第70話 襲撃者達の最後
「……生命の源たる癒しの力よ、この者を癒したまえ、ヒール!」
最後に回復魔法をかける。だがモラムさんはピクリとも動かない。シェアル師匠が言うにはこの世界には死者を生き返らせるような魔法は存在しない。
「うっ……うっ……」
涙が溢れてくる。アランさんもカーソンさんも死んだ。モラムさんは俺の目の前で死んだ。
俺は馬鹿だ……
神様から忠告をもらっていたのにそれを活かせなかった。もっと警備をかためて、もっとよく敵のことを調べればよかった。屋敷が襲われた時に工場が襲われる可能性を考えていなかった。
俺は弱い……
もっと俺が強ければ黒の殺戮者と屋敷の襲撃者を早く倒せたのに。もっと俺が速ければ工場にもっと速く着いたのに。
そうすれば何かが変わっていたかもしれないのに!
「くそう!ちくしょう!」
強くなったはずなのに、大切な人達を守るために鍛えてきたはずなのに!どうして俺はまだ弱いんだ!
「ユウキ兄ちゃん……」
ルイスに声をかけられ、ハッとなる。そうだ、悲しむのも嘆くのも後悔するのも全部後にしろ!今はモラムさんが命を賭けて護ってくれたみんなを安全なところに避難させることが先だ。
「ううっ、痛え……」
後ろから声がした。警戒して即座に振り向き日本刀を構える。
俺が斬った襲撃者3人はすでに絶命していたが、俺が来る前に倒れていたうちの1人はまだ息があったようだ。だが彼の左腕はギリギリ繋がっている状態で、胸と腹に大きな刀傷があり、彼も長くは持たないだろう。
「……今すぐ、ぶっ殺してやる!」
だが息を引き取るまで待つ気なんてない。こいつらがアランさんを、カーソンさんを、モラムさんを殺したんだ!胸の奥から激しくドス黒い怒りが渦巻く。今すぐにこいつの喉を掻き切ってやる!
「お〜い!」
襲撃者にとどめを刺そうとしたその時、数人の人影が現れた。日本刀をそちらに構えるが、格好を見るに新手の敵ではないようだが。
「ユウキ、モラムの野郎はまだ生きてるか!」
「ガラナさん。残念ですがさっき……」
ガラナさん達だった。もう医者を呼んできてくれたのか。
「……そうか、あの傷じゃあしょうがねえ。門のとこまで行ったらダイスとボンドに呼ばれたって医者と憲兵がいたんで連れてきた。あいつら2人もそこにいたカイルも命に別状はないってよ」
「そうですか!それは本当によかった!」
「う〜む、こっちの賊のほうも駄目じゃな。わしの回復魔法でも治せんわい」
医者というか回復魔法の使い手らしいお爺さんは襲撃者の1人を治そうとしていた。
「そいつらは治さなくていいです。首謀者も別の者から聞きましたし、今とどめを刺します!」
もう屋敷の襲撃者からアルゼさんが首謀者の名前を聞いている。これ以上みんなの仇であるこいつを生かしておく理由なんてかけらもない!
「ユウキ、少しだけ待ってくれ。ちょっとこいつと話をさせてくれ」
遮るようにガラナさんが前に出る。何故だ?もうこいつらと話すことなんて何一つないのに!
「よお、痩せ細ってわからなかったが、おまえダラーだろ?」
「げほっ、てめえはガラナか?別れた時と変わってねえな」
なんだ、ガラナさんはこの男を知っているのか?
「ああ、悪いがお前らとつるんでた時よりもいい生活させてもらえてっからよ。お前の方はだいぶやつれたな。デレックの方はどうした?」
思い出した!確かにだいぶ痩せてはいるが、こいつは街でモラムさんやガラナさんと一緒にエレナお嬢様を襲ってきた奴だ!
「くそっ、デレックは一緒に来てたが門の前で刺されて死んだ!なんでお前らは俺達と同じ犯罪奴隷のくせに楽しそうやってんだよ!ガキ共や年寄り共と一緒に普通に生活してんだよ!」
「……こればっかりは運がよかったからとしか言えねえな」
「ごふっ、ちくしょう!なんで俺がこんな目にあうんだよ。鉱山でボロボロになるまで働かされて、ようやく買い手がついたと言われたら最後はボロい武器を持たされてここに突っ込んでこいだと、ふざけるなよ!」
「お前こそふざけんなよ!工場を壊してアランにカーソン、モラムまで殺しやがって!」
「仕方ねえだろ!工場を壊して従業員を全員殺せば街からは追放するが、奴隷からは解放するって言われてんだ」
「馬鹿かてめえは!そんなん嘘に決まってんだろ!」
ガラナさんの言う通りだ。どう考えても襲撃した奴らをわざわざ解放するとは思えない。口封じに殺される可能性ほうが遥かに高い。
「ごほっ、それくらいこっちもわかってんだよ!でも逃げれるわけねえ。逃げても奴隷紋が発動するし、主人の命令に逆らっても奴隷紋で死ぬんだ!前に主人の大事な皿を割った奴隷の1人が、見せしめに奴隷紋の罰を与えられ続けて死んじまった!
