好奇心は日常を殺した【中編】
彼女たちの好奇心は、非日常を招き寄せた。
後戻りのできない一方通行の道を、歩き出すことになる。
その先に待つものは・・・。
声劇台本:好奇心は日常を殺した【中編】
作者:霧夜シオン
所要時間:約45分
必要演者数:4~5人(1:3:0)
(2:3:0)
(1:4:0)
●登場人物
更科 杏梨・(さらしな あんり)・♀:木城 (きじょう)短大付属高校2年。
どこか冷めている。伊月とは中学からの
付き合いで、毎度彼女が持ってくる話に
嫌々ながらも結局は付き合うなど、優し
い一面も。
都沢 伊月・(とざわ いつき)・♀:木城短大付属高校2年。杏梨とは中学から
の仲。ノリが軽く、あちこちから怪しげな
ネタを仕入れては毎度の如く杏梨を巻き込
んで呆れられている。性格的に憎めない部
分を持つ為、杏梨との友達仲も長続きして
いる。
魔導書・♂♀:杏梨と伊月が図書館の奥深くで見つけた、半分に引き裂かれた黒い
装丁の皮の表紙を持つ書物。人間の脳に直接話しかけることができ
る。二人に魔術を扱う術を与える。
大迫 緯美那・(おおさこ いみな)・♀:木城短大付属高校図書室の司書。1年
前に赴任。以来、広大な図書室の主と
なり、集められたまま放置プレイされ
ている膨大な数の書籍仕分け作業に勤
しむ日々を送っている。ドМ(マゾ)
の極み。
如月 悠樹・(きさらぎ ゆうき)・♂:木城短大付属高校と同じ敷地内にある木
城短大の1年。今も昔も杏梨と伊月の良
き先輩。司書の大迫からはお師匠様、と
呼ばれているが・・・。
茅田 恵那・(かやた えな)・♀:木城短大付属高校に奉職する女教師。元レデ
ィースだったが、ある一件をきっかけに教師
の道を歩み、現在に至る。更科達のクラスの
副担任を務める。
興奮するとレディース時代の素が出る。
生徒たちからは割と人気者で、かやたんの愛
称で親しまれている。
●キャスト(4人)
杏梨♀:
伊月♀:
大迫・茅田♀:
悠樹・魔導書♂:
●キャスト(5人)
杏梨♀:
伊月♀:
魔導書♂♀不問:
大迫・茅田♀:
悠樹♂:
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):友達の伊月が持ち込んできた与太話。
まさか、本当に魔導書なんて眉唾なものが実在するなんて思わなかっ
た。
ましてや自分の意思をもって話しかけてくるなんて。
伊月(N):噂は本当だったんだ! 退屈な日常に大きな刺激がやって来た。
これから面白くなりそう! 魔術とか魔導書とか、マジパナイ!
杏梨(N):温度差はあれど、私たちは突然現れた非日常に胸を高鳴らせていた。
伊月(N):崩れた平穏は、すぐには元に戻らない事に気づかないまま。
悠樹(N):「好奇心は日常を殺した」
杏梨(N):魔導書と学校の図書室、通称・迷宮図書館の地下で出会った後。
私はそのまま伊月の部屋に泊まってしまった。魔導書のこともあった
が、何となく彼女を一人にしておきたくないような気がしたというの
もある。
そしてまたいつもと変わらない日常…のはずだった。
【二人とも走りながら】
伊月:はっ、はっ、あぁぁわわわわ遅刻するぅううううう!!
杏梨:はっ、はっ、はっ、だからっ、あれだけ早く寝ようって言ったでしょ!!
伊月:だ、だぁっってええええ! あんなことがあったら興奮して寝れないよおお
お!!
魔導書:なんだ、学校に遅れそうなのか?
伊月:そ、そうなんですううう! っなんかこう、ばしっと時間を止めたりとかっ
、できないんですかあああ!?
魔導書:無理だな。
時間を操るのは魔術ではなく魔法だ。
そんな禁忌に属するものなど、汝にはとうてい使えん。
仮に使えたとしても、その瞬間に魔力を使い果たして死ぬだろうな。
伊月:ひえええっ、さ、さすがにっ、死ぬのは無理いいい!
