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朝になった。もうこの家に用はない。
「うーん……」
「考え事でしたら相談に乗りますわよ?」
「聞いてくれるか。実はお前があまりにも使えないから――」
「お役に立ちますわよ! だから見捨てないで欲しいですわ!」
「そう言うと思った。だからな、お前の良いところを考えていたんだ」
「うふふ、数え切れなくて、寝不足というわけですわね?」
「言葉が通じることと、美人だということくらいしかない。でもまぁ、ひとつを極めることだって難しいし、長所がふたつもあれば充分だよな」
「四郎……あなた、良い人ね」
「よせよ。こっそり逃げたらサクっと死なれそうだし、断っても付いてきそうだから頑張っただけさ」
「本心っぽいですわ……」
くだらない話は止めて、生き残るために何かをしなければ。選択肢が多いから、悩んでしまう。
「わたくしに似合う服を探すのはどう!? 身を守れば生存確率も上がるのではなくって?」
「ばか言え。パンツ一丁でも当たらなければ問題ない。腹も減ったし、飯を探すべきか……いや、あれだな! 付いてこい」
マリーとともに家を出て、廃墟となった町を走る。ゾンビが頭を抱えたまま、くねくねしながら歩いているが、気にしない。
「ひぃぃ、ゾンビですわ怖いですわ……」
「無視して進むぞ。倒しても旨味がない」
「賛成ですわ! 逃げますわよ~っ!」
大きな旗が揺らめく建物に入ると、いかついおっさんが居た。
「おめぇが四郎か。噂は聞いてるぜ。で、後ろの嬢ちゃんは?」
「ただのお荷物だ。期待するな」
「せ、生存者ですわ! ごきげんよう!」
「何か買っていくかい? それとも、仕事を受けてくれるのかい?」
「仕事を――」
「買いますわ!」
俺の話を遮り、マリーが商品を見る。最初は目を輝かせたものの、すぐに肩を落とした。
「お高すぎますわ……」
「こいつらボッタクリだからな。仕事を受けてコインを稼ぐんだよ」
なるべく近場の回収クエストを受ける。これは物資を持ち帰るだけでいいから、楽な仕事だ。装備が整っていないうちは優先的に受けたい。
「ねぇ、四郎。『隠された補給品』クエストのほうが近いですわよ?」
「それ見つけるの大変だから時間の無駄だ。報酬もしょぼい。宝探しという名の、罠だと思ってる」
「ゾンビと戦わずに済むなら、悪くない条件だと思うのだけれど……」
「ゾンビをぶっ殺したほうが早いってことさ。ほら、行くぞ!」
目的の家にやってきた。俺とマリーはパーティーを組んでいるから、俺が受けたクエストをマリーと共有できる。一度の労力で、二倍の報酬を得られるから、もうお荷物ではないな。
「役割分担をしよう。俺がゾンビをぶっ殺すから、マリーが物資を漁る」
「あなたって天才ね! 賛成ですわ!」
「念のために、この木製棍棒をやろう」
「四郎の武器がなくなってしまいますわよ?」
「俺は石槍を使う」
「いつの間にそんなものを!?」
「道すがら作った。槍は威力は低いが、リーチがあるから地味に便利だ」
「手作りですの!? 起用ですわねぇ……ねぇ、その石槍が欲しいですわ」
「お嬢様は、お下がりが嫌いか?」
「そうではなくってよ。少しでもゾンビから離れたいだけですわ!」
結局、俺が木製棍棒を持ち、マリーが石槍を使うことになった。
「回収って、何を回収するんですの?」
「かばんに入った箱だ。隠されている場所は教えてもらってるから、大体の位置は分かる」
「じゃあ楽勝ですわね! さぁ、四郎! とっとと片付けてしまいなさい!」
「ただの回収クエストだから、別にゾンビを倒す必要はないんだけどな」
「わたくしが怖いから、お願いだから倒してくださる!?」
箱を持ち帰ればいい回収クエストだが、探す過程でどうしてもゾンビに遭遇してしまう。無視して進むと囲まれて危ないから、倒すしかないわけだ。
「足元に気をつけろよ。たまに床が抜けて――」
「ひぎゃーですわ! どこですの!? 怖いですわゾンビですわ!」
言ってるそばから床が抜け、マリーが地下室に落ちた。スリーパーゾンビも起きてしまい、マリーに襲いかかろうとしている。
俺も飛び降りる。ゾンビとマリーに割って入り、木製棍棒でゾンビの頭をかち割った。
「えぐえぐっ、怖かったですわ。もっと早く言って欲しかったですわ!」
「悪かったよ。俺の服をやるから、早く着替えろ」
「昨日の今日でまた粗相を……うぅ、お嫁に行けませんわ……はっ!? 四郎、あなたの服はどうするつもりですの!?」
「言ったろ。パンツ一丁でも、当たらなければ問題ない。この家に服があるといいけどな」
「わたくし、頑張って見つけますわね!」
ゾンビをかち割りながら家を探索する。ちょっとスースーする。ここが温かい土地で良かった。
「ちゃんと物資を漁ってるか?」
「ふふふ、怪盗・お嬢様ですわ!」
こそ泥の間違いだと思うが、役割分担は楽でいいな。サクサク進む。
「うーん、この近くあるはずだが……」
「わたくしは二階のようですわ。もしかして、違う場所ですの?」
「人によって違う。近くにきたら手当り次第に探すしかない。お前も手伝ってくれ」
「うふふ、お役に立ちますわよ……あら? こんなところに肖像画がありますわ。久々の芸術にうっとりしますわね」
