勇者も賢者も英雄も救世主も飽きたので世界征服したい
思い付き短編です。
『―――本当にありがとう、勇者様』
現実には拝めない、光り輝く涙のエフェクト。眼下に拡がる街景色は、争いとは無縁の桃源郷のようだ。海に出る漁師の姿も、店を開く人も、この世界で勇者に感謝していない者はいない。
日差しを上回る眩しい笑顔の美少女が、そっと頬に口を寄せ名残惜しそうに去った。
そして夢は終わりを告げた。
胸を躍らせる冒険も、命を削るような戦いも、この世界から消えたのだ。
勇者は腰に差していた剣を抜いて、思いっきり街へと投げた。
***
乱暴にヘッドセットを脱ぎ捨て、三浦睦月はベットに身も投じた。
三ヶ月前に発売されたVRMMORPG、〝World in ONE〟。通称WIO。
VRゲームの特徴を存分に活用したグラフィックで、没入感と臨場感を売りに発売されたRPGである。一年前から宣伝してただけあって、画像の解像度は現在発売されているゲーム内では間違いなくトップクラス。ゲーム設定もよくある魔王倒す系だが、そこまでの道のりは複数用意されている。周回プレーにも対応したストーリーで、玄人向けの隠し要素も設定されていた。
星四.八評価は伊達ではない。
しかしどんな大作でも、無限は存在しないのだ。
睦月はこのゲームを通販で発売日配達で予約購入し、今の今までずっとプレーしていた。それこそ最低限の手洗い食事睡眠を除けば、仕事にしているプレー動画生配信すらゲームをしている。
配信していない裏クエストも完全攻略した睦月にとって、ハイスペック過ぎて追加ストーリーも入れられないゲームは、どれだけ凄くてもごみ同然となのだ。
ソフトを抜いて写真を撮り、ネットオークションに出す流れも慣れたもの。
ピロピロリン!
無駄に昔っぽい着信音は、広告費で食べているユーチューバーという職を理解出来ない、頭でっかちの家族へ向けたくだらない嫌がらせである。実家は本当に普通の家だ。何故睦月のような根っからのゲーマーが生まれたのか分からない程、普通のサラリーマン一家。
両親は睦月の収入が自分達のウン十倍も有るとは知らない。メールの内容はいつも通りだった。
元気か、ご飯はちゃんと食べてるか、一度帰ってこい、早く就職しろ。
聞き飽きた。
ついでにこのゲームも飽きた。
自慢のように聞こえるが、基本的に睦月は隠し要素を見逃さない。ゲームを始めれば製作者の意図を読み、物語の先の先を予想する。
どんな行動・会話や小ネタがフラグになるかを把握し、コンプリートを前提にしたプレーを実行。生配信のプレー中に呟く言葉は予想を超越したネタバレとして、一部のファンにゲーム制作者側の人間ではと疑われている。
勿論、根も葉もない噂だ。なので睦月の実況中の発言は、『揺るがない未来』とか、『予知コメ』とか言われている。
先が読めてしかもプレーが神がかっているとくれば、見る方は面白くてもやる方は早々に飽きる。
実際年がら年中閉じこもってても、問題無いぐらい稼げるのだ。ゲーム界の神とまで呼ばれる動画は、他のユーチューバーが配信するプレー動画とは一線を画していた。
次何しよ。
数分前の家族メールを忘れ、睦月はAIにおすすめを検索させた。現代では何も不思議では無い。自分から何かしようとする行動は、自分がしたい事をする時だけだ。
『――――――ガガァ―――』
「ん?」
そして、三浦睦月は世界から消えた。
『―――検索結果、が、表示、されまし、た』
『該当件数、は一件、です』
『システム設、定に基づき。自動イン、ストール、開始―――完了』
『個、人コード、入力―――アプリケー、ション、〝Fantasy in ONE〟。セット、終了』
『アプリケーション、オープン』
『いってらっしゃいませ』
「………………………………………………は?」
本当に訳の分からない声を出したのは、高校で同じクラスのアニメオタクに告白された時以来だった。
教師に見つからない所でゲーム機持ち込んでた睦月を見て、恋人欲しさに試し告白したらしい。当時知っていたあらゆる語彙を使って断った。
VRでも絶対に現代レベルでは再現不可能な、触覚にまで及ぶ仮想空間。と、一瞬考えて即否定した。
常識で考えて髪を揺らす風の存在も、目と肌を焼く日光の明るさも、明らかに仮想の域を跳び越えている。体感こそが証拠。これを否定する事は現実逃避と変わらず、受け入れる事は更なる疑問を生んだ。
此処何処何事。
状況を正確に理解不可能な現実なのだと断定し、分かる情報に知っている情報で不足を一時補完。此処が睦月の知るどんな場所でもなく、睦月が体験した事が無い何かが起こった。
幼い頃以来の忘れていた草原の感触から逃げる為、腰を上げる。自重を越えた重みにポケットの中に手を突っ込んだ。
拳銃が出てきた。
「いっ!?……はぁ」
また思考の海から飛び出し掛けた自制を引き、元の場所に収まった意識で気の抜ける息が漏れた。よく見ると全く現実的な作りではなく、妙に明るい石が弾倉に入った拳銃だ。まるでファンタジーのような―――
「あ、魔法銃の……たしか、〝空打〟」
凶器の見た目に近い情報が記憶に有った、〝空打〟という魔法武器。今日全てのストーリーをやり尽くしたゲームで出てくる、初期装備の一つだ。
魔法職を選ぶ者が最初に使う武器で、シューティングゲーム得意な人が使うとえげつない武器となる。
そのまま在り得ない深さまでポケットに入れた手が沈み、睦月の足より長い棒が出てきた。どう見ても木刀である。ポケットに感じる不自然な重みが無くなるまで、何度も手を出して入れた。
魔法銃と木刀、それに弓と木の矢。中世をモチーフにしたファンタジー世界の村人が着ていそうな服の上下に、手触りの良くない布袋にそのまま入っていた草。同じ素材の違う袋に入っているのは、これもゲーム内で見た記憶がある金貨。
睦月は両手の指先の腹を合わせ、擦り合わせた。
擦り合う部分がぴったり一致した時、睦月の中の思考が固まり決定する。
「―――almost」
独りが好きで独りでいる時間が多かった睦月の癖だ。やる事が決まれば、ゲーマーの睦月は直ぐに立ち上がる。
荷物をポケットに仕舞い、魔法銃を持って歩き出した。何も無い一面の草原だが、遥か向こうには三百六十度山がある。距離感は掴めないが、山が遠そうに見える方角へ向かった。
銃を強く握りながら、日差し六割カットの森の中に入る。ここまで人が通った跡が無いと、未開拓地なのかそもそも人が居ないのか。
自然物以外の音がした。
足音に気を配りつつ音の経路を辿ると、人が居た。安心出来る状況ではないが、人が存在する場所と知れたのは大きい。
木の幹に体を隠し、葉の隙間から目を出した。
「―――!―――っ―――」
「――――――!?」
キンッ!
