剣の訓練
久々になりましたが、次は1月26日UP予定です。
・・・毎日、仕事に忙殺されています・・・
とある日の昼下がり。
私とパティは、屋敷の裏庭で対峙していた。
「あの・・・お嬢様・・・本当によろしいのですか?
今のレベルで、ここまでなさる必要は
ないと思われるのですが・・・・」
ダガーを片手に持ちながら渋るパティは、いつもの侍女服で。
「いいのよ。まずは、何事も経験ってね。
パティは気にしないで投げてみて!
いつでも準備はOKよ!」
ウキウキ気分でパティにレイピアを向ける私は、
パティと侍女が選んだ『今日のアリィシアコーデ』を
纏っていた。
私が今何をしているのかと言うと、
実戦の雰囲気を味わいたいという私の願いを
パティに叶えて貰うところだ。
魔法剣士になると宣言をしてから、早2ヵ月。
私も最初の頃の様に筋肉痛で身動きが取れない
という状態からは少し脱してきた。
最初の頃はトレーニング前の準備運動ですら
「ぎゃぁぁ・・・!痛い・・・痛い・・パティ・・
待って・・・あっ・・・待たないで・・」
こんな風に、呻き声をあげる始末。
とにかく、身体が固いのなんのって、
座ったままの前屈で、パティに背中を押してもらっても
身体が90度の角度を保ったままで、動かない。
パティが私の背中にギューッと
ゆっくり少しづつ付加を掛けながら、必死な形相で
「冗談でしょ??どうしちゃったのよ!私の身体はっ!!!」
と自分自身にツッコミを入れている私を見て
「お嬢様・・・・無理して運動を続けても、
思わぬ怪我をしてしまいますし、ゆっくり
少しづつで良いのではないでしょうか?」
と気遣った声を掛けてくれた。でも、私は
「いいのよ・・・これも、いつかは・・・
慣れる・・はずだから・・・ぐあぁぁぁ・・・」
とレディらしからぬ呻き声を上げながら、
ストレッチを続けたのだ。
私の魂の最期の器だった日本人の彼女が
好んで読んでた異世界小説は、
異世界に転生した主人公は、特に何をせずとも
チートスキルを持っていたし、
格好よく戦えたりもするし、
最上級の魔法もバンバン放って、
武器もマスターレベルに使いこなしていた。でも
私は、そんなチートな主人公ではなかったのよ。
正義のヒロインが自分の力のなさに苦悩しながら強くなる
・・・というのは良くある話だけど、
悪役ヒロインが苦悩しながら、
正義のヒーローを倒す為の訓練をしているシーンなんて
番組では殆ど描かれない。
勿論、『魔法少女セレス』にも身体が固くて
悲鳴を上げるアリィシアの姿は描かれた事は
なかった。
「明日から私は、悪役ヒロイン!」
って必要以上に自分に期待してしまった分、
私は理想と現実のギャップに
ショックを受けてしまった。
グランツと出会った・・とか、
実は色々な複雑な生い立ちが・・・とか、
特別なイベントは発生したけれど、
その発生と同時に何かしらのスキルが
私の身につくという事はなく、
今のところ何の変化も見られない。
それどころか、毎日呻き声や悲鳴を上げながらも
トレーニングを続けているのに、ちっとも運動能力が
向上していかない毎日だったから
トレーニング後のケアマッサージしてくれるパティに
「私・・・・本当にこんな状態で、レイピア使いになれるのかな」
とよく弱音を呟いていた。
悪役ヒロインにはあり得ない泣き言だけど、
それくらい、私は凹んでしまっていた。
パティはそんな私に、
「お嬢様、どの様な達人でも
最初から思う様に動き回る事が出来る人はいません。
武器も、そして身の動かし方ひとつとっても、
身体が慣れるまで根気よくやっていかなければ・・・。
少しづつ、地道に積み重ねていけばいいんです。」
そう言って慰めてくれた。けれど、
パティが言う、基本が大事!って言うのは、
私自身よく分かるし、事実そうだと思う。
何でもそうだけど、基本がなければ
積み上げる事が出来ないし、
土台のないものは、すぐに崩れちゃうから
まず基本をしっかりと身に付け、その次に基本を使った応用、
それが出来たら、自分のオリジナルの技の開発・・・
の順番じゃなきゃ無理だって事は分かってるんだけど・・・
私には日本人が見ていた『魔法少女セレス』の記憶があって、
それが私のトレーニングの邪魔をしていた。
だって、悪役ヒロインアリィシアは、レイピアを操り
颯爽と動き回り、正義のヒロイン達を苦しめていた、
美しく気高い姿があったからだ。
勿論、アニメの世界での話だって事はわかる。
アニメのおかげで、華麗にレイピアを操る
イメージトレーニングは、苦もなく
思い浮かべる事が出来て、バッチリだった。
だったけど、それがいけなかった。
だって、あまりにも現実の私の状況とは
かけ離れていたから。
イメージトレーニングの上では
エキスパートな動きが出来るのに
現実は初歩の初すらまともに出来ないから、
気持ちが萎えちゃうのよ。
少しでも成長している証が見れれば
「うん。何だか、少しづつ良くなってきたみたい!」
って自分に期待出来るでしょ?
