20☆ 僕と二人のお姉ちゃん @4
16話、挿入しました
僕らの視界は、一瞬にして開けた森へと変わった。
そこは人工物の一切見当たらない、自然だけに包まれた僻地。
何一つとして建物は無く、見当たるのは木々と、草と、照り付ける太陽のみ――とまで言うと、少し過剰表現が過ぎるけれど。
とにかくここは、僕らとモンスターだけの空間である。
奥に目をやると、件の『ソニックワイバーン』が、今か今かと待ち構えていた。
奴がまだ襲ってこないのは、僕らを囲うこの白いサークルのおかげ。
僕らがこのサークルを出るか、もしくは此方から攻撃アクションを起こさない限り、クエストは始まらないのだ。
しかし動かないと分かっていても、『ソニックワイバーン』がこちらに与えてくる威圧感は相当である。
僕はさっさと武器を選ぶことにした。
「……さて、どれにしよう」
この白い円の中には、あらゆるアイテムが置かれており、武器、スコープ、シールド、回復アイテム等、LoSに現存する全てのアイテムが揃っている。
要するに、クエスト前に好きなだけ装備を整えろ、その時間をくれてやる……みたいな話。
久しぶりのクエストで、どの武器が最善かを決めあぐねた僕は、一旦イノリちゃんの様子を確認することにした。
「イノリちゃんは武器決めた?」
「私は普通に、最強サブマシンガンを二つ構えて行きますよ。一番火力出ますし、クエストでは王道です。多分」
そう話すイノリちゃんは既に、二つのサブマシンガン――『C-88』を両手に一つ、背中に一つ背負っていた。
厳ついそれは、LoS最強火力武器と称される、優秀な武器の一つである。
イノリちゃんの言葉の通り、クエストにおいては妥当な選択だった。
「だよねー。僕はどうしよっかなぁ……」
本来なら僕も、イノリちゃんと同じ装備を選びたいところだけど、残念ながらそういう訳にもいかない。
「……ああ、そういえばカナエさんのキャラ、『コネクト』ですね。この武器使えないんでしたっけ?」
「そうそう」
僕の使用している『コネクト』というキャラは、「パッシブスキル」のデメリットによって、一定重量を超える武器を装備することが出来ないのだ。
その代わり「銃口を向けられると気付ける」、というそれなりに強力な能力もあるのだが、とはいえ厳しい制限。
僕が使える武器は「ハンドガン系統」と「刃物系統」の二種類だけだった。
「つい癖で『コネクト』選んじゃったけど、これクエストだし別のキャラの方が良かったかも。ごめん」
「慣れてるキャラが一番ですよ。私もクエスト向きのキャラではありませんしね」
そう僕をフォローするイノリちゃんは、『ヒミコ』というキャラを選び、その衣装を纏っていた。
LoSではキャラを選択することを、「キャラを宿す」という言葉で表現され、そして宿したキャラによって僕らの服装は変わる。
だから今の僕は『コネクト』由来の水色を基調とした衣服を纏い、イノリちゃんは『ヒミコ』由来の赤色の服を着込んでいた。
受付場では自身の作ったアバターの服装なのだが、バトロワやクエストなどに参加し、キャラを宿している最中は、ゲーム側の衣装に変更されるのだ。
と、ここで僕は一つ疑問が浮かんだ。
それは物凄くどうでもいい疑問。
――今の僕の下着って何色なんだろ?
いや、本当にどうでもいい。
僕が何色のパンツを履いていようが、何の関係もないし、当然クエストにも影響はない。
だが、ほんの少し気になってしまったのは事実だった。
僕が普段から設定しているのは、白色の少し大人っぽくてお洒落なパンツ。
普通に考えれば、僕は今も同じパンツを履いている筈である。
しかしもしかすると、その下着もまた『コネクト』仕様の、水色パンツに変わっている可能性もあるのではないか?
つまりいつの間にか、僕は僕の知らないパンツを履かされている、という危険も存在しうるのではないか?
