5☆ 僕の歌を聴け @3
「あー待て待て待て。少し待つんだ一叶」
僕も歌おうと気合を入れて立ち上がったのだが、何故か道幸に止められてしまう。
「どうしたの?道幸」
「えーっと、あれだ。お前どっちで歌うんだ?」
「???」
「いや、きょとんとした顔すんなよ。お前の特技あるだろ」
「ああ、そういう意味ね」
僕の特技、それは自由に女声を出せることである。
つまり道幸の質問は、男の声と女の声、どっちで歌うのかという意味だった。
「二人の前で女声出すのは少し恥ずかしいし、僕は普通に歌うつもりだよ」
「……そうか」
「どうしてそんな『惜しい人を失ってしまうな』みたいな顔するのさ」
まるで僕が歌うと人が死ぬ、みたいな態度はやめて欲しい。
「…………女声?」
「二人は何の話をしているのですか?」
僕らの会話を理解出来ない二人は、キョトンとした表情を浮かべていた。
僕の代わりに、道幸が説明を買って出る。
「実は一叶くんは女声を出せるんだな。……しかも気持ち悪いくらいに可愛いやつを」
「気持ち悪いって酷くない?言葉の選択に悪意しか感じないよ僕」
「あれは男友達に出して欲しい声じゃないんだよ。……まして中性的な顔してるもんだから、もし女装でもしたらと思うと寒気するわ」
道幸は、冗談抜きに嫌そうな顔をする。
そこまで言われると、流石の僕も傷つくというか、イラつくというか。
やったろ。
「道幸♪(女声)」
「―――ッ!!!キモイキモイやめろやめろやめろ!!!その面でそんな可愛い声出すな!!!」
道幸は身体を抱きかかえるようにして、しゃがみ込んだ。
顔は青ざめて、今にも吐きそうな勢いである。
ははは、ざまぁ。
祈祷さんと隠奏さんの二人も、目を見開いて驚いていた。
「…………可愛い」
「――?????????え?」
隠奏さんは普通に褒めて(?)くれたのだが、祈祷さんの驚き方は尋常じゃなかった。
狐につままれて、そのまま吊るし上げられたみたいな顔をしている。
「祈祷さん、そこまで驚かれると僕も困っちゃうんだけど」
「あ、、いえ。知り合いの女の子の声に似ていまして、つい」
「へぇー、それは会ってみたいね」
僕と似た声の女の子とは、とても興味が唆られる。
それにしても大分話が逸れてしまったが、本来僕は歌おうとしていた筈だ。
早く僕にも歌わせて欲しい。
「心配しないでよ、道幸。要するに女声で歌わないで欲しいってことでしょ?今日は素の声でしか歌わないから大丈夫だって」
「ち、違……、いや違わなくもないが、違う。けど、もういい……、好きにしてくれ」
不承不承ではあったが一応了承が取れたので、僕は改めて喉の調子を確かめる。
「よーし、僕も頑張るぞ」
恐らく今日は絶好調。最高の一曲を聴かせられる気がした。
僕も祈祷さんと隠奏さんの二人に負けないよう、全力で行きたいと思う。
僕がマイクを手に取ると、丁度曲が流れ始めた。
目を閉じて、音楽に耳を澄まし、心を込める。
「~~♪」
僕は全力で歌った。
出来る限り集中して、腹の底から声を出す。
歌詞は全て憶えているから、ホログラムに視線をやる必要はない。
100%の力を出し切るために、僕は一切目を開けずに音に意識を割き続けた。
歌うときの僕なりのポイントは、サビで1オクターブ上げること。
それによって、聴く人たちにインパクトを与えることが出来ると、僕は考えている。
さぁ、ここが僕のステージだぜ。
ステージ on 僕ってやつだな。
そんなことを考えながら、僕は歌詞を辿っていった。
「――♪!!…………ふぅ、皆、どうだった?」
そして、歌い終わり。
完璧だったな、と思いながらゆっくりと目を開けると――
「え、何?どうしたの?」
――三人とも、死んでいた。
誰も息をしておらず、全員が全員泡を吹いて倒れている。
瞳のハイライトは完全に消え失せ、焦点も合っていない。
僕は慌てて、一番近くで倒れる祈祷さんに駆け寄り、身体を抱えて呼び掛けた。
「祈祷さん!祈祷さん!しっかりしてよ!!」
しかし祈祷さんの身体からは力が抜けきっていて、まるで布を支えているような気分になる。
一体どうしてこんなことに。
僕が全力で歌っている間に、何があったのか。
「もしかして、僕の気付かない内に誰かがこの部屋に……?」
「……なわけあるか馬鹿……」
声がした方へ慌てて振り向くと、道幸がボロボロの身体に鞭打つように、必死で立ち上がろうとしていた。
「道幸!!無事だったんだね!!」
「……いや、無事ではないな。微塵も」
確かに無事には見えないけども。
「俺は幾らか耐性が付いてるから、早めに目が覚めたけど、二人はもう少し掛かるだろうな……」
「何の話?」
「お前の歌が下手すぎるって話だよ」
「??そんな訳ないじゃないか」
道幸はたまによく分からない冗談を言う。
「そういう反応するのを知ってたから、わざわざ言わなかったんだよ……。それより、早く二人を椅子に寝かすぞ。今の姿勢はシンドそうだ」
「そ、そうだね!隠奏さんは任せるよ」
「ああ」
……
………
それから30分くらいして、祈祷さんと隠奏さんは意識を取り戻した。
しかしどういう訳か二人とも、酷く怯えた目で僕を見つめてくる。
隠奏さんに至っては少し身体が震えているような。
「ど、どうしたの?」
「いえ、その……今は星乃さんの声を聞きたくない、ので。口を閉じていて頂けると助かります」
「…………怖い」
あまりにも酷い言われようだった。
僕は何もしていないのに。
理由はよく分からないけど、僕としても二人を怖がらせるのは本意ではないので、隅で大人しくすることにした。
言論規制を受けた僕の代わりに、道幸が二人に話し掛ける。
「……ちなみに一叶が女声で歌うと、二人と良い勝負出来るって言ったら信じられるか?」
「…………無理。嘘。断定」
「あの喉を取り替えない限りは、絶対に無理だと思います」
「だよなぁ……。でもマジなんだよなぁ……」
結局僕らは、この後すぐに帰った。
僕はもう少し歌いたいと言ったのだが、誰も許してくれなかったのだ。
というか道幸、一回も歌ってないけど。
次はVR内の話です。本番です。