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私の隣は、心が見えない男の子  作者: 舟渡あさひ
私の隣は、心が見えない男の子
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第109話 悩んで、浮いて、漂って

 ソフトクリームを食べ終えて、しばらく休んでから流水プールへ移動した私達。


「動けねえんだけど」


「まあまあ」


「まあまあ」


 仰向けになってプカプカと浮く真咲ちゃんに掴まるようにして、両脇で私と結季ちゃんも浮く。


 特に何をするでもなく、ただ浮いて、ドーナツ状のプールの中で水の流れに運ばれ続ける。


 肌が太陽に熱されたり、ちゃぷちゃぷと波打つ水に冷やされたりするのが気持ちいい。今日はずっとはしゃぎ倒しだったけれど、こういうのもいいものだ。


「ちょっとは気が晴れたか?」


 目を瞑ってリラックスしていると、真咲ちゃんから声がかかる。多分、私に言っているのだろう。


「最近、ずっと難しい顔してるもんね、一透ちゃん」


 結季ちゃんにまで言われてしまった。あれから二人に会った日数はそれほど多くないはずだけど。いや、その前から、心配をかけてしまっていたのだろうな。


「ありがとう、二人とも。楽しいよ。すごく」


 楽しい。本当に、心から。途中から、九十九くんのことも忘れていた。夏休みで人も多いけど、それもあまり気にならなくなっていた。そのくらい楽しかった。


「いつでも付き合うからね。気分転換でも、お悩み相談でも」


「どうせニノマエのことだろうけどな」


 九十九くんのことだけど、九十九くんのせいじゃない。私が勝手に思ってしまっていることで。私の問題で。


 だから大丈夫って、自分でなんとかするって、そう言いたくもなるけれど。私は、そうやって話してもらえないのが、辛かったから。


「じゃあ、さっそく、いい?」


 真咲ちゃんに掴まるのをやめて、声をかけると、やれやれ仕方ないなあみたいな、でも本当は待っていたみたいな、そんな顔で応えてくれる。


 甘えていいところ、駄目なところ。線引きが難しいけれど、向き合えなければ、ずっとそのままなんだ。


 だからごめんね、九十九くん。もう少しだけ待っていて欲しい。君と話す勇気が持てるまで。



−−−



 九十九くんの隣にいたい。一人で抱え込まないでほしい。私が助けてもらった分、彼に報いたい。


 そんなことを思って、彼にまた笑ってほしくて側にいた結果、九十九くんはいつも息苦しそうで、久しく見ていなかった笑顔は、一条さんに向けられていた。


 私は、彼が笑えることよりも、その笑顔を向ける相手が私であることを望んでしまっていたことに気がついた。


 そんなことを、二人に話した。


「そんなの、普通のことだよ。我儘になっていいって、わたし前にも言ったでしょ?」


「限度があるよ。私と一緒じゃだめで、他の人と一緒なら幸せで、それでも私と一緒に居てほしいなんて我儘は、だめだよ。誰のためにもならない」


「お前とじゃだめとか、他ならいいとか、あいつが言ったわけじゃないだろ?」


「実際、そうなっちゃってるから」


 言ったわけではない。だけど、結果が一つ、生まれてしまった。それを無視するわけにもいかない。


「ニノマエくんがどう思っているのか、ちゃんと聞いたわけじゃないんでしょ? 決めつけるのは早いと思うけど」


「うん。私もそう思う」


 ちゃんと話さなければ。そう思っていたし、そうするつもりでいた。


 なのに、あの日、挫けてしまった。それ以来、私は言葉を無くしてしまって、どう聞いたらいいのか分からずにいる。


「私が一緒に居たいって言ったら、九十九くん、無理しちゃわないかな」


 一条さんの誘いを断ったみたいに。他の人との繋がりを遠ざけてしまったりしないだろうか。


「私が笑ってほしいって言ったら、九十九くん、余計に辛い気持ちを隠しちゃわないかな」


 私の前で、綺麗なところだけ見せられるように、取り繕って。本当の自分を出せなくなって。思い詰めたりしないかな。


「暗い感情も出してほしいって、甘えてほしいって言ったら、余計に苦しんだりしないかな」


 辛い気持ちと向き合いすぎて、他のものが目に入らなくなって、押し潰されたりしないかな。


 甘えて、目を逸らして、辛くなくなったからそれでいいなんて。そんな風には思えないであろう彼は、それで余計に苦しんだりしないかな。


「私、どうやって聞いたら、九十九くんの負担にならないでいられるかな」


 それが、ずっと分からなかった。分からないから、分かろうとしなきゃ。きっと、私一人だったらそう思えた。だけど今、私以外にも彼を見てくれる人がいる。


 私より上手く彼と向き合えるかも知れない人がいるのなら、彼を苦しめるリスクを負ってまで私が、とは、思えなかった。


 私が冬紗先輩に踏み込んでいいのか悩んでいた時、彼は、知らないでいる方が怖いから私に踏み込んで来てくれるのだと、そう言ってくれたのに。それを思えば、私も彼に、って思うのに。


 あの日遠くから見た、他の人に向けられた彼の笑顔が脳裏をよぎる度に、その勇気がしおれてしまう。


 それが、伝わるからか。結季ちゃんも言い淀んでしまう。だけど真咲ちゃんはため息を吐いた。その胸には、小さな覚悟の色。


「一透、お前、もうオープンキャンパス行ったか?」


 いきなり話題が変わったので、少し面食らってしまった。七月の終わり、まだ夏休みに入ってあまり日が経っていない頃、三人での勉強会で出た話題。


「最近、一回行ったよ」


 九十九くんから逃げてしまった時間、ちょうど良く私の偏差値に合っていて、そこまで遠くもないところのオープンキャンパスがあった。選び方が選び方だからか、一通り見て回ってもピンとは来なかったけれど。


「話つけといてやるから、もう一校行け。悩みなら聞くと言っといて悪いが、あたし等より適任な人に任す」


 適任な人、と聞いて、思い浮かぶ人は居なかった。真咲ちゃんの斡旋となればなおさらだ。誰だろう、と首を傾げていると、真咲ちゃんはゆっくり泳ぎだす。


「浮いてるだけも飽きちまった。少し泳ごうぜ」






 それから、私達は少し泳いで、また少し浮いたまま漂って、それから帰った。疲れからか、その日、夏休みになってから一番、ぐっすり眠れた。


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