でも、初めてから3週間。
木刀振るのもやっと5回。
ぜーはー言いながら、屋敷の周りを
何とか1週回る事が出来る程度にまではなったけれど
思い描く華麗で颯爽な姿とはとても言えなくて
私を不安にさせたのだ。
もしかして・・・私のやってる事、無駄なの?って。
まぁ、そんなこんなで、トレーニングを初めて
本当に最初の1ヵ月は、
いつも挫折間際の状態だったけれど
私は何とか、挫折期間を乗り越え、
不安や苛立ちをも乗り越える事が出来た。
それはパティや屋敷のみんなの力が大きい。
勿論、何事も他人任せじゃなくて、
まずは、自分が努力しなきゃ駄目なんだけどね。
でも、自分だけじゃ、どうにも出来ない時があるでしょ?
私が凹んだ時、私のモチベーションを上げてくれたのは
パティや屋敷のみんなだった。
例えば、現実に負けて辛くて
投げ出してしまいそうになったり
レベルが全然上がらなくて
トレーニングする事自体に飽きてきたり
今日は、休んじゃおうかなって、
サボりの心が出てきたり・・・
そんな気配を感じ取ると、
パティ達のサポートが入った。
例えば、トレーニングを止める事が出来ない、
舞踏会用のダンスの授業をスケジュールに
強制的組み込んで身体を動かす様にしてくれたり、
もう、やる気が・・・・と気分が沈んできたら
「何事も、少しづつですから。諦めないで下さい。
パティがついてますから」
と沢山慰めてもらったり、励ましてくれたり
「アリィシア様、この間より、20m多く走れましたね。
凄いです!毎日トレーニングした成果が出ましたね。
この調子ですよ!」
って、屋敷の皆に沢山おだてて貰ったり・・・。
この2ヵ月、なんとか挫折しないでやってこれたのは
私の力じゃなくて、本当に、
周りのサポートがあったおかげだと思う。
もともとポジティブな性格だった私が
ネガティブになった時って、
なかなか気分が浮上しずらかった。
けれど、その都度、皆が私の為に色々してくれて、
沢山褒めてくれたり、慰めてくれたりして、
ネガティブの状態を長続きしないようにしてくれた。
まぁ、今でも時々ネガティブ思考にはなるけれど
お蔭で、ネガティブ過ぎる事はしなくて済んだし、
何とかみんなの応援を無駄にしないようにしようって気持ちで
物事に取り組んでるうちに、ポジティブ思考に戻す事も
出来た。本当に皆には感謝しかないよ。
今まであまり考えてこなかったけれど、
励ましの言葉の威力って凄いなって、しみじみ感じました。
私も誰かが困った時は、励ましたり慰めたり出来る様に
なろうって思ったよ。
そして更に、言葉を超える秘策を
パティ達は編み出してくれたの。
それは、まずは形から作戦!
「思う様に動けないけど、格好から入ると凄く気分あがるわ」
ある日、いつもと違うトレーニング着を用意され
姿見を見ながらふふふっと
テンションの高い笑みを浮かべながら呟いた私の言葉を、
側にいるパティも侍女達も聞き逃さなかったみたいで、
次の日から
「お嬢様、本日の『アリィシアコーデ』を考えてみました。
今日のトレーニングは、こちらで行って下さい。」
と、色々な衣装を用意してくれた。
つまり、凄腕の魔法剣士の姿を、
まずは形から!で味わせてくれたの。
正直な事を言って、用意してくれた衣裳のどれもが
まるでアニメの世界でキャラクターが身にまとう様な
異世界ラノベ風。
魔法使いぽかったり、王道騎士服だったりで、
アードルべルグで生活する私の日常には
見かけた事のないデザインの服が多く、
「これ、何処から持ってきたんだろう?
でも、こういう服で闘ったら、カッコいいかも・・・」
って、毎日用意してくれた服を着た自分の姿を
鏡に映しながらクルクル回って
「素敵!テンションあがるぅ!!!」
って叫んでしまう程でした。
皆の思うツボの通りの行動を私はしていたのよ。
皆が影で、私が鏡を見ながらクルクル回る姿を見て
『よしっ!』と親指を立てながら
サインを交わしていた事は知らなかったけれど、
『でも、ほんと。
どうして私の頭の中で思い描いている様な
カッコいいものが分かるんだろう』
と不思議に思えてしまうくらい、
私の記憶に混在していて、
今や私自身が体験したとしか思えない
日本人のオタク心のツボを押しまくる
そんな衣装が用意された。
ちなみに、パティと対峙している
『本日のアリィシアコーデ』は、
侍女達いわく、異国風の小悪魔スタイルだそうだ。
日本でいうゴシック&ロリータ・・・
略してゴスロリ風戦闘服。
上下黒でシックな感じだけど、
袖や上着にフリルが付いていて
カッコいいけど、可愛い感じ。
パンツはショートだけど、太ももまで伸びる靴下が
生足を殆ど隠している。
アリィの・・・と言っても、私のだけど
とにかく細くて長い脚が強調されるスタイルで、
パンツ部分と、太ももまでの靴下の隙間の、
ほんの少しの部分だけ肌が見えるという・・・
「見えそうで見ない。
みたい!そんな気持ちを抱かせるのが
この『小悪魔コーデ』のポイントです!」
という侍女たちが力説する、おススメ服だそうだ。
ヒラヒラフリルの洋服・・・
記憶の中にある日本人の彼女は
そういうのを着てみたいなと思ってはいたけれど、
自分にはイメージ的に似合わない・・・と思って
一度も着た事はなかった。
でも、アリィシアである今の自分は、
