06.婚約お披露目会のはじまり
本日、新規3話目です。
ナロウ王子とプリシラの『婚約お披露目会』当日の朝。
メイドたちが忙しく動き回っている化粧部屋にて、
白いシャワーローブを着たクロエが、長椅子の上にぐったりと倒れていた。
「もう無理だわ……。昨日から何回もお風呂に入ったり、揉まれたり、叩かれたり。もうぐったりよ」
クロエと同じくローブを羽織ったコンスタンスが、呆れたように腰に手を当てた。
「ほら、がんばりなさい、あなたも子爵家の令嬢でしょ!」
「田舎のパーティなんて、ちょっと顔洗って着替えれば終わりだもの。前日から磨き上げるなんてことはしないわ」
「なに言ってるのよ! それに、ほら、鏡を見て御覧なさい。ピカピカよ」
クロエは、面倒くさそうに鏡を見ると、艶々ピカピカの肌や髪の毛を見て、ため息をついた。
「絶対に油を塗った方が効率的だわ」
「ダメよ。油なんて塗ったら匂うじゃない」
「……確かに」
「納得したら、シャキッとしなさい! お化粧するわよ!」
メイドたちにくすくす笑われながら、お化粧をされるクロエ。
皮膚呼吸の大切さについて熱弁をふるうが、「半日くらい塞いでも人は死なないから大丈夫よ」と論破されて、彼女はため息をついた。
「……わたし、こんなことやってる場合じゃないと思うのよ」
まあ、確かにね、とコンスタンスが苦笑いする。
「でもね、服装は大切よ。汚い格好の人間と、綺麗な格好の人間だったら、絶対に綺麗な格好の人間を信じるもの」
「まあ、確かにね」
と、コンスタンスとこんな会話を交わしながら、顔の毛穴を埋めること二時間。
クロエは、アイボリーのエンパイアドレスを身に纏った可愛らしい令嬢に変身していた。
蜂蜜色の髪の毛は丁寧に編み込まれ、ところどころに青系統の花が差してあり、首と耳にはオスカーからのプレゼントである青い石のアクセサリーが光っている。
メイドたちが、ふう、と満足げに汗をぬぐった。
赤色の豪華なプリンセスドレスを着たコンスタンスが、感心したような表情で鏡越しにクロエを見た。
「昔から思っていたのよ、あなたは磨けば光るって」
クロエは、鏡をまじまじと見ると、感嘆の声を上げた。
「確かにすごいわね、お化粧って魔道具並みの効果があるのね」
それ、クロエ的には最高の賛辞ね、と笑うコンスタンス。
「じゃあ、行きましょう。お兄様たちが待ちくたびれているわ」
コンスタンスに付いて、階段を下りて、エントランスに向かうクロエ。
「歩きにくい」と言うと、「美しさと動きやすさは反比例するものよ」と諭される。
そして、二人が階段を下りて、エントランスに降り立つと、そこには白い騎士服姿のオスカーとセドリックが立っていた。
オスカーがクロエを見て、驚いたように目を見張る。
セドリックが女性二人に向かってにこやかに挨拶すると、コンスタンスに近づいて、優雅にその手を取って口づけた。
「今日もお美しいですよ、コンスタンス」
「セドリック様も素敵ですわ」
微笑みを交わし、「先に行っていますわ」「会場で会おう」と腕を組んで外に出ていく二人。
なんだか絵みたいだわ、とクロエがその後姿を感心して見送る。
そして、いつの間にか横に立っていたオスカーを見上げた。
「なんだか、絵みたいに綺麗な二人ですね」
「そうか? クロエの方がずっと綺麗だと思うぞ」
オスカーが真面目な顔で言う。
そして、その青色の瞳に心配の色を浮かべた。
「大丈夫か、緊張していないか?」
「していましたけど、化粧やら着替えが大変過ぎて、そういうの一気に吹き飛びました」
クロエのあっけらかんとした答えに、思わず吹き出すオスカー。
そして、クロエの手をとって口づけると、その手を自分の腕に絡めさせて微笑んだ。
「では、美しいお嬢様、行きましょう」
*
クロエはオスカーにエスコートされて、大きな会場に入った。