杏梨:いいからっ、早く、走りなさいいっ!
茅田:おー? 珍しいな、お前らがこんな時間に登校だなんて。
伊月:ぜえっぜえっ、あ、か、かやたん、おはよぉぉ。
杏梨:はあ、はあ…茅田先生、おはようございます…!
茅田:んー、残念! ギリギリアウトだ! てことで遅刻な。
伊月:そ、そそそんなああ! 頑張って走ってきたのにぃぃ!
杏梨:伊月…言い訳は通用しないから…。
茅田:ま、遅刻するような生活をなおすんだな!
更科は都沢に巻き込まれたんだろ、災難だったなー。
杏梨:はぁ…無遅刻無欠席が…。
魔導書:…遅刻にならなければいいのか?
杏梨:え?
伊月:は?
茅田:なんだ? 急にきょとんとして。
ははー、さてはあたしの美貌に見惚れたかぁ?
魔導書:杏梨、我を開いて女教師に見せろ。
杏梨:え、う、うん!
茅田:おい、さっきからお前らおかしいぞ?
一体なに…を…い……っ…て……【徐々にぼんやりしていく】
杏梨:な…これって…催眠かなにか…?
伊月:おおおおすごい…!
魔導書:さあ、今のうちに暗示を埋め込め。
遅刻はしていない、ギリギリで間に合った、とでもな。
杏梨:じ、じゃあ…茅田先生、私たちは遅刻していません。
間に合いました。
茅田:【ぼんやりしたまま】
う…あ…ああ……そう、だな…間に、合った、な…。
魔導書:よし、我を閉じろ。そしてすぐにしまうのだ。
杏梨:うん、わかった…っ!
【分厚い本を閉じるSEあれば】
茅田:!!っはっ!? あ、あれ、あたし…なにを…?
杏梨:茅田先生、大丈夫ですか?
茅田:あ、ああ…なんだろ、立ちくらみかな……って、それより!
ホームルーム始まンぞ!
あたしより先に教室入らないと、本当に遅刻にするからな!
伊月:え、でもさっきギリギリアウトって…。
茅田:ハァ? 間に合っただろーが! ほら、とっとと行け!
杏梨:は、はい!!
【小声】
すごい…本当に暗示が効いてる…!
伊月:【小声】
ぃやったぁぁぁあ、遅刻回避ッ!
魔導書:この程度、我にはたやすい事だ。
…とはいえ、あまり目立つ場面では使うなよ。
最初に言ったが、我を私利私欲の為に利用しようとしている輩が、
この学校にいることを忘れるな。
伊月:りょうかいでっす、魔導書さん!
杏梨:でも、魔導書だとなんか言いづらいわね…名前は無いの?
魔導書:我に名前はない。好きに呼べ。
杏梨(N):朝早くから騒動の一幕があったものの、その後は特に何もない
平凡な日常だった。
そして帰りのホームルーム。
茅田:最近、夜に不審者が出るらしいから、お前ら気をつけろよー。
伊月:不審者かぁ、あたしみたいな超絶美少女は特に注意しないとだねー。
杏梨:…自分で言う? それ。
茅田:おいおい、自意識過剰なのは結構だが、ほんとに気をつけろよ?
ケガ人も出たって話だからな。
伊月:うええ、マジ? まぁでも、うちらにはこのまどう――もがもがもがっ!
杏梨:【小声】
バカ、さっそくバラすつもり!?
伊月:もががッ!
【小声】
い、いやぁ…面目ありません、杏梨先生~…。
茅田:なぁにやってんだ、お前ら?
ほんと仲いいよなぁ。ま、夫婦漫才もほどほどになー。
杏梨:んなッ!? だッ、誰がッ、めおッ、はああ!!?
伊月:いやぁん、そんなぁ~照れますぅ~~。
杏梨:……。
ふんっ!!【拳骨】
伊月:あぎゃっ!?
伊月役以外全員:【どっと笑う。SE代用可】
茅田:【手を叩きながら】
はいはい、それじゃ、ホームルーム終わるぞ!
あ、それと、担任の繭音先生はもう少しで出張から帰ってくるからなー。
学校に用事の無いやつは、とっとと帰るよーに!