「そこか……ふんっ!」
「あぁぁ!? げ、芸術を叩き壊すなんて酷いですわ。あんまりですわ!」
肖像画の裏にかばんが隠されていた。俺はクエスト完了だ。マリーのために、二階に上がる。
「この辺りのはずなのだけれど、見つかりませんわ……」
「いや、ある。床の板が違う……ふんっ!」
「ありましたわ! あなたって天才ですわね!」
無事に箱を見つけた俺たちは、トレーダーの元に急ぐ。箱を渡すまでがクエストだ。遠足と一緒さ。
「ぜぇはぁ……お、お待ちになって……荷物が重くて。何が必要か分からなかったから、根こそぎ拾ってしまいましたの……」
「持つには持てるが、限界を超えると移動が遅くなる。半分こっちに渡せ」
「ありがとう……あなたって最高ですわね! さぁ、帰りますわよ~!」
無事にトレーダーのもとに帰ってきた。さっそく報告をするつもりだったが……。
「お前、何でパンツ一丁なんだ? 服はどうした?」
「走ってたら熱くなった。どうせ人に見られないし気にするな」
「わしはよく『この人でなし』と言われるが、人だぞ?」
「この箱を投げ捨ててもいいんだが?」
「よく見つけてくれた。これは報酬のコインだ。それと、報酬のアイテムをどれかひとつだけあげよう」
簡単なクエストだと、報酬も微妙だ。救急包帯を貰うことにした。
「わたくしは、9mm弾を貰いましたわ! 貰ったコインで銃を買えば……コインが足りませんわ!?」
「ふたり合わせても足りないな。もう一度、クエストを受けるか。今度は、回収&一掃クエストだ。さぁ、行くぞ!」
「あぁ、わたくしの銃が……」
回収&一掃クエストは、ふたつの条件を達成してクリアとなる。回収はさっきと同じだが、一掃となると家のゾンビをすべてぶっ殺さないといけない。
「気合入れろよ。もう落ちるんじゃないぞ。別の建物だから、地下室があるとは限らないが」
「わたくし、学習しましたわ。もう四郎の三歩後ろしか歩きませんわ!」
「あぁ、うん……そうしてくれ……」
戦闘は俺が担当するから、結局やることは変わらない。順調に掃除をこなし、家の行き止まりと思われる地下室にたどり着いた。
「うふふ、お宝部屋ですわ~っ!」
「あっ、待て。ここは――」
――ア゛アァ、ア゛ァァァ……。
マリーが宝箱に飛びついたと同時に、薄い壁をぶち破ってゾンビが現れた。数は3体……やはり罠だったか。
「ひぎゃーっ!? たたた、助けて四郎~っ!?」
「お前が下がるんだよ! 戻ってこい!」
「腰が抜けてしまいましたわ!」
マリーに近づくゾンビの頭に木製棍棒を振り下ろす。一体が転び、時間は稼げるが、残りの二体も迫っている。マリーは宝箱にしがみついて動けない。
俺は自らゾンビに近づき、また木製棍棒を振り下ろす。片方は倒れたが、もう片方は肩にかすっただけ。衝撃が弱いと、少しよろけるだけで倒れてくれない。
「うぐ……っ!」
ゾンビに殴られながらも、反撃する。立ち上がってきたゾンビどもに棍棒を振り下ろし、やっと掃除が終わり、道中で見つけていた箱をあわせて、クエストも完了だ。
「四郎! 怪我を……」
「大したことない。パンツ一丁だから、かなり痛かったが」
「どうして……わたくしを庇って感染してしまったのに……」
「いや? 感染してない。運が良かったな」
「えっ? ゾンビに噛まれたり、引っ掻かれたら、感染するのが常識ではなくって?」
「それは映画の常識だな。こいつらに攻撃されても、感染するかは運だと思ってる」
「良かったですわ~! 心配させて……怖かったですわぁ~!」
「……もう着替えはないぞ」
「しくしく……でも怖かったから仕方のない粗相ですわ……」
「まぁ、元気を出せよ。その宝箱から、何か出るかもしれん」
「そうですわ! 良いものが出ますように……銃がありましたわぁぁぁ!?」
マリーが誇らしげに掲げた銃は、一丁のハンドガンだった。鈍い鉄の輝きは、薄暗い地下室の明かりに照らされて、とても頼もしく見えた……。
「これからどうしますの?」
クエストをクリアしたが、もうすぐ夜になる。今日はこの地下室で朝を待つことになりそうだ。
「チラッ、チラ……ですわ!」
「何だ。こっち見るな」
「ねぇ、四郎……わたくし、この銃が欲しいですわ」
「やるよ。元からそのつもりだったし。使い方は分かるか? あぁ、本場の人間に聞くのは野暮だったか」
「わたくし、生まれて一度も銃を触ったことがないのが誇りですわ!」
「そ、そうか。あとで使い方を教えてやるよ……」
「この銃、ひょっとして壊れてるんじゃ――」
マリーは何を思ったのか、いきなりハンドガンの引き金を引いた。
――パァン、パァン!!
「危ねぇぇぇ!?」
「ひぃぃ……間一髪でしたわ!」
「何してんの!? バカなの!? 死ぬぞ!?」
「四郎があっさりくれたから、てっきり壊れてるのかと思ったのですわ!」
「……はぁ?」
「だって銃ですわよ! 銃ですのよ!? 取り合いになるのが自然でしょう? それをあっさりくれるし、使い方まで教えるだなんて!」
「いや、後ろから撃たれたくなかったから。今まさに撃たれかけたけどさ。別の意味で危ないから、銃は取り上げたほうがいいかもな……」
「次から気をつけますわ!」
この間抜けっぷりは、銃に触れたことがないせいなのか? それとも、触れさせなかった両親が天才だったか。今となっては知る術はない。