第11話 謎の使用人
よし、今日も朝早く起きることができた。こればっかりは自分の力でどうにかできるものではないから難しい。幸いこの使用人の部屋の窓は朝日が入るようになっているので窓の近くにベッドを動かして朝日がちょうど顔に当たるようにしておいた。自由気ままな冒険者だったら朝何時に起きるとか気にしなくてもいいんだろうな、うらやましい。
昨日はシェアルさんのかかと落としをくらって気絶したが、その後の家事については特に問題はなかった。晩御飯に出したハンバーグも好評だ。食在庫にあった賞味期限が危なそうな肉をまとめてミンチにして焼いてみたらなかなかいい味が出てくれたようだ。特にエレナお嬢様が喜んでくれた。やっぱり子供にはステーキよりハンバーグなんだな。
しかし普通の肉をミンチにするのって結構な労力がかかった。元の世界では普通にスーパーに挽肉がおいてあるからありがたみがなかったが、実際に肉を細く切ってそれを更に細かくたたくのはかなり時間がかかってしまうんだな。
今日の朝ごはんは昨日の挽肉で作ったミートボールの甘酢あんかけと、これまた昨日小麦粉と卵で作っておいたマカロニを茹でたものに野菜とマヨネーズを混ぜたマカロニサラダ、ジャガイモのポタージュスープ、それにいつものカチカチのパンである。
朝食も好評であってくれたのだが、このカチカチのパンだけはなんとかしたいな。こちらの世界の人にとってはこれが当たり前で慣れているからいいかもしれないが、豊かな食生活を送っていた俺にとってはちょっと物足りない。アルゼさんに許可を取って、果物から酵母を試しに作ってみているが果たしてうまくいくかどうか。
朝食の後は昨日と同じようにシェアルさんと一緒に屋敷の掃除の手伝い。今日は掃除中もしっかりとシェアルさんのドジを意識していたので、一度シェアルさんが転んで雑巾がけ用のバケツの水をぶちまけてそれをかぶっただけで済んでいる。いや昨日に比べればはるかにマシなほうだよ。命にかかわることは何もなかったんだからな。
「今日はリールの手伝いをしてもらう」
「はい、アルゼ様」
シェアルさんとの屋敷の掃除も無事に終えてアルゼさんに次の仕事を聞いたところ、リールさんの手伝いをするように言われた。今日は屋敷の庭の草木の手入れをするそうだが、庭の手入れなんて素人の俺でも何か手伝える事があるのだろうか。
「リール様、アルゼ様よりリール様の手伝いをするように言われたのですが何をすればよろしいでしょうか?」
「ああきみか。今日は背の高い木を手入れするから僕が登るこの梯子をしっかりと抑えておいてくれ」
「はい、了解しました。あっ、梯子と道具をお持ちしますよ」
「気が利くね、任せるよ」
なるほどずいぶんと器用に切っていくものだな。リールさんは高い梯子をスイスイと登り大きなハサミを操り次々と草木を整えていく。美容師がボサボサの頭をさっぱりとしていくように自然に伸びすぎた枝をまっすぐに刈っていく。梯子をおさえながらリールさんの仕事を見ているが見事なショーのようだ。
リールさんの手伝いは昨日のシェアルさんの手伝いとは異なりスムーズに終わった。というか俺はリールさんの梯子を抑えているのと刈り終わった草木をまとめるだけの簡単なお仕事だったけど。
「すごかったです、リール様。あれだけ無造作に生えていた木が一瞬であれほど美しく整えられるとは思ってもいませんでした」
「はっはっはっ、僕もこの庭を任されてから長いからね、あれくらいはお手の物だよ。それよりきみが作るご飯もとても美味しいじゃないか。何より今までに見たこともない料理ばかりだったよ。以前にこの屋敷に勤めていた料理長よりよっぽどうまい。今度家内にも食べさせてやりたいからレシピを教えてくれないかい?」
「ありがとうございますリール様、後ほどお伝えいたしますね。そういえばリール様は夜から朝まではご自宅に帰られているんですよね?」
「ああ、この屋敷から15分ほど歩いた家に家内と一緒に住んでいるよ。基本的に使用人は屋敷に住み込みでないと駄目なんだけど、特別に許可をくださったんだ。それにたまにはお休みもいただけるんだよ。その時は家内と一緒に旅行に行ったりもできるんだよ」
「へえ~うらやましいですね」
ニコニコと語るリールさん、本当に奥さんと仲がいいんだろうな。
「そういえばこちらの屋敷の広さからいって、少し使用人が少ないのではないでしょうか?以前の料理長とおっしゃっておりましたが、以前はもう少し使用人がいらっしゃったのですか?」
