呪文を唱えたら、黒わんこが現れました。
なかなか進みませんが
出来るだけサクサクと・・・。
ちょっと本文いじりました。
投稿しても、直しどころが満載で・・(01/9/23 9:00)
キャラの名前を間違えて・・・
初歩ミスでした。すみません(01/9/23 22:00)
夜、自室に戻り寝間着に着替えた私は
今日の夕食での出来事を思い返して、
憂鬱な気持ちで溜息をついた。
「はぁ~、とんだことになったわ。舞踏会なんて。」
今まで、のらりくらりと社交の場に行くのを交わしてきた
のに捕まってしまった。
ダンス・・・。サボって来たから上手く踊れないよ。
「でも、お嬢様。ダンスは腹筋、背筋を鍛えますし、
腕の筋力も付きますよ。
ダンスを優雅に見せる為には身体を上手く
使いこなせなければいけませんし、
筋力のないお嬢様が筋力トレーニングをするには、
とても良いかと思います。
優雅に見えてもダンスというのは、
かなりの運動量を必要としますしね。
それに、今までさぼってばかりだったダンスも、
社交の場では絶対に必要ですから、今まで
興味がない、やりたくないと避けていらっしゃい
ましたが、レイピア使いになる為の
トレーニングだと思って頑張って下さい。
しかも目標が定められているじゃないですか。
何かを始める時に目標があった方が集中しやすいです。
しかも3ヵ月後にお披露目の機会があるのなんて
やりがいがありますよ。
3ヵ月なんてあっという間ですよ。
明日からやっても、ギリギリです。
もっとも、今のお嬢様は歩くのもままならない程の
筋肉痛だという事は誰もが知っていますので
ダンスの先生も初めからハードトレーニングを
計画されないと思いますよ。
腕の上げ方とか姿勢だとかとか、そういう所から
始めるメニューを考えて下さると思います。」
パティは私の髪を櫛でとかしながら、
『これもレイピア使いになる為の一歩ですよ!』
と励ましてくれたけれど、
私はダンスのトレーニングの目的が社交の為の
舞踏会であるという事に、気が乗らなかった。
私の社交界デビューは、13歳だった。
上流社会に属する者は、ある程度の年齢が行くと
社交の場に参加しなくてはならない。
つまり他の貴族様方とお付き合いを始めなければ
ならなくなる。
年齢はその家によるけれど、
私の場合は13歳になった時だった。
社交界デビューが決まった日。
社交界という世界を経験しているお姉さま達に
『社交界のデビューが決まったの』と告げると、
私に色々なアドバイスをしてくれた。
「そう。アリィも、いよいよ社交界デビューなのね。
しかも舞踏会ですってね。
ダンスも覚えなくてはいけないわ。
踊れないと、恥ずかしい思いをするし・・・。」
クリスベルお姉様は、黒のレースの扇をパチンと閉めると、
そうねぇ・・・と思い返しながら『最低、2曲分は必要ね』
と言う。
「ダンス・・・・私、苦手です。」
「そうだったわね。アリィは身体を動かす事、
あまり好きじゃなかったわね」
運動神経はいいのに、勿体ないわぁと
クリスベルお姉様。
「でもアリィ。気落ちしないで。
アリィの社交デビューですもの。
新しいスタイルの、綺麗で可愛いドレスを
お母様が用意して下さるわ。
この間、お母様が生地の業者を屋敷に呼んで
ドレスの打ち合わせをしたのだけれど
あれって、アリィの社交界デビューのものだったのね。
私がドレスのデザインをアドバイスしたわ。
それに、生地も選んだのよ。
薄紫のとても綺麗な生地でレースも最高級だったわ。
本当、うっとりしちゃった。仕上がりが楽しみね」
クリスベルお姉様は、手に持っていた扇を口に当て
フフフっと笑う。
クリスベルお姉様は綺麗なものが大好きで、
特にドレスに関しては見るのも着るのも作るのも
好きだった。
宝石にはあまり興味がないお姉様だったけれど、
社交界に行くときは、いつも最新のスタイルを着ていて、
『今、都ではこういうのが流行なのよ』とか、
『こういうスタイルのドレスの方が、私は
良いと思うわ。ここの部分の工夫が必要ね』とか
『情報を仕入れないとね。時代に乗り遅れちゃうから。』
と、社交の場は、ドレスを見る為だけに参加しているとでも
