02.婚約破棄に介入するに至るまで(1)
(……わたし、もしかして転生している?)
二歳になったばかりのとき、クロエは突然、前世の記憶を思い出した。
前世の彼女は、『魔道具開発者』。
三度の飯より魔道具が好きで、若くして国の研究機関の筆頭魔道具師となり、寝る時間以外のほとんどを使い、上に言われるまま開発に没頭していた。
しかし、当時は戦乱の世で、魔道具といえば『兵器』。
彼女は、使用用途もよく考えないまま機能を追求し、周囲を火の海にできる大砲や、人を洗脳する道具、光線を出せる銃など、人を傷つけるための兵器を生み出してしまった。
とんでもない兵器を作ってしまったことに気が付いたのは、彼女が二十代になったばかりのとき。
学会に出るために、初めて王都を出たときのこと。
国境線付近で、自らの魔道具が、破壊と殺戮のために使われているのを見てしまったのだ。
(ああ、研究に夢中になって、わたしは何ということを……)
言われるがまま作り、生み出した魔道具が褒められるのが嬉しくて、どんどん開発した結果、とんでもないことをしてしまった。
だから、数日後、敵国からの攻撃で魔道具研究所が火の海になったとき、彼女は心の底からホッとした。
もう自分の魔道具に、人を殺させずに済む、と。
そして、仲間の研究員を全員逃したせいで、逃げ遅れた彼女は、心から神に祈った。
もしも自分が生まれ変われるのであれば、また、魔道具に携わる仕事がしたい。
この知識を使って、今度は人々の平和な生活を守るために、魔道具を作りたい。
そして、気がつくと、顔色の悪い疲れた研究員から一転、可愛らしい女の子の姿になっていた、という次第だ。
(これはきっと、神様がくれたチャンスだわ。もう二度とお天道様の下を歩けないことはしない)
今世では、人々の平和な生活を守るために尽力しようと決心する、二歳児クロエ。
その日から、彼女は周囲を観察し始めた。
(どうやら、わたしの生きていた時代から、千年近く経っているみたいね)
家にあった歴史書によると、彼女の死後に、彼女に殺人兵器を作らせたリエルガ帝国の王都を中心に大規模な噴火が起き、帝国とその周辺国は滅びてしまったらしい。
地図で確認したところ、王都だった場所には巨大な山があり、周囲は広大な山地に変わっていた。
大陸の主要国が滅びたお陰か、長い年月を経たせいか。
魔道具は、殺人兵器から人々の生活を便利にする物として、その役割を大きく変えていた。
たくさんの理論が失われていたが、その代わり研究し甲斐のありそうな新しい理論が生まれており、それらが当時よりずっと有用な使われ方をしていた。
温かいお湯を出す箱や、部屋を温める箱、物を冷やす箱といった生活に密着した魔道具をながめながら、クロエは思った。
(正に理想郷だわ)
だから、七歳の誕生日のとき。
家族から「クロエは何になりたいの?」と尋ねられ、彼女は小さな胸を張ってこう答えた。
「わたし、魔道具の開発者になる」
*
クロエの生まれたマドネス子爵家は、ちょっと変わった家だった。
父は土壌研究の第一人者で、母は農業研究の第一人者、そして、治水や金属学などの専門分野に長けた兄と姉たち。
つまり、マドネス子爵家は、エキスパート集団だったのである。
そんな彼らは、クロエの魔道具バカぶりを、当然のことと受け入れた。
七歳にしては知識過多なことも気にせず、魔道具の本をたくさん買い与えてくれ、研究を応援してくれた。
生活魔道具という未知の領域にワクワクしながら、クロエは思った。
なんて素敵な環境なのだろう。このまま研究に没頭していこう、と。
そして、十二歳になった彼女は、新しく学んだ魔道具技術を使って『魔導浄水ポット』の開発に成功した。
領地の一部に、飲み水に適した水の出ない場所があり、人々が苦労していると聞いて、三年がかりで開発したのだ。
この開発は非常に画期的で、彼女はこの件で特許を取得した。
(この調子で、人々の生活向上のために、がんばるわよ!)
