04.婚約破棄に介入するに至るまで(3)
本日4話目です。
クロエは、古代魔道具に夢中になった。
前世死んだ後の技術発展に非常に興味があったからだ。
調べたところ、古代魔道具のほとんどが、隣国ルイーネ王国にある、入り組んで迷路のようになった洞窟から発見されるらしい。
ルイーネ王国は、前世のクロエがいた国の上に出来た巨大な山と山地を挟んだ隣の国で、その巨大な山や山地にダンジョンが複数あるという話だった。
(いいな、行ってみたいな、隣の国)
それをコンスタンスに言ったところ、彼女は気の毒そうな顔をした。
「マドネス家みたいな技術を持つ家の人間は、国を出ることが許されていないの」
(まあ、仕方ないか、そういうしがらみは、どこにでもあるものね)
そうは思うものの、ガッカリするクロエ。
「隣国の代わりにはならないけど、うちにも魔道具いっぱいあるから、またいらっしゃいよ」
と優しく言ってくれるコンスタンスの言葉に甘え、彼女は度々コンスタンスの家に行って、古代魔道具を分析させてもらうようになった。
通っているうちに、彼女の兄のオスカーとも仲良くなった。
彼はよく現れては、興味深そうにクロエの話を聞いてくれた。
髪や瞳の色から非常にクールに見えるオスカーだが、実は気さくな性格で、クロエを馬車で学園まで送ってくれたり、彼女の好きそうな本を見つけて貸してくれたりした。
頭も良いらしく、勉強を教えてくれることもあった。
(最初は冷たい印象だったけど、コンスタンスのお兄さんだけあって、面倒見が良くて優しい人だわ)
三人で食事をしたり、古代魔道具の展示会に誘われて一緒に外出したり。
そんな月一、二回程度の交流を一年ほど続けた後、王都で武術大会が開かれることになった。
「お兄様が出るの。見に行きましょう」
武術に興味は全くないし、人混みも苦手だ。
でも、いつもお世話になっているオスカーが出るのであれば、応援しなければなるまい。
そう思って闘技場に足を運んだクロエは、オスカーの強さに瞠目した。
(え! こんなに強いの!?)
この時代の騎士の強さは、主に二つの要素で決まる。
一つが、魔力による身体強化の巧みさ、そしてもう一つが、魔力による剣撃の強化だ。
オスカーの場合、前者がクロエのような素人でも分かるほどずば抜けていた。
いつも見ている気さくな笑顔と、鋭い目つきでクールに相手を倒すオスカーがどうしても一致せず、目をぱちくりさせるクロエ。
彼はクールな表情を崩さず、難なく決勝に進むと、昨年の優勝者だという壮年の男性を倒し、優勝に輝いた。
「キャー! オスカー様!」
「こっち向いてー!」
女性達の黄色い歓声に、クールな表情で軽く手を上げるオスカー。
そして、コンスタンスとクロエの姿を認めると、それまでの無表情から一転、微笑みながら手を振った。
「「キャー!!!」」
観客席から金切声に近い黄色い声援が飛ぶ。
クロエは感心した。
(オスカー様ってすごい人気があるのね)
そんなことがありつつも、平穏に過ぎる日々。
いつしか、クロエ達は、学園の最終学年にあたる三年生になっていた。
*
三年生になったクロエは、魔道具研究に没頭する日々を過ごしていた。
三年生になると、授業数が減り、学校に来ない日が出てくる。
特にクロエの場合は、二年生までかなり真面目に授業に出ていたこともあり、ほとんど学校に来なくても良くなった。
彼女は、以前にも増して、卒業後の進学先である大学に入り浸り、魔道具研究の教授と共に、様々な実験に取り組んだ。
学園に依頼されて、魔道具を開発することもあった。
そんな充実の魔道具ライフを満喫し、久々に学園に行ったクロエは、学園の雰囲気が変わっていることに気が付いた。
(なにかしら、静かだし、暗い感じがするわ)
