第21話 発酵パンの力
「アルゼ様、それでは屋台の売り上げは問題ないんですね?」
「ああ、予想以上の売り上げがでている。ユウキのいうように別売りで販売し始めたマヨネーズとフライドポテトの売り上げも上々だ。それに加えて隣の店のエールの売り上げも伸びている」
「それはよかったです。ここ数日間仕込みの手伝いをみんなで手伝ったかいがありましたよ」
「開店から数日間はどうしても手が足りぬからな。仕込みを手伝ってもらえるだけで十分助かっている。もうお前が手伝わなくても他の者だけでも可能なのだろう?」
「そうですね、もうマイルとサリアの2人でも可能です。マヨネーズも唐揚のタレの作り方も教えましたし大丈夫です」
3日前からこの地域で取れるライガー鳥を使った唐揚のお店がオープンされた。俺も一度オープン前の屋台へ連れて行ってもらったのだが、ちゃんとしたお店のように立派な屋台であった。のぼりなどもしっかりと作られており、屋台の前にはイスとテーブルが置かれ、唐揚を買った人達がその場で食べられるようになっている。
ここ数日は俺や2人も仕込みを手伝っていた。ライガー鳥の肉を一口大に切り、タレに漬け込んでおく。ジャガイモは一口サイズに切っておき、マヨネーズもひたすら混ぜるだけなのだが、これもなかなか手間であった。やること自体は単純な作業ばかりなのだが、とにかく量が多いので大変であった。
「ならばこれからの仕込みの手伝いは2人にまかせておけ。客は増えてはいるが店員も増員したのでこちらにくる作業の量は減るはずだからな」
「わかりました。でも俺も時間のあるときには手伝いますからね」
「ふん、訓練のあとにそれほどの余力があるとは思えんがな」
最近は屋敷の掃除やリールさんの手伝いも2人に任せっきりだからな。俺はというと食事を作るとき以外はひたすら訓練をしているだけである。アルゼさんから訓練を優先させてもらってはいるが、この上唐揚の仕込まですべて2人に任すわけにはいかない。
「それで、何か話があるのではなかったのか?まあ、屋台の話をし始めたのは私のほうであったが」
「ああそうでした!少しだけ厨房のほうへ来てくれませんか?見ていただきたいものがあります」
「ふむ、あと一時間くらいならいいだろう」
さて、俺はリールさんとアルゼさんと一緒に厨房にいる。今日は屋敷でパンを焼く日である。この屋敷では3日に一度、3日分の人数分のパンを厨房にある竈で焼き上げる。パンを焼くのはリールさんが担当しているが今日は俺も一緒にいる。
というのも少し前から作っていた酵母液ができたので試してみることになった。この世界にはパンはまだ硬くて平らな無発酵のパンしかなかった。主食がパンであるこの国では毎日必ずパンが食卓に出てくるのだが、正直に言ってこの硬いパンは元の世界の柔らかいパンに慣れていた俺にとっては耐え難いものである。
そこでこの屋敷では自分たちでパンを焼いているということを知った俺は天然酵母を作れるか試してみた。安値でパンの味を改良できるかもしれないとアルゼさんを説得し、様々な果物を少量づつ使わせてもらい準備をする。
果物を少量づつと一度沸騰させて冷ました水をいっしょに熱湯殺菌した瓶に詰め、一日一回かき混ぜるだけ。俺が読んだ異世界ネット小説での酵母液の作り方はこんな感じだった。始めは失敗し、腐って嫌な臭いがするだけであったが、果物と水の量を調整したり、保存する場所を工夫してみるといくつかの瓶はちゃんとシュワシュワと小さな泡が出て発酵が進み酵母液となっていたのが確認できた。
昨日リールさんがこねたパン生地に発酵がうまくいった3種類の酵母液を混ぜてこねておいた。朝見てみるとしっかりとパン生地が膨らんでいてくれた。朝食の準備をしている間にこれを切り分けてもう一度パン生地を休めて二次発酵させておく。それを焼き上げたものができたので味を見てみようとみんなに集まってもらったのだ。
「へええ、本当に膨らんでいるんだね」
「ほう、いつものものと比べると明らかに大きくなっているな」
「自分で作ってみるのは初めてなんですが、ちゃんと膨らんでくれていますね」
さすがに実際にパンを作るなんてことは初めてだからな。今のところ形だけはうまくいってそうに見える。3種類の酵母液を3種類の異なる分量を加えた合計9種類のパンの中で一番ふっくらと焼きあがっているパンを手にとる。
「それではまずは俺から試させていただきます」
ごくっ!頼むぞ、どうかうまくできていてくれ。
熱々に焼きあがった丸いパンを二つに割ってみる。パリッと焼きあがった外側、柔らかそうな内側、立ち上る焼き上がったばかりの鼻をくすぐるパンの香り。内側の柔らかそうな部分に豪快にかぶりつく。
ああ、忘れていた柔らかなパンの味と食感だ。元の世界で作られたものより質の落ちる小麦や試作してみた酵母液から作られたパン。それでもカチカチの硬いパンに慣れかけていたことや焼きたてであるおかげで俺にとっては元の世界のパンと同じように感じられた。
「美味しいです。おれにとっては俺の村で食べたものと同じくらいに感じられます」
「どれどれ僕もいただいてみよう。……うん、これはすごい!同じ材料でその液体を加えただけでそこまで変わるなんてね。味は確かにパンのようだけどこの柔らかな食感はパンとは違うものだよ」
