11.【Another Side】騎士訓練場にて
本日4話目です。
時は流れ。
クロエが国を出た後のこと。
ブライト王国の王城に隣接している騎士団本部施設にて。
赤毛のセドリックが、訓練で汗を流していた。
(ふう、やはり書類仕事ばかりでは駄目だな、たまにはこうして体を動かさなくては)
走り込みをし、騎士同士の打ち合い練習に参加し、
「そろそろ休むか」
と、一休みがてら顔を洗おうと、水場に行くと、
そこには柄杓で水を飲んでいる、機嫌の良さそうな顔をしたオスカーの姿があった。
「オスカー、調子はどうだ」
「悪くないな」
オスカーが、端正な顔を上げると、無造作に濡れた銀髪を掻き上げる。
相変わらず嘘みたいに綺麗な男だなと思いながら、セドリックが尋ねた。
「どうした、何かいいことがあった、って顔しているな」
そして、ピンと来て、彼はからかうような表情になった。
「さては、彼女のことだな」
「……っ」
「ははっ、お前、あの娘のことになると本当に分かりやすいよな」
無言で目を逸らすオスカーに、陽気に笑うセドリック。
「で、なにがあったんだ?」
オスカーは少し躊躇ったあと、声を潜めた。
「……連絡があった」
「ほう! 元気なのか?」
「そのようだ」
「良かったじゃないか」
「ああ、本当に良かった」
オスカーが心からの安堵の表情を浮かべる。
そんな彼を見て、セドリックは思った。
きっと彼女が王都に戻ってくるまで、こんな感じなんだろうな、と。
――約一年半ほど前のある日。
オスカーが、突然「昨日面白い娘に会った」と楽しそうに言ってきた。
セドリックは非常に驚いた。
オスカーと言えば、女性嫌い。
言い寄ってくる女性達に対して、礼儀正しく接しはするが、常に線を引いており、近づくことも、近づかせることもしない。
そんな彼が女性の話題とは、明日雪が降るんじゃないだろうか。
驚いて「それは誰だ」と尋ねると、「クロエ・マドネス子爵令嬢だ」と返ってきた。どうやら妹コンスタンスの同級生らしく、家にある古代魔道具を見にきたらしい。
それを聞いて、「あのちょっと変わっていると噂のマドネス家の才女か」と納得した。
彼は普通の女の子よりも、ユニークな子が好きなんだなと。
それから、オスカーの態度が徐々に変わり始めた。
その娘が来る日は、早目に仕事を切り上げて、家に帰るようになった。
話題に彼女の話が上るようになり、笑うことが多くなった。
彼女が応援に来ると聞き、「下手な順位でなければいい」と言っていた武術大会で本気を出して、優勝に輝いた。
優勝が決まり、観客席にいる彼女に手を振るオスカーを見て、セドリックは思った。
どうやら本格的に春が来たらしい、と。
その後、断片的に聞いた話を繋げて推測するに、
彼女は、今まで魔道具一筋できたため、男性に慣れていないばかりか、ほとんど興味がなく。
オスカーは、彼女が興味を持ちそうな魔道具の展示会に誘ったり、妹と三人で食事をしたりと、まずは友人として信頼してもらえるように努力をしているようだった。
(ずいぶんと大切にしているな。一体どんな娘なんだろう)
そんなある日、いきなり騎士団本部にクロエ・マドネスが現れた。
(へえ、あれか)
セドリックは、彼女をまじまじと見た。
(少々淡々としているが、頭が良さそうな娘だ。しかも、なかなか可愛らしい)
突然現れた可愛らしい女性に、熱い目を向ける男性騎士たち。
オスカーはそんな彼らを見て険しい表情をすると、彼女をどこかへ連れて行ってしまった。
はじめて見るオスカーの一面に、セドリックは驚いた。
(オスカーのやつ、本気だ)
そして思った。これだけ好きなんだ。想いが叶うといいな、と。
しかし、それからしばらくして。
オスカーは、三日ほど休んだあと、沈んだ表情で騎士団本部に現れた。
どうしたんだと尋ねたところ、
「まあ、色々あってな」と言葉少なげに濁すのみ。
その様子を見て、セドリックは察した。
あ、これはなんかダメだったやつだな、と。
そして、後日、彼女が王都を離れたらしいと知り、セドリックは激しく同情した。
オスカーはいつも通り振舞っているが、これは相当辛いに違いない。
「元気出せよ、彼女のことは忘れて次に行った方がいいんじゃないか」
そう言って、誰かほかに女の子を紹介しようとすると、真顔で「やめてくれ」と言われた。
(戻ってくるまで待つ気なんだろう。難儀なことだ)
そんなことを考えるセドリックを他所に、水で顔を洗うオスカー。
前髪を掻き上げると、セドリックの顔を見た。
「ところで、お前は浮かない顔をしているぞ、どうしたんだ?」
セドリックは周囲を見回して、人気がないことを確認すると、声を潜めた。
「……実は最近、王城内部の水に違和感を覚えることがあるんだ」
「違和感?」
「ああ、なにかが入っているような、そんな違和感だ」
最近たまに感じるようになった、ほんのわずかな違和感。
王城の水差しで水を飲んだときや、王城の食事をしたときの食前酒などに感じ、飲むのを止めることもある。
他の者に尋ねても首を傾げられるばかりなので、最初は気のせいかと思っていたが、最近気のせいでは済まないと考え始めている。
この話を聞いたオスカーは、軽く目を見開くと、眉間にしわを寄せた。
「それは大事なんじゃないか」
「そう思って、王宮付きの薬師に調べさせたんだが、特に何も出なかった」
「体調を崩している者は?」
「いない。だから薬師には気のせいだろうと言われた」
オスカーがすっと目を細めた。
「お前の勘は当たる。俺はもっと調べた方がいいように思う」
「俺もそう思う。今度、水質関係の専門家を呼んで詳しく調べさせようと思ってる」
「そうだな、そうした方がいい」
二人はその後、幾つか会話を交わすと、それぞれの訓練に戻っていった。
明日本編に戻ります。
誤字脱字報告ありがとうございました。(*'▽')