言わんばかりだった。
社交界に着ていくドレスは安くない。
『着る宝石』と言われる程だ。
日本にいた時みたいに、車や飛行機と言った
文明の利器があるならいざしらず、
中世ヨーロッパの様なこの時代背景では
とてもじゃないけれど、あちらこちらと
出歩くのは難しい。
『魔法少女セレス」の主人公たちが使っていた
移動魔法を使えば楽なのにとは思うけれど、
この国の人達の行動を考てみると
何時も馬車を使っての移動だ。
それこそ、他所の領地へ赴くなんて
一生に1回あるかどうか・・・
人によれば、一生行く事のない場所だってある。
特に、女性の移動はもっと難しいだろう。
だからこそ、滅多に顔を合わす事がない者達は
一堂に会する社交の場で、
自身の権力や財力を示す為に
ここぞとばかりに着飾ってくる。
自分の装いにまでお金を掛ける事が出来るのは、
治めている領地が裕福である証であり、
権力や財力もある、つけ入る隙はないのだと
言葉の代わりに周囲に示しているのだ。
逆に、時代遅れのものを着ていたり
装飾がみすぼらしかったりすると、
その領地、家の財政状況に問題が
発生しているのでは・・・と
勘ぐらせる事に繋がってしまう。
身に付けるものが良質で豪華である事が
自分の領地や家の体力を示す事になるなんて
13歳の私には、そういう大人の考えまでは
到底推し量れなかったけれど、
『社交の場ではね、綺麗に着飾る事も必要なの。
相手に余計な思いを抱かせないためにもね。
もっとも、身を滅ぼす程では困るけれど』
とクリスベルお姉様が教えてくれたことがある。
奥が深い世界なのだ。
日本の生活を思い返して、私がドレスを着た事があるのか
というと、思いだせる記憶の中では・・・
『ない』と言える。全くないとは言わないけれど、
結婚式だとか、パーティとか特別な行事でもない限りは
ドレスなんて普通は着ないよ。
階段落ちをして、ここと、日本の二つの世界の記憶が
混在している今の私は、毎日が不思議な感じ。
だって、日本では非日常の世界でしか着なかったドレスを
ここでは日常的に着るのだから・・・。
毎日が、どこかお出かけ?と突っ込みたくなるくらい。
クリスベルお姉様は、
社交界に出る時はベルラインのドレスを着たりも
するけれど、
大体はスレンダーラインのドレスを着ている。
日常でも同じ形のドレスが多い。
勿論、普段の生活で肩や背中が剥き出し・・・
ということはないけれど、細身のスレンダーラインは、
スカートに膨らみがない分だけ、ある意味体のラインが
モロに出る。
でもクリスベルお姉様は、
特に気にする必要もなく着ていたなと思い出す。
普通なら、自分の欠点を隠そうと
色々努力したりするでしょ。
お腹が出ているのを隠そうとしたり
胸が足りないのを盛ってみたり・・・。
でも、クリスベルお姉様は普段も社交場に出る時も
ドレスを綺麗に着こなす事はしていたけれど
体系を隠す努力はしていなかったな、と思う。
「身体にあったドレスを着ればいいのよ。
細身でもふくよかな身体でも、
その人にあったものを着れば
いちいち隠したり、盛ったりしなくても
綺麗に着こなせるの。
努力して自分に合わないものを
無理に着ようとするから、返って
自分の気にしている部分が強調されるし
変に見えちゃうのよね。
本当に、わかっていないんだから」
と言っていたけれど、普通の淑女は
色々気になる部分があるんです。
体系を全然気にしないクリスベルお姉様って凄いなぁ・・・
と今まで思っていたけれど、
お姉様は、体系を気にしないのではなく、
体系を気にする必要がないという事に、
私は今日、お姉様が槍使いであるという話を聞いて、
気がついた。
それは、お姉様がお腹を気にする必要のない
腹筋の持ち主ではないかという事だ。
食事制限でもしているんじゃないのか
・・・と思えるほど
細い腰つきのお姉様だったけれど、
その細い腰つきは、美容で作ったのではなく
戦闘で出来上がったものだと、
今日改めて認識した。
だって、馬に乗りながら槍を使いこなすって
普通出来ないじゃない。
馬上で姿勢を保つのも筋力使うし、
まして、槍を振り回しているでしょ?
