07.訂正、というか、全否定
本日2話目です。
「お取込み中、申し訳ありませんが、何点か訂正させていただいてもよろしいでしょうか」
クロエの言葉に、ポカンとした表情をする生徒たち。
ナロウ王子は、ギュッと眉間にしわを寄せた。
「おい、お前、まず名前を名乗れ」
「あ、申し訳ありません。クロエ・マドネスです」
王子の近くにいた側近らしき眼鏡の男子生徒が、
「すでに多くの魔道具特許を取っているマドネス家の末娘です」と小声で王子に教える。
王子は怒りを少し引っ込めると、先ほどより穏やかに尋ねた。
「それで、クロエ嬢。君は、何点か訂正したいと言ったな。何を訂正するんだ?」
「はい、先ほど出てきたお話についてです」
会場がざわめいた。
「先ほどの話って、いじめの話か?」
「王子の意見を訂正するなんて、あの子大丈夫かしら」
などと聞こえてくる。
そんな中、わたしはただ事実を言うのみよ、と思いながら、クロエが口を開いた。
「まず、教科書とドレスが破かれた件なのですが、プリシラさん、四カ月前に生活指導の教師に相談していますよね?」
プリシラが一瞬驚いたような顔をするものの、次の瞬間目を潤ませて胸の前に手を組んだ。
「は、はい。みなさんに勧められて相談しました。でも、それ以降訴えても『対応済みです』と言われるばかりで、全然聞いてもらえなくて……」
涙ながらに言うプリシラを、可哀そうにと抱きかかえるナロウ王子。
ギュッとコンスタンスを睨みつけた。
「分かっているぞ! 公爵家の権力を使って、お前がもみ消したんだろう!」
この人が第一王子とか、うちの国大丈夫かしら、と思いながら、クロエは溜息をついた。
「あの、それ、全然違いますから」
「は!? 何を言っているんだ!?」
いきりたつナロウ王子に、クロエが淡々と説明を始めた。
「実は四カ月前、生活指導の教師から相談されたんです。とある生徒の教科書やドレスが破損されたらしいから、魔道具を使って犯人を捕まえられないか、と」
プリシラが、ひゅっ、と息を呑むのを横目で見ながら、クロエが続けた。
「教師から依頼を受けたわたしは、魔道具の『記録玉』を取り付けて、二十四時間監視をはじめました。
本人以外が部屋を出入りしたら、すぐにこちらに警報が来るように設置し、定期的に誰が出入りしているかもチェックしています。
その結果、プリシラさん以外の『女性』の出入りは一切ありませんでした」
クロエは、チラリとプリシラを囲んでいる男性陣を見た。
「……まあ、男性の方の出入りは確認されましたが、関係ないので、ここでは言いません」
王子を含め、何人かの顔色が一気に悪くなる。
「ですので、先ほど『コンスタンス様が令嬢に指示をしてプリシラさんの部屋の教科書とドレスを汚させた』というのは、あり得ません。
そもそもご本人以外、誰も部屋に入っていないのですから。
まあ、そのご令嬢が天井裏から入ったのであれば、話は別ですが」
会場がざわめいた。
「令嬢が天井裏から入るのはないよな」
「じゃあ、ウソってこと?」
「自作自演の可能性もあるんじゃない」
などという声が聞こえてくる。
とりあえず、事実だけ全部言ってしまいましょう、と、クロエが再び口を開いた。
「それと、『何度も北の廃教室に呼ばれて、いじめられた』なんですが、そもそも物理的に不可能だと思います」
「……それはなぜです?」
黙り込む王子に替わり、やや顔色が悪くなった眼鏡の側近が尋ねる。
クロエが淡々と答えた。
「なぜならば、北の廃教室には、二カ月前からわたしが住んでいるからです」
「……は?」
ポカンとした顔をする側近を見て、クロエは思った。
ここは論より証拠、見せた方が早いし効率的だ。
「ここから北の廃校舎まで近いですし、皆さんで見に行ってみませんか? 見た方が早いと思うんですよね」
プリシラが必死の形相で叫んだ。
「嫌です! わたしはそんな悪い思い出のある場所なんて行きたくありません! つい先週も酷い目にあったんですよ!」
クロエは、へえ、と冷たい目でプリシラを見た。
「つまり、嘘だから来れないってことですね」
「嘘じゃありません!」
