忘れたよ
後書きにて情報補足。
優しい目で、宜しくお願いします。
「ただいま」
1日の仕事が終わり、自宅マンションの扉を開ける。
廊下の向こうから、愛する妻が息子を胸に抱き、俺を迎えてくれた...1年前までは。
「...おかえりなさいませ」
1人の女性が俺に頭を下げる。
この人は家政婦の西山さん。
1年前、一歳の息子と二人暮らしになった俺は実家の近くに引っ越した。
母さんは安心して生活が出来る様、家政婦を探して来てくれたのだ。
家の掃除、保育園に預けた息子のお迎え、そして食事作りまで。
向こうも仕事とはいえ、突然妻を亡くし、途方にくれていた俺には救世主だった。
「今日って、西山さん頼んでたかな?」
西山さんは週三回の契約、その他の日は近くに住む母さんに孫の事を頼んでいた。
「はい、お...中川さんに呼ばれて」
「そっか、連日ごめんね」
全く、それなら母さんも連絡くらいくれたら良いのに。
いや、家政婦の料金は母さんが払ってくれてるんだ、文句は言えない。
「いいえ...」
疲れてるのかな?
西山さんの元気が無い、普段もそうだけど。
どうした事か、少し胸が痛くなった。
「ただいま優希」
「とーたん、おかえり」
西山さんの後ろから、二歳になる息子の優希がやって来た。
洋間には電車の玩具と積み木が並んでいるのが見える、西山さんと一緒に遊んでいたんだな。
「おー良い子だ」
我が子を抱き上げ、頬ずりをする。
息子が生まれてから、ずっと続けている毎日のルーティン。
キャッキャと笑う息子、1日の疲れが吹き飛ぶ瞬間。
後何年喜んでくれるやら。
「どうかしましたか?」
西山さんの視線が痛い。毎回毎回よくやると思われたか?
ちょっと恥ずかしい。
「あ...あの食事が」
おっと夕飯か、早く食べろって事だな。
「ありがとう、でも風呂を先に済ませるよ」
疲れを流してから、晩御飯は食べたい。
「はい、沸いております、ゆ...お子様は先に入れましたから」
「そんな事まで...ごめんね」
本当は優希と入りかったが、余計な事を。
いや、そんな事言ったらバチがあたるな、西山さんが居てくれて本当に助かってる。
「し...仕事ですから」
キッチンに向かう西山さんを見ながら着替えを出す。
衣類がキッチリ整理された箪笥の中は気持ち良い。結婚生活を思い出した。
だが妻が亡くなる2ヶ月前は洗濯物は滅茶苦茶だった、息子の育児が大変だったから仕方ないけど。
「...ふう」
湯船に浸かると思わず声が出る。
前言撤回、たまには1人の風呂も良い。
「西山さんは良い人だな...」
気遣いが出来て、仕事も完璧。
そしてまだ若い、女性の年齢を聞くのは失礼だから知らないが、まだ30代前半くらい。
そして美人ときている、完璧だ。
その分、料金も高そうだけど。
「さてと」
風呂から上がったら、部屋着に着替え、のんびりソファーに腰掛ける。
手には冷蔵庫から出したばかりのビール、至福の瞬間...
「食事の用意が出来ております」
「...はい」
いかん、早く食べろって事だ。
妻にもよく叱られた『冷めるでしょっ』て。
「旨そう」
テーブルに並んだ料理はどれも俺の大好物ばかり。
献立は全て西山さんに任せているが、いつも好きな料理を作ってくれる。
俺は言ってないから、母さんが西山さんに教えたんだろう。
「うん、美味しいよ」
「良かった...です」
やっぱり旨い、西山さんも嬉しそう。
作った料理を誉められるのは、誰だってそうだ。
「本当、凄いよ」
「凄い...ですか?」
「ああ、死んだ女房の得意料理を、こんなに上手く再現出来るなんて」
同じ料理を色んな店で頼んでも、妻の味とは違った。
きっとコツがあるんだろう、素人料理特有の隠し味かなんかが。
「...う」
「どうしたの?」
西山さんが口を押さえて優希の方に行ってしまった。
変な事言ったかな?