そのフリフリ衣裳が、自分で言うのも変だけど
もの凄く似合っている。
しかも、長い髪をリボンでキュッと結い上げて
衣裳に合わせて、髪型もアレンジしてくれているから
自分の姿ではあるけれど、鏡に映った姿を見ると
「このまま、アニメの世界に出てきそう・・・」
って、思う程だった。
だから、もしかしたら私以外にも、
地球からアードルベルグへ転生したり
転移した人がいるのかも・・・
と勘ぐってしまう程に私に用意される衣裳たちは、
まるで日本で見るアニメのコスプレ衣裳の様で、
私は自分の姿を見る度に、
この世界と異世界である地球との間に
相互通行があるって言っていたなって
グランツの言葉を思い出した。
アードルベルグのあるこの世界は、
雰囲気で言うならば、ラノベで良く描かれる
地球で言う中世ヨーロッパぽい世界感だから
貴族令嬢は殆どがロングスカートのドレス姿が定番で、
肩の部分や胸元がガッツリと
大きく開いたものを着ていても
ズボンは乗馬用のズボンの様なものだったりして、
生足を見せるなんて事は殆どない。
見せるのは、結婚した相手だけだというのだから
ロングスカートは、多分、
貞淑さを現しているんだと思う。
そんな風土のある世界で、私の今着ている様な服を
他の領地の人がみたらきっと
「結婚前の令嬢が・・・いっ、一体、なんて服を着てるんだ!」
なんて言って、卒倒しちゃう人が出てくるかも知れない。
というより、確実に注意指摘されるに違いない。
でもアードルベルグの人達は、常に闘っている領民だからなのか
戦闘服として身に付けている時は、
多分に露出した服装でも、
露出しているとは取らないらしい。
今日の生足がチラリと見える様な私のトレーニング着を見ても
「凄く似合っていて可愛いですね」
とか言われたりはするけれど
「お嬢様!貴族の御令嬢が、その様な恰好をなさるなんて
・・・破廉恥ですわっ!!!」
と非難される事はない。
私の中にある日本の記憶と近いアードルベルグの自由な感じって
いいなって思う。
まぁ、時々
『本日のアリィシアコーデ』が
行き過ぎているんじゃないかなっ・・・とか
みんなの着せ替え人形になってない?
・・・と思う事はあったけれど
まぁ、いいや。気にしない様にしようと思ってた。
そうこうして、皆が私を盛り立てて
2ヵ月を過ごしている間に、
最初は屋敷の半分も走る事が出来なかったのが
今では、ゆっくりのスピードだけど
屋敷2週するぐらいまでは走る事が出来る様になったし、
握力が弱くて素振りの途中で木刀がすっぽ抜けていたのも、
今では何とか素振りが20回出来るまでになった。
出来る様になる時って突然来るものなのね。
私が屋敷の周りを2周走り切った時や
素振りを20回出来る様になった時は、皆が
「凄い!やれば出来ましたねっ!」
って喜んでくれた。
自分の事のように・・・。
そうこうして2か月がたった今、
私の身体には少しだけ筋肉らしいものが出来た。
もう、4kg程度の本を持ったぐらいで
階段から落ちたりはしない。
トレーニングの一つ、木刀で素振りした手には、
手まめや血豆が出来て、とてもお嬢様とは言えない
手のひらになってしまったけれど、
それも頑張った自分を感じさせてくれる勲章みたく思えて、
嬉しかったりしてる。
ただ、1ヵ月後に迫った舞踏会で、
私の手を握った相手のが
私の手を、他のお嬢様と同じ様にヤワヤワな手だと思って
握った瞬間、いつもと違う感触にギョッとするかもしれない。
・・・まぁ、もともとダンスなんて何人か踊ればいいかな?
ぐらいにしか思ってないし、
そもそも手袋を取る事もないだろうから、
手に豆が出来ようが、血豆が出来ようが、
気にしない事にした。
お母様には悪いけれど、乗り気じゃないしね。
今回の舞踏会は。
それに、手の感触が気になる様な殿方なら
アードルベルグの女を妻になんて出来ないわよ。
私が毎日木刀で素振りをしている姿を見ても
アードルベルグ領では誰も非難めいた事は言わない。
領主から領民に至るまで、何らかの武器を扱える
領民ばかりらしいから(私はまだ見た事がないけれど)、
呆れるどころか、むしろ私のへっぴり腰をみて
「まだまだです!もっと腰を入れて!」
とアドバイスしてくれると思う
でも、他の土地に行ったらどうだろう。
アードルベルグが闘う種族だと分かってはいても
自分のお嫁さんになる女性が、
「きえぇぇぇぇ!」
と唸り声をあげながら剣を振り回している姿を見たら
嫌になるかも。
クリスベルお姉様、トリフェリアお姉様が
自分の婚約者をアードルベルグ領で見つけたのは、
多分、そう理由もあるからだと思うんだけどな・・・。
それにしても、トレーニングをやってみて
つくづく感じたのは、
怠けた身体を動く身体に戻すのは、
とても大変だっていうこと。
私の趣味が庭を散歩する・・・とか、
ダンスのレッスン・・・とかだったら、
今よりはもう少しマシな
動ける状態だったかも知れないけれど、
『趣味は読書と刺繍です』と
歩くよりも静止している事の方が多かった
私の体についたサビを落とすには、
本当に時間と根気が必要だった。
2か月経って、やっと何とかなってきたから、
この状態を落とす事はしたくない。
だから、2か月たった今、私は思った。
トレーニングにも変化を与えようと!
