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第50話 獣人の強さ


 俺は今、ローラン様の屋敷の中庭で護衛である狼の獣人と向かいあっている。なぜケーキを届けにきただけなのにこんな状況になっているかというと。




「なに簡単な話じゃ。ちょっと妾の護衛と戦ってみてくれないか?」


「……なんでそうなるんだ?」


「この獣人は最近妾の奴隷となって護衛を任せているのじゃがどれくらいの力があるのか知りたくてな。老騎士のアルゼ殿から鍛えられているというお前とどれくらい戦えるのか知りたい」


「なるほど。……で本音は?」


「今のが2割で、生意気なお前がボコボコにされて少しは大人しくなるのを見たいのが8割じゃな」


「正直者だな、こんちくしょー!」


 ここまで目の前にいるやつに正直にいうやつは見たことないぞ。俺も馬鹿正直に話すなんて思ってなかったわ。逆に清々しい!


「はあ、そこまで正直に言うってことは別に命まで奪う気はないんだろう?」


「当たり前じゃ!もしここでお前が死んだら、隣の領主の使用人を妾が殺したことになって大問題になるわ!妾もそこまで馬鹿ではない」


 まあそりゃそうだな。ここまで正直に話すのは逆に好感が持てる。確かに奴隷の扱いが悪くてもメイドさんたちが信仰しているのもわかる気がする。


「……分かった。勝敗には関わらず情報操作はやってくれるってことでいいんだよな?」


「ああ、それでよい」


「あともう一つ。仮にこの人が負けたとしても、この人を罰したりはしないならいいぞ」


「……相変わらず他の奴隷にも甘い奴じゃ。分かった約束は守ろう」


 てな感じで中庭で狼の獣人さんと模擬戦を行うことになった。どちらかが降参したり、大きな怪我を負いそうになったら即ストップだ。別に模擬戦をしないということもできたが、俺も前の世界では剣道をやっていたし、強い人と戦うこととに興味がないわけではない。


「本当に木剣だけでいいのか?」


「ええ、硬化魔法で強化するから大丈夫ですよ。むしろそっちは何も持たないでいいんですか?」


「……問題ない」


「ちなみに知っているとは思いますけどユウキです。お名前を聞いても大丈夫ですか?」


「……ルーだ」


「ルーさんですね。よろしくお願いします」


「………………」


 外見的にはこちらの世界でいうワーウルフで、どちらかというと狼のほうに近い外見だ。フサフサとした毛並みでケモミミがあるが、狼の獣人ということもあって可愛いというよりどちらかというと怖いという印象がある。そして胸と脛、腕に金属製の防具を付けている。


「それでは準備はいいな。武器も魔法もありだが、相手を深く傷つけるような攻撃は禁止とする。では、はじめっ!」


 さてどう攻めていこうかな。盗賊達は弱かったからそれを除くとすると対人戦はアルゼさんたち以外は初めてか。とりあえずいつもの身体能力強化魔法と硬化魔法を使って攻めてみるか。


「大気に溢れたる力よ我に力を……」


「……行くぞ!」


「はあっ!?」


 詠唱の途中でルーさんが突っ込んできた!いや突っ込んでくるのはおかしくないがその速度が異常だ!あまりに速すぎる。いつのまにか無詠唱で身体強化魔法でも使ったのか。


「ぐっ」


 なんとかルーさんのパンチをかわそうとするがかわしきれずに防御した左腕をかすめる。だがかすっただけとは思えない力で左腕が弾き飛ばされる。まずい、とにかく強化魔法を使わないとまったく追いつけない。


「フィジカルアップ!プロテクト!」


 詠唱がない分強化する力は落ちるがそんなことを言ってられない。なんとか魔法の発動が間に合い蹴りをガードする。力任せにルーさんの右脚ごと弾き飛ばし一度距離を空ける。強化魔法を使った力で思いっきり弾き飛ばしたにも関わらず、全くダメージを受けていない。これは間違いなく無詠唱の身体能力強化魔法を使っていると思う。


 それにしてもリールさんの奇襲の攻撃を受ける訓練がなかったら間違いなく最初のパンチをまともにくらっていたはずだ。理不尽な訓練だったが今は感謝だな。


「まさかいきなり無詠唱で身体強化魔法を使ってくるとは思っていませんでしたよ」


「……魔法など使えん」


 えっ、マジで!?俺はめっちゃ恥ずかしいんだけど。てか魔法を使わないであの速さと力なのか?