しかし、苦難が訪れた。
「クロエ、さすがに学園には行かないとダメよ」
「そうだな。貴族の義務だからな」
十五歳の年に、この国の貴族の義務として、王立学園に入学しなければならなくなったのだ。
「いやよ! 三年も無駄な時間を過ごすなんて、ありえない!」
しかし、義務は義務。こればかりはどうにもならない。
という訳で、クロエは渋々王都に行って学園に通うことになった。
幸い、学園の隣には大学があり、そこの魔道具研究の教授に気に入られて、研究所への出入りを許可されたため、これ幸いと彼女はそこに入り浸った。
授業が終わるとホームルームも出ずに研究所に直行し、夜遅く寮に帰る。
学校の行事などは全てボイコットし、ひたすら魔道具研究に明け暮れた。
クラスメイトが「ちょっとあなた!」と文句を言ってきたが、そんなものはお構いなし。
絵に描いたような不良学生だ。
前世がボッチの魔道具オタクで、今世では風変わりな家族に囲まれて育った彼女には、社会性や協調性が徹底的に足りていなかった。
しかし、ある日。
研究室に向かおうと鞄を片付けている彼女のもとに、一人の女子生徒がやってきた。
コンスタンス・ソリディド公爵令嬢。
銀色の髪と青い瞳が特徴の、やや目つきが鋭い美人で、この国の第一王子の婚約者だ。
クロエは、コンスタンスが「ちょっと宜しいかしら」と近づいてくるのを、うんざりした目で見た。
どうせ他の女子生徒と同じように、ヒステリーに「あなた! なんで行事に出ないんですか! 出るべきです!」と上から目線で騒ぐのだろうと思ったからだ。
しかし、コンスタンスは予想外な行動に出た。
彼女は申し訳なさそうな顔で、「お時間を取らせてごめんなさいね」とまず謝ると、こう尋ねた。
「クロエさんは、なぜ行事に出ないのですか? 理由があるのでしょう?」
意外な質問に目を白黒させながら、クロエが「魔道具研究をしたいから時間がもったいない」と答えると、コンスタンスが「なるほど」とうなずいた。
「確かに、ホームルームや学園の行事は、魔道具には関係ありませんわね。でも、将来的にはどうかしら?」
「将来的?」
「ええ、魔道具の研究って大規模なものになると、お金も人もかかるでしょう? そういった研究をするためには、パトロンが不可欠なのでは? 確か、マドネス子爵当主の研究も多くの貴族の支援を受けているハズですわ」
確かに、と、クロエは黙り込んだ。
前世でも、金にならない開発をするときは、貴族の支援を募っていた気がする。
考え込むクロエに、コンスタンスがにっこり微笑んだ。
「クラスメイト達は、みんな貴族ですわ。将来のパトロン候補です。将来的にそういった方々と顔をつなぐためにも、行事には出た方がよろしいと思いますわ。悪印象よりも好印象の方がお金も人も出してもらえますわ」
クロエは思案した。
人生は短く、時間は有限だ。なるべく有効に使いたいと思う。
ただ、確かにコンスタンスの言うことにも一理ある。
そんなわけで、クロエは渋々ではあるものの、ホームルームや学校行事に出るようになった。
最初はクラスメイトたちからの風当たりは強かったが、その度に笑顔のコンスタンスが取りなしてくれた。
「まあまあ、皆さん、参加するようになったんですから、宜しいではないですか」
身分の高い彼女に穏やかに言われると、「まあ、それもそうか」と納得してしまうらしく、クロエは徐々にクラスに馴染んでいった。
前世コミュ障で、今も協調性や社会性が無きに等しい魔道具オタク、クロエと、貴族らしくてコミュ力の塊であるコンスタンス。
正反対に見える二人ではあったが、意外と馬が合った。
コンスタンスは裏も表もない、ひたすら正直なクロエを好ましく思っていたし、クロエは、自分が不得意な人間関係分野に長けたコンスタンスを素直に「この人すごいな」と思っていた。
そんなわけで、周囲が「あの二人合うのかしら?」と首をかしげるのを物ともせず、二人はどんどん仲良くなっていった。
特にコンスタンスはクロエを事あるごとに気にかけ、
魔道具研究の触媒を買うのにお金を使ってしまったクロエに、
「仕方ありませんわね」
と学食をおごってくれたり、貴族の礼儀を教えてくれるなど、生活力と社会性に欠ける彼女の面倒をなにかと見てくれた。
(もしかして、これが「友達」というものなのかしら)
前世も含めて、初めてできた「友達」と呼べる存在に、クロエは思った。
いつもお世話になっているばかりじゃ申し訳ない。自分も彼女になにかしたい。
そんなとき、クロエはコンスタンスの誕生日が近いと知った。
(友達にはプレゼントをあげるものだと、本で読んだわ)
素直に本の内容に従って、休みの日に街にプレゼントを買いに行く。
そして、散々迷って高めのハンカチを買ったその帰り、彼女は街の骨董品屋で衝撃的なものを見つけた。
(な、なに! この魔道具!)
それは、ショーウインドウに飾られていた、前世のクロエが生きていたころの魔道具『銃』。
使用用途が分からないため、遺跡美術品として取り扱われているらしい。
飾ってあったそれは、クロエが死んだあとに開発されたものらしく、彼女が知っている形よりも更に改良されていた。
クロエは夢中でショーウインドウに張り付いた。
(わたしが死んだ後に、どんな技術の発展があったのか、見たい! でも値段が……)
それは、クロエの三年分の学費を更に上回る額であった。
買えるような値段じゃないわね、と、ガックリと肩を落とす。
その後、学園にて、コンスタンスに購入したハンカチをプレゼント。とても喜んでもらい、そのついでに、街で古代魔道具を見た話をすると、コンスタンスがにっこり笑った。
「あら、古代魔道具なら、うちに幾つか飾ってあるわよ。是非いらして!」
さすがは公爵家、と思うのと同時に、知らない技術の分析ができるかもしれないわ!
と、小躍りするクロエ。
そして、スキップしながら訪問したコンスタンスの家で、彼女は運命的な出会いを果たすことになる。
追加しました。