以前だったら、中庭は楽しそうに話す生徒たちでいっぱいだったのだが、今は人も少なく、少人数が固まって小声でなにかを話しているし、廊下もどことなくいつもより静かだ。
首を傾げながら教室に行くと、そこには疲れた顔のコンスタンスが座っていた。
「元気がないわね、どうしたの?」
「ええ、ちょっと疲れていて」
そういえば、三年生になったら王妃教育が忙しくなるって言っていたわね、と思い出すクロエ。
でも、顔色の悪さや雰囲気から見て、どうも忙しいだけではない気がする。
心配になって、別のクラスメイトの令嬢に尋ねると、予想だにしない答えが返ってきた。
「実は、二年生に問題のある方が編入してきましたの」
「問題のある方?」
「ええ、手当たり次第、婚約者の有無関係なく男子生徒に声を掛けて侍らせていますの。ナロウ王子も彼女に傾倒しつつあるようで、コンスタンス様も苦労されているのではないでしょうか」
ふうん、とクロエは首をかしげた。
女子生徒に問題があるというより、そんな如何にも問題がありそうな女性に引っかかる男子生徒も大概だなと考える。
(まあ、次期国王が、そんな怪しい女に引っかかるはずないから、多分、ちょっと珍しいから、かまってるとか、そういう感じかしら)
しかし、事態は予想外の方向に進んでいく。
クロエがコンスタンスと校舎内を歩いていると、突然ナロウ王子とその取り巻き数名が現れたのだ。
「コンスタンス・ソリディド、私がなぜここにいるか分かっているな?」
これは席を外すべきだろうと、クロエが先に行っているわねと言おうとすると、コンスタンスが黙ってクロエの制服のすそを震える手で握った。
戸惑いながらも、その場にとどまって臣下の礼をするクロエを他所に、ナロウ王子が強い口調で言った。
「もういい加減、プリシラに嫌がらせをするのはやめろ!」
「殿下、恐れながら、わたしは嫌がらせなどしておりません」
「プリシラがやられたと言っているのだ、お前の意見は聞いていない! 編入してきたばかりの年下の女子生徒をいじめるなど、言語道断だ!」
頭を下げながら、クロエは驚くと同時に無性に腹が立った。
クロエはこの二年半、コンスタンスが未来の王妃になるべく努力しているのを見てきた。
忙しいナロウ王子の代わりに行事を仕切ったり、生徒会の仕事を代行するなどして尽くしてきた。
なのに、編入してきたばかりだという、ポッと出のプリシラとかいう女の方を信じるなど、なにごとか。
文句を言おうと顔を上げようとすると、コンスタンスに「ダメよ」と囁かれ、渋々口を閉じる。
言いたい放題言って王子が去ったあと、クロエは怒りに震えた。
「あんなのおかしいわ! 抗議すべきよ!」
怒り狂うクロエを、コンスタンスが感謝の目で見る。しかし、彼女は静かに首を横に振った。
「よく聞いて、クロエ。この国では国王が絶対なの。次期国王のナロウ様の機嫌を損ねたら、最悪この国に居られなくなるわ。
わたくしを気遣って怒ってくれるのはとても嬉しいわ。でも、わたくしのことよりも、自分の未来を考えて」
いや、そんなのおかしい、とクロエは憤った。
コンスタンスと別れた後、何とかする方法はないかと考えてみるが、どう考えても、たかが地方子爵家の娘である自分にはどうにかできる問題ではない。
頭を抱えて唸る彼女の脳裏に、一人の人物が浮かんだ。
(そうだわ、オスカー様に相談しよう)
恐らくだが、コンスタンスは家族にもこのことを言っていない。
それどころか、心配かけまいと「大したことありませんわ」と否定している可能性もある。
ソリディド公爵家は、家族仲が良いと聞いている。一番良いのは、その家族に事実を知らせることだ。
クロエは、すぐさま王宮横にある騎士団施設に向かった。
不穏な空気が……。
ちなみに『婚約破棄に介入するに至るまで』は次の(4)で終わりです。
キリが良いので、できれば本日もう1話いきたいと思います。