「ユウキは何も知らんのじゃな。元々獣人は魔法適正が全くと言っていいほどないが、そのかわりに元々の身体能力が人族のものより遥かに優れているのじゃ」


 ローラン様からありがたい解説が入る。やだ何それずるくない?俺にいたっては属性魔法の適性がないのに。魔法が使えなくて武器も持たないということは完全に脳筋な格闘家というわけか。どことなくルーさんに親近感を覚えるな。


「こんどはこちらから行きますね!」


 こんどはこちらから攻めてみる。ルーさんのもとへ一直線に突っ込み木剣道で横薙ぎに斬りかかる。詠唱はしていないが身体能力強化魔法と硬化魔法をかけて速さと力を上げているにも関わらずルーさんの右腕にはばまれた。ガンッと金属でも殴ったような硬い感触が木剣をもった両腕に感じられる。くそっ、魔法も使わずにこの硬さかよ。


 ここから先はお互いの攻撃が簡単には通らないとわかり、少しずつ速さと力を上げていくがどちらも攻撃が通らない。狼の獣人と聞くと攻撃に全振りしているイメージがあったが、どちらかというと防御の方が上手く剣を使ったフェイントにも引っかからない。


 剣道三倍段と言う言葉があるが、剣での攻撃は片手で防がれ、向こうのパンチやキックなどの攻撃は剣を持っていない左腕でも防がなくてはいけないからあまり優位性を感じられない。


「……肉弾戦でここまで私と戦えた相手はお前が初めてだ。だがなぜ身体強化の魔法を使うのに他の魔法は使わない?遠慮しているのか手を抜いているのか知らんがどちらにしろ不愉快だ」


 初めてルーさんから話しかけてきた。確かに強化魔法は使うのに他の魔法を使わないのは不自然だ。これでは手加減して戦っていると思われても仕方がない。


「いえ、実は俺は属性魔法の適正がなくて無属性魔法しか使えないんです。なので身体強化魔法を全力で磨いてきたので遠慮も手を抜いているわけでもありません」


 鍛えてきた期間が短いとはいえ、かなり濃密な訓練を積んできたはずなんだけど、それに魔法を使わずについてこられるのは結構ショックだ。獣人がみんなこんな感じだったら俺の努力が悲しくなる。


「……そうか、それは悪かった」


「いえいえ。ちなみに獣人さんてみんな魔法を使わないでルーさんみたいに強いんですか?」


「……いや、俺は幼い頃より戦闘の訓練をさせられてきた。そこらへんの獣人よりも強いはずだ」


「よかった、獣人さんがみんなこんなに強かったら自信を失うところでした」


「……ふん。それよりもローラン様にあんな口を聞くのだ。俺にそんな丁寧な口調はいらん」


「わかったよ。まあローラン様には初対面でタメ口で話しちゃったから今更変えるのもなあ。ルーさんもローラン様を尊敬しているの?」


「……我が主人には一族を救ってもらった大きな恩がある。護衛をしたいと申し出たら奴隷になるならば雇うと言われたから奴隷になったまでだ」


 おう、すごいな。いくら大きな恩があるからといえ自分から奴隷になるなんてこと俺にはできない。それにしてもあのわがままお嬢様が狼の獣人の一族を救うなんてな。いや、まだ数回しか会ってないけど奴隷を低く見てる以外はそこまで悪い人ではなさそうだ。まあいつか聞いてみよう。


「いつまで喋っておるつもりじゃ!さっさと打ち合わんか!早くそいつをボコボコにするのじゃ!」


 ……悪い人ではなさそうだ。ムカつく人ではあるけれどな。


「……主人がそう言うのでな。そろそろ本気でいくぞ、ユウキ」


 えっ、まだ本気じゃなかったの!?こっちの方は割と本気だったんだけど!