「……そうだね。以前は10人以上の使用人がこの屋敷で働いていたよ」
「なるほど、だいぶ使用人が減ってしまったのですね。それはエレナお嬢様の両親が見られないことと関係があるのでしょうか?」
「……さすがにそれは僕の口からは言えないね。僕はただの庭師にすぎないから。どうしても知りたかったらアルゼ様にでも聞くんだね、教えてくれるかは知らないけど」
「はい、失礼致しました!」
いきなりリールさんの雰囲気が一変した。これだけの広い屋敷に数人しかいない使用人に、あの年齢でこの街の領主になったエレナお嬢様、まだお目にかかったことのないエレナお嬢様のご両親。
少し予想はついてはいるがエレナお嬢様本人には聞けない話なのでリールさんに聞いてみたのだが、聞いてはいけないことだったか。俺とリールさんはその後は無言のまま屋敷の前まで戻ってきた。
「……そういえば奴隷くん、最後に一つだけ忠告をしておこう」
「はい?」
横にいるリールさんに声をかけられ横を向く。
「あっ……」
いつの間にかリールさんが先ほどまで枝を切っていた大きなハサミを俺の首元に突きつけてる。そしてニコニコと話していた先ほどまでとは全く異なる冷たい瞳で俺を捕らえていた。
「僕はねえ、ただのしがない使用人だ。この屋敷の庭を整えたり馬車を出すくらいしかできないんだよ。そんな僕をエレナ様とエレナ様のご両親は拾ってくれたんだ。あのころは楽しかったなあ、エレナ様もとても小さくてよくご両親と一緒に僕が整えた庭を見てまわってくれたりしてくれたよ。
僕はエレナ様がとても大切なんだ。だからもしきみがエレナ様を裏切り、エレナ様を害しようとした場合には僕は君を殺すよ。
たとえきみがどこに逃げようとも必ず君を探し出して殺そう。たとえきみを殺した後に僕が捕まってしまうとしても君を殺そう。たとえきみが歴戦の強者に守られていようともその喉元に刃をつきたててみせるさ」
強烈な殺気。今までに味わったことのない死の恐怖。盗賊に散々殴られた時にもこんなにも凄まじい恐怖を味わったことはなかった。だが俺はリールさんの瞳を真っ直ぐ見て話す。
「……なるほど、リール様はエレナお嬢様に大層なご恩があるのですね。ですがその心配はご無用です。そもそもこの奴隷紋がある限り私にはエレナお嬢様を害することはできません。いえ、仮にこの奴隷紋がなかったとしても私もリールさんと同じでエレナお嬢様に大きなご恩があります。
暗く汚物まみれの悪臭の放つ地下牢、小さなパンと腐りかけた野菜の切れ端ですら美味しく感じてしまうエサ、なにか意見しようものなら長い間激しく鞭で打たれ続けます。地獄ですよ。平和な世界で、……いや、平和な国で暮らしていた俺には想像もできないような地獄でした。
そんな地獄から俺を救い出してくれたエレナお嬢様をどうして裏切られるんですか?そればかりかエレナお嬢様は奴隷である俺に、優しいお言葉をかけてくれました、温かくて柔らかいベッドを、皆と同じ食事を与えてくれました。そして何より奴隷である俺を一人の人間として名前を呼んでくれました。あの時の俺の気持ちはたとえリール様であってもご理解できないと思いますよ!」
喉元にハサミを突きつけられながらも俺は答える。そうだ、俺のあの時の気持ちは絶対にあなたなんかにはわからない!奴隷として、人間として扱われないものの気持ちをあなたは知っているか?そんな中で温かな笑顔を向けてくれ、美味しい食事を食べさせてくれ、俺の名前を呼んでくれた人を裏切るなんて絶対にできない。
「その言葉が嘘でないことを祈るよ。それから君の気持ちだけど、君は僕にはわからないといったね。残念だけどそれだけは違うね。僕も君の気持ちはわかるさ、いや君以上にわかるね。
……さあ、そろそろ屋敷に戻ろう。今日も美味しいご飯を期待しているからね」
そういうとリールさんは俺の喉元からハサミを離し笑顔で屋敷の中へ消えていった。
こっ、こっええ~~~
なにあの人?しがない使用人とか言ってたけど絶対に嘘だよ、どこかの暗殺部隊の隊長とかやってる人だよ。
人の喉元にハサミを突きつけている間も冷めた目で俺の事を見ていた。今更ながら足がガクガクと震えてきた。ここまで本気の殺意を向けられたのは生まれて初めてだ。
俺以上の恩がエレナお嬢様にあるっていっていたけどとてもじゃないけど聞ける雰囲気ではなかったな。とりあえずリールさん怖い、リールさんヤバイということだけは俺の心の中に奥深くに刻んでおいた。
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