02.ティールームでの語らい
「聞いているだけで気絶しそうだわ。クロエは大冒険をしてきたのね」
「そうね、本当に色々あったわ」
クロエがオスカーに抱えられて、ソリディド公爵家に到着した二日後。
彼女は、午後の明るい陽射しが差し込む薔薇の花が飾られたティールームで、
コンスタンスとお菓子をつまみながらお茶をしていた。
話題は、サイファからここまでの旅のこと。
*
怪しい黒ローブの男たちに襲われたクロエが、オスカーに連れられてサイファを出た後、
彼は隣の街に馬を進めた。
「もっと移動したいところだが、夜道は危ない、馬も疲れている」
「どこに行くんですか」
「ブライト王国に戻ろう。この国にいては、いざというとき君を守れない」
隣の街の宿で眠れぬ数時間を過ごし、馬を新しくして、夜明け前に出発。
途中の街で服を替え、道を変え、移動すること四日。
国境を越え、ソリディド公爵家の屋敷に到着した、という次第だ。
ちなみに、寝不足続きだったクロエは、三日目の夜に疲労と発熱でダウン。
四日目は、ほぼオスカーの膝の上に抱えられているか、運ばれているかどちらかという状態だった。
最後の方は、飲み物まで飲ませてもらっていた気がする。
「すみません」と謝るクロエに、
「気にしなくていい」「俺がいるから大丈夫だ」と励ましてくれた彼には感謝しかない。
これらの話を聞いて、「とにかく無事に帰ってこれて良かったわ」と安堵の表情を浮かべるコンスタンス。
「それで、クロエはこれからずっと王都にいるつもりなの?」
「そのつもりはないわ。黒ローブの男たちの事件が解決したら、サイファの街に戻ろうと思っているわ」
薬屋の就業期間は二年。
今回助けてくれた街のみんなのためにも、早く戻って薬屋を再開して、最後までちゃんと働きたい。
「そうなのね」とコンスタンスが残念そうな顔をする。
「でも、しばらくはこっちにいるってことよね」
「ええ、そうなると思うわ」
(あとは、せっかく王都に戻って来たのだもの。オスカー様に頼まれた毒の分析の仕事もきちんと終わらせたいわ)
その後、お茶を何度か替えながら近況報告し合う二人。
コンスタンスが、ここ一年の状況を話してくれた。
「クロエのお陰で、ナロウ殿下と円満に婚約を解消できたんだけど、ものすごく騒がれて、半年くらい大変だったわ」
その後、領地に戻って半年ほどのんびり過ごし、少し前に王都に戻って来たらしい。
「今は親戚の子の家庭教師をしていてね。社交界にも少しずつ復帰しているわ」
コンスタンスの元気そうな様子に、よかったわ、と思うクロエ。ふと思い出して尋ねた。
「そういえば、サイファで見た新聞に、国王陛下のお加減が悪いと書いてあったけど、今も良くないの?」
コンスタンスが声を潜めた。
「先月お見舞いに行ったお父様の話だと、
意識が混濁している状態で、ほとんど話せなかったらしいわ」
「そうなのね。魔道具師が行方不明になっている件は?」
「見つかってないと思うわ。影も形もないという話よ」
そうなのね、とつぶやくクロエ。
行方不明になった人たちは、尊敬できる魔道具師ばかりだった。
(無事だといいけど)
その後、この一年間に起きた、あれやこれやについて、お菓子をつまみながら談笑する二人。
先生や元同級生の結婚話など、話題が尽きない。
そして、窓から差す西日がまぶしく感じられるようになったころ。
ノックの音と共に、初老の執事が入ってきた。
「コンスタンス様、オスカー様がお帰りです」
「あら、ずいぶん早かったのね」
二人がティールームを出て、エントランスに向かうと、そこにはオスカーが立っていた。
「お帰りなさい、お兄様」
「おかえりなさい、オスカー様」
「ああ、ただいま」
嬉しそうに微笑むオスカーが、持っていた箱を二人に差し出した。
「これは?」
「おみやげだ。街に寄って買ってきた」
コンスタンスが思わずといった風に吹き出した。
「まあ、お兄様、あなた、街に寄っておみやげなんて買ってくる方でしたっけ」
「……たまにはな」
「ええ、わかりましたわ。そういうことにしておきましょう」
箱を手に、「ティールームでお待ちしておりますわ」と歩き出すコンスタンス。
クロエが、その後に付いて行こうとすると、オスカーが呼び止めた。
「少しいいか」
「はい。なんでしょう」
「この家はどうだ、快適に過ごせているか」
「ありがとうございます、とても良くして頂いています」
「そうか」とオスカーがホッとしたような顔をする。そして、声を潜めた。
「例の毒の件だが、セドリックが君の分析結果に基づいて調査を開始するそうだ。君にお礼を言ってくれと言われた」
そうですか、と俯くクロエ。
そして、少し考えた後、オスカーを見上げた。
「あの、一つお願いがあります」
「なんだ?」
「わたし、王宮に行きたいです」
「……は?」
クロエの突然の申し出に、驚いた顔をするオスカー。
「……それはなぜだ」
「水分を直接調べさせて欲しいんです。現地じゃなきゃ分からないこともあると思いますし、乗り掛かった舟ですし」
(やっぱり、引き受けた分析は、ちゃんと終わらせるのが筋だと思うのよね)
「せっかく王都に来たし、最後までちゃんと調べたい」と研究者らしい発言をするクロエに、「君は追われる身なんだが」と苦笑するオスカー。
軽くため息をついたあと、渋々うなずいた。
「分かった。こちらとしても助かる。安全対策を含めてセドリックに相談しよう」
そして、この数日後。
クロエは、遠縁の貴族令息に変装して、オスカーと共に王宮に調査に行くことになった。
ちなみに、セドリックは「王弟殿下」です。
(ナロウ殿下の叔父)
不要と思われるAnother Sideを削った中に入れていたのを、今の今まで失念しておりました。
完結後にどこかに入れますので、今は「ふうん、そうなんだ」くらいに思っていて頂けると嬉しいです。




