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04.平和な日常と、不穏な母国


本日4話目です。

やや伏線というか、説明回です。

 

 クロエが薬師ココとして、サイファの街で働き始めてから、一年後。


 暖かい春の陽が気持ちの良い、春の午後。

 クロエは、街の中央にある冒険者ギルドの白くて大きな建物を訪れていた。


 応接室の革張りのソファに座って待っていると、ドアが開いて、一人の白髭の老人が入ってきた。



「ふぉっふぉっふぉ。久しいの、ココちゃん」


「お久しぶりです。ブラッドリーさん」



 この老人の名前は、ブラッドリー。

 冒険者ギルド本部のお偉いさんで、その界隈では結構な有名人らしい。


 いつも「ふぉっふぉっふぉ」と笑っているが、誰も気が付いていないクロエの男装を「ありゃ、可愛い女の子じゃったか」とすぐに見破った、油断ならない人物でもある。


 ブラッドリーは、にこにこしながらソファに座った。



「頼んだ毒の中和剤ができたと聞いて、飛んで来たんじゃ。見せてもらえるかの」


「はい、もちろんです」



 彼女は、鞄から箱に入ったフラスコと紙束を取り出した。

 フラスコの中には透明感のある緑色の液体が入っている。



「こちらが中和剤で、こちらが製法です。分析の結果、出血系の毒物でした」


「大したもんじゃ、これがあれば大助かりじゃ」



 ブラッドリーが、目を細める。


 彼の話では、ダンジョン内に一般的な毒消し薬が効きにくい毒を持つ蛇が多く出る箇所があり、冒険者にかなりの被害が出ていたらしい。


 分析結果と製法を書いた紙を真剣に読む老人をながめながら、クロエは軽く息を吐いた。


 前世のクロエは、かなり深く毒の研究をしていた。

 理由は毒を使った兵器を作るため。

 作っている中和剤は、このとき得た知識を利用して作っている。



(前世では人を傷つけていた知識が、今世は人を助けるためのものになっている。不思議な気分ね)



 その後、いくつかの質問に答え、



「ふぉっふぉっふぉ、またお願いするぞい。それで、うちの孫とのお見合いは考えてくれたかの?」


「いえ、考えてません」


「ふぉっふぉっふぉ、残念じゃのう」



 といういつもの会話を交わし、ギルドの建物を出るクロエ。


 店に戻って、本や紙が乱雑に置かれている雑然とした作業室で、

 古代魔道具の分析に熱中しはじめる。


 そして、ふと顔を上げると、作業場はすでに暗くなっており、

 窓の外には、淡い春の夕闇が漂っていた。



(もう夕方なのね、今日は忘れないうちにご飯を食べに行きましょう)



 彼女は上着を羽織ると、裏門から路地に出た。


 心地良い春の宵の風を頬で感じながら、空の低い位置に浮かぶ半透明の月をながめて歩く。


 そして、大通りに出ると、隣にある『虎の尾亭』の重い扉を開いた。



 カランカラン



 ドアベルが鳴り、オレンジ色の柔らかい光がドアの隙間から漏れ出る。


 中に入ると、暖かい光が満ちた店内で、二十人ほどの冒険者たちがにぎやかに飲食をしていた。



(今日も盛況ね)



 クロエを見て「よう! 薬屋!」「明日は寝坊するなよ!」と声をかけてくる酔っ払いたちに軽く手を振りながら、店の奥にあるカウンターに座ると、



「いらっしゃ~い、ココさん、二日ぶりですね!」



 赤毛のツインテールの看板娘チェルシーが、お盆を持ってパタパタと近づいてきた。



「今日は何にしますか~?」


「いつものやつで」


「は~い! ココさんに、日替わり定食一つ~!」



 厨房に向かって明るく声を張り上げると、にこにこ笑いながら手を振って別のテーブルに走るチェルシー。


 クロエはカウンターに頬杖をついて、正面の棚をながめた。


 後ろから聞こえる大きな笑い声を聞きながら、

 「相変わらず見たことのない種類のお酒がたくさん並んでいるなあ」とか、「夜は古代魔道具の研究に没頭しよう」など、ぼんやり考える。


 そして、しばらくすると、

 厨房から元有名冒険者だったというガタイのいい店のマスターが出てきて、彼女の目の前に定食の載ったお盆を置いた。



「日替わりだ。今日は溶岩焼きだ」



 クロエは、「ありがとう」と言いながら、嬉しそうに料理を覗き込んだ。


 今日のメニューは、牛肉のミニステーキと、チーズがたっぷりのったオムライス。

 熱した溶岩プレートの上でジュウジュウと音を立てている。

(※溶岩プレート:このあたりで採れる溶岩を使って作られた鉄板、名物)



