4☆ 僕の歌を聴け @2
僕らは四人で軽く相談したのち、カラオケに行くことに決まった。
僕は道幸の歌は何度か聴いたことがあるものの、祈祷さんと隠奏さんの歌声は全く知らない。
二人とも地声は綺麗なので、果たしてどんな歌を聴かせてくれるのかと、僕は既にワクワクしていた。
「なぁ……。やっぱカラオケはやめね?」
しかしどういう訳か、道幸はカラオケに行くのを未だに嫌がる。普段こういった場では、己を殺しがちな道幸には珍しくて、僕は不思議に思った。
特に今回は3対1の圧勝でカラオケに決まったので、尚のこと道幸が抵抗する理由が分からない。
「なんでそんなに嫌がるの?道幸」
「なんでってお前……」
何やらげんなりとした顔を浮かべて僕を見る道幸。
分かれよお前、みたいなことを言いたげな目付きだったが、申し訳ないけど何も分からん。
だが何秒か目を合わせていると、道幸は溜息を吐いて正面へ向き直った。
「いや、いいや……。頑張るわ」
頑張る。
結局その言葉の意味は、いくら考えても理解出来なかった。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
「着きましたね、カラオケ。私、リアルで歌うのは久しぶりです」
ボックスに入ると、既にホログラムで宣伝みたいなのが流されていた。オススメの曲があーだこーだと大音量で響いている。
「祈祷さん、VRではよく歌うの?」
「よくって程ではないですけどね。たまに歌いますよ」
へぇー、と返す僕。
最近では仮想現実の中でも、リアルとほぼ同じような感覚で歌えるため、そっちを利用する人も増えている。
ただ僕としてはリアルはリアルで楽しみたい、みたいな考えがあるので、ちょくちょくカラオケにも訪れていた。
やはり歌い終わった後の疲労感も、カラオケの一部なのではないかと思う。
「隠奏さーん、何か歌いたいのある?俺が入れたげるよ」
「…………ボカロ」
「へー、隠奏さんボカロ歌うんだ。曲名は?」
「…………『空ノ弱』」
「了解、任せといて」
道幸と隠奏さんも、二人で仲良さげに話していた。
寡黙な隠奏さんを見ていると、本当に仲が良いのかは判断し辛いところではあるが、道幸が楽しそうなのできっと仲良さげで合っている筈。
僕は僕で、再び祈祷さんに話しかける。
「祈祷さんはいつも何を歌ってるの?」
「えと、一番最近に歌ったものだと……『LOSERs』ですね」
「随分難しいの歌えるんだね」
「そう上手く歌える訳ではありませんよ。何回も撮り直――、んん。あまり期待しないで貰えた方が気楽に歌えます」
「?…うん、分かった。取り敢えずそれ入れる?」
祈祷さんの何かを誤魔化すような咳払いが、僕は少し気になりはしたものの、わざわざ問うのもどうかと思ってスルーした。
「はい、お願いできますか?」
「おっけー」
僕は入曲用の画面が表示されたホログラムに触れて、『LOSERs』を探す。
しかしその曲を探していると、ふと脳裏に引っかかるものを覚えた。
「……?」
大したことでは無いのだけれど、僕はつい最近『LOSERs』を聞いた気がするのだ。
しかしそれが何処だったかを、ハッキリと思い出せずにいる。
それなりに古い曲である為、店やVR内で流れているとは考えられないし、自ら検索した覚えもない。
だとすると『QTube』を巡っている内に、偶然聞いたという線が濃厚だが――
「――あ、イノリちゃんが歌ってたんだった」
「!?!?!?」
突如、祈祷さんが大きく身体をビクンと跳ねさせた。
それは痙攣とかそういう次元じゃなくて、まるで背中を手のひらで引っ叩かれたような動き。
「祈祷さん?」
「はい祈祷です。どうかしましたか?」
「いやそれこっちのセリフだね。どうしたの?」
「どうもしませんが?」
「いや、今――」
「どうもしませんが?」
「でも――」
「どうもしませんが?」
絶対にどうかしてると思うのだけど、祈祷さんが言うにはどうもしてないらしい。
というかこれ以上聞いても、低スペックNPCみたいに延々と「どうもしませんが?」が繰り返される気がする。
「…………そっかぁ」
祈祷さんが壊れる前に、撤収した方が良さそうだった。
僕は黙って曲探しに戻ることにする。
「あ、『LOSERs』みっけ。じゃ入曲――」
「ま、待ってください。曲変えます。チェンジです」
「えー、聞きたかったのに」
「嫌ですダメです無理です」
「そこまで?」
何が何だかという感じではあるが、強引に歌わせる訳にもいかないので、仕方なく僕は決定を押そうとする手を止める。
すると丁度、一曲目が流れ始めた。