見た事がないけど、おなか、
腹筋がバキバキなんじゃないのかなって。
今までその思いに至らなかったのは
見えている所はふっくらと女性らしい体つきで、
出るところは出て、見るからに柔らかそうだからね。
お腹が割れてるのかも
・・・なんて思わないでしょ?
お母様もそうだけど、
奇跡のスタイルじゃないかと思っていたぐらいだから。
クリスベルお姉様は社交界では
『バラの貴婦人』と呼ばれ
ファンも多くいたらしく、
求婚の数も凄かったらしい。
アードルベルグの騎士団長である
ドレイク義兄様と婚約発表をした時は、
多くの男性が泣きぬれたと
トリフェお姉様が言っていた事を思い出す。
クリスベルお姉様は、自分のドレス生地を選ぶ時、
凄く時間を掛ける。
最初に作ったドレスは1度着ると
色を染め直したり、デザインを変えたりして
2度3度と着まわしている。
アードルベルグは辺境ではあるけれど、
公爵家だし、ドレスを何着も作るくらいの財力はある
・・・と思う。
それなのに、クリスベルお姉様は使い回しをする。
昔、『一体なぜなのか?』と
クリスベルお姉様に聞いた時、
「だって、私が一生懸命選んだ、とても素敵な生地なのよ。
たった1回着ただけで仕舞ったままなんて
愚か者のする事だわ。
色を染めたり、形を変えれば何時だって
新しいものになるのに、ただ作ればいいなんて。
王族であるならば、外交問題も絡むから
それも必要です。
でも、私達貴族は、工夫が必要よ。
ドレスを作り直す度に、社交の場で
私は、自分の力量を試しているの」
と言う。
「試すって・・・何を?」
私が尋ねると、クリスベルお姉様は
「あのね、アリィ。
私が一つの服を色々手直しするのは
私自身の挑戦なの。
社交の場にくるお嬢様たちの目は厳しいのよ。
親も財力にものを言わせて、
娘を着飾らせるじゃない?
その時の流行りのデザインだとか、色だとか
装飾品も飾り付けて、
自信をもって社交場へ出てくる。
だからお嬢様達は、常に自分が身に付けているドレスが
他人と比べて勝っているのかどうなのかを気にしているの。
『私の方が貴女より素敵よね』って。
そこに、私は兆戦しているのよ。
私は場が開かれるたびに新しいドレスを作ったりはしないわ。
でも、工夫をしないで同じものを着て行ったら
他人はどう思うかしら。
私のデザインが流行おくれだったり、
手入れが悪くて古く見えたり、
色が悪かったり、生地が傷んでいたりしたら
『アードルベルグ家って、落ち目なのね?』
と思うじゃない?
でも、そのお嬢様達の厳しい目を、私の腕で
掻い潜るのよ。
『そのドレス、とてもお似合いですね。
この間のドレスも素敵でしたけれど、
こちらも負けずに素敵です。
アードルベルグ家の職人は素敵なものを作られるのね。
いつも新しいものを着られて流石ですわ』
って賛美の声を聴くたびに、私、ゾクゾクするのよ」
「・・・・・何に、ゾクゾクするの?」
「ふふ。アリィ・・・それわね」
クリスベルお姉様はニヤリと笑い
「私の腕と着こなし術で、古いものも
新しく生まれ変わらせられる事が証明できる。
戦場は、常に新しいものが供給される訳ではないわ。
使ったもの、古いものを工夫して再利用する。
その力量が必要なの。
ドレスも同じ。古いものも相手の目には
新しいものと見せる工夫が必要でしょ?