茅田役以外全員:はーい。
【二拍】
伊月:お、おおおおぉぉぉぉ……。
魔導書:【溜息】
何をやっているのだ…。
杏梨:まったく…危うく口走るところだったじゃない。
伊月:ううう、それにつきましては言いわけの言葉もありませぬうう…。
杏梨:気をつけることね…帰るわよ。
伊月:あっ! ちょっと待って!
杏梨:え、どうしたのよ??
伊月:見て見て、陸上部期待のエース、赤峰先輩だよ!
はああ~いつ見ても超絶イケメン、飛び散る汗さえ美しいぃ!
杏梨:すごい人気だもんね、赤峰先輩。ラブレターの届かない日は無いなんて噂
もあるくらいだし。
伊月:去年のバレンタイン、当時先輩の三年生からも本命チョコあったんだって!
やばいよねえ。
杏梨:でも、何故かみんな玉砕してるみたい。
誰か好きな人でもいるのかな?
伊月:…それはわっかんないけどね~。
魔導書:【唐突に】
伊月よ。
伊月:うえ!? あ、魔導書さん、どうしたの?
魔導書:あの赤峰という男が、昨日言っていた願いの、意中の相手だな?
伊月:えっえっ、ええええぇぇぇええ!? な、なんでわかったの!?
魔導書:言葉にせずとも、頭や心の中に思い浮かべるだけで我には分る。
伊月:うはぁ…わざわざしゃべらなくてもいいなんて超便利ー!
魔導書:して、汝はその赤峰とやらと、恋仲になりたいのか?
杏梨:伊月…。
伊月:う~~…じっ、実はぁぁ、そうなんだよねえぇ…。
魔導書:我がかなえてやろうか?
伊月:ええっ、ホント!!?
杏梨:な…。
魔導書:最適な魔術がある。…しばし待て。
【ページを連続してめくる音】
【二拍】
これだ。満月の夜に使う事で効果を発揮する、恋愛成就の魔術だ。
だが汝は初心者ゆえ、補助として魔方陣を構築する必要がある。
伊月:ふむふむ。でも満月っていつだっけ?
魔導書:案ずるな、今夜だ。
伊月:ンンンンー、ナぁイスタイミングっ!
さっそくやろうよ、魔導書さん!
魔導書:ふむ、いいだろう。汝の願い、かなえてやるぞ。
伊月:そういうわけで杏梨! ワタクシはこれから忙しいので失礼しまーす!
じゃねー!
杏梨:え? あ、ちょっ!!
【二拍】
…いいん、だろうか…。
なんだろう、この言いようのない不安は…。
それに、魔術の力でむりやり従わせるなんて…やっぱり良くないんじゃ…?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
伊月(N):杏梨と別れた後、あたしは魔導書さんの指示に従って魔術に必要な物
をそろえた。どういう形でも、皆のあこがれの赤峰先輩と付き合え
るチャンスが巡ってきたんだし、絶対にモノにするんだ。
魔導書:違う。記載されている図案をしっかり見ろ。そこの文字はこれだ。
伊月:うぅ、わ、わかった。
【二拍】
こ、これでいいかな…?
魔導書:…まぁ、良しとしよう。不格好ではあるが、一応機能はするだろう。
伊月:や、やったあぁぁ…やっと描き終わったああ…。
魔導書:【溜息】
まさかこれしきの魔法陣を描くのに数時間も要するとは思わなかったぞ。
見ろ、もう夜の十時すぎではないか。
伊月:うわ、ホントだ…、あ、この後はお風呂に入ればいいんだっけ?
魔導書:うむ。斎戒沐浴と言ってな、身を清めることは術を行使する為に必要な
行為なのだ。
伊月:おっけー! じゃ、ちょっと行ってきまーす!
魔導書:【二拍】
くくく、ここまでは想定通り。
いささか魔力量に不安はあるが…良い手駒になるだろう。
伊月:んふふー、いよいよ先輩と相思相愛に…
【携帯の着信音】
あ、着信…また杏梨だ。
……。
後で電源切っとこ。
【二拍】
杏梨:出ない…。
朝は流されるままに魔術を使ってしまったけど、嫌な予感がする。
行かなきゃ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
魔導書:沐浴を終えて来たか。準備は整ったな。
では伊月よ、魔方陣の中心に立て。
伊月:あ、うん。ここでいいんだよね?
