『まさかルドルフさんなしで依頼受けるとか?』『いやいや、ねえって。ルドルフさんいなかったら即死だって。ルドルフさんが強いだけのパーティーだろうが』
などというざわめきが起こる。
目を付けられたら溜まったもんではない。小声のやり取りで、グレスたちの耳に入ることはない。
本人たちは、好奇の目で期待されているものとばかり思っている。
「おい、マスター依頼を受けに来た」
グレスの一声により、ギルドはざわっと沸き立った。
『え、マジで依頼を受けるの?』という話題で持ち切りとなる。
褐色肌で、スキンヘッド、筋骨隆々と三拍子揃った、バーの店長のほうが似合ってそうなギルドマスターは受付で右足を左太ももの上に乗せて、足を組んでいた。
鈴の音を合図に【勇猛なる翼】を一瞥したかと思えば、手元の新聞に視線をおろし、巻きを吹かしている。
「ルドルフはどうした?」
訝しげに眉を寄せて、シガー――――葉巻きタバコ――――の先端を鉄の灰皿に押しつぶした。
グレスはご自慢のロン毛をさらっと流して答える。
「当然追放した」
「ッ、何ッ?」
黒人スキンヘッドは、前のめりになる。
ギルドマスターお得意のポーカーフェイスも崩れて、珍しくも頬を強張らせたのだ。
「おい、グレス。なんの冗談だ」
「ああ、冗談なんかでこんなこと言うモンかよ。ルドルフが邪魔になった。だから追放した」
「……なぜだ。なんでルドルフを」
「そんなもんは決まってる。それはだな――――――――」
なぜなのか、グレスは言葉に詰まる。
既に追放した。
理由は明確なはずだというのに、すーっと目を左にそらしながら逡巡している。
そうして出た答えが、
「――――相性が悪いからだ」
「相性が、悪い?」
「ルドルフの魔法は鉄壁の魔法だ。だがな、それは俺たちの戦いに必要がねえ。そもそも敵の攻撃を喰らわないからな」
「……敵の攻撃をすべて回避できるとでも」
「そうよ! あいつは必要がないわ!」
偉そうに声を上げたのは盗賊のカティアだった。
ルドルフの幼馴染のカティアである。
ルドルフとカティアは、冒険者を始めた頃には、オシドリ夫婦のような親密さがあった。同じ村から出てきたというのもあるのだろう。2人は仲がよさそうに、酒を飲んでいたのをギルドマスターも何度か目にしている。
それがどういうワケか。
ギルドマスターは無表情を保つことすら忘れて、目を大きく見開いている。
これに驚愕したのは何もギルドマスターだけではない。
ギルドで聞き耳を立てていた他のパーティーにも動揺が走り、喧騒にまみれる。
『は? ルドルフさんと仲良かったカティアが裏切った、だと』『馬鹿野郎。そんなことあるはずないだろうが』『いやでも最近ルドルフさんにあたりがきつかったような』『催眠の魔法でもかけられてるんじゃ』
ルドルフとカティアが親密だったのは、ギルドでは周知の事実だった。
なにがどうしてルドルフとカティアの関係性に亀裂が走ったのか。
次の一声で、ギルドに戦慄が走る。
「グレスと付き合ってからアタシも目が覚めたの! ルドルフは鈍間だった!」
これにはギルドの者たち全員が「は?」と首を傾げた。
この女は一体なにを言っているんだ、と。
カティアを守っていたのはルドルフだ。
ありとあらゆる面で一番お世話になっていたはずの人物が、『鈍間』と罵っている。
「ルドルフが、オマエになにをした」
こめかみに青筋を浮かべたのはほかでもない、ギルドマスターである。
ギルマスは怒りを殺すかのように、歯が擦り切れるほどに上下の歯をかみ合わせて、新聞紙をくしゃりと握りつぶした。
「なにかをしたんじゃない。なにもしなかったのよ。棒立ちになっていただけ。グレスとは大違いよ!」
「そうか。そうだったのか」
ギルドマスターは、葉巻タバコをもう一本取り出して、心労をいたわるかのように一息でふかして、呆れたようにつぶやいた。
(この女はもうだめだな。想像以上だ)
ギルドマスターの、カティアの評価は地に落ちた。
ルドルフの強さや異常性すら認識すらできないほどに、弱かったという事実を露呈にさらしたのだ。
それだけではない。
ギルド内全体で、カティア株は暴落。
買い戻しが起きないほどに急落。
今が株の売り時とばかりに、ギルドにいた者たちはコソコソとつぶやく。