多少動ける様になったからといっても、
素振りが出来るぐらいじゃ、魔物退治なんて無理。
足手まといになる事が確実で、反って私を守る為に
私以外の命を危険に曝す恐れがあるから、
討伐には参加はしない。
それくらいは弁えてるわ。
でも、毎日走ったり、素振りだけじゃつまらないのよ。
基本は大事だって事もわかってるけれど、
ちょっと実戦の雰囲気も味わってみたい。
そんな事を悶々と考えていた私は、閃いた。
実戦は、皆にも迷惑を掛けちゃうから出来ない。
でも、疑似体験なら皆にも迷惑を掛けないし、
トレーニングに変化をつけられる。
そうだ!
だったら、疑似戦闘体験を受けてみよう。
相手は・・・打ってつけの人物がいるわ。
ダガー使いのパティよ。
パティなら凄腕だもん。きっと適任よ!
ふふふふっ・・・・と白羽の矢を立てたのだ。
でも、私のこの考えにパティは猛反対。
「いいですか、お嬢様。
ダガーは玩具ではないんですよ。
殺傷用です。
お嬢様に害するものが現れた時に排除する為の
武器なんです。
玩具ではございません。
いくらお嬢様のお願いでも聞けません。
絶対に駄目です!」
と。
でも、そこで引き下がる私ではないのですよ。
「うん、わかってるわ。
だからこそ、何時も私を守ってくれるパティに
お願いしたの。
パティの事を誰よりも信頼してるし、
ヴォルフ出身のパティの腕を信用してるもの。
アードルベルグの特殊工作部隊員は、
凄腕ばかりだってお兄様から聞いたわ。
大丈夫よ、パティ。
私は一歩も動かなから。
パティは動かない私に向かって投げるだけですもの。
ダガーを自由自在に操って、
動いているものに命中させているくらいなんだから、
動いていない的なんてパティにとったら簡単でしょ?
それに、仮にダガーがもし私に当たったとしても
絶対に文句は言わないし、責任を求めないわ・・。
ねっ?
パティは私に向かって、
ピュッとダガーを投げてくれるだけでいいのよ?
どう?簡単でしょ?・・・」
と言うと、パティは必死に
「万が一の出来事が起きたらどうするんですか!」
とか、
「私がお嬢様に刃を向けるなんて出来ません」
とか、何とか私の考えを変えさせようと、
一生懸命ダメダメ・・と私の誘いを逃げ回っていたけれど、
パティが今まで、私の本気の誘いを断る事が出来ないくらい、
把握ずみ。
そう、最終的には私のお願いを聞いてくれる事を承知で
無理言っているのよ!
ごめんね、パティ。
でも、好奇心には勝てないの・・・。
結局は、パティの顔を見れば飽きもせずに、
何回も何回もしつこいくらいに粘った私に、
とうとうパティは折れてくれて、
そして今日、こうして向き合ってたりする。
「いいですか・・・・」
パティは私の足元の地面に、木の棒で線を付ける。
「お嬢様・・・・1本投げますからね。
この線から絶対に動いてはいけませんよ。
当たったら本当に危ないですから、
そこから1歩も動かないで下さい。
良いですね。
動かない!わかりましたか、お嬢様」
同じ注意事項を何回も繰り返し言ってるパティ。
本当に投げたくないんだなぁ・・・と思ったけれど、
私の意思も固いの。
だから、パティがダガーを投げるという
踏ん切りをつけて投げてくれるまで
私はのんびりと待つつもり。
待つなんて、大したことじゃないわ。
だって、ワクワクするもの。
私と対峙しているパティの手には
1本のダガーが握られている。
でも向き合って私に武器を投げようとしているパティからは
殺気の欠片すらも感じない。
疑似体験とはいえ、一応戦闘訓練なのだから
殺気の片鱗でもみせなきゃ駄目じゃないかなぁと思うけど、
細かい事は置いて置こう。
「聞いてますかっ!」
パティの声に
「わかったわ~。ビューンって投げてみて~」
と、何とも気の抜けた返事を返して、
私はレイピアの剣先をパティに合わる。
しかし、実際に持ってみるとレイピアって意外に重たい。
細身の剣だから、勝手に軽いものかと思ってた。
初めのうちは、わぁ・・・軽いぃなんて喜んだけど
ものの数分もたたないうちに、腕がプルプルと震えだし
重さをずっしりと感じ、腕を上げていられなくて
レイピアの剣先は、だんだん下がっていく。
アニメでは、重さのない武器なのではと思う程
格好良くヒロイン達に剣先を向けていたけど
現実は、違うなぁ・・・とここでも感じて、
私は歯を食いしばって格好つけてみたけど・・・
筋肉は正直でした。
それにしても、レイピアって戦闘に向くのかな?と
今さらながらに思う。
お父様の大剣や、お兄様達の片手剣や双剣に比べると
レイピアで敵を切るという行為には向いていない。
『突き刺す』ことに特化した武器だなって感じる。
フェンシングの剣みたいだし・・・。
まぁ、フェンシングで使う剣の様に、
相手の身体にあたってグニャッと
曲がったりする事はないから武器なんだけど。
でも、レイピアを使った戦闘方法を考えると、
相手の身体に剣先を突き立てる戦闘方法になるだろうから
相手の懐まで飛び込まないとダメージを負わせる事は
出来ないと思う。
そう考えると、もの凄く身体能力が必要な武器じゃないかなと
思うのよね。
今の私の動きでは、相手の懐に飛び込む前に
相手の剣で、切って捨てられるだけの様な気がする。
アニメのアリィシアはレイピア使いではあったけれど、
レイピアは敵の攻撃をはらうぐらいで、
実際の攻撃でレイピアを使ったとしても、
剣に魔法を乗せて放つだった気がする。
懐に飛び込めない身体能力は、
魔法でカバーしていたんだろうなって
実際に使ってみて想像出来た。
今はまだ、魔法を使うこともままならないけど、
相手の懐に飛びこむ能力を身に付けるよりは、
遥かに現実的に私が使える戦法の様な気がする。
ただ、魔法の威力はグランツが
『アリィ・・・ライターの火の大きさ程度じゃ
相手にはダメージを与えるなんて
出来ないと思うだよね。
アリィの特性からいって
得意なのは、水と風魔法・・・の筈だから、
そっちの方を訓練した方がいいのに・・・
なんで、火の訓練から始めるの?』
なんて飽きれられるくらいだけど・・・
まぁ、いずれは何とかなる筈。
そうだ。
剣の訓練だけじゃなくて、今まで以上に
魔法も頑張ろう・・・・
と思っていたりするんだけど、
とにかく今日は武器が飛んでくるってどんな感じ?