 ルーさんは今までの空手に近い構えから両手を地につきケモノ本来の4足歩行の体勢をとる。何が来るか分かった!瞬時に防御の構えを取る。


「……行くぞ!」


 さっきよりもギアを一段上げた速い速度で迫ってくる。そして何よりも迫ってくる角度が先程よりも低い。元の世界の剣道でもアルゼさんやリールさんと戦った時もこんな低い相手を迎撃したことはない。


「くっ!」


 一直線に迫ってきたため、右へのステップでなんとか攻撃をかわす。だが後ろからルーさんの着地音が聞こえる。やはりこれはスピードを最大限に活かした連続攻撃だ!


「うっ!」


 なんとか2撃目も横に避けてかわすが、今度は右の脇腹にルーさんの拳がかする。幸い軽くかすっただけだったためダメージはなかったがこのままではジリ貧だ!


「くそっ!」


 防御に徹しているからなんとか3撃目もかわせているが、反撃する機会が全くない。だがさすがにこんな動きがずっと続けられるはずがない。今は全速力で走っているようなものだからなんとか避け続ければチャンスはあるはずだ。


 4撃目もなんとかかわし5撃目に備えて後ろを振り向く。スピードは速いがなんとかかわせている。そして5撃目がきた。よし、今度は右のステップでかわす!


「なっ!」


 先程より少しスピードが遅いと思っていたがそれは罠だった。先程までは一足で俺を追い越す勢いで飛び出していたが、今回は俺の手前で着地し、瞬時に俺の避けた方向に追尾してきた。


「がはっ!」


 手前で向きを変えた分、さっきよりもスピードは遅かったが、それでも急激な方向転換に対処できず右の拳が左の肩に直撃し、勢いのままに転がる。


「……ようやく捉えられたか」


「おおー、さすがルーじゃな!よくやったぞ、この勝負はこれ……」


「ちょっと待った!」


 痛って〜!左肩の痛みを我慢してなんとか立ち上がりローラン様の勝利の判定を遮る。悪いが日頃の訓練で怪我や痛みには慣れているからな。


「なんじゃ起き上がれたのか。まさかその体でまだ戦うのか?」


「下手したら左肩の骨が折れてるかもしれないけど屋敷に戻れば、優秀な師匠がいるんですぐに治るから大丈夫。できればあと少しだけ続けてもらいたいんだけど?」


「……さすがにこれ以上はアルガン家の使用人に怪我をさせる訳には行かないぞ。それに約束通り情報封鎖はしっかりやるぞ」


「いや。さすがにこれ以上は完全に自己責任だ。屋敷の人には俺が自分で望んで模擬戦をやったって伝えておくよ。それに情報封鎖のほうは別に疑ってないからな、完全に俺が続けたいだけだ」


「ルーよ、どうする?」


「……よろしければ続けさせてください。意識を刈り取る一撃の予定でしたがギリギリでかわされてしまいました。あれでは戦闘不能にはなっておりません」


「本人同士が問題ないなら別に構わんが危ないと思ったらすぐに止めるぞ」


「ああ、すまないな」




「それでは、はじめ!」


「フィジカルアップ!プロテクト!」


 最初にかけていた強化魔法はルーさんの一撃をもらった時に解けてしまった。これが本当の戦闘中ならあそこで魔法が解けたら敗北は必須だ。俺もまだまだ甘い。


 先程と同じように強化魔法をかける。違うのは左肩の打撃により左腕がほとんど動かないことだ。


「……行くぞ!」


 ルーさんが先程と同じ4足歩行の構えをとる。どうせ長くかわし続けるなんて無理だ。右手で剣を構え重心を前寄りにおく攻撃重視の構えをとる。強化魔法のおかげで木剣も右手一本で十分持てる。


 狙うは一瞬……ここだ!