甲高い金属音が空気を振動させて、睦月の身体を通り抜けた。
古めかしく小汚い恰好の男が数人と、立派な剣を構えた女。驚く事に状態の悪い男の剣と、甲冑を着た女の剣がぶつかった音だった。
男達の周りには、女の剣に打ち負けたらしい剣の残骸が転がっている。
争っているのだ。
恐ろしく原始的で、驚く程現実感の無い方法で。
手中の拳銃を見る。目の前のイベントに、睦月の選択は二分した。
女の後ろには簡素な布を羽織って、顔も体格も誤魔化している人物が居る。位置関係から推察すると、女騎士とその護衛だろう。
片や山賊風なのか盗賊風なのか、意見が別れそうな男衆。下卑た表情、ではなく、命が係っているような形相で二人を囲っていた。獲物の逃げ道を塞いでいる側なのに、まるで男達の後ろには退路が無いと知っている者の目である。
端的に加害者・被害者で判断するなら、女騎士と雇用主が被害者で男衆が加害者だ。
被害者の身形と睦月の道徳心に則って、助太刀を考えるなら被害者を助ける。
決めた。
タイミングは男衆の数が減った時、女騎士の勝機が僅かに男衆のソレを上回った瞬間。加害者側の表情が必死から、絶望の表情に変わった。勝機が見えると調子が高まり、女騎士が一歩男衆ににじり寄る。
銃口を慎重に対象へ向けた。お取込み中なので隠密は雑に、一発目は絶対に外せないのだ。照準を最優先に茂みから頭も出して、撃つ。
―――!
魔力で生成され発射した弾だ、音は一切響かない。
「がっ!?」
「トゥリア!?」
加害者の心境と睦月の遊び心に則って、加害者に助太刀する事にした。
甲冑の隙間、関節部分の膝を見事撃ち抜いた。護衛が役割ならその対象からは離れまい、しかし山賊に襲われている状況で機動力を削がれるのは痛手だ。敵を退けても移動が難しく、増援と接触する可能性が高まる。特に男衆が逃がさない様に動いていたのなら、これ以上の協力は無いだろう。
予想しない増援に女は手傷を負い、男は狼狽えた。畳みかけるチャンスなのに何をしているのか。
「―――投降しろ」
「何者だ!?」
銃を下ろさない睦月を睨む強さは、甲冑の拵えに見合った眼力。護衛対象の頭部を隠すフードの奥、丸い眼光が揺らいだ。その輝きに、睦月は会話の相手を移す。
「此方には薬草が有るしこれ以上の攻撃は控えよう、ただ武装は預かるが」
フードを被ったマント姿の護衛対象が、女騎士の前に出た。先程までとは逆の立ち位置。
「目的は、何ですか」
固い声音は高く、若い。少女を思わせる声の主に、男衆の動揺は激しくなる。
何も知らなかったのだろう。恐らく男衆は山賊の類ではないか、山賊としては全く力が無い連中だ。必要に迫られなければ、こんな事はやりたくなかったのである。
男衆と一度も話していないのに、真実を睦月の中で紡ぎ上げる。
これがゲーム内で睦月と対戦した者達が恐れた、強制力だ。
まるで予測を真実に上塗りする動きで、多くの敵を手玉に取るのである。
魔王かよ、とまで言われていた睦月はVRゲームでも戦略ゲームでも最強ではない。しかし一定の予想が現実と合致すれば、驚く程計画通りに事が運ぶ。
少女との対話も、予想の範疇だった。
遊ぼう。
全てはこの手の平の上で。
「どう見ても訳ありの二人も、よく見れば訳ありの男達も、まとめて助けよう!そして救い飽きた世界を征服する!」
「……何を、仰っているのですか……?」
「私はナイン!助けるのも戦うのも飽きたので、征服してみようと思う!!」
ゲーム名を大声で名乗り、睦月は両手を広げた。
「この世界の文化も生活も未来もぶっ壊して―――新しい世界を創る!!」
確信が在る訳ではない。それでもやり飽きた方法を繰り返すゲームは、うんざりだった。
世界を手に入れるよりも、世界の危機に立ち向かうよりも。
睦月は世界征服という、大勝負に挑む。
それはゲーマーとしてのプライドだった。
閲覧有難う御座いました。