第49話 ローラン家へのおつかい
みんなの両親が村に戻って数日後、溜まっていた屋敷の仕事がようやく片付いてきた。特に書類関係がものすごく溜まっており、手分けをしても一苦労だった。
サリアとマイルには計算部分をひたすらやってもらい、俺とアルゼさんで承認して良いかの確認と、不備やおかしなところがないかを確認してエレナお嬢様に最終確認をしてもらうといった感じだ。
えっ、シェアル師匠は何をしているのかって?計算はできるようになったが、大切な書類を何度か破いたり飲み物をこぼしてしまったことがあるから、書類には一切触れないように厳命されている。
「ふむ、ようやくこちらも落ち着いてきたようですね」
「ふふ、みんながいるとスピードが全然違うわね。屋敷で働き続けてくれて本当に助かるわ」
「僕もまだいっぱい勉強したいことがあるから良かったです。でも本当にあんなにたくさんのお給金をもらって大丈夫なんですか?お父さんとお母さんもすっごく驚いてました」
「ええ、みんながいてくれたおかげでこの領地はお父様が統治していたころと同じくらい賑わってきたわ。こうやって書類仕事も手伝ってくれてるし、これでも少ないくらいよ」
「うむ、仕事量がどんどん増えてもう我々だけでは仕事が回せないことがこの2週間でよくわかった。今人を増やす手配もしている。しばらくは忙しいがもう少し辛抱してくれ」
どうやらこの2週間でアルゼさんはだいぶ参っていたようだ。まあ俺も屋敷とエレナお嬢様のことをシェアル師匠の2人でやるなんて考えたくない。たとえリールさんの奥さんが仕事がすごいできたとしても無理だろう。
ちなみにリールさんの奥さんには初めてあったけどとても優しそうな気のいい人だった。でもあれで家ではリールさんが尻に引かれているらしいから驚きだ。馬車の中でリールさんから散々聞いたからな。なんだかんだあったが、みんなで村を回った時にリールさんとの距離もだいぶ縮まった気がする。
「そういえばユウキ、アルガネルの店が新作のケーキをいくつか作ったから試食して欲しいと言っていたぞ。この後見にいってきてくれ」
「そういえば2週間前にいくつか案を出していましたね。わかりました、後で確認に行ってきます」
多少高級でも富裕層にケーキが好評ということがよくわかったからな。今は新しいケーキの開発に力を入れている。
「いいなあ、ユウキお兄ちゃん!」
「そうね、みんなの意見も聞きたいわね。ユウキ、販売できそうな物があったら戻る時に持ってきてね」
「承知しました。でもこの前みんなの両親がきた時に結構いっぱい食べてましたし、サリアもエレナお嬢様もほどほどにね」
「……うっ、そうね。いっぱいあると止まらなくなっちゃうから少しだけ持ってくるようにね」
「サリアも馬車に乗ってたり村でお母さんのご飯いっぱい食べてたからちょっとやばいかも」
「はい。でもサリアもそんなに気にすることないと思うぞ。このくらいの年なら体重とかそんなに気にすることないんじゃないかな」
「もう、ユウキお兄ちゃんのバカ!」
「ちょ、なんでそんなに怒るんだよ」
「……お前はもう少し女性の扱いを学んだ方がいいと思うぞ」
「ユウキお兄ちゃん、サリアちゃんだってもう年頃のレディなんだから少しは気を遣ってあげなきゃ」
散々な言われようだった。まあ元の世界でも小学校高学年くらいから体重には気をつかう子もいたしそういうものなんだろう。
今のところアルガネルで販売しているケーキはショートケーキとフルーツケーキとロールケーキである。すでにだいぶ人気がでて、同じようなものを出している店も増えはじめたが、元祖で高級感のあるアルガネルのケーキが一番の人気だ。やはりブランドがあるとそれ自体に価値があるように思えるからブランドのマークは作っておいて正解だった。
売れることが分かったので今回は新たにミルクレープケーキとモンブラン、チーズケーキを試作してもらっている。元の世界でケーキは普通に食べていたが、作り方まではそれほど詳しくなかったから、だいぶうろ覚えの知識をケーキ職人さんに教えていた。
だがさすがその道のプロだけあってたった2週間で販売できるレベルのものを仕上げてきた。もうケーキに関してはアイディアを出すだけであとは菓子職人さんに丸投げでいいな。屋敷に戻ってみんなに最終チェックをしてもらって即販売でいいレベルだ。
「すごいですう!全部美味しすぎます!」
「うん、美味しいだけじゃなくてどれも見た目が綺麗でいいね。特にこの層になっているやつは美しいね」