「ふむ、悪くはない。確かにこれは普通のパンとは別物だな」
「うまくいってよかったです。あとは一番相性のよい果物と発酵させる時間、適度な分量を探してみれば完成です。残りの8つも食べ比べて見ましょう。アルゼ様、もしよろしければこちらの酵母液の作り方をお教えしますのでレシピを大きな商店に売ってみてはいかがでしょうか?」
「……いいのか?少量の果物を使用するだけでこれだけのパンの改良ができるとなると、その利益ははかりしれんぞ?お前やあの2人の値段の合計などはるかに超える値がつくに違いない」
まあそうだろうな。こちらの世界でも果物の値段はそれほど高くないので、数百円レベルでかなりの数のパンが改良できる。しかるべきところに売るツテさえあれば相当な額でレシピが売れるはずだ。それこそ奴隷数十人分くらいはあるのではないだろうか。
「かまいませんよ。言いましたよね、エレナお嬢様の手助けをすると。何をするにしてもまずはお金がないと始まりませんから。それに食卓が豊かになって、この地域が発展することもできて一石二鳥です」
「……まあお前がいいならばよい。それではこの街の商業ギルドにレシピを売るのがよかろう。エレナ様が手がけている店だけに教えたとしても出せる利益はたかが知れている。商業ギルドにレシピを売れば単価は少ないかもしれないが、このレシピが使われた分だけこちらにも金が入るようになる」
「なるほど、お任せいたします。それでしたらレシピを売る前に必要な果物を安定して購入できるようなルートを確保しておくとよろしいかと。
それほどまでにはならないとは思いますが、パンを焼く人はいろいろな果物を試してみるでしょうから、レシピが出回ってすぐは果物が手に入らなくなるかもしれませんからね」
「……本当によくそこまで気が回るものだな。そうだな、どの果物を使用するか決まったらリールに伝えておけ。少なくともこの屋敷で使用する分は確保できるようにしておこう」
「かしこまりました、アルゼ様。これらの果物を買っている商店に交渉しておきましょう」
「任せたぞ、リール。そしてユウキ、何かエレナ様にお願いしたいことはあるか?おそらくだがこのパンの利益は相当なものとなる。あの奴隷2人の値段を差し引いても相当なものだ。エレナ様のことであるから何か褒美を渡すと仰られるだろうから先に聞いておこう」
「……そうですね、可能であれば今回で予想される利益の一部を新しいものを開発する資金にまわしてもらえないでしょうか?更に可能であれば手先の器用な人がいる工房の方を紹介していただけると助かります」
「ほう、また何か作ろうとしているのか?」
「ええそうですね、次は貴族の方たちに向けた娯楽用具と、それとこちらは可能かわからないですけれどお酒の改良を……」
「わかった、許可しよう!」
早いわ!お酒という単語が出た瞬間に許可しないでくれ。ってかエレナお嬢様の確認以前にまだなんにも説明していないし!うすうす気づいてはいたけどアルゼさんはよっぽど酒が好きらしい。
「それでどのように酒を改良するのだ?一から酒を造るのか、それとも今ある酒になにかを加えるのか?どうなんだ?」
先ほどまでとは異なり凄まじい食いつきようだ。正直ちょっと引くぞ。というかそもそも本当にできるかどうかすらまだわからないんだが。
「えっとですね、シェアル師匠からこの国ではそれほど酒精が強い酒がないと聞きましたので、今あるお酒を元に蒸留という手段を使って酒の酒精を強めてみようかなと思っています。その蒸留を行うために特殊な装置が素人の自分では作れなそうなので、どなたか人を紹介していただければと」
「なるほど、今以上に強い酒か、悪くない。酒の改良となるとあそこがいい、何せ工房長がドワーフだ。うまい酒が呑めるとなると依頼料も安くなるに違いない。よし、早速連絡しておこう」
「ちょっとストップ、ストップ!落ち着いてください、アルゼ様!まずはパンの改良ができてからです。それに商業ギルドとのレシピの交渉とエレナお嬢様の許可をもらわないと」
酒が絡んだ途端にポンコツになるな、この完璧執事さんは。ステップを一気に3、4段すっ飛ばしたぞ。
「おっとそうであったな、私としたことが。まあいい、褒美の件は了解した。エレナ様も許可してくださるだろうから酒の改良の話も進めておけ。それと早急にパンのレシピを完成させておけよ、いいな」
娯楽用具の話は完璧に忘れられている模様である。まあこちらのほうが簡単なので合わせて進めておこう。
「はい、わかりました」
「よし、それでは私は仕事があるからあとは任せよう。頼むぞリール」
「はいアルゼ様」
そういうとアルゼさんは厨房から出て行った。
「……えっとリール様、アルゼ様って相当お酒が好きなかんじですか?」
「そうだね、特にワインには目がなくてエレナ様からいただいた給金のほとんどはワインに使っているそうだよ」
まあ人にはそれぞれ好きなものがあるもんな。それにしてもあの人の変わりようはやばかった。
てか本当は蒸留酒より貴族用の遊具であるリバーシと将棋の方がメインのはずだったのに完全に忘れ去られている。
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