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07.楽しい夕食


本日7話目です。

 

 その日の夜。


 嵐から一転、すっかり晴れて星が瞬く空の下、

 クロエとオスカーは外に出て、隣の『虎の尾亭』に向かった。


 オレンジ色の光に満ちた店内は、半分ほど席が埋まっており、

 赤い顔をした男たちが陽気に騒いでいる。


 エプロンをしたチェルシーが、クロエを見つけてツインテールを揺らしながら駆け寄ってきた。



「いらっしゃい、ココさん。あら? 珍しい、お友達?」


「こんばんは。話せる席、空いているかな?」


「空いているわよ!」



 チェルシーが壁際の席に案内してくれる。

 隣が壁で、席自体が孤立していることから、秘密の話をしても他に聞かれにくいという特別席だ。


 クロエとオスカーは向かい合って座ると、壁に掛けてある手書きのメニュー表をながめた。



「お勧めは定食ですね。日替わりで、ハズレがありません」


「ならば定食にしよう」



 注文を取りに来てくれたチェルシーに、定食を二つとエールを二杯注文する。

 そして、エールがきて乾杯すると、同時に飲み始めた。



「ぷはあ、美味しいですね」


「ああ、初めて飲んだが、美味いな」



 お通しにと出してもらったナッツをつまみながら、クロエは思った。


 久々に歯応えのある成分分析をしたな、と。



(まさか、今世でここまで難しい分析をすることになるとは思わなかったわ)



 オスカーから依頼された水分分析は難航を極めた。


 普段使っている『成分分析の魔道具』では歯が立たず、

 魔道具の機能改善をする羽目になった。


 そして、機能改善した『成分分析の魔道具(改)』でようやくある程度分析したものの、詳細までは分からず。

 これはキリがないと、椅子に座って本を読んでいたオスカーを誘って『虎の尾亭』に来た、という次第だ。



(まだちゃんと分析しきれてないけど、とりあえず結果を伝えた方が良いわよね)



 クロエはポケットから紙を取り出すと、テーブルの上に置いた。



「これが分析の結果です。

ここに書いてある井戸の水四つと、お酒二つ、計六つの液から、微量の“恐らく毒だろうと思われる物質”が見つかりました」



 身を乗り出して紙を見ながら、オスカーがつぶやいた。



「……見事にセドリックの予想と同じだな」


「であれば、セドリックさんがおかしいと思った井戸は閉鎖した方が良いと思います。お酒の樽も調べた方がいいかと」


「そうだな、すぐに連絡しよう。ちなみに、飲んでしまった人間はどうなるんだ?」


「かなり微量ですし、大丈夫だと思います。追加で飲まなければ、いずれ体から抜けるかと」



 そうか、とオスカーがホッとしたような顔をする。



「それで、“毒だろうと思われる物質”と言っていたが、どんなものなんだ?」



 クロエが腕を組んで難しい顔をした。



「現時点では、それ以上のことは分かりません。調べれば分かりますが、相当時間がかかると思います」



 魔道具を使ってこれ以上調べるのは無理だ。

 となると、原始的だが、薬剤を順番に投入して、その反応を見ながら、成分を探っていくしかないだろう。



「どのくらいかかりそうなんだ?」


「そうですね……、少なくとも半月はかかるかと」



 オスカーが、なるほど、とうなずいた。



「それであれば大丈夫だ。一カ月はかかるつもりで来ている。混入経路を辿るためにも、分析を依頼できないだろうか」


「わかりました。いざという時のための中和剤もあった方が良いですものね」



 そして、彼女は目を伏せてつぶやいた。



「でも、誰かが入れたとしたら、どうやって入れたんでしょうね。井戸はともかく、酒樽に入れるのは難易度が高い気がします」


「内部の人間の犯行の可能性が極めて高くなるだろうな」



 オスカーが難しい顔をして黙り込む。


 クロエは思った。なんだかヤバい話だわ、と。



(もしも誰かが入れたのであれば、王城のセキュリティが相当甘いってことになるわよね)