魔導書:そうだ。そしてその紙切れに書き写した呪文を我の合図とともに唱えあげ
るのだ。
伊月:うん! いやぁワタクシ、もうドキドキが止まりませぇん!
魔導書:ふ…。
伊月よ、時間だ。始めろ。
伊月:あいあいさー!
【たどたどしく】
「えー、な、汝、我が言の葉にて、その心を盲目なる、狂恋の呪縛に
捕らえん。言の葉の主たる我に、恋慕の思いもて、かしずき、従え。」
魔導書:…よし、魔術を構築するためのマナが魔方陣のすみずみに行きわたったな
。
伊月:ふあああすごい、魔方陣が光り始めた…!
魔導書:何をしている。 魔方陣の効果が消えぬうちに結びの呪文を唱えるのだ!
伊月:あ、う、うん!
【たどたどしく】
「真円なる、月の精華をもって、この願望を、真実となさん!!
カース・オブ・ラブレプリカ!」
うわ、まぶしッーーー!!!
杏梨:…もうすぐ日付が変わる…急がなきゃ…。
っ見えた…!
【二拍】
もう一度携帯から…お願い伊月、電話に出て…!
【二拍】
ダメ、やっぱり通じない…。
!!? な、なに? あの光は!?
伊月の部屋からだわ!
伊月:…はあ、はあ…光が収まった…。
う~…目がまだチカチカする…。
!あ、ま、魔導書さん、魔術の方はどうなったの?
魔導書:案ずるな、成功したぞ。
明日の登校を楽しみにしているがよい。
伊月:うはぁ…やっばい、ドキドキして眠れないよこれぇ。
…あ、あれ? 力が抜けーー
【倒れるSEあれば】
魔導書:くくく…先ほどの詠唱に合わせて、影で少しばかり細工をしたが、
さて、どうかな…。
起きろ、伊月よ。
伊月:う…。
魔導書:くくく、よし、うまくいったようだな……ん?
【窓を叩くSEあれば】
おそらく杏梨だな。伊月よ、応対しろ。
伊月:はい…。
【カーテンと窓を開ける】
なに? チャイム鳴らせば良かったでしょ?
杏梨:え、あ、ご、ごめん…部屋のほうから何か光るの見えたからつい…、
携帯も電源切れてるみたいだったし。
伊月:あー…ごめんねー、邪魔になると困るからさ、電源切ってたの。
杏梨:ッそれで…伊月、魔術…使ったの?
伊月:うん、大成功だって。んふふー、明日が楽しみー。
杏梨:伊月…もうやっちゃった後だけどさ、あんた、こんなことして、憧れの
先輩の心を操って従えるような真似して、それでいいの?
自分の意思じゃないんだよ?
伊月:えー? だって、先輩に振り向いてもらうにはこれが一番手っ取り早いんだ
もん。
杏梨:それに、あんた赤峰先輩に以前告白して振られたんじゃなかったの?
伊月:そうだよ? だからこうやって手に入れるの。
いいじゃん、あたし達は魔術を使える特別な存在なんだからさ。
杏梨:そんなの…間違ってる。
力があるから何をしてもいいなんて良くないよ!
魔導書:杏梨よ、我と意思を交わせるという事は、それだけで特別な事だ。
力ある者がそれを行使しないことは、いわば罪にも等しい。
そう。
”なにも わるいことなど ない。”
杏梨:!!
うっ…またこの感覚…!
魔導書:【声を抑えて】
ふん、耐性があるとはな。やはり適正はこちらが上か…。
杏梨:伊月…!!
伊月:あのさ、杏梨。真夜中だよ。近所迷惑なんだけど。
いくらあたし達が親友だからってさ、いきなり家まで押しかけた上に、
敷地内うろうろするのってどうなの?