もう捨てるしかないものでも、利用できる技量、
ドレスでも磨くことが出来るわ。
それにね、自分の目は確かだと言う娘達を見て、
『貴女方の目って節穴ね。
いいえ、私の腕の方が良いって事よね。
見抜けないなんて本当に口だけね。
勿論、使い回しといっても、貴女のものより
ずっと最高のドレスだって自慢できるわ。
本当、流行に敏感とか言ってるのに
私のドレスの違いを見抜けないなんて・・・・
この勝負、私が勝ったって事よねっ』って、
キラキラした瞳で私のドレスを見ている子達をみると、
いつも身悶えしちゃうの」
「へぇ~、そうなんだぁ・・・・」
「そうよ、アリィ。
いくら立派な事を言って自慢しても、
私の手にかかれば、本当に大した事ないのよ。
世の中のお嬢様の目立てなんて・・・
本当に・・・・・」
フフフっと意味深に笑っていたクリスベルお姉様。
小さい時の私は、
『そうなんだぁ。お姉様、凄いね』としか
思っていなかったけど・・・・
社交の場でお嬢様方の真贋を見極める目と
自分の力量を戦わせて、
勝つ事に喜びを持つなんて・・・・
それに、ドレスのリメイクを
戦場の練習の一つにしているなんて。
考えてみると、お姉様・・・好戦的な性格?
我が家は、世の中で言うと美形家族だと思う。
クリスベルお姉様は、黒髪に菫色の瞳を持ち
日本の表現で言うと、
『桔梗の花』をイメージさせる様な、
たおやかな女性だと思っていたけれど
アラフォー記憶を持つ今の私が
クリスベルお姉様を考えるとって、
一概に、『たおやか』ってだけではない
結構良い性格している。
さらにトリフェお姉様も私にこう言っていた。
「アリィ、社交場に行くとね
アードルベルグにはない様な美味しい食べ物だとか、
飲み物だとか沢山あるし、しかも食べ放題よ!
私は珍しいお菓子があるか、いつも楽しみよ。」
「美味しいお菓子?」
「そうよ。世の中には、私達が知らない
この国にはない様な美味しいお菓子や
料理、飲みものが沢山あるの。
今回、アリィの社交デビューは王室主催でしょ?
相当気合いの入ったものが出ると思っていいわ」
「へぇ・・・社交界って美味しい食べ物が
沢山食べれるの?ダンス・・・嫌だけど、
美味しいものは食べたいです。」
「そうでしょ?私もダンスは得意じゃないし、
知らない相手と踊るのは苦手だけど・・・
本当に、面白い場所なのよね」
と、やはりトリフェお姉様もニヤリと笑う。
「客を招く社交の場に出される料理を見ると、
その家の財力も見れるし、
出される料理の品で、
何処とどう交易をしているのかも知る事が
出来るじゃない?
それに、お酒もあるから口も滑りやすいし、
いろんな話題が飛び交っているから、
いろんな情報を得る事が出来るのよ。
話し込んでいる人の集まりをみれば、
派閥だったり、その人の立ち位置も知れるしね。
攻め込む時の情報を得るには、
社交の場を利用するのが最適なのよ。
美味しい食べ物と飲み物を頂きながら、
いろんな情報も手に入れる事が出来る。
この間なんて、
隣国のセレスティア王国の話が聞けて
私、興奮しちゃったわ。
見た事もない代物があるみたいなの・・・。
どんなものなのかは分からなかったけれど、
次、行く時があったら、
その話題を話していた家のお嬢様に
聞いてみようと思うのよ。
あの家のお嬢様、本当に世間知らずだから
自分の家の事を、とても良く話て下さるのよ。
この間、セレスティアの話をしていたから
『まぁ、あの国とお付き合いされているなんて、
貴女の家は、とても顔が広いのね。
私の家は公爵家ですけれど辺境の地にあるでしょ?