「これは確認した方が良いかもしれない……っ」
もしLoS運営が変態ド畜生だと仮定した場合、僕は今、とんでもなくエチチなパンツを履かされている、なんてことも有り得る。
なんて巧妙な罠なんだ、LoS運営。
もしかして運営が正体を隠している理由は、ここにあったのではないか。
僕ら美少女にエチチパンツを履かせるが為だけに、運営不明というゲーム形態を作り上げた、という線すら見えてきた。
【カナエのこの顔……】
【うわぁ……なんか考えてるな】
【今度は何思いついたんだろ】
【カナエタイム突入】
【バカなことする前の顔】
【イノリさん逃げろー】
【ダメな時の表情これ】
しかしパンツを確認すると言っても、視聴者の皆に僕のパンツを公開する訳にもいかない。
スカートをたくし上げるときに、光の玉に背を向ける必要はあるだろう。
パンツ公開生配信よりは、イノリちゃんだけに見られる方が遥かにマシだ、と考えた僕は光の玉を背に――つまりイノリちゃんを正面にして立った。
急に向きを変えた僕を、イノリちゃんは不思議そうに見つめている。
別に大したことではないので、わざわざこちらを見る必要はないが、まぁどちらでも良い。
気になったものは仕方ないのだ。
僕の好奇心は止まらない。
さぁ、ホワイトorブルー、どっちなんだいマイパンツ。
僕はスカートの裾を持ち上げて、己のパンツを覗き込んだ。
「―――おお?(白色パンツ大公開)」
「―――ブフッ!?!?!?(鼻血)」
僕のパンツは白だった。
つまり僕が履いていたのは自ら選んだパンツであり、これでLoS運営への疑いは晴れたと言える。
冤罪かけて申し訳ありませんでした、運営さん。
【何やってんのwww】
【イノリちゃん死んだwww】
【急にパンツ見るなwwwwwww】
【カナエくん、こちらにも見せて欲しい】
【なwwwwんwwwwでwwwww】
【こっちにも見せろ】
あまり過激なことをすると、BAN対象になり得るから気をつけなくてはいけないが、今回はパンツが映った訳でもないしセーフだろう。
そう判断した僕は、冷静な面持ちでスカートから手を離して、衣服の乱れを整える。
そして正面を向き直すと、いつの間にかイノリちゃんが死んでいた。
――え?
僕は目の前の光景が信じられず、状況を理解するのにワンテンポ遅れてしまう。
「イノリちゃん!?ど、どどどどうしたの!?酷い、なんでこんなことに……。『ソニックワイバーン』?『ソニックワイバーン』の仕業なの!?」
【違ぇよお前だよ】
【ソニックワイバーンが可哀想だろやめろ】
【ソニックワイバーン困った顔してんぞ】
【良い子にしてたよソニックワイバーンは】
コメント欄がうるさい。
ソニックワイバーンの味方をするんじゃない、お前ら僕のファンだろうが。
いや、そんなことよりもイノリちゃんのことが先決だった。
「イノリちゃん、僕はどうすれば……っ!!まだ配信だって始まったばかりじゃないか!!僕一人じゃ無理だよ!!」
僕はイノリちゃんの肩を揺さぶり、全力で起こそうとする。
しかし反応は返ってこない。
完全に意識を失っているようだった。
幸せそうな顔をしたまま、目を開く気配が全くない。
「ど、どうしよ、みんな……」
僕は泣きそうになりながらも、コメ欄に救いを求める。
【どうしよってお前……】
【知らんがな……】
【一人で倒してこいよ】
【あいつソロ用より倍強いけどな】
【イノリ勢的には許し難い暴挙】
【一人でアレ倒したら解決】
「え、あれ二人用のLv.9だよ!?流石に無理だって!!」
【でも倒したら配信映え凄いよ】
「確かにそうだね!!倒したらだけどね!!」
再三言うけど無理だから。
一人用と二人用では、天と地ほどに強さが違う。
体力が多いのは勿論として、あらゆるステータスが軒並み増加し、容赦なくプレイヤーをボコしにくる。
Lv.上限を解放したいならソロ一択、と言われる程に、複数人プレイは難易度が跳ね上がるのだ。
しかしイノリちゃんが目を覚ますまで、配信を放置する訳にもいかないのは事実。
こうなれば、もうやるしかないのだろう。
「くっ……っ!」
僕は瞳の涙を擦り上げ、覚悟を決めた。
【可哀想は可愛い】
「黙れお前ぇ!!!」
僕は吠えながらも戦略を練る。
まず『ソニックワイバーン』との1vs1になった時点で、回復を使う隙は絶対に無い。
「……だから回復はいらない」
荷物が増えれば増える程、移動速度にマイナス補正が入るのがLoSだ。
無駄なアイテムは不要である。
「……シールドは?」
シールドを身につければ一撃耐えられるかもしないが、仲間のカバーが無いと、一度吹き飛ばされたらそのままコンボで殺される。
よってシールドも不要。
「あとスコープ……も要らないね。覗き込みながら当てられる速度じゃないし、あいつ」
要らん要らん要らん、と僕はあらゆるアイテムを不要判定したのち――
「よし、やっぱりこれで行こう」
――二丁のハンドガン『スフィアシップ』と、その弾丸だけを手にして立ち上がった。
【…………マ?】
【うせやろ……】
【武器以外全部捨てた……】
コメントの流れがやけに速いが、そんなこと知ったものか。
ノーダメージは必須条件。
全部避けて、全部当てる。
それで勝つ。
「覚悟しろおらぁぁぁぁ!!!!!イノリちゃんの仇!!!!」
【いや、それは違……】
そして僕は、白のサークルから勢いよく飛び出して行った。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
数分間に渡る死闘の末に、僕は伝説を作った。
「はぁっ、はぁっ…、か、勝った……」
―――Νew record [6:26]
【…………】
【……え……】
【おぉん……?】
【なんなの】
【これ、二人用……】
【6:37だったよな、世界記録……】
【もうむしろ草】
【……???】
【なんで立ってんのお前……】
【てか、記録……】
消えゆく巨大なポリゴンの集合体を背に、僕は視聴者どもにドヤ顔をしてやった。
しょうがないじゃん。
パンツパンツ書いてんの楽しいんだ。




