06.突然はじまった断罪劇
本日1話目です。
卒業パーティの日を迎え、クロエはホッとした。
同じ三年生であるナロウ王子は、今年卒業する。
卒業すれば、プリシラとかいう怪しい女子生徒とは会う機会が減るだろうから、きっと目が覚めるに違いない。
そうなれば、コンスタンスも悩まず済むようになるだろう。
(それで一件落着っていうところかしらね)
パーティなどの行事では、身分が王族の次に上のコンスタンスはとても忙しい。
クロエは、同じ大学に進学予定の二人の女子生徒に誘われ、一緒に行くことになった。
二人ともクロエと同じ地方貴族だ。
そして、当日。
クロエは、実家から送ってもらったシンプルなドレスを身に纏い、二人の女子生徒とパーティ会場に向かった。
パーティ会場は学校の講堂で、普段は荘厳な雰囲気だが、今日は花やリボンで美しく飾り付けられている。
白いクロスをかけられたテーブルの上には、ご馳走がたくさん置かれていた。
「まあ、美味しそう。ちょっと食べてきますわね」
ここぞとばかりに、栄養補給にと豪華なタダ飯を食べる。
最近、野菜ばかりを食べる生活をしていたため、ローストビーフがほっぺたが落ちるほど美味しい。
そして、ある程度食べ終わり、
「美味しかったですわね」
「そうですわね」
と、一緒に来た女子生徒たちとのんびりとした会話を交わしながら、クロエは周囲を見回した。
(コンスタンスは、まだ来ていないみたいね)
クロエは彼女にとても感謝していた。彼女がいなかったら、クロエの学園生活はとてもつまらないものになっていただろうし、前世のコミュ障を引きずったまま、社会性も育たなかっただろう。
卒業後は、コンスタンスはナロウ王子と結婚して妃となり、今までのように気軽に会うことができなくなる。
話しかけるのもままならなくなるかもしれない。
だから、彼女は思っていた。
もうしばらく会えないであろうコンスタンスに、最後に心からお礼を言いたい、と。
と、そのとき。突然、大きなどよめきが起こった。
声の方向を見ると、入場してきたのは、美しく着飾ったコンスタンス。
横には騎士服姿のオスカーがおり、彼女を丁寧にエスコートしている。
(さすがはコンスタンス、なんて綺麗なのかしら。オスカー様もかっこいいわ)
クロエが思わず見とれていると、横の女子学生がぽつりと言った。
「……おかしいわね」
「ええ、おかしいわね。ナロウ殿下はどうしたのかしら」
そういえば、とクロエは首をかしげた。
確かに、他の婚約者のいる女子生徒達は、婚約者と一緒に入場してきた気がする。
その後、ナロウ王子が現れることはなく、何となく不穏に進む卒業パーティ。
クロエは、パーティ会場の中心にいる二人に目を向けた。
にこやかだが不安そうなコンスタンスを、横に立つ貴族的な笑みを浮かべるオスカーが、しっかりと精神的に支えているのが見て取れる。
彼のお陰もあり、コンスタンスの元に貴族子女が次々と挨拶に訪れている。
安堵の目で見ていると、オスカーと目が合って、大丈夫だという風にうなずかれる。
(よかったわ、オスカー様がいて。わたしじゃ助けになれないもの)
そして、クロエが「もう少し食べておこうかしら」とお皿に料理を取って、一口二口と食べ始めた、そのとき。
バーン!
かなりの勢いで講堂のドアが開かれ、六人ほどの集団が入ってきた。
集団は、何事かと驚いた顔で振り返る生徒たちの横を通り抜けると、会場中央に立っているコンスタンスとオスカーと対峙。
先頭にいたナロウ王子が、コンスタンスに指を突き付けて叫んだ。
「コンスタンス・ソリディド! お前が私の婚約者であることを笠に着て、プリシラに酷い仕打ちをしたことは分かっている! 今すぐ罪を認めて彼女に謝れ!」
響き渡った場違いな怒声とその内容に、クロエは、思わず丸のままチーズを飲み込んだ。
(は? コンスタンスが嫌がらせって、まだ言っているの?)
首を伸ばして中央を見ると、ナロウ王子の横に一人の女子生徒が立っているのが見えた。
ピンクのふわふわ髪に、あざとい表情、ピンク色のヒラヒラがたくさん付いたドレスを着て、ふるふると震えている。
貴族というよりは、酒場にでもいそうな女性だ。
(……え? まさか、あの子がプリシラなの?)