『クソビッチじゃねえか』『頭悪い典型的な女だ』『同じ女として気持ち悪いね。ああいうの』等々、辛辣すぎる悪口が飛び交っている。ルドルフの信用あってのカティアであり、ルドルフを裏切って信用がないグレスと付き合った時点で、評判が落ちるのは定めだったのだ。
それに気が付かず、いいこといった、とばかりに鼻を鳴らすカティアは、頭にスポンジがつまっているのかというくらいバカなのだと、ギルドマスターは頭を抱えた。
「それで、ルドルフがいなくなったオマエたちはどんな依頼を受けるつもりだ」
ルドルフがいない【勇猛なる翼】に価値などない。
ルドルフがいる【勇猛なる翼】は利益を生むパーティーだったが、もはや有象無象となんら変わらない。それどころか、グレス含めて、剣戟のロットといい、支援のマリーといい悪い噂に事欠かないメンバーが勢ぞろいである。
詐欺だの、初心者狩りだの、騙し討ちだの。
誰が何をしているかまではわからないが、存在するだけで問題となるパーティーだ。
だからこそ、カティアが、
「もちろんドラゴン討伐を――――」
と自殺未遂のような提案をしようとしたとき、ギルマスは笑みを浮かべた。
ルドルフがいたから処分できなかった真の無能パーティーであり、問題児の集まりだったわけだ。ドラゴン討伐で全滅してくれば御の字だったわけだが。
次の瞬間に、ギルドマスターは頬を歪ませることになる。
「受けるのはゴブリン退治だ」
カティアの提案を遮って、新しく提案したのはグレスだった。
ギルマスは火が残っている葉巻を素手で握りつぶしながら疑問を呈する。
「ドラゴン討伐はやらないのか」
「あまり気が進まねえな。これからルドルフの補完として1人、新規メンバーを加える予定だ」
「新規メンバーだと?」
「そう、新規メンバーが来てからだな。そういう高レベルの依頼を受けるのは」
カティアはだんまりだった。
ギルマスは顔をしかめる。
「誰が入る?」
「元騎士団長のアマリ、とでもいえばわかるか?」
これにはギルドマスターは今日何度目か分からないくらい目を剝いた。
「アマリ、というとまさか」
「そのまさかよ! 王国の英雄。王国の盾よ」
カティアは自分ごとのように胸を張る。
「ふふ、そうね。あたし達のパーティの一翼を担うでしょう」
マリーは不気味に笑う。
「そ、そうだね。うん。楽しみだよ」
ロットはにやけ面を浮かべる。
彼らの反応は納得がいくものだろう。
元騎士団長のアマリといえば、女性でありながらも15として若くして騎士団長を務め、天才的な防衛術で国を魔物の強襲から守った英雄である。女性は騎士として評価されにくい世の中であるというのに、それでも評価されるほど盾を操る腕がすさまじいのだ。魔法における鉄壁がルドルフであるならば、物理における鉄壁はアマリと、よく比較に持ち出される相手である。
曰く、どちらが鉄壁にふさわしいかという話題だ。
それがどうして【勇猛なる翼】に加入することになったのか。
ギルドマスターはわなわなと手を震わせながら、
「おい。グレス、てめえ、何を考えてやがる」
震える手で葉巻タバコを咥えたかと思えば、その葉巻タバコを歯で噛み千切った。
わざとではないのだろう。
おそらく怒りのあまりにタバコの咥え加減を誤って、嚙み千切ってしまったのだ。
気弱なロットや貴族生まれのマリーは巨漢らしい行動に震え上がったわけだが、グレスだけはどこ吹く風で受け流し。
「今はまだ言えねえ。だけどな。俺は俺のために動く。ありとあらゆるものを犠牲にしてでもな」
ほかのメンバーに聞こえないようにギルマスの耳元で、いやらしい笑みのままささやいた。
その眼光はまるで、人間とは思えないほど不気味だ。ギルマスはたしかに闇を見た。
おぞましいなにかをグレスの奥底から感じ取る。
しかしそれを追及する暇はなかった。彼らはその後、すぐにゴブリンの依頼を受注して、冒険に出かけたからだ。
まるで嵐のような出来事に、ギルドの喧騒は止まない。
その背中を見ていたのはギルマスとギルドに登録している冒険者たち。
そして――――。
「いやはや、このタイミングでこのようなことが、まさしく天命というやつでしょうか」
貴族服の男が薄ら笑いをする。
「まったく、なにがどうなることやら」
貴族の男に同調するようにギルマスはつぶやいた。
【勇猛なる翼】彼らを待つのは、栄光か、破滅か。それとも――――。
未来の話などギルドマスターには知る由もない話だ。