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第60話 私が君の

「……ごめんね」


「別にいい」


 私は謝りながら、九十九くんと並んで学校を出る。というか、追い出された。


 後夜祭の時間、誰もいない教室に彼と二人で居るために私が考えた作戦。それは、自ら名乗り出ることで教室の施錠を任されることだった。


 作戦は成功し、他の教室は生徒がいなくなったそばから施錠されていく中、私だけは、施錠されないままの教室に一人残ることが出来た。


 あとは、うっかり鍵を持ったまま後夜祭に行ってしまった、なんて言いながら鍵を返せば作戦は完了する、予定だった。


 多少返すのが遅れても、後夜祭中ならお小言を貰うくらいで済むだろう、と高を括って考えた作戦だったが、教室で、泣き止んだあともしばらく駄々をこねて彼にしがみついていたら、いつの間にか後夜祭が終わる時間になっていた。


 後夜祭終了時刻はそれすなわち、完全下校時刻である。流石にそれを超過してしまってはお小言では済まされない。


 急いで職員室に鍵を返しに行ったら誰もおらず、後夜祭会場である体育館に向かうと、生徒を全員下校させ終えたつもりの先生たちと鉢合わせてしまった。


 何故まだ残っているんだと怒られながら、鍵を返し忘れてしまったのでと先生に鍵を押し付けながら、私達は、てんてこ舞いになりつつ校門から押し出された。


「怒られちゃったね」


「こういうバカをやるのも、たまにはいい」


 そう言う彼の心にはもう靄がないからか、夜空の下、街頭に照らされる彼の横顔は、心なしかいつもより晴れやかだった。


 靄のない新鮮な彼の胸元を見ていると、彼の透明な箱の中からからりと音がする。それが、私が彼と通じ合えたことの何よりの証明で、それを思うと嬉しくて堪らなくなる。


 あの結晶、ぜひとも記念に写真に残したいのだけど、写真は人の心まで映し出してはくれない。頼んだらスケッチさせてもらうことは出来るだろうか。


 そうだ、写真で思い出した。


「九十九くん、文化祭中どうしていなかったの?」


 今更そこを混ぜ返すか、と渋面を作る彼。


「……クラスの当番には行った」


 そんな下手な言い逃れでは、逃がしてあげられない。


「それ以外はいなかったでしょ。なんで?」


「……お前に会うのが、気まずかったから。後々こうなることは、予想できてたからな」


「なのに、逃げないで来てくれたの?」


 彼はそういう人なのだと、わかりきっているのに聞いてしまう。


「結局俺も、心の底では助けてもらいたいと思ってたんだろうな。逃げるくせに助けてほしくて逃げ切れないなんて、我ながらどうかしてると思うけど」


「すぐそうやって自虐する」


「悪い」


 そういう所が彼らしいと思うので、別に怒ってはないのだけれど。少しずつ変わっていければいいなと思うから、怒った振りをする。


 すぐに謝る素直なところも、やっぱり彼らしい。


「来年は、一緒に回ろうね」


「ああ」


 この約束もきっと、大切にしてくれるのだろう。


「大野や小川との時間も大切にしろ。お前、大事にされてるだろう」


 そうだ、もう一つあった。話の中身は、当然のことなのでスルーする。


一透いと


「……ん?」


「人見一透。九十九くん、一回も名前呼んでくれたことないでしょ」


 お前お前と呼ばれ続けていることを、実はちょっと気にしていたのだ。前までなら流されてしまったと思うけど、今の彼ならきっと呼んでくれる。


「……人見」


 そっちは、駄目。


「一透」


「……一透」


「よろしい」


 偉そうに言ってみるけど、口元が緩むのを抑えられない。本当は、ずっとこうして呼んで欲しかった。


「これからもよろしくね、九十九くん」


「お前は名前呼びじゃないのか」


「私はいいの」


 こんなのはただの言葉遊びで、君をあだ名で呼ぶ人たちと大差はないのかもしれないけれど。


 それでもこれは、私にとっては決意なんだ。




 私が君の、足りない一になる。




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