私の家の領地とは正反対に位置する
セレスティア王国の話は聞いた事はあっても、
お付き合いもないもの。
貴女のお家の方々は、
隣国とのお付き合いもなさっているなんて、
本当に素晴らしいわ。
この国にはないものだったり、
珍しいものだったり、素晴らしい騎士団が
あったりするのでしょう?
私の家も隣国と接する辺境の地を守っているので、
そういう事にとても興味があるのだけれど・・・
行く事が出来ないんですもの。
その点、貴女は私の知らない事を
沢山知っているのね。本当に素晴らしいわ。
教えて頂きたいくらいだわ』
って言ったら、もの凄く自信にあふれた
顔になっていたから、きっと次にあった時は
沢山、色々な話を聞かせてくれると思うの。
私に教えてくれる為だけに、私に代わって
色々調べてくれるなんて
本当にお嬢様という生き物は有益な生き物よね。
私は美味しい食事をしながら必要な情報を
手に入れる事が出来るのよ。
社交の場が楽しくて仕方ないのよ」
とトリフェお姉様が含みを持たせた顔で笑う。
「そうなんだ・・・良くわからないけれど
お姉様達が、そんなに良いっていうんなら・・・
私・・・ダンス頑張って覚えてみる。
美味しいもの食べたいし、
かわいいドレスも着てみたいし。楽しみだなぁ」
「そうよ、アリィ。
あなたは運動神経は良いのだから、
ダンスはすぐに覚えられるわ。
それに、私が可愛いドレス生地を選んであげたし
今、流行りのスタイルもお母さまに聞かれたから
伝えてあるし。
社交界デビューのものだとは思わなかったけれど
私の妹だもの、誰よりも可愛いお姫様になるわよ」
「そうそう。美味しい食事、飲物、そして情報。
ハラハラしてドキドキして、
キラキラ興奮する場よ。
きっと、アリィも好きになるわよ」
「わかったぁ!頑張る!」
そうお姉様達に言われて、
俄然やる気が増してきた私が
キラキラとした瞳で見た事のない社交界を
頭で思い浮かべていると
「クリスベルお嬢様、トリフェお嬢様・・・・
アリィシアお嬢様は、
お二方の言葉を正しく理解されては
いないと思うのですが・・・
お嬢様達の場合は、既に社交の場は戦いの場・・」
「あら、パティ。社交の場は正しく戦場よ。
血を流さなくても、戦場である事は変わりないの。
私達はアードルベルクよ。常に勝たなければね。
何処にいても、どんな場合でも・・・・フフフっ」
「そうそう。私の腕を磨く場でもあるんですもの。」
「・・・・・それは、ちょっと違う気がしますが」
とパティは否定していたみたいだけれど、
二人の姉は
『あら、そう?』と不思議そうな顔で、
パティの言葉に反応していたみたいだけれど・・・
私の耳には、二人の姉の言葉に社交界に行く事は、
『綺麗なドレスを着て、楽しい食事会に行くんだ』
と思い込んでしまい、心待にしている程だった。
まぁ、今考えてみると、ドレスと食べ物という
参加目的の動機が、かなり不純だったんだけどね。
仕方がない。
だって、その情報をもたらしたお姉様達が
そういうんだもの。
だから、知らなかったのよね。
貴族の『社交の場』、
とくに私の様な婚約者を持たない子供が
社交界に行くという本来の意味を。
13歳の初めての舞踏会があと5日と迫った頃、
私はお父様に連れられて、王都へと向かった。
お母様とお姉様達に見送られての初の王都への旅は
もう、期待と楽しみでしかなかった。
初めての舞踏会用に作ってもらったドレスは
クリスベルお姉様の言う通り、本当に素敵で
菫色のフワフワヒラヒラなドレスの裾が
クルクルと回るとフワンと広がり