曲名は『空ノ弱』。
隠奏さんの選曲だった。
僕はホログラムから手を離し、隠奏さんに目を向ける。
「……あの、星乃さん。隠奏さんって歌は上手なのですか?」
急に耳元で、祈祷さんに話し掛けられた。
吐息が耳に触れ、身体が強張る。
大音量で前奏の流れ始めたこの部屋では、相手に近付かなくては声が届かないのは分かるけれど、とはいえ突然すぎて僕の心臓は暴れていた。
あと顔が近い。
だがこんなことで動揺していると思われたく無かった僕は、平静を装って返事をする。
「そ、うだね。どうだろう、僕も聴いたことないから」
「そうでしたか。ほら、隠奏さんって普段殆ど喋らないじゃないですか。どう歌うのか全く想像できなくて」
確かに、と僕は思う。
隠奏さんの話す言葉は「はい」とか「そう」とか「嫌」とか「無理」とか「死ね」とか、そんな超短文……というか単語だけ。
最後の「死ね」に関しては、道幸しか言われてるのを見たことないけれど。
「なんにせよ、もうすぐ分かるよ。楽しみだね」
「はい、そうですね」
僕らは耳を澄ませる。
そして聴こえてきた隠奏さんの歌声は――
「~~♪」
――物凄く、綺麗だった。
「上手い、上手すぎる……」
「これ歌い手として配信したら、100万再生は下らないですよ……」
驚愕する僕らの横では、道幸が楽しそうに合いの手を打っていた。
ダウナーな歌声というのだろうか、それが心地よく耳から染み渡っていく。
隠奏さんの特徴的な声質が、最大限まで生かされた歌い方だった。
サビに入ってもその声に熱は入らず、脱力した声であることは変わらない。なのに何故かサビに入った途端、鳥肌が立つほどに興奮させられた。
声量とか感情移入による変化じゃない。
でも、間違いなく何かが変わったのが分かる。
その歌声には、不思議な空気感が纏われていた。
「~♪……。」
そして、歌い終わる。
聴き入ってしまったせいか、あっという間に思えた。
「隠奏さん、すげぇ歌上手いんだね。俺ビックリしたよ。何かやってたの?」
「…………別に」
「じゃあ才能か。過去一レベル高かったわぁ、これは感動もの。天才?」
「…………普通」
道幸がめっちゃ褒めまくる。
僕と祈祷さんも、色々言いたいことはあったのだが、道幸が隙なく延々と絶賛し続けるので、入るタイミングがなかった。
隠奏さんは相変わらず無表情だが、なんだか頬がピクピクしていたので、もしかするとニヤけるのを我慢しているのかもしれない。
僕が言おうと思っていたことは、何から何まで道幸が伝えてくれたので、僕はもういいやと思い次の曲を決めることにした。
「えーと、……あれ?次の曲入ってる。祈祷さん入れた?」
「はい、隠奏さんが歌っている間に。先に歌いたかったですか?」
「いやいや全然」
どちらかと言えば、早く祈祷さんの歌を聴きたいまである。
元から綺麗な声をしている祈祷さんだけに、僕はどうしても楽しみになっていた。
そして流れてきた曲、それは――
「――『紅蓮花』だね。アニソンの」
「そうです。この曲カッコよくて好きなんですよね、私」
祈祷さんの選曲としては意外に思えて、僕は少し驚くが、『紅蓮花』と言えば社会的ブームにまで至った大人気アニメのOPである。
冷静に考えれば、知らない方がおかしい。
「んん、では」
前奏が終わる。
祈祷さんが息を吸って――
「――♪」
そのワンフレーズ目で、僕は完全に心を奪われた。
暴力的なまでに、真っ直ぐでハスキーな美声。
鋭い刀を首元に突きつけられたような衝撃が、僕の身体を貫いていく。
それは極限までにシンプルな、カッコよさだった。
人が磨き抜かれた日本刀に息を呑むのと、全く同じ感情が僕の中で暴れ回る。
――でも、この感じ何処かで……?
何かが脳裏にチラつくが、深く考える余裕はなかった。
耳も目も吸い付けられるように、僕は祈祷さんに釘付けになっていた。
「――♪………はい、終わりですね。どうでした?」
僕は半ば放心状態にあったが、祈祷さんに声を掛けられ目を覚ます。
「……惚れてしまった」
「いえ、それは知っていますけど……」
確かに。
そういえば僕もう振られてたわ。
「格が違いすぎて、上手く言葉に出来ない……かも。とにかく有り得ないくらいカッコよかったです」
「ふふ、ありがとうございます」
祈祷さんは、可愛いけどカッコいい。
僕が初めて知ることの出来た、祈祷さんの一面だった。
女性陣二人の歌を聴けたところで、そろそろ男性陣の出番かなと思い、僕は立ち上がる。
「それじゃ、次は僕が――」
「あー待て待て待て。少し待つんだ一叶」
しかし、道幸に止められた。