杏梨:だ、だってそうしないと止められなかったし…、
結局間に合わなかったけど…。
伊月:そんなの誰も頼んでないし。
せっかく願いがかなって良い気分なのに、これ以上水差されたくないから
さ、もう帰ってよ。
杏梨:え、でも…
伊月:【↑の語尾に被せて】
いいから帰ってよ。
帰って。
杏梨:……わかった、無理やり押しかけて、ごめん。
伊月:……。
杏梨:おやすみ、伊月。
【二拍】
魔導書:…くくく。
さて、願いはかなえてやった。今度は我の目的のために動いてもらうぞ、
伊月よ。
伊月:【ぼんやりと】
……はい。
魔導書:…大迫一族め、よくも長きにわたり我を封じてくれたものだ。
彼奴らに嗅ぎつけられる前に、我が半身を捜さねば…。
伊月:……ぁ…ん……り…っ……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
杏梨(N):あれから帰宅した後、私はあれこれ考えてしまって眠れずに朝を迎え
てしまう。いつも通り伊月と合流して学校へ向かっていたが、どうし
ても直感が不自然さを訴えていた。
伊月:いやあ、今日は遅刻せずに済みそうですなぁ。
あれからすぐにぐっすり寝たし。
杏梨:そ、そう…。
伊月:おお? 杏梨先生、ずいぶんとまた眠そうですなあ。
せっかくの美貌が台無しですぞぉ?
魔導書:もうすぐ学校だな。…ふ、見ろ伊月。
あこがれの先輩だぞ。
伊月:!? あっ! 赤峰先輩! おはようございまーす!
杏梨:っ!? ウソ、本当に成功してる…!?
杏梨(N):伊月に気づいた赤峰先輩は、微笑みながら腕をいきなり組んで歩きだ
した。
当然のように周囲はざわめき、中には悲鳴に近い声も混じっていた。
伊月:えへへー、せんぱぁい、放課後カラオケ行こうよー。
杏梨:い、伊月、そんなあからさまに…。
伊月:えー? いいじゃん。
だってあたしと赤峰先輩は、相思相愛の彼氏彼女だもんねー!
魔導書:そういうことだ、杏梨。人の恋路に水を差すものではないな。
杏梨:それは魔術で…
伊月:【↑の語尾に食い気味に】
んもー、杏梨ってば邪魔しないで! これから毎日、先輩と一緒に登下校す
るんだから!
杏梨:な…。
伊月:先輩っ、行こ行こっ!
杏梨(N):それから毎日、伊月は赤峰先輩と登下校するようになった。
教室でも避けられ、話しかけても上の空の返事しか返ってこない。
どうすればいいのか分からなくなっていた、ある日の放課後の廊下。
杏梨:伊月…どうすればいいんだろう。こんなこと、誰にも相談できないし…、
気が散って指までケガするし…。
悠樹:んん? 更科じゃないか。こんなところでどうした?
杏梨:あ、如月先輩…。
悠樹:随分しょげた顔をしてるな。それに、いつもつるんでる相棒の都沢はどうし
た?
杏梨:あ…それは、ちょっと…。
悠樹:なんだ、ケンカでもしたのか?
それとも他に悩みでもあるのなら、聞くぞ?
杏梨:……、先輩は、その…オカルト話は信じるほうですか?
悠樹:? おいおい、ずいぶん突然だな。
んー…答える前に聞きたいんだが、更科はこの世界の事をどれだけ知ってい
る?
杏梨:え、世界…ですか? 正直広すぎて、分からない事だらけです。
悠樹:そうだな。世界は広大だ。
その中で自分の知っている事なんて、砂漠の砂ひとつかみ程度だろう。
だからオカルトを批判したり、存在を否定するつもりはないさ。
杏梨:たしかに…そうですよね。
【二拍】
先輩は、この学校に伝わる魔導書の怪談を聞いた事がありますか?
悠樹:!…魔導書、だと…?
杏梨:先輩?
悠樹:っあぁすまん。続けてくれ。
杏梨:約二週間くらい前に、伊月から誘われたんです。
迷宮図書館に初代校長が封印した魔導書があって、その存在の有無を確かめ
たい、って…。
悠樹:…なるほど、それで…?
杏梨:私が、魔導書に頼まれて封印を解いてしまったんです。
そしたら、私たちに再び封印してもらう前に願いをかなえてやる、って言わ
れて…。
悠樹:そういえば赤峰と都沢が付き合い始めた、とクレハの奴から聞いていたが
、それもまさか…?