 二人がそれぞれ考え込んでいた、そのとき。


 チェルシーが陽気に料理を運んできた。



「お待たせしました! 熱いので気を付けてくださいね!」



 とてもお腹が空いていたことを思い出し、二人は顔を見合わせてくすりと笑った。



「まずは食べるか」


「そうですね」



 クロエはナイフとフォークを手に取った。


 今日は鶏肉を焼いたものと、小さなグラタンだ。

 鉄板の上でジュージューいっている鶏肉の焼け具合も、濃厚なチーズの香りが漂うグラタンの焦げ具合も実に絶妙だ。

 付け合わせのパンがいつもより多いのは、オスカーが大柄だからだろう。



「「いただきます」」



 グラタンを一口食べたオスカーが驚いたような声を出した。



「美味しいな。これは予想以上だ。この店にはよく来るのか?」


「はい。夜によく来ます」



 鶏肉を大きく切り分けて口に運びながら、今日も美味しいなあ、と幸せな気分になりながら答えるクロエ。


 彼女の幸せそうな顔に口角を上げながら、上品に食べ物を口に運ぶオスカー。

 肉のお代わりを頼む。



 そして、あらかた食事が済むと、追加で頼んだワインを口にしながら、オスカーが口を開いた。



「とても美味しかった。騎士団施設の隣にこの店が欲しいくらいだ」


「たまにあるデザートも絶品なんですよ」



 クロエは満ち足りた気分でのんびりと答えた。

 ワインも美味しいし、もう難しい話は無理だ。


 オスカーも同じらしく、二人はリラックスした気分でおつまみのチーズをつまみながら、とりとめない会話をはじめた。



「まさか、薬師として店を持っているとは思わなかった」


「最初は魔道具師として働こうかと思ったんですけど、それだと目立つから、薬師にしてはどうだって、ランズさんに言われて。店は流れで持つことになりました」


「コンスタンスが聞いたら驚くだろうな」


「間違いなく驚かれる気がします」



 その後、騎士団の話や最近の王都の話など、話題が尽きない。

 お酒の酔いも手伝って、話が弾む。


 クロエが、そういえば、と尋ねた。



「なんでわたしだって分かったんですか? 結構上手く変装している自信があったんですけど」



 オスカーが、軽く苦笑した。



「俺が君を見間違えるはずがない」



 そして、ふと心配そうな顔になった。



「しかし、こうやって改めて見ると、随分と痩せた気がするが、どうしたんだ」



 ああ、そうですよね、とクロエが頭を掻いた。



「研究に夢中になると、寝食を忘れちゃうんです。実は、今日もこれが初めての食事なんです」



 オスカーが、苦笑い(にがわらい)した。



「まったく、君も相変わらずだな。いつもそんな感じなのか?」


「はい、まあ、こんな感じです」


「寝食といったが、もしかして睡眠もあまりとっていないのか?」


「そうですね。ここ半年くらい、ちゃんと寝る時間を作っていないかもしれません」



 オスカーが、呆れたような、心配なような、複雑な表情を浮かべる。


 と、そのとき。パタパタパタという軽い足音と共に、チェルシーが伝票を持って現れた。



「ココさん、そろそろ閉店なんで、準備お願いしますね!」


「ああ。ありがとう」



 オスカーがさりげなく伝票を受け取る。

 そして立ち上がると、クロエを少し心配そうに見た。



「かなり飲んでいたようだが、大丈夫か?」


「大丈夫です。でも、少し飲み過ぎたかもしれません」


「思ったよりも強いワインだったしな」



 オスカーが、「ゆっくり来るといい」と、伝票を持ってカウンターに向かう。

 その様子をながめながら、相変わらずスマートだなあ、と感心するクロエ。


 そして、外に出ると、オスカーがクロエを店の裏口まで送って、微笑んだ。



「俺はこの先の宿に泊まっているから、ここで失礼する」


「あ、はい。ご飯、ごちそうさまです」



 オスカーが「また明日、閉店後に来る」と手を振りながら、すっかり暗くなった通りの奥に消えていく。


 その後姿を見送りながら、クロエは



「また明日?」



 と首をかしげると、ややフラフラしながら、店へ入っていった。






王宮の水から、超薄めた毒が見つかった!

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんと! 毒ですか! 犯人はいったい誰なんでしょう! 謎は深まるばかりですね!
[良い点] どんどん引き込まれてるように読ませていただきました。 [気になる点] 第二部 07 ですが、『歯応え』→『手応え』ではないでしょうか?
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