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第52話 君の欠片

「一生分泣いたわ……」


 全くだ。今日一日で、三人とも脱水症状になりそうなくらい泣いた。


「目も鼻も真っ赤だよ」


「人見さんもね」


 はい、と差し出されたティッシュを受け取って鼻をかむ。


「ごめん。ありがとう」


「それも、一生分聞いたな」


「一番謝ってたのは大野ちゃんだけどね」


「そりゃ仕方ねえだろ」


 あれもこれもと、一つひとつ謝る大野さんの言葉を、私達はしっかり受け止めた。気持ちは分かっているのでそこまで謝らなくてもよかったのだけれど、きっと、ちゃんと言葉にすることは、誰よりも大野さん自身にとって必要なことだった。


 流石に、二周目に差し掛かったときには止めたけれど。


 そして、今は皆笑っているから。きっと、私の願いは叶えられる。


「明日と明後日頑張って、無事本番を迎えられたら、一緒に写真撮ろうね」


「ああ、そうだったな」


「たくさん撮ろうね」


「うん」


 体育祭の時みたいな写真を、たくさん。いろんな出し物を回るたびに、何度も撮ろう。その写真は、今度はどうしようか。


 写真立てはもう、机の上に二つ並んでいる。あれは意外と場所を取るのだ。そろそろ別の飾り方を考えた方がいいかもしれない。


 ふと、脳裏に彼の顔が浮かんだ。


「九十九くんとも、一緒に撮れるかな」


 口にしてから気がついて、はっとする。九十九くんの話ばかりだと、また大野さんはいい気持ちをしないだろうか。


 そう思って顔色を窺うけれど、お前はほんとそればかりだな、と笑う大野さんは、もう嫌な気持ちはしていないようだった。


「頼まれりゃ嫌とは言わねえだろ、あいつは」


「そうかな? そうだといいな。体育祭の時は、集合写真でしか一緒に写れなかったから」


 クラスでの集合写真。端の方で憮然とした顔をする彼の顔を思い浮かべながらそう言うと、


「写ってたよ?」


 小川さんがそう言って、スマホを取り出し、写真を見せてくれる。それは、私達三人で撮ったあの写真。


「居るか?」


「うん。ここ」


「ほんとだ」


「いや、ほんとか……?」


 大野さんは判別がついていないようだけれど、小川さんが指を指した先に写っていたのは、確かに九十九くんだった。


 集合写真はもう撮り終わったからと、そそくさと退散する彼の後ろ姿が小さく背景に紛れ込んでいる。


 何度も見返した写真なのに、全然気が付かなかった。


「どうして気づいたの?」


「あのとき保健室で人見さんが気にしてたから、本当にすぐ帰ってたなら、タイミング的に写ってるんじゃないかなって思って見返してみたの。本人にもあとから確認したから、間違いないよ」


「にしても、よくこんなちっさい後ろ姿で分かるな……」


 自分では気付かなかったけれど、一度気づいてしまえば、私にはもう分かる。ずっと、こんなところに写ってたんだね、九十九くん。



−−−



 わずかに揺れる電車の中。二人と別れた私は、自分のスマホであの写真を見る。


 彼はいつも人から離れたところにいるけれど、困った時はいつも、彼の方から歩み寄ってくれる。


 迷子の私を見つけてくれたときも。体育祭で倒れてしまった時も。今回も。


 そういえば、五月の上履き取り違え事件の時はどういう流れで九十九くん達が協力してくれる事になったのか、私は知らない。


 あの時も、そうだったのかな。きっと、そうだったんだろうな。


 何だか心が温かい。この熱はきっと、彼がくれたものだ。九十九くんが今日、私と小川さんの気持ちを拾い上げてくれたみたいに。きっとこれは、私が拾い上げた、彼の優しさの欠片が放つ熱だ。


 彼はきっと、この温かさを知らない。だって私は、知らなかった。私がしてきたことが、小川さんや大野さんにとって、どれだけの価値があるものになっているか。


 今私の心の中にあるのは、間違いなく彼の一部なのに。伝えなければ、彼はそれを知ることが出来ない。小川さんたちが私にそうしてくれたみたいに。私も彼に、伝えないと。


 彼のしてくれたことが、私にとってどれだけ大切なものになっているか。


 どうやって伝えようかな。手紙でも書いてみようか。便箋なら余っている。いや、それじゃあ「俺は大したことはしていない」なんて躱されてしまうかもしれない。


 大したことなんだよって、逃げ道を塞いでちゃんと伝えるには口で伝えるしかないだろう。手紙は、呼び出すために使うのだ。


 文化祭最終日。一般公開終了後に行われる後夜祭。その時だ。その時に、彼に伝えよう。


 いつも私を、助けてくれてありがとう、って。

プロローグへつづく

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