プロローグ ~追放~
「ルドルフ。てめえをパーティーから追放する」
吐き捨てられた宣告に、中肉中背の少年――――ルドルフは無表情のまま沈黙した。
追放を言い渡された少年、ルドルフは覇気のない少年だ。ただでさえ目つきが鋭く表情も暗いのに、黒いローブで目元に陰ができているのもあってか、陰鬱な空気を取っている。鋭い目つきと覇気のない表情が合わさって、ジメジメしたイメージを抱かせる。
たいして、追放宣告をしたのは、肩まで髪を伸ばしたロン毛の男で、名前をグレスという。ロン毛ではあるものの紅のような赤毛のおかげで幾分か格好がつく。そのうえで、顔立ちも整っており、俗に言う強面イケメンの部類だった。
お互いがお互い、ぼったちのまま対面し合えば陰キャとイケメン。根暗とチンピラ。黒い髪と赤い髪も相まって陰と陽の照らし合わせのようだった。
「どうして、俺が追放されるんですか。グレスさん」
目の前の強面はリーダーだった。
だった、と過去形なのは今しがた冒険者パーティー――――【勇猛なる翼】をルドルフが追放されたからである。
こんなことになった経緯はあまりにも単純だった。
日が昇るよりも早くのこと。鉛のように重い体を無理やりにたたき起こして、ダンジョンに潜るのに空きっ腹はよくないと薄切りのパンを口に詰め込んで、妹のためにサンドイッチを作り置きして、身支度を整えて日の出に家を出た。
なぜこんなに早く家を出たのかといえば、パーティー会議があったからだ。
そう。
【勇猛なる翼】のパーティーメンバーは総勢6名いるわけだが、そのうちの5名だけ、つまり1名を除いた全員で会議が催されるとのこと。
その5名にルドルフも含まれていた。
ということで、裏路地に足を運んでいた。
スラム街近くの裏路地というのもあってか少しだけ悪臭がする。
ルドルフはまるで理解できていなかった。
集合場所が裏路地である理由も、早朝である理由も、なにも事前説明がなかったため、とりあえず、ローブと身長ほどに大きい愛用の杖を右手に携えてきた。
詳しい事情は現地で説明されるものと考えていたし、ダンジョン探索の装備一式用意しておけば、困ることはないという判断である。。
結果、探索装備はいらなかったのだと、すぐに答え合わせとなる。
『パーティーをクビ』
会議時間が朝方だったり、会議場所が裏路地だったりしたのは、この事実を公衆の面前でさらさないようにという、リーダーなりの配慮だったのだろう。
ルドルフは胸中に渦巻く複雑な感情を咀嚼するように、小さく息を吸った。歯と歯の間を抜ける呼吸音が、やけに長く感じられる。
「もう一度、聞きます。どうして、俺は追放されるんですか」
「さっすがのルドルフ。自覚無しッてか」
「……」
ルドルフは沈黙する。
状況についていけてないのだ。
「オマエは邪魔なんだよ」
「……俺は、力になれていないですか?」
「はは、まさかほんとに自覚がねえのかよ」
「その、すいません」
「ちっ、オマエには現実が見えてねえようだな」
グレスは一瞬不機嫌そうに眉と眉の間にしわを作ったかと思えば、すぐに「くくっ」いやらしい含み笑みをしながら、隣にいた女性の腰に手を回して、自分の近くに引き寄せた。まるで街を歩くラブラブカップルのように。
「幼馴染のお前が一番わかってるよな。カティア」
引き寄せられたのは、カティア、と呼ばれた16歳くらいの女の子だった。。
茶髪でサイドテールの少女だ。へそ出しの防具スタイルに頭にはバンダナと盗賊を彷彿とさせる見た目で快活な印象を与える子だ。
盗賊少女、カティアは手を腰に回されているというのに、嫌がる素振りも見せずにそのままグレスに身をゆだね、嘲笑うにようにくすりと微笑を浮かべる。
「そうね。ルドルフは昔からおかしかったのよ。魔法使いのくせに、魔法使いらしくもない。火力がない。ほんと典型的な愚図って感じよ」
カティアは鼻で笑って続ける。
「火力のない魔法使いのくせに前線に出しゃばって。なにが『前衛の魔法使い』よ。なにがAランク冒険者よ。あんたはあたし達におんぶにだっこでAランクに上りつめただけじゃない」
おんぶにだっこ。
そうだったのか、役に立ててなかったのか、とルドルフは眉を落とした。
