異世界人街をめざして
習作として書きました。よろしくお願いいたします。
「今まで大変お世話になりました。このご恩はいつか必ずお返しいたします」
深々と頭を下げながら、彼、天川暦世はそう告げた。
天川は振り返ると、荷物を担いで屋敷を出た。道中、便乗させてくれるよう商人の馬車との話は付いている。
天川は馬車を見つけると、手を振って合図した。御者席に座る親父に挨拶をすると、裏に回って荷台へ乗り込む。その人は、見た目では商人というよりも、農夫のようである。親切な親父は、いっぱいに積まれたずだ袋を避けて、彼が座る空間を確保してくれていた。
どうやら、荷は全て小麦のようである。これから彼が向かう目的の街へ輸送されるものだ。
「おーい」
聞き知った声がする。親父に声を掛けて少し待ってくれるように頼むと、天川はいったん馬車を降りた。
向こうから声の主である、大柄の黒人男性が荷物を担いでやって来た。
「ご主人様からの餞別だ。持っていけ」
大荷物を馬車に積むと、その黒人は天川の肩に手を置いた。
「漢京まで大した距離じゃない。またすぐ顔を出せ」
「はい、ありがとうございます。そうさせて頂きます。ジョンソンさんもお元気で。オーミス卿にもよろしくお伝えください」
馬車は出発した。これから、だいたい丸二日ていどの旅程である。
天川暦世がこの異世界にやって来たのは、今から二ヶ月前のことである。突然、事故のような形で全く見知らぬこの世界に飛ばされ、途方に暮れていた所を、この世界の、この現地の国の貴族であるオーミス男爵に拾われたのだった。
男爵は異界学者と呼ばれる人であった。天川のように異世界から飛ばされて来た人々やその文化を研究している。その為、天川は自分の母国である日本のことについて少し話すだけで、二ヶ月のあいだ衣食住を提供されただけではなく、この国、アスクド帝国の言語まで収得する機会を得ることができた。
ふと、餞別として渡された荷物を見る。全て、書物のようだった。男爵が、更なるこの国の言語の収得の為にと持たせてくれたようだ。
天川暦世には二つの選択肢があった。一つは、あの黒人の執事、ジョンソンのように、そのままオーミス男爵邸に仕え続ける道である。しかし彼はそれを選ばなかった。もう一つの選択肢に、どうしても興味を惹かれたからである。
それは望郷の念に近いものだった。
「見えて来ましたよ。あれが漢京の西壁です」
馬車の親父の声に導かれ、彼は荷台の隙間から御者席の親父ごしに景色を見る。向こうには、地平線まで続くような高い壁が見えている。
異世界からの来訪者の作った街の一つである、漢京市がそこに見えたのであった。