驚愕するクロエを他所に、『王子とその愛人 対 婚約者とその兄』という、小説にでも出てきそうなシチュエーションに、好奇の目を向ける生徒たち。
会場中の視線が集まる中、コンスタンスが冷静に口を開いた。
「殿下、ずっと申し上げておりますが、わたくしはそのようなことをしておりません」
王子が、眉間にギュッとしわを寄せると、怒気を含んだ声を張り上げた。
「往生際が悪いぞ! お前にプリシラの教科書の廃棄を命じられた令嬢や、裏庭の廃教室に呼び出すように言われた令嬢が名乗り出てきているのだぞ!」
んなアホな、と思っているクロエを他所に、物事が予想外の方向に展開していく。
王子に縋りついているプリシラが、目にいっぱい涙をためながら震える声で言った。
「わたし、何度も廃校舎に呼ばれて、いじめられました! コンスタンス様と知らない人たちに囲まれて、突き飛ばされて、この通り傷が!」
プリシラが袖を捲ると、そこには痛々しい傷跡。
群衆から「まあ、ひどい」「まさか本当なのか」といった声が漏れる。
いやいやいや、なにを言っているのよ、と思うクロエの目の前で、どんどん進むありえない話。
遂には、王子が人差し指をコンスタンスに突き付けた。
「権力を笠に着て、弱い立場の者をいじめ、乱暴するなど、言語道断! そんな女は王妃にふさわしくない! 婚約を破棄する! 衛兵! 今すぐこいつを連行して閉じ込めろ!」
オスカーがコンスタンスを庇うように前に出た。
「妹は何もしていないと言っております。片方の言うことだけに耳を傾けて断罪するなど、あっていいことではございません。調べ直しを具申いたします」
王子が、ギロッとオスカーを睨んだ。
「いくら兄とはいえ、騎士が犯罪者を庇い立てするなど、許せることではない! 同罪に処する! こいつも連れていけ!」
こともあろうに、公衆の面前で公爵家の二人を捕縛せよと命じた。
クロエは呆気にとられた。
そんなことをされれば、公爵家の名前は地に落ちるし、一生後ろ指を指されることになる。
貴族社会に疎い彼女にも分かることを、まさか王族が冤罪を理由に命令するとは!
オスカーが、冷たい目で衛兵たちを見据える。
そんな恥をかかせるような真似をするのなら、容赦しないぞという意思表示だ。
武術大会優勝者の本気の威嚇に、汗をダラダラと流す衛兵たち。
怯えた顔で後ずさりする者もいる。
会場の空気が一気に張り詰める。
正に、一触即発。
そのとき、クロエは、コンスタンスがこちらを見ていることに気が付いた。
軽く首を横に振られたところをみると、「ここは何もしちゃだめよ」、恐らくそう言っているのだろう。
クロエの脳裏に、彼女に以前言われた言葉が蘇った。
『よく聞いて、クロエ。この国では国王が絶対なの。次期国王のナロウ様の機嫌を損ねたら、最悪この国に居られなくなるわ。
わたくしを気遣って怒ってくれるのはとても嬉しいわ。でも、わたくしのことよりも、自分の未来を考えて』
クロエは思った。
もしかして、わたしが器用な人間であれば、ここは一旦黙ってやり過ごすのかもしれないな、と。
でも、初めてできた友達と、お世話になったその兄が、明らかな冤罪で窮地に陥っているのを黙って見ているのは、人として絶対にダメだ。
クロエは覚悟を決めた。
(二歳のときに決めたじゃない。お天道様の下を歩けないようなことはしないって)
今まさに、あのときの誓いを守るときだ。
彼女は深呼吸して、「さようなら、わたしの平和な研究生活」とつぶやくと、片手を上げながら声を張り上げた。
「お待ちください」
「……っ! なんだ、お前は!?」
イライラしたような顔でクロエを見る王子と、「誰なんですかぁ」と、あざとい表情を浮かべるプリシラ。
コンスタンスとオスカーの驚いた顔を横目で見ながら、クロエは軽く息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「お取込み中、申し訳ありませんが、何点か訂正させていただいてもよろしいでしょうか」
本日あと1,2話投稿します。