19☆ 僕と二人のお姉ちゃん @3
気が付くと、僕の開くホログラムに映された時計は、もうすぐ19時を示そうとしていた。
極悪非道の恋愛相談は一段落し、僕らはこれから始める配信へと意識を向ける。
「イノリちゃん、準備は平気?」
「はい、いつでも」
イノリちゃんに緊張の色は見えない。
流石に僕とは経験値が違うようで、その表情はとても落ち着いていた。
安心した僕は、配信開始の欄に手を向ける。
「じゃあ始めるね」
そして、触れた。
――Connect to Qtube
同時に、待機していた視聴者たちのコメントが、一斉に流し込まれた。
僕らの前に現れた透明なコメントボードが、物凄い速さでスクロールされていく。
【始まった】
【イノカナ待ってた】
【うおー!!】
【やほ】
【おつー】
【来た来た】
視聴者の数は僕一人の配信よりも、遥かに多かった。
今回の僕らの配信は、イノリとカナエのアカウントを一時的に複合した、擬似共有アカウントで行っている。
つまり僕の視聴者もイノリちゃんの視聴者も、ルートは違えど同じ動画に行き着き、コメントも一括で表示されるという訳だ。
「やっほー、皆。カナエだよ。元気にしてた?」
「こんばんは、イノリです。皆さん、ちゃんとLoS楽しんでますか?」
僕は一つの光の玉に目線を向けて、何となくテンプレ化してきた挨拶を行う。
見るとコメ欄には、俺は元気だー、などと多くの返事が書き込まれていた。
僕らは予め相談していた段取りで、滞りなく展開を進めていく。
「今日はですね、私たちクエストモードでTAをして行きたいと思います。世界記録狙いますよ」
【世界記録て】
【イノカナペアならワンチャン…?】
【カナエちゃん反射神経ヤバいからな】
【歴史的瞬間】
イノリちゃんの言葉に、コメ欄は大きな盛り上がりを見せた。
正直なところ、僕は普段クエストモードにはあまり触れないため、そこまでの自信は無かったが、「目標は高く言っておいた方が、みんな楽しんでくれるんですよ」というイノリちゃんに従い、取り合えず世界記録を狙うことになった。
「僕はバトロワだけじゃないってとこ見せるよ」
「ふふ、期待してますね」
僕は光の玉に向けて、親指を立てながらそう宣言する。
謂わばオープニングのようなものを終えた僕らは、視聴者の皆に背を向けて、このクエスト受付場の中心にある、クエストボードに目をやった。
クエストボードとはその名の通り、クエストの一覧を公開するボードである。
しかしボードといっても、それは本当に「板」という訳ではなく、円柱状にそびえ立つホログラムだ。
等速で回りながら、僕らにクエストを教えてくれる。
「じゃあ、何に挑戦する?イノリちゃん」
「見栄えが良ければ何でも、というのが正直なところですが。カナエさんは何か得意なクエストはありますか?」
まず最初に見栄えを気にするイノリちゃんに、僕はプロ意識の違いを感じた。
それにしても、僕の得意なクエストか。
僕は全てのクエストをクリアした訳ではないため、知らないものも多く、ハッキリとしたことは言いにくい。
ただ僕の知っている範囲で、見栄えが良く且つ僕が活躍できそうなクエスト、となると――
「――『ソニックワイバーン』かなぁ」
『ソニックワイバーン』は、とにかく移動速度の速い竜系統のモンスター。
体力は多くないが、その代わり尋常でないスピードとパワーを兼ね備えている。
初心者では碌に弾丸が当たらずに、一方的に蹂躙されてしまうことも多々ある、比較的上級者向けのクエストだ。
対して僕は動体視力と反射神経には自信があるため、相性の良いモンスターと言えた。
「『ソニックワイバーン』ですか……。Lv.10になると、殆ど見えない速度で飛んでくるっていうアレですよね」
「そうそう」
「あのモンスターが得意とか言う人、初めて見ました」
確かに人によって、好き嫌いの激しいタイプのモンスターだな、とは僕も思う。
「他のでも良いけどね。やりたいのある?」
「いえ、丁度いい機会ですし挑戦してみましょう、『ソニックワイバーン』」