「今日も美味しそう! いただきます!」



 手を合わせて、ゆっくりとスプーンを動かしながら、相変わらずの美味しさにクロエはうっとりした。

 卵のふわふわさもたまらないし、ステーキの焼き具合なんて、異次元の素晴らしさだ。



「ああ、至福……」



 クロエの幸せそうな顔をながめたあと、

「熱いから気をつけろよ」とマスターが機嫌良さそうに厨房に戻っていく。


 手が空いたらしいチェルシーが、「これおまけよ~」とグラスに入ったワインを持ってきてくれる。

 そしてカウンター越しに座ると、にこにこしながら頬杖をついた。



「最近どう? イケてる感じ~?」


「いい感じだよ。チェルシーのお陰で、お客さんとの会話も弾むようになってきた」


「それは良かったわ~、ココさん、飲み込みが早いから」



 チェルシーがにこにこする。


 彼女は、最初の頃、なかなかこの街に馴染めず、いつも一人でカウンターに黙って座っていたクロエを何かと気にかけてくれた優しい娘だ。


 クロエが「店に来たお客さんとの会話に困る」とボヤいたところ、こんなアドバイスをくれた。



「まずは、言葉を柔らかくしてみたらどうです~?」


「言葉を柔らかく?」


「ココさん、硬いんですよ~」


「え、そうかな?」


「そうですよ~。冒険者を相手にする店なんですから、もっと柔らかく、気の利いたジョークの一つも飛ばさないと~」



 気の利いたジョークってなんだろう、と首をかしげつつも、クロエは思った。

 確かにチェルシーの言葉にも一理あるかもしれないと。


 とりあえず、チェルシーに教えてもらった、「回復薬をキメる」という言葉を使ってみたところ、店舗でバカ受けした。



「ははは! ココ、お前、そういう冗談言うんだな!」



 なるほど、これが気の利いたジョークというやつか、と理解するクロエ。


 以来、チェルシーの指導に従って、「ばっちりダゼ」とか「それなー」などの言葉を使ってみている、という次第だ。


 その後、取り留めない話をする二人。

 二人の会話に、黙ってコップを磨いているマスターが、どことなく微笑ましそうな顔で耳を傾ける。



 そして、しばらくして。

 外から冒険者らしき男性の集団が笑いながら入ってきた。


 チェルシーがカウンターから出て、「いらっしゃいませ~」と走り、

 マスターも厨房に戻っていく。


 その後姿を見送ると、クロエはおもむろに、カウンターに無造作に積んである最新の新聞を取り上げた。


 サイファの街には新聞社がないが、週に一回、こうやって酒場やギルドなどの人の集まる場所に、誰でも読めるようにと王都の新聞が置かれるのだ。


 クロエは、五枚ほど重なっている新聞をパラパラとめくった。



『王太子妃出産! 国王陛下十人目の孫!』


『中央ダンジョンに新規ルート見つかる!』


『ブライト王国から友好の証として白黒猫が贈られる!』



 あまりの平和さに、クロエは思わず笑いを漏らした。



(穏やかないい国ね、ここ。やっぱりダンジョン資源があるからかしら)



 そして、母国ブライト王国のことが書かれているページを開いて、ため息をついた。



(……まあ、こっちはあんまり平和じゃないみたいだけど)



『ナロウ第一王子、ビシャス侯爵家の養女プリシラ令嬢と正式に婚約する』


『国王陛下が式典中に朦朧、なにかの病気か』


『第二王子、落馬。命に別状はないものの、後遺症が心配』


『またしても有名魔道具師が行方不明に、これで三人目』



 一つ目の記事を読んで、クロエは苦笑した。

 あの王子、本物のアホだったんだ、と。


 新聞の情報によると、クロエが出国した数か月後、

 コンスタンスとナロウ王子が双方の話し合いの元、穏便に婚約を解消。

 新しい婚約者にプリシラが選ばれ、実家は子爵に陞爵と、と書いてあった。



(なんだかなあ、って感じね)



 そして、二つ目と三つ目の記事を読んで、眉間にしわを寄せた。



(きな臭いわね。国王陛下と第二王子に同時に何かあるなんて、普通に考えたらあり得ないもの。最近こういう不自然な記事ばかりだわ)



 田舎で実験に明け暮れている家族は心配ないと思うが、政局に近い位置にいるコンスタンスとオスカーはどうだろうか、大丈夫だろうか。



(しかも、魔道具師が行方不明なんて……)



 行方不明になった三人は、全員顔見知りだ。皆腕利きで、尊敬していた人ばかりだ。



(……みんな無事だといいけど)




 新聞を折ってカウンターの隅に戻すと、お金を払って店の外に出る。



 見上げると、寒々しい半月が空にぷかりと浮かんでいた。






サラっと書いていますが、プリシラの実家は男爵→子爵に昇爵しています。

分かりにくいとの指摘がありましたので、補足させて頂きます。

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