あんなに苦しみぬいて死ぬぐらいなら、解放するって言葉が嘘だと分かっていても、こんな警備の固められたところに死ぬと分かっていても特攻するしかねえだろ!」
「………………」
「ごほっ、命令に背いて奴隷紋で苦しみながら死ぬぐらいなら、自分で死ぬか他のやつに殺されて死ぬ方がよっぽどマシだ!」
……俺も奴隷紋の痛みは知っている。全身を信じられないほどの激痛が襲う。確かにあの痛みが続いて苦しみながら死ぬくらいなら、解放するという言葉が嘘だと分かっていたとしても、襲撃するしかないのかもしれない。
「がはっ、どうせもう俺は終わりだ。くそったれ、最後にうまい飯を腹いっぱい食って、うまい酒をたらふく飲みたかったぜ……」
確かにこいつらは工場を襲って3人を殺した。だけど俺はこの奴隷の人たちに少しだけ同情していた。少なくとも先ほどまでの激しい怒りは消えていた。
「……ちょっと待ってろ」
「ああん?」
俺は隣の倉庫に行く。工場や商品をめちゃくちゃにしろという命令通り、倉庫はひどい有様だった。酒樽も全て叩き壊されていたが、だが一部の酒樽の底にはまだ少し酒が残っていた。食堂から持ってきたコップでその酒を汲んで戻る。
「もう味なんてわからないかもしれないけれど、この工場で作った酒だ。飲み終わったら楽にしてやる」
「……あの時に街にいたガキか。ったく、こんな話程度で同情なんかしてんじゃねえよ」
「こういう甘っちょろいガキなんだよ、わざわざ俺やモラムみたいな犯罪奴隷を買うような馬鹿だ。ありがたく飲め、俺らが作った酒で最高にうめえぞ」
「げほっ、ごほっ……ああ、久しぶりの酒の味だ……酒精が強えが本当うめえ酒だな。忘れていたぜ、酒ってのはこんなにもうめえもんだったんだな」
苦しそうに蒸留酒をゆっくりと飲んでく。そして彼の頬には涙が流れていた。
「あったりめえだろ!知らねえだろうが今この国じゃ大人気でよ、他の国からわざわざ買いに来る奴もいるらしいぜ」
「……本当にうめえ酒だった、ありがとよ。げほっ、ひとつだけ頼みがある。日が暮れたらここに来ている全員の奴隷紋が発動して、苦しみながら死ぬようになっている。もしまだ息のある奴がいたら俺と同じように楽にしてやってくれねえか?」
「……わかった。本人の意思を確認して、望めば楽にしてやる」
「……感謝する。酒の礼だ、最後にクソったれな主人共に一矢報いてみるとすっか。しゃべり終わったらさっさと殺してくれや」
「はっ?おい、何をする気だ。襲撃の首謀者ならもう知って……」
「がああああぁぁ!」
主人が禁じていることを言おうとしているのか、奴隷紋の力が発動しダラーさんの身体が跳ね上がる。
「お、俺の主人のなっ、なばえば、ル、ルーゼルだ」
その名前は既に知っている。アルゼさんが屋敷を襲撃してきた奴らから聞いている。もういい、もう楽にしてやろう。日本刀を振りかぶる。
「や、やじぎを、掃除じでいるどぎ、ルーゼルとド、ドルネルどがいう、豚みだいなやづがが、アルガン家をおぞう話を、じでいるのを、ぎ、ぎいだ」
「っ!?」
アルゼさんの話ではこの襲撃はルーゼルとかいう中級貴族だけではなく、そいつの上か協力者がいるとふんでいた。まさか、それがドルネルとかいう奴なのか!それは俺たちがまだ知らなかった情報だ!
「ご、ごぼじでぐれ!」
「……ダラーさん、ありがとう」
日本刀を振り下ろし、首を一刀両断する。おそらく人が一番苦しまずに逝ける方法のはずだ。
ゴトリッ
ダラーさんの首が落ち、部屋中に響いていた苦痛の悲鳴が止まった。
そのあとはダラーさんの最後の頼みを果たしに向かった。工場内と門の方にまだ息のある奴はまだ6人いた。何人かは治療をすればまだ助かるはずだったが、日が暮れれば俺たちでは解除することができない奴隷紋の苦痛による死が待っているため、全員が今すぐ楽になることを望んでいた。
主人であるルーゼル以外の情報を持つ者がいないか、いくつか奴隷紋が発動しないように質問してみたが、ダラーさん以外に他の情報を持つものはいなかったので、すぐに楽にしてあげた。
わかっている。確かにこいつらは自業自得だ。ダラーさん達は命令されたとしてもこの工場を襲って人を殺したんだ。殺されても文句は言えない。
だがそれでもこの奴隷の扱いはあんまりだろ!散々に使い潰されて痩せ細り、ボロボロになって最後は単なる捨て駒として使われるだけなんてふざけている!
ルーゼルとドルネルと言ったな。必ずそいつらにだけはその報いを受けさせてやる!
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誤字脱字、日本語のおかしいところがありましたら教えて頂けますと非常に嬉しいです( ^ω^ )