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私の隣は、心が見えない男の子  作者: 舟渡あさひ
幸せな思い出、そして
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第91話 恋バナセットPart2

 全員作業を一通り終えたところで、問題が発生した。もっと早く気付いておくべきことだった。


 ラッピングの用意を、していない。


 急いで出来上がったものたちを冷蔵庫に放り込み、再度買い物に出掛けることになってしまった。


 帰って来た私達はすっかり疲れ果てていたので、ラッピングは後にして、私達で分け合う分だけを取り出し、お茶会を開いて一休みする。


 結季ちゃんのガトーショコラは流石の絶品だった。しっかりと濃厚なチョコレートの風味を感じる。


 それでいて、もそもそとして口の中の水分を持っていくような感じはない。焼き方に何か特別な手順でもあったのだろうか。見ておけばよかった。


 真咲ちゃんのオランジェットも美味しい。なんというか、落ち着いた大人の味わいだ。使っている材料がどれも甘味が強いものではないせいだろうか。結季ちゃんが淹れてくれた紅茶が進む。


 私が作ったトリュフチョコも、味を知らずに人に渡すわけにはいかないので、二つは食べてみた。まぶすのにココアパウダーだけでなく、ガトーショコラに使った粉砂糖も分けてもらって二種類作ったので、一つずつ。


 正直、自分で作ったとは思えないくらい美味しかった。そのまま食べるものでなく、加工に使うような生チョコレートを、ガナッシュと言うのだと結季ちゃんが教えてくれた。この、口に入れるとスッと溶けるガナッシュの口溶けがいい。


 表面にまぶした粉の、口に入れた時のふんわりした口当たりも良い。二種類作ったおかげで、最初に感じる味に変化をつけられたのもいい。


 危うく二つでは止まれなくなるところだった。あれだけ人のことを思いながら作っておいて、一番食べたのは自分でした、なんてことになったら目も当てられない。


「なんか、もう、全部あたし達で食っちまってよくねえか? この後ちまちました作業すんのめんどいんだが」


「だめだよ真咲ちゃん。部活でも配るんでしょ」


「そういえば、一透ちゃん包装三つ分買ってたけど、お父さんとニノマエくんだけじゃないの?」


「うん。進藤くん」


 ああ、そういえば居たな、みたいな顔をしないであげて欲しい。私は忘れていた訳では無い。


 九十九くんにあげないならあげるわけにはいかないし、九十九くんにあげるなら進藤くんにもあげないわけにはいかないので、最初は一緒に選考外に置いていただけだ。差別、よくない。


「冬紗先輩じゃないんだね」


「うん。この間聞いてみたけど、バレンタインの日は第一志望の結果が出るから、学校には来ないんだって」


「そうか。受かってるといいな」


「うん」


 冬紗先輩なら、試験は大丈夫だろう。具体的な数値は聞いていないけれど、かなり成績優秀という話は聞いている。


 第一志望と言っても、本来望んだ進路ではないので、受かったことが嫌かもしれない、とは思う。だけど、先輩は楽しみにしていると言ってくれた。私と進藤くんの勝負を、見届けてくれるつもりでいた。だから、信じている。


「で、ニノマエくんには、渡せそうなの?」


「うん。無理矢理にでも渡す」


「ははは。その意気だ」


「本命?」


 それは、スーパーからの帰り道での話の続きだろうか。本命、という概念は私の中には無かった。


 彼には特別な気持ちがあるけれど、結季ちゃんと真咲ちゃんにも、父と進藤くんにも、それぞれ特別な気持ちがあるのだ。


 チョコレートの出来も、そこに籠めた気持ちの面でも。他と差をつけたりはしていない。


「違うよ」


 だから、嘘じゃない。


「手を繋いだ時、ニノマエくんがどう思ったかは知らないけど、一透ちゃんはどう思ったの?」


「安心したよ。すごく。不安が溶けていくみたいだった」


 だから、私が誰かの手を取るときも、あんな風にって思うようになった。


「好きなわけじゃないの?」


「うん」


 そういう意味では。


「わたしはどちらかといえば、一透ちゃんの気持ちの方がよくわからないんだけど。一透ちゃんにとって、ニノマエくんって何なの?」


 何かと問われると、一言で答えるのは難しい。彼は私の道標だった。だけど、もう今はそう思いたくない。もっと彼の近くに行きたい。


 彼を私の基準にはしたくない。間違えた時に、それを理由に彼のせいには出来ない。私は私の基準を持って、自分の意志で、彼の隣に立つ。私は、彼の一になる。


 それで、彼は。彼は私の何なのだろうか。


「九十九くんが隣にいると、安心するの。九十九くんもそう言ってた。私がいると、落ち着くって」


 上手い言葉が見つからなくて、思うことをそのまま話すことにした。それ以外に、伝え方が分からないから。


「だから、側に居たい人。頼りにしてる人で、頼りにして欲しい人。私を支えてくれる人で、足りない部分を埋めてあげたい人」


 九十九くんが私にしてくれたことが、私にとってどんな価値かがわかって。私がしてあげられたことが、彼の心の中でどんな形をしているのか見えていて。


 その上で私が彼に望んだのは、恋人になることじゃあなくて。


「ただ、それだけだよ」


 だから、これは恋じゃない。





 

「それは、恋心と矛盾するの?」


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