表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンドレスワンコ  作者: AKIRA
6/9

本屋の仕事には納品、返品作業というものがある。

 本屋の本は一部の買い取り本を除いて殆どの本がある一定の期間を超えると出版社へ返品できる制度となっている。だから言い方は悪いし、好きな言い方ではないけれども、売れなかった本は返品される運命になり、代わりに新しい本が本棚に並ぶシステムになっている。例えるなら、期限切れのコンビニのお弁当である。ただ、コンビニと違うのは、返品された時に出版社から返品された分の本の料金はちゃんと返されるということだ。

 その納品作業は主に店長の青木さん、そして返品作業は店長とアルバイトの柿本さんという男性スタッフが行ってくれている。

 レジのお客さんが落ち着いたところで休憩を取るように言われた私は、レジカウンターの裏側にあるスタッフルームへ足を進める。そのスタッフルームの隣に本が山積みに積まれた作業テーブルが設置してある場所があり、そこで今日も柿本さんが段ボールに本を入れて返品作業を黙々と行っていた。

「お疲れ様です」

 軽く会釈して柿本さんの前を通り過ぎようとすると不意に呼び止められる。

「今日何時から出勤?」

「えっと、十二時からですけど」

 私は正直に答えると、彼は顔を観ずに鼻で笑う。

「いいよな。女で実家暮らしの人間は。俺は朝九時から働いているよ」

「それはどうもありがとうございます」

「嫌らしいなあ。何だよその言い方」

「え?」

 別に、嫌らしく言ったわけではない。いつも会うたびに嫌味たらしく言ってくるので、ど

う返答すればよいかわからず、とりあえずありがとうございますと言っただけだ。

「お前みたいな人間が日本をダメにするんだよ」

「はあ」

 同じことを何度か聞かされて、飽き飽きしているのがわからないのだろうか。基本、私は別に人にどう思われても平気な人間だ。だから、何を言ってもらっても構わないのだけれどもこうも毎度言われると面倒で対応もドライで簡素的なものになってしまう。

「まあ、そうは言っても、お前頭の回転も悪そうだしな」

 自慢ではないが、私は高校で勉強の成績は学年でトップで国立大学も狙えると言われたほどだった。ただ、大学に行く意味がわからなかったので行かずにフリーターになっただけで、だから何だというわけではないので、軽く会釈して誤魔化す。

「だからと言って、こういう力仕事は無理そうだしな」

 それはその通りだ。私は小さい頃から病弱で、冬になると必ず風邪やインフルエンザで学校を休んでいた。今は病気こそしなくなったが、変わらず身体は華奢な方だし、筋力はなくて重たいものは運ぶような仕事には向かない。

「お前、女に生まれて良かったよな。男だったら社会不適合者で社会のお荷物だぞ」

 確かにそうかもしれない。柿本さんは私の四つ年上のフリーターで働く貴重な男性アルバイトスタッフだ。彼は漫画家になる夢があって、それでこの本屋でバイトをしながらその夢を追いかけている。

 是非、夢を叶えていつかこの本屋に彼の作品を陳列させてみたい。働いていた店員が作家になってその本が本棚にあって、それをお客さんが手に取って購入していく。そしてそれをレジで私が清算しながらこの作家さんここで働いていたんだよと心の中でニタニタする。妄想するだけで素敵なことだ。

 しかし、現実は厳しいらしく、随分前に彼の作りかけの作品を読ませてもらったことがあるが、まだ完成に至っている作品はなさそうだった。

 彼はきっと男だから両親にもいろいろしっかりしろとか言われているのだろうか。きっと、こういうふうな言い方をするということは、そういうことなのだろう。

 これこそ、男女差別だ。それに比べたら私を含めて女はいつかは結婚をして家庭を守るという名目でフリーターでも周りから言われにくいのかもしれない。どれだけ恵まれているんだろうと思う。同時に、女だからって甘えちゃいけないと思った。

「男性って大変ですね」

「お前馬鹿にしているのかよ!」

 と、柿本さんがこの言葉が気に障ったらしく目の前の本を乱暴に叩きつけた。

「柿本さん! 本を乱暴に扱わないでください! それは商品です。あなたの私物じゃない」

 これには私も怒った。私が何と言われても構わないが、本に当たる人間は許さない。この態度に彼は少し驚いた顔で私と顔を合わせる。それでも、私の怒りは収まらなかった。

「あの、私が気に入らないならそれでいいです。だったら、余計なことを話さずにお互い仕事だけしましょう」

 正論だったのか、柿本さんは言い返さなかった。

「では失礼します」

 言い過ぎだ。

 本のことになるとついカッとなってしまう。でも間違ったことは言っていない。

 そうそう。その作りかけの作品を読ませてもらった時の感想を求められた時に、とりあえず、全部完成して形にしてみるのはどうでしょうか。とアドバイスした時から彼と関係がぎくしゃくし始めた。作品を書けない奴が偉そうなことを言うなと言っていた気がする。

 本や作品のことになるとつい本気で遠慮がなくなってしまう。でも、これも間違ったことを言ったつもりはない。

 頑固だな。

 もっと柔軟に世の中を渡っていければいいのに。こんな私は柿本さんのまさしく言っている通り社会不適合者で、並みの女性として、人間としての営みが極めて困難なのかもしれない。

 これからどうしよう。

 やっぱり思いつかず、さっきの怒ってしまった疲れもあって暗い気持ちのままスタッフルームへ入っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