「すっごく美味しい!このモンブランってケーキはいろんな果物でいろんな味ができそうだね。季節ごとに旬の果物で作ってみてもいいかも」
うん、どれも好評のようだ。そしてマイルの意見はありだな。こっちの世界だとモンブランイコール栗と思いがちだけど他の果物でも全然作れそうだ。季節限定とかにすれば間違いなく売れるだろう。
「ええ、どれもとても美味しいわ!全部すぐに販売に回していいと思うわ」
「そうですね、私も問題ないと思います。すぐに材料の調達ルート確保と人員の確保に動くよう伝えておきます」
「そうね、そうしてちょうだい。新しいお店のオープンもそろそろだし、新商品と一緒でもいいわね。そういえばユウキ、ちょうど新作のケーキもできたことだし、一度ローラン様に挨拶に伺ってはどう?」
そういえばそんな約束をしたな。というかさせられたな。ぶっちゃけあのお嬢様のところに行きたくないんだけどなあ。まあケーキの宣伝にもなるし、行かなくちゃダメか。
「そうですね、一度ご挨拶に行ってきます。今度新しく出すケーキとお伝えして、できたら宣伝もしてもらえるようにお願いしてみますね」
「ええ、お願いするわ。でも、次の仕事もあるから早く帰ってくるのよ」
「ユウキお兄ちゃん、ローラン様が綺麗だからって悪いことしちゃ駄目だよ!」
全く信用がなくて困る。まあ前にパーティで騒がれたことを気にしているんだろうな。ちゃんとあの後に説明はしたけど怪しまれているようだ。心配なくてもいくら外見があれだけ綺麗でも中身がやばいのを知ってるからそんな気は全くない。
というわけで数日後、俺はローラン様の屋敷の前に来ている。それにしても恐ろしくでかい屋敷だな。エレナお嬢様のお屋敷もかなりでかいと思っだが、こっちはそれ以上にでかい。
「すみません、ユウキと申します。アルガン家の使いでローラン様に新作のケーキを持ってまいりました」
「話はお伺いしております、どうぞこちらへ」
出てきたのはメイドさんだった。しかもこの人は前のパーティの時に粗相をした人だ。よかったちゃんとクビにしないでくれていたんだな。
「ユウキ様ですね、以前にお嬢様が街で一人で護衛を振り切ってしまった時にはここまでお送りいただきましてありがとうございました。
その時は奴隷のくせに生意気な奴だったとお話になっておりましたが、明らかにその日からお嬢様は私達奴隷に優しくなりました。私がまだこの屋敷にいられるのもあなたのおかげです、本当にありがとうございます」
「いえ、俺は何もしていませんよ。でもちゃんとローラン様はパーティの時の約束をちゃんと守ってくれたんですね」
頭にチョップして泣かせた挙句、食べ物で釣って奴隷に優しくしてくれと言っただけです。
「お嬢様は一度口にしたことは絶対に曲げませんよ。とても厳しいお方ですが、とても聡明で誇らしいお方です。この屋敷にはかなりの奴隷がおりますが、半数ほどはお嬢様の奴隷であることを誇りと思っておりますよ」
「なるほど、とても聡明な方であるとお伺いしております」
意外とあのわがままなお嬢様にも人望はあるんだな。本当にあいつの奴隷になることを光栄と思う人もいるとは思わなかったよ。
「それではこちらでお待ちください、すぐにお嬢様を呼んでまいります。改めてユウキ様、本当にありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらず」
メイドさんがローラン様を呼びに行って少しするとドアが勢いよく開かれた。
「まったく遅いぞ!一月に一度の約束を忘れていたのでないかと思ったわ!全く男なら一度約束したことはきちんと守らんか」
いや確かにあのパーティから1ヶ月は過ぎてしまったがほんの数日だぞ。それに無理やり約束されたようなものなんだけどな。
「こんにちはローラン様。大変申し訳ありません、忘れていた訳ではないのですが、色々と忙しくて遅くなってしまいました」
俺は完全に忘れていたんだけどね。
「ああ、その口調はもうよい。ここにいるのは妾とこの奴隷だけじゃ。どうせ一度素の口調を聞いておるし今さら繕わんでよい」
「まあ確かに今更だな。確かにこっちの方が話しやすいし助かるよ。遅れたのは悪かったな。ちょっと2週間くらいこの街から離れていたんだ。その代わりに今日は3つも新作のケーキを持ってきたから許してくれ。しかも今度発売する予定でまだ関係者以外で食べるのはローラン様が初めてだぞ」