杏梨:はい、恋愛成就の魔術を魔導書から勧められて伊月が…。
私は止めようとしたんですが、間に合わなくて…。
悠樹:【溜息】
……そうか…。
いきさつは分かった。更科、しばらく都沢には近づくな。
杏梨:え…先輩、信じてくれるんですか?
悠樹:言っただろう。自分がよく知らないものを頭から否定しない、と。
こちらでも色々調べてみる。
それと…これを肌身はなさず持っていろ。
杏梨:…なんだか、五芒星が変形したような形をしてますね。
悠樹:お守り代わりだ。さっきも言ったが、都沢には極力会わないようにしろ。
何が起きるか予想がつかん。
杏梨:わかりました。でも先輩がオカルト方面に詳しいなんて知りませんでした。
悠樹:【呟くように】
…むしろ、そっち側の存在だからな…。
杏梨:え?
悠樹:いや、なんでもない。ほら、受け取れ…ッ!?
杏梨:ありがとうございます、先輩ーーって、どうかしたんですか?
悠樹:…ケガ、しているのか。
杏梨:あ…はい。お昼にちょっと指を切ってしまって…。
悠樹:…そうか…気をつけて、帰れよ。
杏梨:…お、お疲れさまです、先輩。
【三拍】
さっき、先輩はなぜ顔を背けて…?
それよりも雰囲気が一瞬にして変わって…一体、何だったんだろう。
…早く、帰ろ…。
【二拍】
悠樹:克服したつもりだったが…。
血が滲んでいるのを見て、長年忘れていた衝動が込み上げてくるとは…
まだまだ、だな。
【携帯を取り出す】
…諱美奈か、黒の魔導書のありかが分かったぞ。
やはり、封印を解いたのは都沢と更科だった。
今は都沢が持っているが…話を聞く限り、浸食が進んでいる可能性がある
。
大迫:そうでしたか…お師匠様、これからどうなさいます?
悠樹:更科には護符を渡して、都沢に近づかんように言っておいた。
それより、半身の捜索状況はどうだ?
大迫:申し訳ありません。
あと一歩のところで居場所が割り出せそうなのですが…。
悠樹:急げ。
“黒”が半身を得てしまうと、手に負えなくなるぞ。
大迫:はい…失礼します。
悠樹:…ち、厄介な事になって来た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
杏梨:最近、後悔ばっかりしてる気がする…。
なぜあの時、伊月の誘いに乗ってしまったんだろう。
どうしてあの時、伊月を強く止められなかったんだろう。
先輩は色々調べてくれると言ってたけど、私はどうしたら……
伊月:【棒読みに近く、ぼんやりとしていて感情がこもってない】
やほー、杏梨ー。
杏梨:ッ!? い、伊月!?
伊月:やだーもー、杏梨ってばー。
そんなお化けでも見たような顔してさー。
杏梨:ッ…!?
だれ……?
伊月:うわー、ひどぉーい。
たった何日か話してないだけで、親友を見忘れちゃったのー?
杏梨(N):思わず、そんな言葉が口を突いて出ていた。
夕日を背に立っているのは確かに伊月だった。
だけど、虚ろな表情に感情のない声をした、そんな「都沢伊月の姿を
した何か」に、心の奥から恐怖が湧き上がるのを感じていた。
魔導書:ふ…やはり勘がいい。
杏梨:! あなたは! 伊月に何をしたの!?
魔導書:ふふふ…なに、憧れの先輩との仲を取り持ってやった見返りに、
我の手伝いをしてもらっているのだ。
杏梨:手伝いって……明らかに無理やりじゃない!
伊月:そんなことないよー。お願いかなえてもらったしー、魔導書さんのお願いも
聞いてあげなきゃねー。
杏梨:伊月の口を使って喋らないで!!
魔導書:くくく、やはり汝の方が適性があるようだ。魔力の許容量も多い。
…これは、今からでも宿主を乗り換えるべきだな。
杏梨:な、なにを…?ッッッあっ!?、ぐうぅぅぅッッッ!!
魔導書:ふ…頭が割れるように痛いだろう。
激しいめまいに立っていられないだろう。
それは、我を受け入れれば消える。
”なにも こわがることは ない
こころをひらき われのこえだけを きけ”
杏梨:うッッぐううぅッッッ!! こ、この声……やっぱり…!