を味わうチャンスだから、そこに集中しよう。
「じゃぁ、投げさせて頂きます。いいですね」
「いいわよ!さぁ、こ~いぃっ」
普通、武器がいつ飛んでくるか分からないからこそ
緊張感があるんだと思うけれど、
私とパティの間にはそんなもの、まるでない。
パティは意を決した様に、
私が返事を返すのと同時に、
パティの右腕をヒュンとしなやかに弧を描かせた。
私がその腕の様子を見ていたと同時に、
私の右頬の辺りを何かが掠め飛んでいった気配がした。
そして、少し遅れてシュンと音が耳に届く。
さらに間髪入れずに、頭の後ろの方で
カンと何かが付き立った音が聞こえてきた。
「お嬢様・・・・お怪我はありませんか!」
パティが慌てて私に駆け寄ってくる。
私はその姿を見た後、後ろを振り向くと、
庭の大木の幹に深々と突き刺さったダガーが
太陽の光を浴びて、ギラリと光を放っていた。
「・・・・全然、見えなかったわ。」
パティが腕を振るのは見えた。
見たけど、それだけで、
肝心のダガーは全く見えなかったし
気が付いたらダガーが木の幹に突き立っていたなんて、
もしもこれが実戦だったら、
私、自分が何で攻撃されたのか訳も分からずに
倒れていたに違いないなぁと、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「お怪我は!!」
「心配しなくて大丈夫よ。当たってないから・・・」
私の身体を触りながら、怪我がないか調べているパティは
怪我がない事を知り、ほぅっと安堵の溜息をついた。
「大丈夫よ、パティ。私、一歩も動けなかったわよ」
「動けなかった・・・って、動くつもりだったんですか!!」
「冗談よ。動くつもりはなかったわ。約束通り・・・ね」
「お嬢様・・・・・・・
本当は、何かされようとしていたのですか?
やはり、お嬢様に向けて投げるのは・・・」
私の言葉のニュアンスに、私の心を読み解いた様に
訝し気な視線をパティは送る。
本当の事を言えば、投げられたダガーを
レイピアでピンって弾いてみたいって思ってたんだけどね。
内緒だけど。
「まっ、待ってよパティ。
冗談よ。冗談。
最初からパティに言っていた通り、
私は動くつもりは全然なかったわ・・・というか、
動ける筈もないわよ。
だって、早くて何も見えなかったし・・・」
本当に、全く見えなかったから、パティの言いつけ通り
動かなかったわよというアピールをする。
パティは私の心の内側を読んだ様に、フゥっと一回溜息をつくと
「・・・・・・まぁ・・・怪我がなかったようですし、
実体験をされて満足・・・・」
と言ったけれど・・・
「何言ってるのよ、だって、まだ1本でしょ?」
私は当初の目的を達成させる為に、パティに告げる。
「えっ?」
「この間、お父様達の前で、
パティは扇状にダガーを広げてたでしょ?
つまり、5本は同時に投げれるって事だよね?」
「えっ?ええっ・・・・確かに、そうですけど・・・
まさか・・・・お嬢様・・・・・」
パティが途端に嫌そうな顔になって私を見たので
私はにっこりと笑みを返した。
「だから、今度は5本いっぺんに投げてみてくれない?
1本じゃ、早すぎて全然目で追えなかったから、
沢山投げてくれれば、どれか1本ぐらいは
目で追えるかなって思うんだけど・・・」
数打てば当たるみたいな・・・感じで、
多く投げてくれば、それだけ目で姿を追えるかもしれないでしょ?
そう、それが最初の目的。
一遍に武器が飛んでくるのも体験したいという私の。
そんな事を思いながら、パティに提案すると、
パティは青ざめた顔をしながら、
「何をおっしゃっているのですか・・。
私の手元が狂えば、お嬢様にあたるかも知れないんですよ。
5本だなんて・・・・・絶対に無理です!」
ダメダメダメと手をブルブルと振るパティに
私はたたみ掛ける。
「でも、パティは特殊工作部隊ヴォルフの一員でしょ?
精鋭部隊じゃない?