エレナお嬢様には敬語を使わないでいいと言われているが、どうしても使ってしまう。だがこのお嬢様なら全然タメ語で話せるな。
ただ護衛と思われる隣にいる獣人さんがものすごい目付きで睨んでくる。この人もローラン様を崇拝しているのかもしれない。獣人さんも街でたまに見かけるが、狼の獣人さんは初めて見た。アルゼさんと同じでものすごく強そうに感じる。
「なに、3つもか!しかもまだ関係者以外食べたことがないじゃと!しょうがない許してやるから早く見せるのじゃ」
相変わらず食べ物に弱いお嬢様だ。まあこういうところはちょっと可愛いんだけどな。
「これがミルクレープケーキ、こっちがモンブラン、こっちがチーズケーキだ。出張料金の代わりにアドバイスがあったら頼むぞ、あと宣伝もお願いな」
「ふん、妾の舌を満足させれるならいいだろう。見た目はどれも美しいのう。相変わらずお主の顔は美しくないけどの!」
「やかましい!」
一言余計なんだよ!護衛の獣人さんがいなかったらまた頭にチョップを入れてやるところだった。
「どれどれまずはこれから頂こう。ふむ、これはクリームと薄いパンケーキを一枚づつ挟んでおるのか。これが一番美しいのう。うむ、味もシンプルであるが甘くて優しい味じゃ。手間もかかりそうだが、層を焼く係とクリームを塗る係に分かれれば量産も可能か。更に手間がかかるが別の色のクリームを使えば更に綺麗にできるかもしれんな」
相変わらず山○さんか海○雄山並みの批評だ。確かに手間はかかるがいちごクリームとかオレンジクリームとかを使ったらより綺麗になるな。限定という言葉にはみんな弱いし、これも季節限定とかで作って売るのはありだな。
口は悪いがみんなから聡明だと言われることはある。そんな感じで他の2つも試食した分しっかりとアドバイスはもらえた。
「しかし味は美味しいがもっと量産できんものか?最近では評判を聞きつけた貴族たちが人を雇って朝に並ばせるから抽選になっておるぞ。初めのうちは少なく売って高級感を出したいのはわかるがそろそろ大量生産してもいい頃だと思うぞ。妾も毎日食べたい!」
「確かに最初は反応を見たかったし、少なめに販売していたんだけどよくわかるな。だけどそろそろ支店も人も増やす予定だからもう少し買いやすくなると思うぞ。それと買えたとしても毎日食べるのはやめておけ。店でもちゃんと通知しているが結構太りやすい材料を使っているからな」
「うぐっ、確かに買いに行かせた者から聞いているな。やっぱり太りやすいのか?」
「そうだな、特に砂糖やクリームがやばいらしい。今出てる奴だとフルーツケーキがまだマシな方だと思う」
「ぐぬぬ、妾も太るわけにはいかんからしょうがない。そういえば聞いておるぞ、何やら盗賊団を一つ潰したらしいではないか。忙しかったのはそのためか?」
「……どこからそんな情報掴んでくるんだよ。ちなみにこの話はエレナお嬢様は知ってるのか?」
「領主たるもの情報は常に集めておるからな。とはいえこの街で一番情報通なのは間違いなく妾じゃ。なんじゃアルガン殿には知られたくないのか」
「エレナお嬢様は優しすぎるからな。これからも盗賊団は潰していこうと思うんだが止められる可能性がある」
「全く甘すぎるな。あやつの先代も甘すぎる領主じゃった。奴隷制度を廃止するなど今の情勢じゃ無理なのにのう。それを引き継ごうとするならこれから苦労するぞ。どうじゃ、そうなる前にうちに来んか?」
「ありがたい誘いだけど俺も奴隷制度を廃止するのに賛成だからな。苦労はしても頑張ってみるさ」
「……全くお前も相当頑固じゃな。まあいい、盗賊団を潰したという情報がアルガン家に漏れないようにしておくこともできるがどうじゃ?」
「本当か?ありがたいんだけどいいのか?」
「まあその代わりと言ってはなんじゃが、一つ簡単な妾の頼みを聞いてくれんか?」
まあこのお嬢様が無料で俺の頼みを聞いてくれるわけがないと思ってたよ。それにしても情報操作までできるとはさすがはローラン家といったところだ。
「本当に簡単な条件だったらな」
「なに簡単な話じゃ。ちょっと妾の護衛と戦ってみてくれないか?」
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます!
執筆の励みとなりますのでブックマークの登録や広告下にある☆☆☆☆☆での評価をいただけますと幸いです。
誤字脱字、日本語のおかしいところがありましたら教えて頂けますと非常に嬉しいです( ^ω^ )