第117話 分相応
文化祭が行われるのは、今年は十月の頭の週末二日間。準備期間は既に残り一ヶ月を切っている。
去年の今頃は、まだまだ余裕があった。装飾も沢山の種類を作らなければいけないという程でもなく、全日準備期間や当日にならないと出来ない作業もあったためだ。
しかし、今年の出し物は劇である。舞台セットや小道具は次々作っていかなければならない。
キャスト陣なんかは当日の公演終了がゴールである。それまではクオリティを高め、それをいつでも確実に引き出せるよう、ひたすら練習の繰り返しだ。
その一番大変な人たちが、夏休みから練習していることもあって誰より目を燃やして活動している。
彼らに引っ張られるように、どの役割の生徒も熱心に作業をするようになっていった。
「一透ちゃん、ちょっといい?」
「うん」
結季ちゃんも勿論、その中の一人だ。結季ちゃんの役割はアート監修。
大道具、小道具、ライティングなど、全体に渡って舞台美術のデザインを行う。当然、要所は製作も。
そんな結季ちゃんは時々、私の色彩感覚をあてにして相談を持ちかけてくれる。力になれるのが嬉しいので、私はそれに全力で答えるのだ。
「これ、背景のデザイン案なんだけど、どう思う?」
背景は確か持ち運びも考慮して、組み立て式の簡易パネルに大きな紙をポスターのように掛けて見せる方式だったはず。
パネルは二枚。最低限の情報で今どこが舞台になっているのかを伝えられる工夫が必要な箇所だ。
「うん。いいと思う」
「でもこれだと、遠くからじゃあ分かりづらそうなんだよね」
そう言われてみれば。結季ちゃんが見せてくれた二枚一セットの背景は、教室の場面で使うもの。
入口側から窓側を向く構図ではなく、教室らしい情報が多い入口側の方を向く構図で、表現が細かくていいかと思ったのだけれど。
「表現が細かすぎて、距離があるとぼやけちゃうんだね」
「うん。でも舞台が現実だし馴染み深い場所だから、変にデフォルメ強くすると物語の雰囲気と合わなくて」
解像度に合わせてある程度大味に表現した方が、画像は綺麗に見えるものだという。それに似た話だろう。見る距離に合わせて、ピントを合わせるように表現しなければならない。
「なら、光の効果も組み込んでみたらどうかな」
「光?」
「うん。夕暮れの教室とかだと分かりやすいかな。暗いところと赤く照らされた所のコントラストはあるけど、自然光だから、明るいところも境界線や細部の染みや傷はボヤけちゃう、みたいな。明るい教室でも、そういう雰囲気を光の強さとかを強調したら出せないかな?」
ふむ、と顎に指をかけて考え込む結季ちゃん。脳内シミュレーション中だろうから、邪魔にならないよう静かに待つ。
「うん、いいかも。ラブコメだし、ちょっとくらいキラキラしててもいいよね。ありがとう一透ちゃん」
ややあって結季ちゃんはそう言った。よかった、お役に立てたらしい。結季ちゃんにサムズアップを返して持ち場に戻る。
「一透」
ひあ、だかひょえ、だか分からない変な声が出た。急いで他の小道具班の女子の後ろに隠れる。
顔を半分だけ出して様子を窺うと、いつもと同じ無表情の九十九くんがそこにいた。
「練習で使う小道具を優先して作るからすぐには使わない材料を一回流して欲しいと頼まれて、必要なものの確認に来たんだが」
「えと、ちょっと待ってね、ツクモくん」
「ニノマエでいい」
私が盾にした女子が代わりに対応してくれる。この子も夏休み明けから、時々九十九くんと話すようになった子だ。
その子が他の子にも声をかけて、小道具班二人と九十九くんが製作物と材料のリストを突き合わせる様子を、遠くから窺う。
暫くして、用を終えた九十九くんがこちらに歩いてくる。しまった。側に隠れられるものがない。
慌てていたら、すれ違いざまにぽかり、と丸めたノートで頭を軽く叩かれた。
「業務連絡くらい聞け」
それだけ言って、彼は持ち場に戻っていく。
仕方がないのだ。九十九くんが話しかけてくれる。業務連絡だからと、それに応じる。そうしたらどうなるか。
私は、まず間違いなく、用は済んだと離れていこうとする九十九くんを引き止める。袖を掴んで、そっちの進捗はどう? なんて聞いて、時間を稼ごうとする。
そしてそれを、九十九くんも振り払ってはくれないのだ。邪魔にならないよう教室の端に寄って、誰かに呼ばれるまで雑談に付き合ってくれる。
そんな様子が目に浮かぶ。一度上手くいって味を占めた私が、二度三度と同じことをしようとするところまで、鮮明に。
皆、より良いものにしようと一生懸命頑張っているんだ。私の我儘に九十九くんを付き合わせたせいで遅れが出たり、トラブルに繋がったりしてしまっては心苦しい。
九十九くんが声を掛けてくれた。それだけで喜んでいるのが、分相応というものだ。
「ツクモ、やっぱめちゃくちゃ見られてね?」
「いつものことだ」
微かに彼の方から聞こえてきた会話は、私のことではないと思いたい。