普通の人が投げるなら、確かに当たる可能性もあるけれど、
パティは違う・・・大丈夫でしょ?
もし、当たりそうなら、私がレイピアでピンと弾くし・・・」
「レイピアで弾くって・・・目で追えないものをどうやって弾くんです!
それに、もし、弾く事が出来なかったら、お嬢様に当たって
しまうじゃないですか?」
「あら?パティは自分の腕に自信がないの?
私が一番信頼している凄腕のボディガードなのに?」
そして、パティはその程度の腕じゃないでしょ?
と言外でいうと、パティは「ぐぅ」と
言葉を喉で飲み込み、うぬぬぬという表情を浮かべている。
「だから、やってみて。
ねっ、大丈夫よ。
もし怪我しても、多分、かすり傷程度だと思いし・・・。
だって、パティが投げてるダガー。
歯の部分、全部潰してあるでしょ?」
「それは・・・そうですけど・・・」
そう、パティはこの日の為に、
私に向かって投げるダガーの刃の部分は
切れない様に潰してあった。
潰してあったのに、木に突き刺さるんだから、
潰した効果はないのかもしれないけれど。
「だから、ねっ。お願い・・・お・ね・が・い♩」
私は自分の目的を達成させる為に、
私が上目づかいで必殺!おねだり戦法を使いながらパティを見ると、
パティは「うぅぅ」っと苦悶している。
私のどうしてものお願いは、
最終的にはいつも折れてくれているパティが
凄く葛藤している事が分かる。ごめんねパティ。
でも、今回の様子を見ると、
今を逃すと、パティはもう私に対して
武器を投げつける事を拒否を示す可能性が大だから、
今しかチャンスはないと思ったのだ。
「あれ?なに面白い事やってるの?」
「兄さま?」
パティに上目づかいで『ダガーを5本まとめて投げろ!』と
詰め寄っている私の背中に声を掛けたのは、
今日の魔物討伐から帰ってきたリィドルフ兄さまだ。
「今日も可愛い服を着てるね。アリィにピッタリだね。
ところで・・アリィは何を言ってパティを困らせてるの?」
面白そうな事?と言わんばかりの笑顔を浮かべて
リィドルフ兄様が私達に近寄って来た。
「リィドルフ兄様、帰っていらっしゃったのですか?」
「うん。今、帰ってきた所だよ。
戻ってきたら、アリィ達の姿が見えたからね、
何をしているのか見に来たんだけど・・・
アリィは、何を言ってパテイを困らせてるのかな?」
いつもの優し気な笑みを浮かべるリィドルフ兄様は
私の頭をよしよしと撫でながら尋ねてきた。
パティは、侍女の礼をリィドルフ兄様にとっている。
「別に、困る様な事を言っていた訳ではないんです。
今、トレーニングをしていて・・・。
パティに、私に向かってダガーを投げつけて欲しいって
言っていたんです。」
「・・・ダガーを?・・・何で?」
リィドルフ兄様が、私の言葉に面白いものを見つけた様な顔を向けた。
「はい。レイピアの訓練を初めて2か月経ちました。
最初に比べたら、少しは動ける様にはなりましたが
まだまだ戦闘や討伐・・・という実戦に出るには
難しいと思うのですが、
毎日の素振りとかトレーニングだと単調で・・・
トレーニングのモチベーションを上げたいと思いまして、
実際に敵に遭遇すると、どんな感じかな?って
パティに疑似体験をお願いしていたところなんです。」
「・・・・そうなのか。ふ~ん」
「パティも協力してくれて、ダガーを1本投げてはくれたんです。
でも、早すぎて全く見えなくて・・・。
だから、今度は5本同時に投げて貰えないかなって。
多く投げて貰えれば、どれか1本でも見る事が出来るかなって
そう思ったんです」
私の言葉を聞いた兄様は、私と困った顔のパティを見比べて、
暫く考えた後、何かを閃いたらしく
「それじゃ、俺がパティの代わりにアリィに体験させてあげるよ。」
と申し出てくれた。
「兄さまが?」
思っても見なかった事に驚いたけれど、パティも同じだったみたいで
「リィドルフ様、アリィシアお嬢様は、
まだ身体を何とか動かせるレベルで、
とてもリィドルフ様の御相手が出来る様では・・・」
無理です・・とまでは直接は言わなかったけれど
やんわりと断りを入れていた。けれど
「大丈夫だよ、パトリシア。アリィの力のレベルは分かってるから」
『大丈夫だよ』と、リィドルフ兄様はニコニコと笑いながら私を見る。
「アリィ・・・アリィの腕だとまだまだ、実戦に出るには難しい。
それは分かっているんだね。
でも何か刺激になる様なものが欲しいんだろ?」
「えっ?そう・・・そうなんです。」
刺激?刺激かぁ・・・
欲してるものが、それだとは思わなかったけど
確かに、自分に向かって武器を投げつけろっていう事は
傍からみたら、刺激を求めている様に見えたのかもなと
思った。
「そうだね、じゃぁ、アリィにやってあげられる事決めたよ」
「何ですか?兄様・・・」
良い事を思いついたと言わんばかりに、リィドルフ兄様は
ポンと手を打った。
「アリィは疑似体験をしたいって言ったよね。
だったら、もし敵を前にしたらどういう感じなのかっていうのも
疑似体験になるだろ?
