01.プロローグ:不摂生な薬屋、いつも通りの朝を迎える
本日1話目です。第2部スタート!
ドンドン! ドンドン!
遠くでドアを叩く音がする。
続いて聞こえてくる「おーい! 薬屋! 起きろ! 時間だぞ!」という大きな声。
「うーん、もう、朝か……」
クロエが寝ぼけまなこで顔を上げると、そこは黒い大鍋が置かれた、薄暗くて雑然とした作業室。
窓から差し込む夜明け前のぼんやりとした光が、机上の分解された古代魔道具を照らしている。
彼女はのろのろと立ち上がると、また寝落ちしてしまったわ、と大きく伸びをしながら時計を見上げた。
「……本当だ、五時半だ。店、開けないと」
ドンドンドン、という音を聞きながら、作業場の隅の水場で顔を洗う。
お腹が空いていることに気が付き、「昨日夕飯食べるの忘れた」とぼやきながら水を飲む。
そして、えんじ色の上着を羽織り、黒ぶち眼鏡をかけると、店舗に繋がるドアを開け放った。
ドアを叩く音と、「薬屋! 起きろー!」という声が大きくなる。
クロエは「ちょっと待ってください!」と外につながるドアに向かって大きな声を出すと、作業場から木箱を抱えて運び始めた。
中にぎっしり詰まった回復薬が、カチャカチャと音を立てる。
それらを、よいしょ、と木のカウンターの上に並べ、窓にかかっている白いカーテンを開ける。そして、
「今開けます」
閂を外して木でできた頑丈なドアを開けた。
「お待たせしました、開店です」
外には大柄な男性や、鎧を着た女性がズラリと並んでいる。
先頭の大剣を背負った男が、クロエを見て呆れたような顔をした。
「おせーよ、薬屋! てか、お前、また机の上で寝てただろ」
「え、なんで分かったんですか?」
「顔に跡がついてる」
言われて頬をさすると、くっきり線状の跡がついているのが分かる。
そういえば、本の上に突っ伏して寝てたなと思い出していると、男がクロエに尋ねた。
「で、ココさんよ。今日の回復薬の出来はどうだ?」
男の質問に、にぎやかだった行列が、ピタリと黙る。
クロエはニヤッと笑うと、親指を立ててみせた。
「ばっちりダ」
行列がわあっと歓声を上げた。「出た! ばっちりダ!」「今日も期待できるわね!」という声が聞こえてくる。
クロエは店に客を招き入れると、カウンターに立って接客を始めた。
「初級回復薬は一人三本までです」
「じゃあ、初級回復薬三本と、毒消し薬二本、造血剤一本くれ」
「はい、どうぞ。金貨一枚です」
「相変わらず良心的だな! 助かるぜ! また来るな!」
お金を支払って、お礼を言いながら嬉しそうに店を出る鎧を着た男。
「お次の方、どうぞ」
「初級回復薬三本と、上級回復薬一本ちょうだい」
「はい、金貨一枚と銀貨三枚です」
「ありがとうね。あんたのとこの薬は効きが嘘みたいに良いから、持っていると安心感が違うわ」
また来るわね、と剣を背負った女性がニコニコしながら帰っていく。
その後も次々と客をさばいていくクロエ。
どんどん薬がなくなり、「初級回復薬なくなりました!」「毒消しなくなりました!」という声と共に、後ろの方に並んでいた客が残念そうに帰っていく。
そして、開店から約三十分後。
最後の客がニコニコしながら「ありがとな! また来るぜ!」と帰り、誰もいなくなると、クロエは壁に掛けてある時計を見上げた。
「六時。今日はスムーズだったわね」
そして、カウンターの端に置いてあった掛札を二枚、手に取って店の外に出た。
外は、白壁とレンガ色の屋根の建物が並ぶ、石畳の大通り。
人々が、朝日に照らされながら、忙しそうに歩いている。
それらをながめながら、クロエは、ぐぐーっと伸びをした。
「はあ、今日も一日はじまったわね」
そして、手に持っていた看板を扉に掛けると、さすがに寝不足だわ、と大きなあくびをした。
「シャワーを浴びて、久々にベッドで一眠りしますか」
目をこすりながら、店の中に入っていく。
閉められたドアの外には、二枚の札が揺れていた。
『薬屋ココ、本日分の薬、売り切れました』
『ただいま休憩中、午後の営業は一時から三時まで』
クロエが母国ブライト王国を出て、八カ月後、とある晩春の日のことであった。
クロエがなぜ辺境の薬屋でココと名乗って働いているかについては、次出てきます。
本日は5話ほど投稿したいと思います。