「ごめん、あんまり亡くなった人の話なんか気持ちの良いもんじゃ無かったね」
ここは謝ろう、西山さんに辞めて貰ったら困る。
息子も懐いてるから。
「...そんな事は」
「いや、僕が無責任だったよ。本当ごめん」
もう一度謝っておこう。
反省は絶対に上辺の言葉や態度では伝わらない、気持ちを込めるのが大切だ。
「次は明後日だったね」
「...はい」
「それじゃ」
「バイバイ!」
西山さんが帰る時間となり、玄関で見送る。
途中で振り返り、手を小さく振る西山さん。
俺と優希は笑顔で振り返した。
「ほら」
「母さん、ありがとう」
日曜日、朝から来てくれた母さんと三人で近くのスーパーへ買い出しを済ませる。
帰宅した母さんは熱いお茶を淹れてくれた。
「...あんた、再婚とか考えないのかい?」
「なんだよ急に」
思わずお茶を噴き出しそうになる。
唐突な言葉、母さんの目は真剣で冗談を言ってる様じゃ無い。
「...そのホラ、優希もじきに大きくなるだろ?
私だっていつまでも世話を見られないし」
昼寝をする優希に視線を遣りながら母さんは呟いた。
「相手が居ないよ」
それにまだ妻を亡くして1年だ、そんな気持ちになれない。
「ほ...ほら美智...西山さんなんかどうだい?」
「どうして、ここで西山さんが出てくるの?
向こうだって迷惑でしょ」
悪いが全くそんな気持ちは西山さんに起きない。
それに西山さんだって迷惑だろう。
「...そうか、やっぱり無理かい」
母さんは深い溜め息を吐いた。
俺が早く再婚してくれたなら、そんな親心は分かるんだけど。
「簡単に忘れられるもんじゃないよ」
もう愛する人を失うのは嫌だ。
ようやくなんだ、やっと妻は死んだと割り切れたのに。
「妻がどんな顔だったか、声は、性格は、名前まで...
やっと全部忘れる事が出来たんだ。
再婚?冗談じゃない、結婚はもう懲り懲りだよ」
妻を亡くしてから後、3ヶ月の記憶は余り無い。
ただ泣いていた、そして忘れる事で、立ち直ったのに。
「...雄二」
「この話はお仕舞い、母さんが大変なら家政婦さんに来て貰う日を増やすから、西山さん以外の人をね」
胸に込み上げる嫌悪感、その正体は間違いなく母さんと、西山さ...西山だ。
財布と車の鍵を手に、家を飛び出す。
...玄関で泣きじゃくる美智子が居た。
中川美智子(旧姓西山)
夫の雄二とは会社の同僚だった。
二年の交際の後、結婚。
一年後に息子の優希に恵まれる。
しかしある日、元恋人にレイプされる。
写真を撮られ、肉体関係と金銭を脅される美智子。
2ヶ月後、雄二に間男と抱かれている所を見られてしまう。
(元気が無い美智子を心配し、仕事を抜けて家に戻って見ちゃった)
逆上し、雄二に殴り掛かる間男。
(若い頃、ストリートファイター気取りだった)
思わず反撃する雄二。
(幼少期から続けていたフルコン空手のアマチュア選手だった)
間男、鼻骨を砕かれ戦意喪失。
恐怖にマンションを裸で逃げ出す。
車に乗り込み、逃走、脳裏にこびりつく恐怖。
ハンドル操作を誤り、電柱にドーン。
首から下は麻痺。
余罪も見つかり、社会的にアウト。
美智子謝罪、雄二真実を知り...
壊れました。
雄二の母、
美智子とは良好な関係だった。
被害を知り、同情はするも、壊れた息子に復縁は許さず。
美智子必死の懇願、雄二の母、遂にチャンスを与える。
家政婦として美智子、GO!
今回は失敗、被害者にして加害者。
でも可哀想な人。
息子 中川優希
現在二歳、実母が家政婦と分かってない。
天使、ヒゲの濃い雄二のヒゲジョリジョリが苦手。でも将来ヒゲが濃くなる。
中川雄二
現在再び、カウンセリング中。
ガンバレ!