武器は使わないから、パティが心配している怪我をするっていう
心配はないし。ちょっとした体験だね。
・・・とは言え、アリィは俺にとっては大切な妹だから
手加減しちゃうと思うけど、まぁ、1/10でも体験できたら
十分だと思うんだ。」
「なるほど・・・・それは良いですね」
リィドルフ兄様の闘っている姿は見た事がないから
対峙した時っていうのが、どういうのかは分からないけれど
武器も使わないなら、パティが心配する様な怪我を負うこともない。
凄くいい提案じゃない!と思っているとパテイが浮かない顔をして
「リィドルフ様・・・一体、何をなさるんですか?」
とリィドルフ兄様に尋ねる。
「大丈夫だよ、パティ。
俺はアリィには武器を向けたりはしないよ。
ただ、敵に対峙した、その時の状況を再現するだけさ。
勿論、もの凄く手加減するよ!」
「確かに、それならば、お嬢様の身体に傷がつく事はございません。
ですが・・・・リィドルフ様の気魄に
アリィシアお嬢様は、耐えられるでしょうか?」
「う~ん、どうかな?・・・・耐えられるんじゃない?
やってみないと分からないけど」
死ぬ程じゃないと思うよ・・・と、リィドルフ兄様は、
パティと何やら物騒な話をしている。
リィドルフ兄様の気魄を感じると、死ぬ?
そんな漫画みたいな事が??
「どう?アリィ・・・武器は使わないけど、
敵と対峙した時の雰囲気は味わう事が出来ると思うんだけど?」
「お兄様のお手を煩わせてしまい申し訳ございませんが・・・・
よろしいのでしょうか?」
「うん・・・・構わないよ。ねっ、いいだろ、パティ・・・」
「・・・・・本当に、触り程度でお願いします。」
パティは、自分が武器を投げなくても良かった事に安堵しつつも
リィドルフ兄様の提案にも、心配な表情を浮かべているけれど
私のワクワクした顔を見て、しぶしぶ頷いた。
「じゃぁ、パティはココに立って。俺はこっちね」
パテイが立ってた位置に、リィドルフお兄様が立つ。
「アリィはさ、父さんが持っている二つ名が何か知ってる?」
「えっと・・・・お父様は、『怒れる獅子』でしたよね?」
「そう・・・二つ名っていうのは、
父さんの闘っている姿が
『咆哮を上げて炎を立ち揺らめかせる獅子の如くに見える』
という所から来てるんだ。
つまり、二つ名からは、その人の戦闘スタイルが見えるんだよね」
「なるほど・・・」
「俺達の家族は、アリィを除いて二つ名を持っているんだよ。
一緒に闘っている同士が、俺達に付けてくれたんだ。
アリィもレイピア使いになるなら、二つ名を付けて貰える
闘いが出来る様になれるといいね」
「はい!頑張ります!」
二つ名かぁ。昔の映画スターみたい。
確か、アニメのアリィにも二つ名があったけど・・・
今の私じゃ無理だけど、そういう闘いが
いつか出来る様になったらカッコいいかも!
「リィドルフ様の二つ名は『氷狼の牙』でございます。」
私の考えを読んだ様に
パティが教えてくれた。リィドルフ兄様がそうそう、と頷いている。
「『氷狼の牙』?」
「うん・・・・俺の武器についている魔石が氷属性だからね。
そこから来てるんじゃないかな?
父さんの炎属性とは逆なんだよ」
「えっ?炎属性とか、氷属性とか・・・もしかして魔法ですか?」
「そう。俺達家族の武器には、自分と相性の良い魔石がついていてね。
父さんは炎属性の魔石、俺には氷属性の魔石がね。
そして、それをこんな風に・・・使いこなせる様にするんだよ・・」
とリィドルフ兄様がニコリと笑った。
笑ったけど、太陽の光の加減なのか、その笑顔と同時に
リィドルフ兄様の青い瞳がキラリと輝いた様に見えると、
ヒュォォと突然、足元がひんやりとした冷気が漂い始め
その冷気が兄様の身体を中心に渦を巻く様に立ち昇り
揺らめいている。
オーロラを見る様な綺麗さはあったけれど、
その綺麗さと反比例する様に、その場の温度が徐々に
下がって行く様な感じがした。
それに・・・・空気って見えない筈なのに、
まるで冷気の刃がクルクルと風を起こす様に
兄様の周りをまわっている様にみえて、
私は兄様の姿を見ていると、心臓がドキドキと
早い鼓動を打ち始めた。
それはトキメキの鼓動ではなく、
目の前にある得体の知れない恐怖に向き合っている様な
そんな背中がぞわぞわとしてくる様な、
口がガチガチと鳴る様な得体の知れない何かで。
リィドルフ兄様は、ただ笑っている。
微笑んでいるだけなのに、その青く光る瞳の前では
まるで自分が刈り取られる獲物になった様な気分になって
目が離せない・・・吸い寄せられる。
心臓がきゅぅぅっとしてくる・・・
私のレイピアを握る手が、自然とガタガタと震えだした。
それを見て
「はい・・・・こんな感じ・・・」
リィドルフ兄様は、ふっと気を緩めると
さっきまで、身が凍る様な冷気が一瞬のうちになくなった。
「どう?ちょっと、体験できた?」
「こ・・・・・怖かった・・・殺られるって思いました」
「あはははっ・・・アリィっは大げさだな」
リィドルフ兄様が、大声で笑っているけど・・・・
いやいや、本当です。
マジで殺されるって、本当に思いました。
「アリィお嬢様、リィドルフ様は、1/10の力も出しておりません」
えっ!!これで!!!