見上げるような天井に、大階段と、大理石の床。壁は真っ白で、豪華な調度品と美しい花がところ狭しと飾られている。
会場にはすでにたくさんの人々がおり、おしゃべりに花を咲かせていた。
派手な扇を持った偉そうな貴族が、声を潜めた。
「本日はずいぶんと豪華ですな」
「ああ、ナロウ殿下も取り繕おうと必死なんだろう」
「あのプリシラとかいう、どこの馬の骨とも分からん女が王妃候補などありえませんわ」
「下品極まりない」
「本当にあの二人が王座に就くのが正しいのか、今一度見極める必要がありますな」
聞こえてくるのは、ナロウ王子とプリシラの批判。
特にプリシラに関しては、身分をわきまえない女と酷評されている。
そんなおしゃべりを聞きながら、クロエは中央のテーブルに乗っている料理をながめた。
「豪華ですね」
「料理は見栄えも大切だからな」
ウエイターが持ってきてくれた酒精なしのドリンクを飲みながら、周囲を見回すと、セドリックとコンスタンスが人に囲まれて楽しそうに話しているのが見えた。
「コンスタンス、大丈夫そうですね」
「ああ、セドリックがずいぶんと良くしてくれている」
その後、オスカーと貴族がしゃべるのを横で聞きながら料理をつまんだり、色々な種類の飲み物を試したり、それなりに満喫するクロエ。
先ほどプリシラの酷評をしていた派手な扇を持った貴族たちが、再びヒソヒソと話し始めた。
「本日は急遽、他国の重鎮が何人か参加したらしいですぞ」
「このお披露目会が重要だと思っているということだな」
「ナロウ殿下、よく考えたら、結構立派な人間なんじゃないか」
「そうかもしれませんわね。プリシラ様も可愛らしい気がしてきましたわ」
「ナロウ殿下は、人の痛みの分かる人間らしい方なのかもしれないな」
「プリシラ様も優しそうな気がしますわ。ドレスを真似しようかしら」
(見事に意見が変わってきたわね)
そうクロエが考えていると、
パパパパーン!
というラッパの音が聞こえてきた。
オスカーが「きたぞ」とつぶやく。
クロエが音の方向を見上げると、広い階段の踊り場に、ナロウ王子と白いふわふわのドレスに身を包んだピンク頭のプリシラが立っていた。
観衆から、わあっという好意的な歓声が上がる。
宰相から紹介を受けたナロウ王子が声を張り上げた。
「よく来てくれた! 今日の日を迎えられてうれしく思う! これより婚約お披露目パーティを開催するのだが、それにあたり、まず言わなければならないのは……」
とくとくと話し始めるナロウ王子。
クロエが、結構長々としゃべるのね、と思いながら周囲を見回すと、ウエイターが、やや緑色がかった飲み物が入った細いグラスを配っているのが見える。
そして、グラスが行きわたると、ナロウ王子が機嫌よくグラスをかかげた。
「本日は、隣国ルイーネ王国よりいただいた美酒にて乾杯する、乾杯!」
「「乾杯!」」
ナロウ王子に続き、人々がグラスをかたむける。
「変わった味ですわね」
「少々苦みが強いが、病みつきになりそうだ」
「もっとないのか」
などの声が聞こえてくる。
その後、再び歓談の時間に戻る人々。
王子とプリシラが一段高い席に座り、順番に挨拶をしていく。
他国の重鎮の挨拶が終わり、何人かが挨拶したあと、
オスカーに連れられてクロエは二人の前にひざまずいた。
プリシラの後ろに立っていた眼鏡の側近が、憎々しげな表情でクロエを睨みつけると、ナロウ王子になにかを耳打ちする。
王子は、目をカッと見開くと、俯いているクロエを睨みつけながら、立ち上がって大声で叫んだ。
「見つけたぞ! クロエ・マドネス! お前を国王陛下に対する暗殺未遂で拘束する!」
まあ、と口元に両手を当てながら、その奥で、ニヤニヤと笑うプリシラ。
会場が、シンと静まり返った。