魔導書:ぬう、全力だぞ? なぜだ、なぜ堕ちん?
杏梨:と、戸惑ってる…い、今のうち、に…ッッ!
伊月&魔導書:!! 待て!!
杏梨:はあっ、はあっ、はあっ……!
離れたら、痛みが引いてきた…でも、どこへ逃げれば…!?
自宅は家族を巻き込んでしまうし…そうだ、学校なら隠れる場所も…!
杏梨(N):それから必死に走って、伊月達をだいぶ引き離したつもりだった。
普通の人間相手ならそれで問題なかった。魔術が使えないのだから。
すでに陽の沈んだ校門を一歩くぐったところで、私は息をのんだ。
月光に照らされて、見慣れた顔が手をひらひらさせていた。
伊月:やほー、杏梨ー。
杏梨:ッッ!!? そ、そんな…!?
魔導書:くくく…杏梨よ、我の目からは逃れられんぞ…。
杏梨:あれだけ距離を離したはずなのに…。
魔導書:我が古今東西の魔術を網羅しているというのを、よもや忘れたわけではあ
るまい。
汝の居場所の割り出しや追跡など、たやすい事よ。
杏梨:くっ、それでも…!
魔導書:【↑の語尾に被せて】
いいのか? 逃げれば、伊月の命はないぞ?
杏梨:な…!
魔導書:なに、汝が代わりに我に力を貸してくれれば、伊月は解放してやろう。
杏梨:………。
【二拍】
いったい、私に何をさせるつもりなの…?
魔導書:見ての通り、我には半身とも言うべき片割れがいてな。
それを探したい。今のままではいつ探し当てることができるかわからん。
杏梨:…まるで、伊月ではダメだとでも言いたそうね。
魔導書:はっきり言ってしまえば、汝の方がこやつよりも魔術適正は高い。
適正の高さは魔力の許容量にも通じる。
見ろ、現に汝の位置割り出しとここまでの高速移動でこのザマだ。
伊月:【一定間隔で荒い呼吸】
杏梨:そんな、こんなにやつれて…!?
魔導書:このままではいずれ、残った魔力も使い果たし、死ぬだろうな。
それゆえ、汝の力を借りたいのだ。
杏梨:……。
分かったわ。だから、今すぐ伊月を開放して。
伊月:! …っ、ぁ…っ……!
魔導書:くくくっ…もちろんだとも。
さあ、心を開き、我に身をゆだねよ。
杏梨:!!ぅ…ぐ…ぅぅ…っ……!!
魔導書:はははは、いいぞ…この素質…!!
杏梨:黒い、見えないけどくろいなにかが、わたしのなかにながれこんでーーー
大迫:待ちなさいッ! ふッッ!
【伊月の足元の地面に数枚の呪符が突き刺さる】
魔導書:ッなに、呪符だと!? うッッぬぅッッ!
杏梨:ッッ!? か…は…ッ…はぁ、はぁ……!
大迫:更科さん、大丈夫!?
杏梨:ぁ……おおさこ、ししょ…?
魔導書:ぬううう大迫一族め!
いつもいつも肝心なところで邪魔をしてくれる!
大迫:話はあと、今は逃げるわよ!
杏梨:あ、は、はい…!
魔導書:おのれ、伊月がどうなってもいいのか、杏里ィ!
杏梨:あ…!
大迫:ハッタリはよしなさい!
今すぐ死ぬほど都沢さんの魔力はちっぽけではないし、そもそも魔力は
使いきりなんかじゃないわ。
知らないのをいい事に、更科さんを幻で騙そうとするのは良くないわね。
ッ!【一回手を叩く】
杏梨:! 伊月の様子がさっきと…どういうこと…?
大迫:幻術を使ってたのよ。曾祖父の日記にあったとおりだわ。
本当に狡猾ね。
魔導書:ぐっ、おのれェェェ…!
大迫:そういうわけで、ここはいったん退かせてもらうわ!
「白夜に映えるは極光の虹、七種の輝きは全てより護る盾とならん!
オーロラ・カーテン!!」
魔導書:な、なに、それは!!
