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私の隣は、心が見えない男の子  作者: 舟渡あさひ
幸せな思い出、そして
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第79話 いつも通りとぎこちなさ

 無我夢中だったけれど、私の足は自然と目的地に向かった。全力で走ったけれど、予約の時間は少し過ぎてしまっている。二人の話に集中しすぎてしまったらしい。


 どうしよう、と一人で慌てていると、すぐ後から息を切らした進藤くんが到着した。


 勝手に巻き込んで、自分のミスでバレて、そのくせ我先にと逃げ出しておいて、どんな顔をしたものやら。


「ごめんなさい」


 俯いて反省の態度を示しつつ、ただそれだけの言葉しか発せずに立ち尽くしていると、進藤くんは私を店に入るよう促す。


「時間過ぎちゃってるから、もう先に入っちゃおう。二人には僕から連絡しておくから、先に入ってお店の人に謝っといて」


 指示を受けたので、その通りに行動する。謝りながらもう二人遅れてくることを伝えると、店員さんは無事にたどり着いてくれてよかったと安心してくれた。


 それが後ろめたくて、案内された席で一人反省会を催していると、連絡を終えた進藤くんが来て、私にお小言をくれる。


「いくらなんでも、置き去りはないんじゃない?」


「ごめんなさい」


「まあ、あれは冬紗先輩も悪いからね。人見さんも最初に言ったけど、自分もしたことだから、盗み聞き自体は怒らないでしょ」


「二回とも被害者の九十九くんも?」


「……それは、正直に謝ろっか」


 九十九くんは怒るだろうか。正直、怒ってくれた方が少し安心する。


 九十九くんは、落ち込んでいないだろうか。あんなに何も言えずにいる九十九くんは初めて見た。


 いつも相手のことを真っ直ぐに見つめて、欲しい言葉ではなく必要な言葉をくれる九十九くんが、それ故に、何も言えなくなった。何を言っても届かないと分かってしまったのだろうか。


 だとしたら、それは一体、どんな苦しみだろうか。


「冬紗先輩が最後に言ったことを気にしてるなら、大丈夫だと思うよ」


「それは、あまり考えないようにしているから、掘り返さないで」


 情けないことを言ったため、苦笑を向けられる。仕方がないのだ。九十九くんの心配と先輩の心配とでもう私の処理能力の限界を超えている。


 思わず反応してしまったうえ逃げ出しておいてなんだけど、それが一番軽い問題だろう。後回しでも大丈夫なはずだ。


「進藤くんは、心配じゃないの? 先輩のこと」


「心配だよ。心配に決まってる。でも、ね」


 いつも飄々とした彼に似合わない深刻な顔で考え込むところを見ても、聞くまでもないことだった。


「ごめん」


 私も、一度落ち着かなくちゃ。


「……正直、ね。どう思ったらいいか分からないんだ。先輩がそこまで思い詰めているなんて知らなかったし、不甲斐ない気持ちや、何とかしてあげたい気持ちもあるんだけど」


 それは、私もそうだ。だけど、私にしてあげられることも、言ってあげられることも、分からない。きっと、進藤くんも。


「人見さんは、先輩の気持ち、わかるかい? 僕は正直、言っていることの意味は分かっても、多分半分も共感出来なかったよ」


「わかる、とは、言えないよ」


「だよね。でも、それ自体が問題なわけじゃない。わかってしまったから何も言えなくなる、じゃ意味ないし」


 それは、九十九くんのことを言っているんだろうか。それとも、わからずとも知ってしまった、今の私達だろうか。


「僕は、どうすればいいんだろうね」


 答えは、持ち合わせていない。だけど、だから、見つけ出さなきゃいけない。


 私だから出来ることを。



−−−



 少ししてから、冬紗先輩達も到着した。時間からして、あれからはそう長く話し込んでいないだろう。


「ごめんね、遅くなっちゃった。料理、もう注文しちゃった?」


「いえ、まだ……」


「飲み物くらいは頼んでてもよかったのに」


「人見さんが乾杯したいって言うので、待ってました」


 しれっとそんな嘘を吐かれた。そんなことは言っていないのだけれど、重くなってしまった空気を軽くしてくれようとしてくれているのだろうから、何も言わないでおく。


 進藤くんの隣に腰掛ける先輩は、そっかそっかと、いつもと変わらない顔で笑いかけてくれた。メニューを取ってテーブルに広げる。


 私の隣に来た九十九くんは、何も言わない。まだ先輩とのことを考え込んでいるのだろうと思うけど、どんな心情なのかは、読み取れなかった。


 料理が来て、乾杯をして、食事を始めても、私達はどことなくぎこちなくて、先輩だけがいつも通りだった。


「注文したのがお団子とかだったから、庭園のお茶屋さんでは気にしてなかったけど、一透ちゃんって左利きなんだね」


「はい」


「だから? ハジメ君と並んでる時、大体左が一透ちゃんだよね」


 そうだったろうか。あまり意識したことはないけれど、思い返すと確かに、私が左側になっていることが多い気がする。


「腕がぶつかっちゃったりしないか気になったりはするので、確かに左側にいるのが落ち着きはするんですけど……九十九くん、もしかして、気にしてくれてたの?」


「……別に」


 ふい、と白々しく目を反らしながら言うので、私も先輩も進藤くんも、思わず吹き出してしまう。


「ハジメって、捻くれ方がわかりやすくて逆に素直だよね」


「余計なお世話だ」


 九十九くん以外の三人で、だけど。笑いあうと少し空気がほどけて楽になる。


「九十九くん」


 それに、また一つ、君の優しさを知れた。


「ありがとう」


 だから君にも、笑ってほしかった。お茶屋さんへ向かいながら君が私にしてくれたみたいに、君の心を軽くしたかった。


「いい」


 だけど、そう言って目を反らす君の心は、痛みを堪えているように見えた。


「ハジメ君、箸止まってるよ。ほら、いっぱい食べなさいな若人よ」


 それを察知してか、偶然か。先輩が九十九くんのお皿に料理を取り分ける。私も見習わなきゃ。


「九十九くん、こっちも」


「そんなにはいらない」


「いいからいいから」


「いいからいいから」


 口調まで先輩を真似して、九十九くんのお皿に料理の山を作る。それを見て進藤くんが爆笑する。


「あはははっ! ハジメ、モテモテだね」


「代わってくれていいぞ」


「ははは。遠慮しとくよ。ははははっ」


 進藤くんが撮った、料理の山を苦々しい顔で睨む九十九くんの写真はあとで送って貰おう。


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