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見合いの知らせ

 その日、天川は武州党の党首に言われ、日本城の一角にある料亭を訪れていた。

「それで、青山さん。今日は何があるのでしょうか」

 武州党党首、青山敬一郎(けいいちろう)は少し神妙な顔つきで答えた。

「今日の用事は、行けば分かる。それから、新居のことだが、もう目星は付いているから、もう少し待ってくれ」

 件の料亭に到着すると、そこには右倉父子の姿もあった。

「うむ、よく似合っている」

 右倉の父がそう言った。天川は、つい先日に彼、右倉源蔵(げんぞう)が上州党の党首を勤める人物であることを聞かされていた。つまり、中々に大物である。

 ここには、武州党と上州党の党首が顔を揃えていることと言える。

「私は準備の手伝いに」

 右倉の息子である右倉正徳(みぎくらまさのり)が言った。

「私は、和服というものを今日はじめて着ました。考えてみればおかしな話ですがね」

 天川は、青山の用意した上等の着物に腕を通している。言葉どおり、彼の初めての着物体験であった。もちろん、この街の人々はみな和服である。これからこの街で暮らしてゆく以上、天川もこの服に慣れねばならなかった。

「それでね、天川くん」

 世間話を済ませると、青山がわざとらしい顔を作って話し始めた。

「突然のことで悪いのだが、君にはこれから見合いをしてもらう。そして、その人と結婚してもらう。これは決まったことだ」

「……、はぁ?」

 突然のことに、天川は素っ頓狂な声を上げた。


 話は数日前に遡る。

 どうやら、新しく本国日本から流れてきたあの男性は、関東出身らしいと分かった直後のことである。その時、上州党の党首である右倉源蔵と武州党の党首である青山敬一郎、他に野州党や総州党の関係者も顔を連ねていた。みな関東系の郷党の人間である。

「彼は武州人だ。つまり、うちだ」

 青山はにやけ面で言った。

「これで次の政権は八州党が取ったも同然だ」

 青山は興奮さめやらぬ様子で言う。八州党とは、関八州の語に由来する、関東系の郷党連合のことである。

 そして、八州党は、関西系の郷党連合である畿内党とは政治的に敵対関係にあるのだった。そして、現城長の村木善兵衛は畿内党に属する摂州党の領袖である。

「もしもの時は、誰か娘をやってでも関係を作ろうと思っていたのだが、どうやらその必要もないらしい」

 右倉も興奮した様子で言った。

 その時である。この場とは別に、村木城長に話し合いに呼ばれていた野州党党首、佐野省三(せいぞう)が入ってきた。

「村木城長は津川ちゃんと、あの、天川くんとやらに、一緒になってもらおうと言い出したぞ」

「佐野、それでどう返答した」

 この場では最も年かさの右倉が尋ねた。

「とりあえず、八州党としては賛否いずれか保留にしてあるが、私としては、村木の言うとおりにすべきだと思うぞ」

 それから暫く話し合うと、意見はだいたいまとまった。

「よし、では明日にでも村木城長に私が会ってこよう」

 右倉がそう言うと、その場はお開きとなった。


「と、そのようなことがあったそうですよ。先に結婚を決めてしまってから、後から当人である貴方に伝えたのは、わざとでしょうね」

 右倉正徳は、天川にそう説明してくれた。

「……そうですか、何から言ったらよいか分かりませんが……。話を整理すると、つまり関西人と関東人の政治的に何やらの関係で、私が結婚をする羽目になる、ということですか。とにかく私としては結婚するつもりなどありません」

「そう言われると思って、こんな今さらになって伝えたのでしょう。私も、まだ話していないと聞いて驚きましたから」

 天川はすっかり困惑してしまった。ここまで場が出来てしまっているのだから、とりあえず今日は、その津川という女性に会わない訳にはゆかない。

「私は結婚に賛成です」

 右倉はぴしゃりと言った。一瞬、驚いた天川は、理由を尋ねた。

「津川さんの結婚については、ずっと揉めていたことですから。それに、私としてもこれが最もよい方策に思われます」

「そんな、だからって……。とにかく、相手の方は納得しているのでしょうか」

「さあ、それは分かりません。でも、お似合いといえば、そうだと思いますよ。津川さんだってつい二ヶ月前に日本から来たばかりなんですか」

 初めて聞いた情報に、天川は更に驚いてしまった。

「それってどういうーー」

「準備ができたぞ、行こう」

 天川が聞き返そうとしたその時、向こうから青山の声に遮られてしまった。

 そのまま青山に促され、会場に入った。場には、天川と青山がまず座っている。彼が自分の後見人役なのだろうと天川は思った。

「青山さん。申し訳ないがこの結婚については」

「し、相手方が入ってくるぞ」

 再び話を遮られ、仕方なく天川は押し黙った。すると、襖が開けられ、村木と共に女性が入ってきた。彼女が津川らしい。

 美人だ、それが天川の抱いた初めの印象であった。

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