日本城
背は低いが頑丈そうな柵が見える。その中の一ヶ所に、出入り用の関所があった。
日本城に到着したのである。
「さ、行きましょう」
右倉に促され、荷物を担いで天川も馬車を降りる。歩きながら、先ほど言われたことを考えていた。
帰れないか。そうじゃないかとは思っていたが、やっぱり帰れないのか。
天川は関所の手前で天を仰いだ。
俺はもう元の日本には帰れないのか。
右倉は、天川の様子を黙って見詰めていた。天川は今、故郷を永久的に失ったのである。暫くは思い詰めるのもやむを得ないだろう。
「行きましょうか」
右倉の気遣いに気づいた天川は、そう言うと関所へ向かった。
関守と右倉のやり取りののち、彼らから今後この関所を通る際の諸注意を聞くと、ついに日本城の関を潜り、足を踏み入れた。
驚いたことに、結構な人数の出迎えがいる。中心には上等な和服を着た老人がいた。
「村木城長です」
城長、というのは、つまり日本城の責任者ということであろう。城長みずからのお出迎えであった。
「天川くん、で良かったかな。日本城へようこそ。今日からここが君の故郷だ。とりあえず、庁舎へ」
天川は、案内された日本城の庁舎の、客間に通され、荷物を降ろして一息ついた。
直に茶が運ばれてきた。天川にとっては久々の日本茶である。
「何をやっているのか、君は! あんな子供を一人で……」
村木城長が大声で怒鳴っているのが聞こえる。わざと、人前で怒鳴り付けているようにも感じられる。
茶を啜りながら扉へ向かい、様子を覗く。怒鳴られている男も、村木と同じくらいの老齢の男性である。その男も、説教の最中は何やら神妙な顔を作ってはいるが、どこかわざとらしくも見えた。
「怒られているほうが、父です」
入ってきた、右倉が言った。
「私が貴方をお迎えに上がったあの道は、漢京市の中でも中央街路なので、私のような十代の人間が一人で歩いていたからと言って、大した危険はありません。そんなことは村木城長も分かっておいででしょう」
「そうですか。それでは、何故このような……」
「元々、村木城長が正式な出迎えを送る予定だったのですが、父が仲間と謀って私を送ったのです。それで、父の抜け駆けに対して、見せしめが行われている訳ですよ」
右倉は、他人事のように語った。自分も、その父の企みに荷担したにしては、どこか冷めている。
「しかし、何故お父上はそのような事をわざわざ?」
「いずれ、分かります」
天川は、村木や他の担当官から二三の労いの言葉と、この街の説明を受けていた。
この街、日本城は、更に内部で、それぞれ祖先の出身地ごとに居住地が分けられているらしい。
説明も終わった頃、村木が改めた調子で尋ねた。
「君は、どこの国の出身なのかね」
つまり、君はどこに住む資格があるのか、と尋ねている訳である。
国、というくらいだから、都道府県ではなく旧国で答えたほうが良いらしい。
「武蔵、ということになりますか」
一瞬、村木が苦虫を噛み潰したような顔になるのを見逃さなかった。同時に、奥で控える右倉の父の顔には、喜色が浮かんでいる。
「なら、後は私が案内しましょう。君の住むべき家も二三日で用意する。取り敢えず今日は私の家に泊まりたまえ」
横から、また別の中年男性が出てきた。
「それでは村木城長、また後日」
その男に促され、天川はそのまま庁舎を後にしたのだった。