05.嵐と珍客
本日5話目です。
「ふぉっふぉっふぉ、ココちゃん、またの~」
「はい、ブラッドリーさんも、お気を付けて」
開店から一年二ヵ月後の、ある日の午後。
クロエは、冒険者ギルドでブラッドリーに依頼された毒の分析結果を渡し、一人店への道を急いでいた。
時刻は昼の十二時。
普段であれば、いつも人がたくさんいてにぎわっている中央通りも、今日はほとんど人がおらず、石畳の上を強い風が吹いている。
理由は、昼前に大山脈の上空に浮かんだ丸い雲。
この雲が空に浮かぶと、急に天気が大崩れするため、誰も外に出なくなるのだ。
風で乱れる髪の毛を押さえながら見上げると、空が不気味な色に変わってきている。
早足で店に戻ると、クロエは店の前に立てている立て看板を持ち上げた。
(片づけた方がいいわね)
足でドアを開けて、看板をよいしょと店の中に入れる。
そして、窓から外をながめながら、もう今日は店を閉じようかしら、と考えていると、
通りの向こうから人が一人歩いてくるのが見えた。
紺色のフード付きのマントを着た長身の男性で、マントが強風にあおられてバサバサしている。
雨が少し降っているのか、すっぽりとフードを被り、その縁を強く握っている。
(こんな天気で外に出るなんて、余程の用事かしら)
そんなことを考えているうちに、どんどん近づいてくる男性。
店の前に立ち止まった。
(え? うち?)
目を見開くクロエの横で、チリンチリン、と鳴り響くベルの音。
クロエはドアを開けて、男性を招き入れた。
「お入りください、お薬ですか?」
こんな天気に来るなんて急ぎだろうと思いながら、クロエが尋ねると、扉を閉めながら「ああ」とうなずく男性。
身のこなしの良いところを見ると、若い冒険者だろうか。
彼は、「こんな天気のときにすまない」と言いながら、フードの奥からクロエの顔を見て、
「……っ!」
まるで雷に打たれたようにピシリと固まった。
え、なに? とつられて固まるクロエ。
不思議な沈黙が、店内を流れる。
しばらくして、男性が我に返ったように頭を軽く振った。
「……すまない、知り合いと似ていたもので、驚いてしまった」
「ああ、そういうことでしたか。こういう眼鏡をかけた容貌の人、結構いますからね」
よく知らない誰かと間違えられるんですよ、と笑う彼女を、フードの奥から穴が開くほど見つめる男性。
なんか気持ちの悪い人だな、と思いながら、クロエが尋ねた。
「それで、御用はなんでしょう? というか、こんな天気の日に外に出るなんて危ないですよ」
「そうなのか?」
「ええ、昼前に大山脈の上に丸い雲が浮かんだんです。あの雲が出ると、天気が崩れるんで、この辺の人間は外に出ないんですよ」
お客さん、外の人ですね、と言うクロエを凝視する男性。
そして、逡巡の末、尋ねた。
「……ここは、『薬屋ココ』と聞いたのだが、あなたが店主の薬師ココ殿か?」
「ええ、わたしが薬師ココです」
今更何を言っているんだ、と答えるクロエ。
ちょっとヤバい人が来てしまったのではないかと考え始める。
(どうしよう。こんな日だから、衛兵詰め所も閉まってるかもしれない。いざとなったら『虎の尾亭』に逃げ込むしかないわね……)
彼女が、頭の中で、どう逃げようか考え始めた、そのとき。
考え込むように黙っていた男性が、思い切ったように口を開いた。
「もしも勘違いだったら申し訳ないのだが、店主は『クロエ・マドネス』という女性をご存じないだろうか?」
「……っ!」
クロエは思わず息を呑んだ。
まさかの言葉に身が凍る。
その反応を見て、同じく息を呑む男性。
あっという間もなく大股でクロエに近づくと、固まっている彼女を抱きしめた。
「ぐえっ」
潰れたカエルのような声を出す彼女を、男性が更に強く抱きしめた。
「クロエ……! 良かった、無事で……!」
「え? は?」
「本当に、本当に良かった……!」
「ちょっ! 誰!? てか、く、苦しい!」
クロエはジタバタもがいた。
なにがなんだかさっぱり分からない。
そして、顔を上げて、再び息を呑んだ。
「……っ! オスカー様!」
そこにいたのは、心からホッとしたような表情を浮かべた、整った顔立ちをした銀髪で青い瞳の青年。
遠いブライト王国にいるはずのオスカーであった。
本日はここまで、の予定ですが、
キリが良いところまで、もしかすると、もう2話くらい投稿するかもです。




