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第1話 被服室ってどこですか

 被服室って、どこですか……?


 心の中で呟いた言葉は、不安と疲労でなんとも情けない。口から出なくて良かった。いや、口から出ても周りに人はいないし、人がいるのなら口にして聞かなければいけないのだけど。


 入ったばかりの高校で、初めての移動教室で、我先にと動き出した結果、いつの間にか誰もいない廊下にぽつんと佇む私。


 我ながら間抜けなものだと思う。せめて誰かと行動を共にすればよかったなんて、今更思ってもあとの祭りだ。


 今から教室に戻れば、まだ誰かいるだろうか。いないだろうな。もうすぐ次の授業が始まる。


 移動中にクラスメイトを見つけられればいいけれど、まだ入学して日も浅いし、見つけられてもクラスメイトだとは気付けない可能性もある。


 こうなればもう、大人しく虱潰しに探すしかないだろう。


 この学校は昔は合併などの記録もあり、多くの生徒を要する学校だったそうで、生徒数が減った今では設備の余った必要以上に広い校舎を誇る。


 その中を虱潰しとなると頭が痛くなるけれど、流石に被服室は実習棟内にあるはずだ。棟が絞れていれば、そこまで時間はかからないだろう。


 体力は、別だけれど。


 はぁ、とため息を吐きながら、体力の消耗と高校に入って初めての遅刻を覚悟し、階を移動しようと振り返って階段へ向かう。


 下の階に目的地があれば登らずに済む、と薄い希望にかけて階段を降りようとした所、丁度上の階から降りてくる生徒が目に入った。


 脱力したようにやや細められた目。その目にかかりそうな黒く長い前髪。感情の読めない無表情。全てに覚えがある。たしか、名前は。


「九十九くん?」


 私の存在を認めて動きを止めた彼は、私の右隣の席の男子。この春からのクラスメイト。九十九仁つくもひとしくんだった。


「九十九くんも迷子?」


 よかった、仲間がいた。それだけで何だか心強い。安心を隠さず歩み寄る私を迎える彼は、前言撤回。無表情なんかじゃなかった。


 きゅ、と眉根にややシワが寄る。何か失礼なことを言っただろうか。いや、何かも何も、迷子扱いが不服だったのだろう。とはいえ、授業開始ギリギリにこんなところにいる時点で、言い逃れは出来ないと思うのだけれど。


 ……あれ?


「九十九くん、教科書は?」


 九十九くんは手ぶらだった。迷子どうこう以前に、教科書がなければ授業も受けられない。


 もしかして、入学一ヶ月経たずしてサボりだろうか。髪を染めていたりアクセサリーを身に着けていたりといった、それらしい要素は見受けられないけれど、見た目に似合わず不良なのだろうか。


 彼は何も答えない。私の目に警戒の色が浮かびそうになると、踵を返し、降りてきた階段をまた登り始める。


 混乱する私の思考を置き去りに数段登って、しかし私自体を置き去りにはせず、歩みを止めて振り返る。


「遅れるぞ」


 私を見つめるその目には、なんの邪気もないように見えた。だから、正直、理解は追いつかなかったけれど、彼のあとを追うことができた。


 被服室は、すぐ上の階にあった。下から探していたら、確実に遅刻していただろうけれど、彼のお陰でギリギリ、チャイムが鳴るまでに着席することに成功する。


「長いトイレだったね、ハジメ」

「ああ」


 隣の島のテーブルで、別の男子に声を掛けられて返事をする彼。彼の下の名前は仁だったと認識していたが、ハジメと呼ばれて返事をしている。あだ名だろうか。


 その真偽は分からなかったけれど、さっき手ぶらの彼とあんな所で会った理由は、ようやく分かった。


 彼が着いた席には、彼のものと思わしき家庭科の教科書やノート、筆記用具が、既に置かれていた。



−−−



「九十九くん」


 授業が終わって、各々引き上げだす生徒達の流れに逆らい、彼に声を掛ける。


「ありがとう。私のこと、わざわざ探しに来てくれて」

「いい」


 驚くほど淡白で素っ気ない二文字で返されたけれど、やはり、そういうことだったらしい。迷子だとか、不良なのかもだとか、全て邪推だった。


「どうして気づいてくれたの?」

「真っ先に出ていったやつが居なければ、気にもなる」

「トイレかもとは、思わなかった?」

「教科書を抱えてか?」


 被服室で彼と、彼の隣の席の男子が交わしていた会話から浮かんだ疑問だったけれど、言われてみたらそうだ。


 被服室のある階にもトイレはあるのだから、一度教室に置いてから行く方が自然だろう。荷物は邪魔になる。実際彼も、自席に置いてから私を探しに来てくれていた。


 こちらに視線も向けずに答え、スタスタと教室へ戻っていく九十九くん。彼のことは、入学式の時から気になっていたけれど、より気にするようになったきっかけの一つは、この時だった。


 彼は無愛想で、酷く素っ気ないけれど、その態度に見合わず、優しくて注意深い人間であるらしい。


 その優しさは、何故か感じ取る事ができない。それがまた、私の興味を少しだけ惹きつけるのだった。

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