すでに我の半身を!?
大迫:時間はかかったけど、やっと見つけたわ…!
はぁ~、これで叱られずに済むぅー…。
杏梨:あ、あのっ…どうして、ここに!?
大迫:あら、司書が学校にいてはいけないのかしら?
それは冗談として、ちょうど帰るところに魔力反応があったからね。
とにかく今のうちよ。
行きましょう!
魔導書:く、くそっ! 逃がさんぞォ!!
大迫:こっちよ更科さん、私の車に乗って!
杏梨:は、はい!
魔導書:ええい強固な! 砕けろ!!
大迫:ちょっと飛ばすわよ…つかまってて!
魔導書:おのれェ、このままでは済まさぬぞォ!!
【二拍】
杏梨:助けていただいてありがとうございました、大迫司書。
大迫:【苦笑】
司書、は学校だけにして? 普通にさん付けでいいわよ。
それにしても危なかったわ。もう少し遅れてたら更科さん、あなた、
操り人形にされてたわよ?
杏梨:う…それは…。
大迫:いいのよ、責めてるわけじゃないから。
都沢さんを人質に取られていたのだから無理もないわ。
杏梨:それで…これからどうするんですか?
大迫:とりあえず、私の家へ行くわ。
そこなら黒の魔導書も探し出せないはずよ。
杏梨:黒の…それがあの魔導書の名前なんですか?
大迫:いいえ、便宜上そう呼んでるだけね。本当のタイトルは誰も知らないの。
杏梨:はあ…。
杏梨(N):市街地を疾走し、郊外の山へ差し掛かったベッドタウンのさらに外れ
に、大迫さんの家はあった。
そしてドアを開けて出迎えたのは、私の予想外の人物だった。
悠樹:…来たか、更科。
杏梨:え!? き、如月先輩!?
大迫:とりあえず中へ入って。
ここなら厳重に目くらましの結界を張ってあるから安全よ。
お茶の用意をしてくるわね。一息ついたら詳しく事情を話してあげる。
杏梨:わ、わかりました…お邪魔します。
悠樹:まあ、掛けろ。
…都沢に待ち伏せされたそうだな。
杏梨:はい…、私の方が適性があるとかなんとか…。
悠樹:そうか。
…更科、あの時渡したお守りを見せてみろ。
杏梨:あっ、は、はい。
【一拍】
え…真っ黒に変色してる!?
悠樹:やはりな。持たせて正解だった。
そいつは持ち主の身代わりになる護符でな。
スケープドール、という。
杏梨:あ…そっか、それであの時、魔導書が私を支配できなくて焦ってたんだ…。
大迫:更科さん、お茶が入ったわよ。お師匠様も…ぁっ…!
杏梨:え、えっ? お、お師匠様…!?
悠樹:【深い溜息】
…いい。どうせそこら辺の事情も後で説明するはめになる。
これから黒の魔導書をもう一度封印しなくてはならん。
更科…お前にも手伝ってもらうぞ。
杏梨:え!? わ、私もですか?
悠樹:これ以上関わりたくないという気持ちは分かる。
だがそれは、あまりに虫がよすぎるぞ。
あくまでお前は当事者なのだ。
そして忘れるな。
一度でも非日常の世界を覗いた者は、以前のままの日常には決して戻れん。
お前たちは、みずからの好奇心でかけがえのない日常を殺したのだ。
杏梨:ッ!!
杏梨(N):がらがらと足元が崩れ、ぽっかり開いた奈落へ落ちていくのを感じ
た。
もう、あの日常へ戻れないという現実。
襲いくる非日常と戦わなければならないという事実。
如月先輩の言葉は、私に非日常の世界を残酷なまでに再認識させたの
だった。
【後編に続く】
あい、作者です。
・・・・・・。
年単位ぶりに一気に書き上げました、中編と後編。
ショートストーリーを元にした声劇台本になります。
名前だけ登場しているキャラクターもこれからどんどん台本に出していくので、
良ければ読んで、演じて下されれば幸いです<m(__)m>
もしツイキャスやスカイプ、ディスコードで上演の際は良ければ声をかけていた
だければ聞きに参ります。録画はできれば残していただければ幸いです。
ではでは!