「じゃあ、一緒に来て説明してください。もちろん殿下もです。まさか現場での説明もなく、公爵家の二人を牢獄に閉じ込めるおつもりですか?」
グッと詰まるプリシラと王子。仕方ないという風にうなずく。
クロエは、「じゃあ、行きましょう」と、会場の半分近くの生徒たちを引き連れ、北の廃校舎に向かった。
不思議な行列が、講堂から北校舎にぞろぞろと移動する。
そして、廃校舎前に到着すると、先頭のクロエがくるりと振り向いた。
「では、鍵を開けますので、中をよく見て下さい」
「ふん、言われずとも見てやる」
ナロウ王子がそっけなく言う。
クロエはポケットから取り出した鍵で扉を開いた。
「では、お入りになってご覧ください」
扉をくぐる王子たち。そして、中に入った瞬間、皆一様に口をポカンと開けた。
「……は? なんだここは?」
部屋いっぱいに広がっていたのは、見たことのない光景。
頭の位置よりも少し高い位置に建てられた棚と、それを覆うたくさんの緑色の葉。
葉の隙間からはトマトやナスなどの野菜たちが顔を覗かせており、ところどころに大きな水槽が吊り下げられている。
「こ、これは一体なんだ!?」
「これは、水耕栽培の魔道具の実験です」
「水耕栽培?」
「はい。土を使わず水と光のみで野菜を育てる魔道具の開発と実験をしておりました」
王子たちに続き、他の生徒たちが入ってきて、大きく目を見開く。
呆気にとられる生徒たちをながめながら、クロエが続けた。
「この実験は、大体二カ月前から行っておりまして、これについては、王宮の植物研究所の方と学長先生もご存じです」
そして、彼女は真っ青になっているプリシラを見た。
「御覧の通り、あるのは人が一人通れる通路くらいで、複数人に囲まれて乱暴をされるスペースなど、どこにもありません。一体どこで複数人に囲まれたか教えて頂きたいですね」
すると、側近の一人が奥のドアを見つけて指さした。
「待て! あの扉はなんだ! あそこが現場なんじゃないのか!」
「あ、そこは」
クロエが制止する前に、ガラリとドアを開ける側近。
そこにはベッドや散乱した服など、狭くて大変散らかった部屋が広がっていた。
「……だから、先ほど、二カ月前からわたしが住んでいると……」
扉を開いた側近が、必死の形相で「申し訳ない」と謝る。
一緒についてきた生徒たちが、ひそひそと話し始めた。
「ここに呼び出されたはないよね」
「嘘なんじゃないか」
「このトマト美味しそうだな」
などという声が聞こえてくる。
何人かの女子生徒と小さな声で話をしていたオスカーが穏やかな口調で、呆然とするナロウ王子に声をかけた。
「王子、いつまでもここに居ては、ご令嬢たちが冷えてしまいます。とりあえず会場に戻りませんか」
「あ、ああ、そうだな」
悔しそうな顔でクロエを睨みつけるプリシラを抱え、ヨロヨロと出ていく王子とその側近たち。
その後ろから、その他生徒たちがひそひそと話をしながら付いていく。
(これでコンスタンスの疑いは晴れたかしらね)
最後に廃教室を出るクロエ。
(でも、これからどうなるのかしら。貴族的には落としどころっていうのを考えると思うんだけど、あんまりそういうの得意じゃないのよね)
そんなことを考えながら、扉を閉めて鍵をかけようとした、そのとき。
「クロエ、待ってくれ」
建物の陰に隠れていたらしいオスカーとコンスタンスが、クロエの前に現れた。
二人が深々と頭を下げた。
「ありがとう。クロエ、あなたがいなかったら、わたくしは罪人に仕立て上げられていたわ」
「ありがとう。君のお陰で無理をせずに済んだ。だが――」
オスカーが目を伏せた。
「君にとってあまり良くない状況になってしまった」
そして、クロエの方を向いた。
「コンスタンスに服を貸してもらえるか。俺は馬車を手配してくる」
「あの、会場には?」
「戻らない。君の稼いでくれた時間を有効に使わせてもらうことにしよう」
オスカーが門の方向に走る。
さすがはオスカー様、なんか色々考えていたのね、と感心しながら、その後ろ姿を見送ると、クロエは、コンスタンスの手を掴んだ。
「こっちよ。手伝うから、急いで着替えましょう」