その言葉に、他のパーティーメンバーも同調したからだ。
「そうだ! な、なんでぼ、僕たちがBランクで君がAランクなんだ。寄生虫が!!」
「そうよ。あなたなんかいらないのよ! あなたさえいなければわたくしがAランクになれていたのに」
全員が全員、責めるようにゴミを投げる。
スラム街近くのごみだ。
汚れた瓶やら虫やら、極めつけは糞尿がべちょりとの顔につく。
「ルドルフ。これでおまえも理解できたか?」
「魔法使いは、前衛じゃダメなんですか? どれだけ仕事をしても?」
「たりめえだ。そんなこともわからねえ非常識野郎とは二度とパーティーは組めないな」
「そうね。さっさと出て行ってくれる? 汚いし」
グレスとカティアの突き放すような言葉。
ルドルフは裾で頬についた糞尿を拭いながら、無表情のままため息を吐く。
(ああ、そういうことか)
ここ一か月くらい幼馴染であるカティアの当たりが強かった。
『ノロノロするな』とか『あんたがグレスくらい頼りがいあったらなあ』とか散々な言われようだった。
数日に一回、『模擬試合をやろ。ただし魔法禁止ね』という彼女の独断ルールのもと、模擬試合を行わされていた。。
ルドルフは魔法使いだ。魔法使いが魔法を禁止されて出来ることは限られており、一方的に木刀で殴られるのが精いっぱいで反撃の余地はない。傍からみたら、サンドバッグだった。
これはカティアなりの特訓で、優しさの鞭なのだと思い込んでいた。
違う。
すでにカティアはグレスと、”そういう関係”になっていた。そういう関係になったため、幼馴染のルドルフが邪魔になって追い出そうとしていたのだ。それでも追い出せなかったから、直接、宣言したというわけである。
いい加減気がつけよ、くらい露骨にいじめられていたわけだが、鈍いルドルフは今の今までいじめにすら気が付くことすらできなかったのだ。
彼は目を伏せて、肩を震わせて、
(? ……まあ、カティアが幸せならいいのか?)
なんか色々とショックを受ける一歩手前で立ち止まり、うちに湧いた感情にたいして不思議そうに首を捻る。
ただの幼馴染だし、なんらそういう感情を持っているわけでもないし、という冷静な思考が頭をよぎったのだ。大切な幼馴染ではあるが、グレスと結ばれることが最善の幸せに繋がるのであればそれでいい。好きな人と結ばれるのは幸せなことである、という祖母の語り節を思い出したわけだ。
カティアがグレスと愛し合っているのであれば、付き合うことで幸せになれるというロジックであり、不幸になる人間は誰もいない。
ということは、だ。
(むしろ2人の関係に気を遣えない俺がダメだな)
ルドルフの胸中に広がるのは罪悪感。
気遣えなかったことによる罪の意識である。
「おい、ルドルフ、なんで怒らねえ?」
「怒る? なんでですか?」
「ちげえだろ! ああ、くそが、てめえと話してると腸が煮えくりそうになる」
「はあ、すいません」
ルドルフは訳が分からず謝るしかない。
正論を言われただけだ。
事実として空気を読めていなかったし、戦い方はあまりにも奇抜だ。
魔法使いは後衛職であり、火力支援の役割に徹するのが定石である。『前衛の魔法使い』というイレギュラーすぎる戦法で、前線で杖を振るい続けるルドルフは異端であり、一般からは受け入れがたい。ランクAではあるものの、お荷物だというのはあながち間違ってはいないと納得せざる負えないのだ
それに二人の関係にも配慮ができていなかったと心のうちで猛省していた。
2人が恋仲であるのなら、カティアとは距離を置くべきだったし、嫉妬心を刺激してしまった自分に非があると彼は断定したのだ。
「とにかくだ。てめえは追放だ。追放。わかったなら二度と俺たちの前に顔を見せるな」
しっしっと、まるで虫でも追い払うかのように汚いもの扱いされたルドルフは、素直にうなずいて路地裏から出た。
『Aランク冒険者。前衛の魔法使い』
その肩書に少しだけ自信はあった。
そこそこ実力もあると思っていたが、過信だったのか。
あまりにも異端であり、常識外れの存在。
「結局、俺に冒険者は向いていなかったってことか」
ルドルフの寂し気な声音が路地裏で漏れた。