11.エピローグ:同じ風景
クロエがブライト王国を出て、二年後。
枯草に覆われた草原が、一面若葉色へと変わる、春。
黒ぶち眼鏡にえんじ色のジャケットを羽織った『薬屋ココ』ことクロエと、紺色のマントを羽織ったオスカーが、夕暮れ時のサイファの街を歩いていた。
クロエを見て、街の人や冒険者たちが、笑顔で声をかけてきた。
「よう、ココ、明日出るんだって?」
「寂しくなるのう」
「明日見送りに行くからね!」
「ココちゃん、またきてね!」
彼らに、「ありがとう」と手を振っている彼女を見て、オスカーが微笑んだ。
「ずいぶんと馴染んだな」
「ええ、途中三ヵ月空いたとはいえ、二年もいましたからね」
例の『婚約お披露目会』のあと、クロエは取り調べに協力することになった。
取り調べの文官に、なぜ魔道具の関与を疑ったのかと尋ねられ、彼女はこう答えた。
「封の開いていない酒瓶の中に毒が入っていることに気付いて、もしやと思いました」
地下で発見された魔道具を動かせないかと尋ねられたが、クロエは首を横に振った。
「完全に壊れていますから、どんな仕組みの魔道具だったか知ることすら不可能です」
全てを話し終わり、お役御免となった彼女は、急いでサイファの街に戻った。
騒動の発端になった上に、三か月近くいなくなったことに罪悪感を覚えていたが、冒険者や街の住人は温かく迎え入れてくれた。
『虎の尾亭』で開いてもらった「薬屋ココ、お帰りなさいパーティ」と皆の笑顔を、クロエは一生忘れないだろう。
その後、彼女は薬屋を再開。
ついでに魔道具屋も兼業で始め、冒険者に喜ばれる魔道具をたくさん開発した。
契約期間の二年を終了するにあたり、
冒険者ギルド本部から、本部専属の「薬師」兼「魔道具師」にならないかと誘われたが、ここが潮時なのだと思って丁重に断った。
ちなみに、オスカーは三日ほど前にサイファの街に到着した。
料理を作り、置いていく薬を作るのに手いっぱいのクロエに替わり、家を片付けて荷物をまとめてくれた。感謝しかない。
人々に声を掛けられながら、街の中を通り抜け、城門に到着する、クロエとオスカー。
門番がクロエを見てニカッと笑った。
「よう、ココ、城壁に上がりに来たのか?」
「明日で最後だから、見ておきたいと思って」
「いいぞ。完全に暗くなる前に戻ってこいよ」
門番が鍵束を出して、城門の横にある木戸を開けてくれる。
中は急な階段になっており、城壁の上へとつながっている。
クロエが、オスカーを振り返った。
「行きましょう」
薄暗い階段をゆっくりと上る二人。
そして、城壁の上に出て、オスカーは大きく目を見張った。
「これは素晴らしいな」
目の前に広がるのは、海のように広がる草原と、薔薇色の雲が浮かぶ夕方の空。
遠くにオレンジ色に染まった雄大な大山脈が見える。
端正な顔に感動の色を浮かべるオスカーを見て、満足そうに笑うクロエ。
広大な草原を風が、ざざっと音を立てて駆け抜けるのをながめながら、口を開いた。
「わたし、この街でこの景色が一番好きで、オスカー様と一緒に見たいと思っていたんです」
オスカーが、そうか、と嬉しそうに目を細める。
クロエが、そんな彼を見上げた。
「わたし、本当に感謝しているんです。オスカー様がいなかったら、わたし、前世の二の舞だったかもしれません」
黒ローブの男たちに襲われたときも、自分の作った魔道具が事件の発端だと気づいた時も、お披露目会で断罪されそうになったときも、オスカーは常にクロエを信じ、支え助けてくれた。
クロエは感謝の目でオスカーを見た。
「上手く言えないんですけど、わたし、オスカー様に会えてよかったです」
クロエの素直な言葉に、オスカーが目を見開く。
そして、手を口元に当てて横を向いて、なにか耐えるような顔をすると、軽く息をついて、クロエを真っすぐ見た。
「俺もだ。俺の人生で一番の幸運はクロエに会えたことだと思っている」
真摯な青色の瞳に見つめられ、クロエは思わず目を逸らした。
なんだか、心がくすぐったい感じがする。
これはなにかしら、と胸元をさすりながら考え込むクロエを、愛しげに見つめるオスカー。つと目を上げて、街の反対側を指差した。
「むこうの方には何があるんだ?」
「……あ、ええっと、あっち側からは湖が見えます。とても綺麗ですよ」
「では、暗くならないうちに行くとしようか」
オスカーが優しく手を差し出す。
エスコートね、と思いながら、その大きな手に、クロエは自分の手を乗せる。
そして、やっぱりちょっとくすぐったいわ、と思いながら、照れたように笑った。
「オスカー様の手って、大きくて温かいですね」
オスカーが「クロエの手は小さいな」とつぶやくと、少し冷えた華奢な手をそっと包み込む。
薔薇色に染まった空の下、寄り添うように歩き始める二人。
どちらかが指を差した方向を一緒に見ては、楽しそうに笑いあいながら進んでいく。
夕日が、二人の今後を祝福するように、その背中を照らしていた。
(完)
これにて完結です。
お読み頂きありがとうございました。(*'▽')
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(2023年12月4日追記)
皆様のお陰で、2024年1月25日に
KADOKAWAメディアワークス文庫から書籍2巻が発売されることになりました。
1巻に引き続き、5万字以上の加筆をしているのですが、
加筆したのは主に下記3点です。
1.クロエ、サイファの街でオスカーと一緒に魔道具開発&分析作業をする
→絡みがもッと見たいー!という感想をたくさん頂きまして、大幅増量に踏み切りました!
2.オスカーがお気持ち表明
→あんまり言うとアレですが、つまりそういうことです♡
これも感想でたくさん頂きまして、彼には超がんばって頂きました!
3.クロエ、魔道具のとんでも改造をする
→やはり彼女はこうでなくては!
Amazonや楽天など書籍通販サイトで予約も始まっているようなので
ぜひお手にとって頂ければと思います。(*'▽'*)