「おっけー」
という訳で、僕らは『ソニックワイバーン』に挑むこととなった。
久々のクエストに、やや心が踊る。
【ソニックワイバーンって今、上限Lvいくつ?】
ふと、一つの質問コメが目についた。
「ねぇイノリちゃん、『ソニックワイバーン』の今の上限Lv分かる?」
「え、上限Lvですか?だいぶ前にLv.10が解放されてからは、私も確認していないですね」
そっか、と僕は軽く返事。
LoSのクエストには、難易度Lvというものが設定されており、Lv.1から始まって数字が増えるほど、徐々に難しくなっていく。
僕らプレイヤーは基本的に好きなレベルに挑めるが、上限なしに挑めるという訳では無い。
全プレイヤーの誰か一人が、現在解放されている最高難度をクリアすると、その上に挑めるようになるのだ。
つまり誰かがLv.5をクリアするとLv.6が解放され、Lv.6がクリアされるとLv.7が解放されていく……という感じ。
果たして今は、レベルいくつまでクリアされているのだろうか。
「まぁ受注すれば分かりますよ」
そう言ったイノリちゃんは、クエストボードに記された『ソニックワイバーン』の文字に手を向けて――
「『受諾』」
――と、キーワードを呟いた。
途端にクエストボードの一部分が薄らと灯され、『ソニックワイバーン』という文字列から、光の紙が飛び出した。
光に重さなど存在しない筈だが、その紙は風に舞うようにヒラヒラと回転しつつ、僕らの元に近付いてくる。
それは僕自身も幾度も繰り返した受注アクション。
だが外から見ると、まるで神託を受け取るかのような、幻想的な光景として演出される。
そして光の紙はイノリちゃんの構えた両手に、音も立てずに乗せられた。
「はい、クエストシートですよ……ってどうしたんですかカナエさん。ぼうっとして」
「……いや、LoSのクエスト受注アクションは、美少女がやると絵になるなぁって」
「じょ、冗談やめて下さいよ恥ずかしい」
イノリちゃんは照れたように手を振る。
僕は恥ずかしがるイノリちゃんも可愛いなぁ、と思うだけにして、冗談じゃないよとは言わなかった。
また鼻血を噴かれても困るからね。
僕はイノリちゃんからクエストシートを受け取ると、その内容を確認する。
「えと、『ソニックワイバーン』の上限Lvは――10だね」
「やっぱりそうですよね。私も一度、別クエストのLv.10に挑んだことがありますけど、人間にクリア出来る難易度じゃなかったですもん」
「分かる」
苦笑いしながら教えてくれるイノリちゃんに、僕も同意の声を返す。
LoSにはかなりの数のクエストがあるが、どのクエストにも共通して言えることが一つだけあった。
それは「Lv.10が人間の限界値に調整されている」ということ。
Lv.10以降は戦略云々の次元を超えて、人間は腕が二本しかないからクリアは無理、みたいな話が始まるのだ。
稀にLv.11が解放されているクエストもあるが、それは余程頭の悪いプレイヤーが、死ぬ気で頑張った結果である。
要するに僕みたいなやつね。
「Lv.10をクリアする人って、正直色々と狂ってると思うんですよね、私」
「狂ってるって言われると僕も傷つくかな……」
「え?別にカナエさんの話では―――クリアしたんですか?」
「うん。『プテラドラン』のLv.11をクリアしたことある」
「Lv.11って、うっわ……。少し前に話題になったそれ、カナエさんの仕業だったんですね……」
「凄いでしょ」
ちなみに100回以上挑んで、どうにかもぎ取ったクリアだから、もう一度やれと言われると厳しい。
【アレお前か】
【アホだ】
【謎が解けた】
【唯一のLv.12クエ解放者、カナエかよ】
【クリア者が匿名ってなってた奴?】
【バカ】
【うんち】
【勝手に人間辞めるな】
【貧乳の癖に】
「おい後半。それただの暴言だろ止めろコラ」
心ない言葉で僕がVtuber引退したらどうすんだ。
つか貧乳はしょうがないだろ。
元が男だと盛るにも限界があるんだ。