 ルーさんが突っ込んでくるその瞬間を狙って俺も前に突っ込む。俺が前に出てることを予測していなかったルーさんの表情が困惑にかわる。ほとんど同時に前に出たため、交差するのはほんの一瞬。そこを狙って振り下ろした木剣がルーさんの右肩を捉えた。


「ぐはっ!」


 俺はなんとか着地したが、衝撃を受けたルーさんが前方に吹っ飛ぶ。そのあと立ち上がってきたところを見ると命に別状はなさそうだ。だがあのスピードで当たった木剣のダメージは大きく、右腕をあげられていない。危ない賭けだったがどうやらうまくいったようだ。


「そこまで!互いに肩を負傷したようじゃし、もう十分じゃろ。というかこれ以上は大怪我しそうだからもう中止じゃ!」


「……我が主人の御心のままに」


「俺も一矢報いたから満足だ」


 どうやら模擬戦はここまでのようだ。実際の戦闘だったら一撃受けたところで追撃されてそのまま負けていたから一矢報いたとはいえ俺の負けだ。まだまだ修行が足りないな。


「……ユウキ、最後の攻撃は狙ってやったのか?」


「ああ、俺が得意な技で相手の攻撃の瞬間にこちらから踏み込んで先手を取るという技がある。正直にいって攻撃のタイミングが合うのかとあのスピードに合わせられるか心配だったけど上手くいったよ。まあ賭けに勝ったみたいなものだ」


 俺が剣道で得意としていた技に抜き胴という技がある。相手の攻撃のタイミングを読み、面を狙おうと竹刀を振りかぶった瞬間に前に出て、ガラ空きの胴を打つというものだ。相手もフェイントをかけたりするし、相手の攻撃のタイミングを読むことは難しいがこれが決まるとなかなか気持ちいいんだよね。


 今回は攻撃のタイミングはわかりやすかったが、あのスピードの中、しかも低い位置のルーさんを捉えられるかは結構な賭けだった。もしも外した場合は攻撃のタイミングを変えてくるだろうし、下手をしたら敵の攻撃に自分から突っ込んで威力倍増となって即戦闘不能になるところだ。


 まあ威力が倍増したおかげで右手だけの木剣でもルーさんにあれだけのダメージを与えることができたわけなんだが。とりあえずもう一回やれと言われても一発でできる自信はない。


「というか怪我は大丈夫?こっちは折れてはなさそうだから屋敷に帰ればすぐに治してもらえると思うけど」


「……問題ない。こちらにも回復魔法を使えるものはいるし、たとえなくても獣人は怪我の治りも人族より早い」


 なにそれズルすぎん?獣人さん戦闘民族すぎるだろ。あれか戦闘に適した年齢から歳を取りにくいとかも本気でありそう。


「優秀な治癒魔法師のあてくらいあるわ!妾を誰だと思っているのじゃ!」


「この街の領主のうちの1人だものな。当然こんな大怪我も瞬時に治してくれるようなものすごい魔法士を抱えているんだろうな」


「当たり前じゃ!こんな傷一瞬で治せるわ!」


「おお、それはすごい!」


 どうやらルーさんも無事に治療してもらえそうでよかった。


「情報封鎖もよろしく頼むな。あと今度は俺からのお願いなんだが、またケーキを持ってくるから試食とアドバイスをお願いしたい。あと今度はもう少し安全な感じにするからまたルーさんと組手をさせて欲しいな」


 正直に言うと最初はかなり嫌々だったんだが、実際に来てみたら楽しかった。口は悪いがこのお嬢様と話すのにも少し慣れてきたしアドバイスも貰えるしな。


 ルーさんとの模擬戦もとてもいい経験になった。獣人さんと戦える経験なんてこちらからお願いしたいくらいだ。さすがに毎回怪我をして帰るのはまずいから、怪我をしないルールを変える必要はあるがな。


「……お嬢様、私からもお願いします。ユウキとの戦闘訓練は私にも役に立ちます」


「……ふん、しょうがないから許してやる!ちゃんとケーキは持ってくるんじゃぞ!」


 そういって照れながらツンデレのテンプレなセリフを言うローラン様に少しだけドキッとしてしまったことは誰にもいえないな。


最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます!

執筆の励みとなりますのでブックマークの登録や広告下にある☆☆☆☆☆での評価をいただけますと幸いです。

誤字脱字、日本語のおかしいところがありましたら教えて頂けますと非常に嬉しいです( ^ω^ )

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