08.断罪劇(2)
本日5話目です。
「訂正させていただきたい事項がございます」
「ほう、なんだい?」
クロエは、ナロウ王子と、そのずっと後ろで腹黒そうな笑みを浮かべている、目をギラギラさせている小太りの中年男性――ライリューゲ子爵を見ながら言った。
「今のお話、全部です」
会場がざわめいた。
血走った目をした何人かが、
「あの娘、ナロウ様に向かってなんて失礼な!」
「即刻黙らせるべきではないか」
と言い出すが、オスカーの鋭い眼光に、口を閉じる。
クロエが魔道具師の男性の方を向いた。
「先ほど、殺人の魔道具を作らされたと言っていましたが、どのような魔道具ですか?」
「さ、殺人の魔道具だ!」
「だから、どういった作用の魔道具ですか? 陛下は意識が混とんとしていると聞いています。あなた、光の魔道具の専門家ですよね? 意識を混とんとさせる魔道具なんて、どうやって作ったんですか?
「そ、それは……」
魔道具師の男性が、しどろもどろになり、黙り込む。
男性を憐れみの目で見ると、クロエが再び口を開いた。
「それと、わたしは一年前から一カ月前まで、ルイーネ王国のサイファという街で薬屋として働いていました。王国にいないわたしに、陛下の部屋に行くことは不可能です」
「そんなの、いくらでも言えるじゃないか!」
ナロウ王子の言葉に、その通りです、とクロエを睨む眼鏡の側近。
すると、
「ふぉっふぉっふぉ、それに関しては、わしが証人になろうかのう」
群衆の中から、白髭の立派な服を着た老人が出て来た。
ルイーネ王国の冒険者ギルドのブラッドリー会長だ、という声が聞こえてくる。
彼は、ぱちんとクロエにウインクをすると、重々しく口を開いた。
「サイファの冒険者ギルドが、薬師ココとして彼女を雇って、彼女は一年間休まず毎日店を開けていたことを証明しよう。加えて、月一回はわしが自ら毒の解析を依頼するために彼女に会いに行っておったし、店が開いていたことを証明する者は百人以上おる」
そして、口をパクパクさせているナロウ王子に向かって、ニヤリと笑った。
「まさか、このわしよりも、そこにいる医者とメイドの方が信用できるなどと言いますまいな?」
真っ赤になるナロウ王子に、クロエが冷静に言った。
「ですので、まず国王陛下の寝室に行くのは物理的に不可能です。加えて、もう一人証言して下さる方がいらっしゃいます」
セドリックの合図で、大階段の踊り場にある扉が開かれる。
上を見上げた人々は、一様に口をポカンと開けた。
「こ、国王陛下!」
「ご病気ではなかったのか!?」
国王は、しっかりした足取りで階段を降りると、さあっと分かれた人混みの間を抜け、わなわなと震える主治医を睨みつけた。
「私が体調を崩し始めたのは、主治医の投薬によるものだ。それを治してくれたのは、クロエ・マドネスだ!」
国王の「取り押さえろ」という言葉で、控えていた騎士たちが、「確かにクロエ・マドネスが!」とわめく主治医を取り押さえる。
その様子をながめながら、クロエは「そうそう」と言うと、呆気に取られている群衆に向かって、声を張り上げた。
「皆さん、この会場に入って、やけにボーっとするなあ、と思いませんでしたか?」
会場内がざわざわする。
「そういえば」
「なんだか暑いと思いましたわね」
という声が聞こえてくる。
「実は、この会場には人間の思考を奪うような仕掛けが施してありまして、それを解くための中和剤をさっき乾杯で飲んでいただきました。
そろそろ効いてくるはずなのですが、なにか気が付きませんか? ここで起こったこと、おかしいと思い始めていませんか?」
目が覚めたような顔でお互いの顔を見合わせる群衆たち。
「……確かに頭がすっきりしたな」
「先ほどはナロウ王子が正しいと思っていたが、今は滅茶苦茶だと思い始めている」
「こんな茶番を、なぜ正しいと思い込んでいたのかしら」
「言っていることが滅茶苦茶だと、今気が付いた」
「そういえば、先ほどまで、みんな目が虚ろだった気がするわ」
などと聞こえてくる。
クロエは真っ青になっているナロウ王子と眼鏡の側近を憐れみの目で見た。
「どうですか、ナロウ殿下。あなたは自分のやったことが、本当に正しいと言い切れますか?
隣のプリシラさんのことを信じられますか?
そこの眼鏡のあなたも、プリシラさんはあなたが尽くす価値のある人間だと、今も断言できますか?」
「そんなこと!」と、叫ぶナロウ王子。そして、横にいる目を潤ませたプリシラを見て、
「……っ」
息を飲んだ。
眼鏡の側近も、同じように目を見開いて黙り込んでいる。
プリシラが信じられないと言う顔で、ナロウ王子に訴えた。
「ナロウ様、わたしのこと好きって言ってくれましたよね? わたしたち婚約していますよね? 王妃にしてくれるって言いましたよね?」
なにも言わず、信じられないといった風にプリシラを見る王子。
プリシラはビクッと肩を震わせると、今度は涙ながらに眼鏡の側近にすがった。
「一生仕えますって言ってくれましたよね? わたしのこと、一生愛してるって言いましたよね?」
眼鏡の側近が、まるで汚物でも見るような目をプリシラに向ける。
プリシラが怯えたように後ずさりした。
「やめて! そんな目でわたしを見ないで!!!」
そして、クロエを見ると、歪んだ形相でとびかかった。
「あんたが! あんたが悪いのよ! 許せない! 許せない!」
鬼のような形相でクロエに掴み掛かろうとするプリシラを、オスカーが無言で押さえて、走って来た近衛兵に引き渡す。
プリシラが大声で泣き叫ぶ。
そんな中、クロエの視界の端に、恰幅の良い中年男性が、真っ青な顔で会場から逃げ出すのが映った。
オスカーが、クロエに囁いた。
「行こう」
クロエはうなずいた。
「はい、これで終わりにしましょう」