第36話 奴隷解放
工場でパーティをしてから1ヶ月がたった。あの後発売した商品についてだが、驚いたことに全ての商品が予想以上の売り上げをあげていた。
きっかけはやはり秘密兵器のケーキからだった。こちらは初日こそエレナお嬢様の知り合いや新しいもの見たさのお客様しかいなかったが、その後は口コミで一気に広まり数日後には毎朝長蛇の列ができ、午前中にはその日に準備していた分のケーキが完売となるほどの人気商品となった。
更にケーキだけではなくフルーツの飴も価格をそこそこ抑え目に設定しているためか、同様にかなりの売上げとなった。そこからアルガネルのブランド名は一気に広がり、アルガン家の販売している商品に注目が集まり、リバーシや将棋やライガー鳥の唐揚げにフライドポテトまでも売り上げが増加した。
蒸留酒についてはやはり好みがあるのか、他の商品ほど人気はないものの、一部の酒好き達の間に広まっていったので、安定した常連客が見込めるのは大きい。まあやはりというべきか常連客の半数以上はドワーフである。
もはや何を売っても売れるのではないかと錯覚してしまいそうだが、一つの失敗からすべてが崩れることもあるので油断せずに行こう。近日中には工場の人数を大幅に増員するためなおのことだ。
そんなある日の夜にエレナお嬢様から話があると呼び出された。部屋に入るとエレナお嬢様は椅子に座っており、その横にはいつも通りアルゼさんが控えている。なんだろう俺なんかやらかしちゃったかな。
「ユウキ、いつもありがとう。ユウキのおかげでこの領地もだいぶ賑わいを取り戻してきたわ。珍しい商品があるおかげでこの国からだけじゃなく近くの国からも人が増えて、増えた人がまたいろいろなものをここで買ってまた人が増えての繰り返しね」
おお、好景気の見本のような状態だな。やはり物の売買が活発になることが街の発展に繋がっているようだ。まあエレナお嬢様がアルガン家に入ってきたお金を領地のことに使っているということも大きいのだろう。
「良い機会だしあなたを奴隷から解放しようと思っているの。この短い期間にユウキはとても頑張ってくれたものね。それでね、奴隷から解放されたあともここで働いてくれると嬉しいの!もちろん普通の使用人以上の待遇は約束するわ!どうかしら……」
なんだそう言うことか。奴隷になって半年近くになるが思ったよりも早い解放だったな。というか最近は普通の生活をしているだけで奴隷である自覚も何もなかったがな。
というかそんなに不安そうな顔で聞いてくることはないのに。確かにこの異世界を旅してみたいという気持ちもなくはないが、前に誓ったとおり、エレナお嬢様と共に奴隷制度を廃止することを優先したい。
「ありがとうございます。ぜひともこのままここで働かせてください!」
「よかったわ!ユウキ、これからもよろしくね!」
「はい。というかこの前にエレナお嬢様を支え続けるって誓ったばかりじゃないですか。さすがにそんなに簡単に前言は撤回しませんよ」
「そそ、そうね。奴隷制度を廃止するために支えてくれるのよね、分かっているわ」
なぜか顔を赤くして慌て出すエレナお嬢様。今思えばだいぶ厨二病っぽいセリフを喋っていた気がするがそれを思い出しているのかな。
「……まあおまえのおかげでこの領地も昔と同じくらいには活気が戻ってきたのは認めよう。訓練も励んでいるようだし、この調子で頼むぞユウキ」
ふむ、アルゼさんもある程度は認めてくれているらしい。まあお金の面だけで言えば、酵母液のレシピだけでとっくに元は取れているもんな。
「明日奴隷商に行って契約を解除しましょう。それと工場のみんなの契約も変更しないといけないわね」
そういえばそうか、工場のみんなの主人は俺ということになっているからそっちもあわせて変更する必要があるわけか。
……なんだかいろいろと面倒な気がしてきた。それに奴隷紋があるだけで大抵の人が下に見てくるからいろいろとやりやすい面もあるんだよなあ。というか最近は奴隷であることに困ったことなんて一度もないしな。
「すみません、エレナお嬢様。いろいろと手続きが面倒な気がしてきましたので、奴隷紋は当分そのままで大丈夫ですよ。かわりになんですけれど、先にマイルとサリアを解放していただくわけには行かないでしょうか?」
この半年間、マイルもサリアもとてもよく働いてくれた。今じゃ掃除、洗濯、食事のほとんどを二人でやってくれている。夜の勉強の成果もあってアルゼさんの計算の手伝いもできるようになっている。
ちなみにシェアル師匠も計算はできるようになったのだが、得意のドジで何度か重要な書類を破ってしまったことが何回かあり、書類に手を触れることを禁止されてしまった。相変わらず魔法以外に関しては屋敷での立場がどんどん低くなっていく。
話は逸れたが、すでにマイルもサリアもこの屋敷に欠かすことのできない人材となっている。そろそろ2人の村に行くことになるし、せっかくなら2人とも奴隷から解放された状態で両親に会わせたいものな。それに2人と一緒に街へ買い物に行くと、子供の奴隷は珍しく、どうしても好奇の視線に晒されてしまうのが忍びない。
「えっ!?ユウキは本当にそれでいいの?どちらにしてもマイルとサリアもとてもよく働いてくれるから、2人の村に行く前に奴隷契約を解除する予定だったのだけど」
さすがエレナお嬢様、ちゃんと2人のことも考えてくれている。
「そうですね、エレナお嬢様のおかげで今のところ奴隷であっても不都合なこともないですし。むしろランディ様みたいにこちらを侮ってくれることもありますからね」
「ユウキがいいならそれでもいいけど。そうね、奴隷紋を解除したくなったらすぐに言ってね。それと使用人と同じように賃金は出るようになるから毎月最後の日に渡すわね。アルゼもそれでいい?」
「そうですな。とくに問題ないでしょう。ユウキの奴隷紋が残っていてもこちらには支障はありません。マイルもサリアも非常によく働いてくれております。もう屋敷のことはほとんどでき、経理の業務も2人がいて助かっておりますし、褒美を与えてもいい頃でしょう。どこぞのメイドよりよっぽど有能ですな」
相変わらずどこぞのメイドには当たりが強いな、アルゼさん。うちのメイドはサリア以外1人しかいないんだけどな。
「こらこら、そんなこと言わないの。ユウキ、悪いけど2人を呼んできてくれる?」
「はい、すぐに呼んできます!」
よかった、2人とも無事に奴隷から解放してもらえそうだ。問題は2人ともこのままこの屋敷に残って働いてくれるかだよな。子供のうちは両親と過ごすことが1番だと思うが、正直に言って今2人が抜けられると非常に困ってしまう。まあ何はともあれ2人の気持ちを聞いてからだな。
「「お待たせしました」」
2人をエレナお嬢様の部屋に連れてきた。2人とも小さいながらも立派に執事服とメイド服を着こなしている。うんうん、2人とも出会った時からよくこんなに立派になったものだ。まあ出会ってから半年くらいなんだが。
「マイル、サリア。2人ともこの半年間よく働いてくれましたね。2人とユウキのおかげでこの領地は賑わいを取り戻してきたわ。本当にありがとう!
