03.水質調査と渡されたカード
クロエがソリディド公爵家に到着した、数日後。
どんよりと曇った少し蒸し暑い、初夏の朝。
彼女は、オスカーと馬車に乗って王宮に向かっていた。
今日の目的は、「王城の水分を直接調べる」こと。
見学するふりをしながら、持っている魔道具でこっそり水質調査をする予定だ。
(今日の調査で、毒の混入方法くらいは解明したいわね)
ちなみに、今日のクロエは、仕立ての良い令息用の貴族服を着て男装している。
黒ローブの男たちから身を隠すためもあるが、
オスカーによると、王宮には、よく貴族の令息が見学に来るらしく、こういった格好が一番目立たないらしい。
馬車に揺られながら、クロエは窓から外をながめた。
遠くの方、灰色の雲の下に見えるのは、王立学園の赤い屋根。
(一年くらい前まではあそこに通っていたのよね)
なんだか遠い昔のことみたい、と考えていると、馬車が王宮に隣接する騎士団本部施設の前に停まった。
「到着だ。まずはセドリックに挨拶していこう」
二人は馬車を降りると、本部施設に入った。
一階の端にある部屋のドアをノックして中に入ると、そこは大きな執務室で、執務机の前にはセドリックが座っていた。
彼は明るい笑顔で立ち上がった。
「やあ、待っていたよ。ええっと……、クロエ嬢?」
「はい、クロエ・マドネスです」
クロエが声を出すと、セドリックは軽く目を見開いた。
「いやあ、聞いてはいたけど、見事な変装だ。本物の貴族の子息のようだ。
さあ、どうぞ、座って」
「ありがとうございます」
失礼します、と長椅子に座るクロエと、その後ろに立つオスカー。
セドリックは正面に座ると、真面目な顔になった。
「それで、君に分析してもらったものの結果なのだが。外部に依頼をしたところ、小動物での実験において、確かに魔力回路の乱れが認められたらしい」
そうですか、と言いながらクロエは感心した。
人の言うことを鵜呑みにしないで、ちゃんと自分で調べるなんて、セドリック様はやはり優秀な方なのね、と考える。
そんなクロエを、じっと見つめながら、セドリックが口を開いた。
「君は、今日の水質調査でなにか見つかると思うかい?」
「分かりません。でも、調べた方が良いと思います」
クロエの言葉に、セドリックがうなずいた。
「そうだね。ではよろしく頼むよ。
それと、オスカーが同行するし、騎士数名に見張らせているから大丈夫だとは思うけど、くれぐれも安全第一でね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
セドリックに見送られて、執務室を出る二人。
その後、オスカーと一緒に「貴族令息の王宮見学」という名目で王宮を巡り、王宮内の井戸や、酒蔵、飲み物の貯蔵庫などの水分を調べていく。
――そして、その日の夕方。
クロエは、騎士団本部にある誰もいない応接室で、腕を組んで難しい顔をしていた。
オスカーが、途中で呼ばれたので、応接室で待つことになり、
その間に毒についての分析をしていたのだが……。
(……これは、まさかの結果だわ)
クロエの目の前にあるのは、王宮の地図。
検出された毒の濃度を地図に書き込んでいったところ、城の中心ほど毒の濃度が高く、遠いほど濃度が低くなってることが分かったのだ。
一番濃度が高かったのは、地下酒蔵の中の酒樽の中で、体には害のない範囲ではあるものの、一番高い濃度が検出された。
クロエは考え込んだ。
(なぜ王宮の中心にいくほど毒の濃度が高いのかしら)
城の中心に、なにかあるのだろうか。
そう思って、応接室の外に立って見張っていてくれる護衛騎士に尋ねたところ、
中心にあるのは、一階は舞踏会の会場で、二階以降は普通の部屋。
地下は恐らく一般的な地下室で、特に変わったものはないはずだ、と言われた。
(調べれば調べるほど、謎が深まるわね……)
腕を組んで唸るクロエ。
と、そのとき、ノックの音と共にドアが開いてオスカーが入ってきた。
「すまない、待たせたな。戻ろう」
二人は応接室を出ると、廊下を歩き始めた。
外は既に暗くなっている。
「結構、時間がかかってしまいましたね」
「王宮は広いからな。疲れたんじゃないか」
「地下の酒蔵の階段は疲れましたけど、他はそれほどでもありませんでした」
そんな話をしている間にも、廊下の窓から見える空がどんどん暗くなっていく。
雨の匂いと共に、雨がぽつぽつと降ってくる。
「降ってきましたね」
「そうだな、急いで帰った方が良さそうだな」
雨脚が強まる中、やや急ぎ足で馬車乗り場に向かう二人。
乗り場に到着すると、公爵家の紋章が付いた馬車と、馬に乗った護衛騎士が二人待っていた。
オスカーがクロエの方を向いた。
「俺はセドリックに報告することがあるから、雨がこれ以上強くならないうちに、先に戻っていてくれ」
「はい、わかりました」
「それと、頼まれて欲しいんだが」
オスカーがポケットからカードのような物を出した。
「それ、なんですか?」
クロエが尋ねると、オスカーが若干嫌そうな顔をした。
「さっき、ライリューゲ子爵から無理矢理押し付けられたんだ」
「ライリューゲ子爵?」
「ナロウ王子の現婚約者、プリシラの父親、ライリューゲ子爵だ」
「……っ!」
プリシラ、という名前を聞いて、思わず目を見開くクロエ。
(あのコンスタンスを陥れようとした、プリシラっていう人の父親ってこと?)
「あの、オスカー様とどういう関係なんですか?」
「人を介して知り合っただけなんだが、やたらとパーティに誘ってくるんだ」
今日も、友人の侯爵令息と一緒に来て、令息を使って無理矢理誘おうとしたらしい。
「かなりしつこく誘われてね。断るのに時間がかかりそうだから、カードだけ受け取ってきたんだ。これに公爵家から断りの返事を出しておきたい」
なるほど、とクロエが手を差し出した。
「じゃあ、早い方がいいですよね、屋敷に戻ったら執事さんに渡しておきます」
「すまないな、頼む」
オスカーがクロエにカードを手渡す。
その後、クロエはオスカーに見送られながら、馬車に乗り込んだ。
馬に乗った護衛騎士二人に守られながら、馬車が雨の中を走り出す。
外の雨をながめながら、ボーっとするクロエ。
そして、何気なく手に持ったカードに目をやった。
――――――
王都中央にあるリルガ茶店にて、旬の茶葉の飲み比べや、新作家具の展示などを行います。
是非、ご家族、ご友人もお誘いあわせの上、気取らない格好でお越しください。
主催者署名 : Lieluge.Tarner
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「……ライリューゲ、ねえ……」
まさかね、小さくつぶやくクロエ。
雨が激しく馬車の屋根を打つ。
空が光り、遠くに雷が落ちる音がした。