「きっと運営の人も驚いたでしょうね。MAX難易度がLv.10になるよう調整してるのに、Lv.12を解放させるとか。やっぱ狂ってますよカナエさん」
「結局狂ってるって結論付けられた……」
なんかイノリちゃんの僕への態度が、徐々に変わりつつある気がする。
いや相変わらず、めっちゃ甘やかしてはくれるんだけど、時折毒舌が飛んできて怖いのだ。
祈祷さんで慣れてるから、別に平気だけれどさ。
「……んー、でも運営が驚くって言っても、このゲーム運営不明だしね。誰が驚くんだろ」
「あぁそういえば。LoSには『運営不明』っていう、とんでもない特徴がありましたね」
アクティブプレイヤーが5億人、とかいう意味分からないレベルで流行っているこのLoSだが、実は”誰が”、”何処で”、”どのように”このゲームを作り運営しているのかを、誰も知らないのだ。
LoSのクオリティからして、相当大人数での作業と推測されてはいるが、結局明らかにはなっていない。
「なんで隠れてるのかな」
「さぁ……?とはいえ、私としては楽しいゲームを提供してくれている、ってだけで十分ですけど」
「確かに」
面白い上にチート対策も完璧で、尚且つアプデも早いのだ。
いちプレイヤーでしかない僕らにとって、運営元が不明であることくらい、大した問題でも無かった。
僕はイノリちゃんに返事をすると、手に持ったクエストシートに目を落とす。
「だいぶ話が逸れちゃったけど、そろそろクエストに行こっか」
「そうですね。あまり視聴者の皆さんを待たせるのも良くありません」
「難易度はどうする?」
「私はLv.9が良いかなと。Lv.10は誰もクリア出来てませんし。……いや正直カナエさんがいればワンチャンって気もしますけど」
それは過大評価かもイノリちゃん。
結局Lv.11を突破出来たクエストは一つだけだしね。
「Lv.9ね。んーと、二人用最速タイムは……6:37だ」
「早いですね……。『ソニックワイバーン』は体力少ないですし、理論値はまだまだ先だと思いますけど」
「うん。3分くらいまでは縮まるのかな?」
「はい、おそらく。……ただLv.9だとこっちの弾、殆ど当たらないのでは?」
ほんとそれな。
ちゃんと当たるかな僕らの弾丸。
あとアイツ、一撃食らったら死ぬ、みたいな火力持ってるし。
「ちなみに僕、『ソニックワイバーン』はLv.8までしかやったことないんだけど、イノリちゃんは?」
「私はLv.7までです。……それでも結構苦戦しました」
つまりは、僕らは二人ともLv.9の強さを知らない、ということか。
とはいえ失敗したところでペナルティもないし、気にする話でもない。
「まぁ負けたら負けたで。行こっか」
「はい、頑張りましょう」
頷き合った僕らは、二人で一緒に一枚のクエストシートを掴んだ。
このクエストシートは、情報が纏められていると共に、クエストに出発するためのアイテムにもなっている。
つまり、クエストシートに二人で触れながらキーワードを呟くと――
「『転移』」
――僕らの姿は、受付場から消えるのだ。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
カナエとイノリの二人が姿を消した、その瞬間を。
ジッと見つめる女性の姿があった。
それは妖艶な雰囲気を醸す、大人びた容姿の持ち主で、青色の髪を肩にかからない程度に伸ばしている。
その瞳は鋭く、まるで何かを推し量るような色に染まっており――そして女の横には、光の玉が浮かんでいた。
「――うん、そうだね」
光の玉は、配信者である証。
故にその呟きは決して独り言などではなく、画面の向こう側との会話である。
女はコメントを読み、妖しげに笑う。
「うん、いいね。そうしよう。――ボクも、興味がある」
そう話す女は立ち上がり、衣服を軽く叩いて整えた。
そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――彼女たちが、ボクを混ぜてくれると嬉しいのだけど」
楽しげに、笑う。