もう2人とも十分に働いてくれたから明日奴隷契約を解除しようと思っているの。できれば2人ともそのままこの屋敷で働いてくれると嬉しいわ。もちろん村に戻ってご両親と暮らしたいという気持ちも大きいでしょうから2人の気持ちを尊重するわ」
「「…………」」
あれ、2人ともぽかんとして完全にフリーズしている。もっと、やったー!とかこれで村に帰れる!とかあると思っていた。
「……えっと、エレナお嬢様。僕たちここでまだ半年も働いていないけど本当なんですか?普通の奴隷って下手をしたら一生解放されないと思ってたんですけど」
「サリアもどんなに早くても10年はかかると思っていたわ。それにユウキお兄ちゃんからサリアって他の人の3倍のお金で買われたって聞いたわ」
なるほど、2人とも突然すぎて信じられなかっただけか。確かにこの世界では子供であっても奴隷1人の値段はかなり高めだ。普通は元を取るだけでもかなりの年月が必要だし3倍の値段なら尚更だろう。
「私も正直に言って2人をこんなに早く自由にできると思っていなかったわ。でもこの半年間だけで2人とユウキのおかげでこの領地は賑わってきて2人のお金なんかすぐに稼げちゃったから大丈夫よ」
「でも僕たち屋敷のことくらいしかやってなかったけど本当に大丈夫なんですか?」
「ええもちろん!2人が屋敷の仕事をしてくれたおかげでユウキも自由に動けたし、いろんな商品の試作品を作る時に2人も協力してくれたでしょう。最近はアルゼと一緒に計算もしてくれて大助かりよ」
「安心しろ、すでに2人ともどこぞのメイドなんぞよりよっぽど役に立っている。たった半年で私の仕事まで手伝えるようになったのだ。とても感謝している。このまま屋敷で働いてくれると我々もとても助かる」
エレナお嬢様だけでなくアルゼさんも大絶賛だ。実際のところ2人がいなかったら俺も屋敷のことで手一杯になってこれほど自由に動けなかっただろう。
そして俺が試作品を作る時は2人に手伝ってもらってるし、2人の意見もだいぶ参考にしている。悪いが俺もどこぞの師匠よりも役に立っていると思う。
「エレナお嬢様、アルゼ様……ありがとうございます!僕はこのままこの屋敷で働きたいです!最近は僕が奴隷であることを忘れるくらい毎日が楽しいです!」
「サリアもここで働きたい!まだエレナお嬢様に助けてもらった恩を返してないもん。ねえ、ユウキお兄ちゃんも奴隷から解放されて一緒にここで働けるんでしょ?」
「ああ、俺もここで働くのが楽しいし、ここで働かせてもらうよ。奴隷紋は工場の人達の関係でそのまま残しておくけどいつでも解除してくれるってさ」
「えっ、そうなの!?それならサリアもユウキお兄ちゃんと一緒の時でもいいかな」
「いや、2人は早めに解除しておいた方がいい。そろそろ2人の村にも行くしな」
さすがに奴隷紋をつけたまま2人の親に会うのは気まずい。
「サリアちゃん、解除してもらっておいたほうがいいよ。お父さんに奴隷になってたことがバレたらすごい暴れると思うよ」
「うっ……そうね、お父さん怒ると怖いからやめておいたほうがいいわね」
マジか……暴れるくらいやばいのか。屋敷に残ってもらうのも一悶着あってもおかしくないな。まあそのあたりの交渉はアルゼさんに任せよう。
「ふふっ、サリアのお父さんにお話しするのはちょっと怖そうね。それじゃあ明日は2人の契約を解除しに行きましょうね」
次の日、2人はエレナお嬢様とアルゼさんと一緒に奴隷商へ行って奴隷契約を解除してきていた。聞いたところによると、例の奴隷契約を行った部屋の魔法陣で主人から契約解除の言葉をもらうと解放されるらしい。
戻ってきた2人の右手から黒い六芒星の奴隷紋が消えていたのを見ると無事に奴隷から解放されたようだ。これで問題なく2人の村に行けるな、2人とも本当によかった!
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