パティの声に、ギョッとする。
「リィドルフ様が本気を出されたら、その気魄を受けた相手は
心の弱いものは、絶命致します。魔物も同様に・・・」
はいっ?闘いもしないで、ただ気魄だけで!!!
どっかの、王道漫画みたいじゃないの、それって!
「リィドルフ様の気を受けたものは、心臓にまるで氷の牙を
突き立てられた様に凍ってしまわれる。・・・
そこから、リィドルフ様は「氷狼の牙」という
二つ名を冠される様になられたのです。」
パティの言葉に、
「やだよね、大げさだよね。ほんと。照れちゃうよ。」
ってリィドルフ兄様は言っているけど、笑い話じゃないんじゃない?
私も、うっかり加減を間違ってたら、
心臓を氷の牙で貫かれてたんじゃないの?
恐ろしい・・いつも笑っている、優しい兄様の姿しか
見た事がなかったから想像もしてなかったけど、
戦闘の時の恐ろしさ・・・半端ないよ!!
そういえば、グランツが
『アリィの家族はみんな化け物級だからね』っていつか言ってた。
という事はつまり・・・
「も・・・もしかしてお母様やお姉様達も、
兄様みたいな感じ・・・?」
「ん?ああ。
さっきも言ったけど、俺達家族は、二つ名の持ち主だよ。
俺と同じかって言われたらどうかは分からなけれど、
まぁ多かれ少なかれ、似てるかもね。」
家族だしさ・・・って1/10でも恐ろしいのに、
それと同じ感じの人達が、私の周りに沢山???
私は頭の中で、母様の姿を思い浮かべた。
立てば芍薬、座れば牡丹・・・の大和撫子みたいなお母様。
鞭使いで、女王様みたいだって聞いた時は
想像もできなかったけど、そのお母様の二つ名・・・・
「リィドルフ兄様・・・・」
「んっ?なんだい、アリィ?」
気になる事を聞いてみた。
「お母さまの二つ名って、何ですか?」
「母さんの?」
「・・・・私、今までリィドルフ兄様やラルフ兄様にも
父様と同じ様に二つ名があった事も、
まして、お母様やクリスベルお姉様達にも
二つ名があった事も知りませんでした。
・・・・私、今度、お母様にトレーニングを
みて頂きたいと思っていたのですが・・・・・
その前に、お母様の二つ名を聞いておこうと思って」
「聞いて、どうするの?」
リィドルフ兄様の目が笑っている。
「戦闘スタイルを現す言葉なのでしょ?
だとすると、お母様の二つ名を聞けば、
どの位強いのか・・・分かるかなって思って・・」
「なるほど・・・確かにね」
リィドルフ兄様が、うんうんと首を振る。
「母さんの武器が、鞭だというのは知ってるよね?」
「はい。この間、リィドルフお兄様にも教えて頂きましたし、
パティからも聞きました。」
「そうだったね。母さんの二つ名は・・・」
「二つ名は・・・・!」
「みんなは、『花冠の聖母』って呼んでるよ」
「かかんのせいぼ?」
「そう・・・・良く見てるよね。ピッタリだと思うよ」
リィドルフ兄様がそういうけれど、私にはその二つ名が
どんな戦闘スタイルから来ているのかが想像できなかった。
「その『花冠の聖母』って、どんな姿からくるんですか?」
ゴクリと唾を飲み込み、リィドルフ兄様の目を
真剣な表情で見つめると
「うん・・まぁ、実際に体験してみたら分かるんじゃない?」
「リィドルフ兄様!」
なんで?もったいぶって教えてくれないの!?
と思っている私の心が読める様に、兄様は
「だってさぁ、もし先に知ったら・・・・
アリィ、母さんの訓練を受けるのが嫌になるかも
知れないじゃないか?
だったら、知らない方が良いと思う。
それに、アリィは昔、母さんの特訓を受けたんだから、
分かると思うけどね・・・・」
母様は敵・・・ではないけれど、
相手のデータが前もって分からないのって
何だか、とても不安に感じる。
だって、「氷狼の牙」のリィドルフ兄様の力の片鱗で
もの凄くびくついているのに
母様の二つ名が、『花冠の聖母』って
戦闘から来るにはあまりにも不似合すぎて・・・・
逆にそれが凄く怖く思えてきた。
戦闘スタイルで聖母・・・・
鞭をしならせる女王様じゃなくて聖母・・・・
って・・・・なんだろう・・・
「まぁ、アリィ相手だから、もし母さんが訓練するんだったら
魔獣に対峙する様なものは絶対に出さないから
そんなに心配しないでも大丈夫じゃないかな?
まっ、何事も経験が大事なんだろ?だったらやってみたら?」
「そんな・・・・兄様・・・・」
あはははっと大声で笑うリィドルフ兄様の隣で、
一人不安に思う私に
「そうですね。奥様の芸術的なまでの技を体感するには、
余計な情報は必要ないと思われます。
お嬢様、私もリィドルフ様の意見に同意致します」
と、さっきまでリィドルフ兄様に対して
あんなに不安そうな顔をしていたのに
母様の話が出た途端、何だか嬉しそうな声を出すパティ。
変じゃない?という突っ込みは入れられず、
私は母様の微笑みを思い描いて、何とも言えない悪寒に
ブルブルと身体を震わせた。