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私の隣は、心が見えない男の子  作者: 舟渡あさひ
私の隣は、心が見えない男の子
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第118話 真咲、動く

 文化祭までの日付が日に日に過ぎていく。それに伴って、練習も本番を意識したものになっていった。


 舞台上での動きだけでなく、舞台裏での動きもシミュレートしていく。背景や衣装、小道具の切り替えまで、丁寧に。


 体育館のステージ上で実際にリハーサルする時間は、前日に設けられている。


 それまで全部込みでの練習は出来ないけれど、音響装置や照明の動作確認、背景や小道具が客席からどう見えるかの確認などは、個別に少しずつ消化した。あとはイメージしながら練習していくしかない。


「一透、竹刀」


「はい」


 舞台脇で赤いジャージに身を包んだ真咲ちゃんに竹刀を渡すと、肩に担いで舞台へと出ていく。舞台脇も舞台も、そう想定しただけの教室の一角だけれど。


「オラ! 校庭十周ー!」


 真咲ちゃんの声が響く。迫力がすごい。実際にこんな教師がいたら怖いだろうけど、フィクションとして見るとよくいる熱血教師に見えるから不思議だ。


 ここは、体育の授業中に体調が悪いのを隠して完璧振ろうとする主人公の苦しみをヒロインだけが見抜く、というシーンだ。


 結局、臆病なヒロインは上手く助けてあげられないのだけれど、主人公がヒロインを意識するきっかけになる大事なシーン。


「カーット! 大野の声が大きすぎてその後のやり取りが味気なく見えちゃう! 大野ちょっと抑えて、他はもっと声出して!」


 特等席から見守る相沢さんの指示が飛んでくる。相変わらずサングラスをかけいるだけでなく、いつの間にかメガホンとか首に巻いたタオルとか、アイテムが増えているのは何でなんだろう。


 もう一度同じシーンを繰り返す。真咲ちゃんは声の大きさそのものより、発声の仕方を少し変えて迫力を抑えたような調整をする。


 遠くの席の観客まで届かせなければならないので、声量そのものはあまり落とせないのだ。


 真咲ちゃんの対応は上手いものだけれど、他の人の方は大変だろうと思う。


 元々叫ぶ演技を求められている真咲ちゃんと違い、さりげないやり取りを通る声でやらなければいけないのだ。私ではきっと出来ない技だと思う。


「よし! おっけ! 休憩入れるから、他の場面のバランスも各自確認しておいて!」


 相沢監督からの指示を受けて各々休憩に入るけど、多くの人が台本を手に何かしら確認している。


 一生懸命は大変だけれど、なあなあでやり過ごすより心地良い。そう思うのは、去年の事があるだろうか。


「真咲ちゃんお疲れ様」


「おう」


「今年は順調だね」


 竹刀を受け取りながら、ついそんな事を言ってしまった。変な風に受け取られてしまうだろうかと冷や汗をかいたけど、真咲ちゃんは快活に笑った。


「今年はトラブルもねえもんな。お前聞いてたっけか? 相沢のやつ、学園ラブコメだから衣装や小道具は買ったり作ったりしなくていい部分多いし、予算贅沢に使えるからね、なんて言ったんだぜ? よほど去年のこと堪えたんだな」


「真咲ちゃんが怒鳴ったからでしょ」


「いんだよそのことは。ちゃんと和解したんだから」


 確かに外野の私が言うことではなかったかな、とも思うけど、でも、こうして笑い話になってくれてよかった。


 二人はちゃんと、反省をして次に活かしている。同じことが起きないように。


 結季ちゃんもそうだ。去年は裏方でのサポートに徹していた彼女も、今年は自分から積極的に各所に働きかけ、自らの役割を全うしようとしている。


 そして、九十九くんも。彼は音響担当の男子と何か話していた。


 確か本番中は、体育館の放送室から舞台袖や照明担当とのコミュニケーションを行い、音響担当のサポートを行う役割を任されていたはず。


 任命したのはやはり、一条さんだった。彼女の策略どおり、九十九くんは去年よりずっと色んな人とコミュニケーションを取りながら作業している。


 私が隣にいたら、きっとこうはならなかっただろうな。そう思うと、皆が前に進んでいるのに、私だけなんだか停滞しているような気がする。


「また見てら」


 彼の方を見ていると、じとりとした目で咎められた。もう癖みたいになってしまっているのだけど、これも控えた方がいいのかな。


「声くらいかけてくりゃいいじゃねえか」


「ううん。一回話しちゃうと、我慢できなくなっちゃうから」


「しなくていいだろ」


「だめだよ」


 真咲ちゃんの視線が、感情が、強くなっていく。だけど、こればかりはどうしようもない。


「私がいないと、九十九くんの周りに人がいっぱいいて、皆彼のことを名前で呼んで、文化祭の準備も円滑に進む。でも私がいると、邪魔になっちゃうから」


「だから、身を引くのか」


 そのつもりはない。だけど、このままならそうしなければいけなくなる。だから。


「九十九くんや皆のためになることを邪魔せずに、私にも出来ることがあればいいんだけど。それがまだ、見つからないから」


 私もいていいって。私だからいいんだって。そう言える何かが欲しい。彼がそう言ったからじゃなくて、彼のためになるからって、そう言えるものが。


 深くため息をついて頭をがしがしと掻く真咲ちゃんは、酷く呆れているしうんざりしてそうな顔だけど、やれやれ仕方ないな、って言い出しそう。


 と思っていたら、本当に言った。


「ったく、仕方ねえな」


 こういう時、とても頼りになる真咲ちゃんの横顔は、何をしてくれるのか分からなくても全て託してしまいたくなるくらい眩しくて、焦がれてしまいそう。


「丁度、返し損ねた借りを思い出したとこだ」

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