それを見た家族やパティ達が
『アリィ(様)はまるで、お花の妖精ね』
って言ってくれて、私はちょっと調子に乗ったし、
『こんな素敵なドレスだもの、沢山の人に見せたい!』
という気持ちになっていて
「お父様、早く社交舞踏会に行きたいな」
と急かす程に待ち遠しかった。
お父様が
「はははっ、王都まで4日かかるんだぞ。
今からそんなに興奮していたら当日疲れてしまうぞ」
と笑っていたけれど
私のワクワクとドキドキが止まらなかったのよ。
アードルベルグを出てから4日目。
王都に到着した私は、
王都にあるアードルベルグの屋敷に寄って、
明日開かれる舞踏会の準備に入った。
ドレスも準備万端。
ダンスは・・・ちょっと不安はあるけれど
クリスベルお姉様に言われた通り
2曲はなんとか踊れる様になったから、大丈夫な筈。
トリフェお姉様の言う通り、美味しい食べ物を食べる為に
明日の朝と、お昼は食事の量控えめにしなきゃねと
「お嬢様・・・・よだれが出ていますよ」
とパティに言われるまで、まだ見ぬ食べ物に心を寄せて
一人空想に浸っていた。
舞踏会当日。
私はお父様に連れられて初めて
王宮、そしてその中にある
舞踏会専用のホールに足を踏み入れた。
王宮のホールは、本当に豪華絢爛。
大きなシャンデリアが沢山吊られ
部屋の飾りが全て金ぴかに光っている様に見える。
大きな彫像が置かれ、壁には肖像画が幾つも並び、
天井まで届くのではないかと思う様な大きな窓ガラスは
光を取りこんだり、
夜は松明の明かりで照らされた
夜の庭園の風景を眺めさせるのに大きな役割を果たし
それ自体が芸術品の様だった。
天井画も凄くて、私はあんぐりと口を開けたまま
上を見たり周りを見たり
キョロキョロと忙しなく視線を動かした。
アードルベルグにも、ダンスが踊れるホールはあるけれど
王宮のダンスホールは、格別に凄かった。
見るもの全てが凄いっ・・・・って、
そんな言葉でしか説明できない自分が情けない程、
本当にきらびやかな夢の世界だった。
私は何だか大人の仲間入りが出来た気がして
凄く興奮していた。
お姉様達の言葉も、当然、私の気持ちを大きく高揚させる
役目をはたしていたけれど、
着飾った多くの人の群れを見て、その場の雰囲気に
子供ながらも『よし!やるぞっ!』って気持ちに
なったのである。
そう・・・・最初は・・・。
広いホールの中、人並みをくぐり、
私はお父様に連れられて知らない人と沢山挨拶した。
アードルベルグでも、お客様をお迎えする時に
挨拶をする。
興味のない話を聞くことにもなるけど
目的である、『美味しい食事をとる』には
通過儀礼なのよ!
と、自分に言い聞かせる。
そのうちに国王陛下ご家族が姿を現し、
私達は臣下の礼を取ると、
今度は一家族づつ、直接のお話の時間を頂く。
数段上に設けられた、国王一家の椅子に
国王陛下、王妃殿下、第一王子、第一王女の4人が座られる。
「アードルベルグ卿・・・」
呼び出しがかけられ、
お父様と一緒に国王陛下一家の前へと歩み出る。
国王陛下や、王妃様の前に挨拶に立った時は、
絶対に失敗しない様に!!と
お母様に嫌っていう程教え込まれた、
カーテシーで最上級の挨拶をした。
「ザルシュ王、今宵は娘のアリィシアと共に参りました」
「アードルベルグ公爵 ギベオンが三女、
アリィシアでございます。
本日はお招き頂きまして、ありがとうございます」
私は、片足を斜め後ろの内側に引き
もう片方の足の膝を曲げて、背筋を曲げて
頭を膝の下にまでもっていく。
ザルシュ王は、お父様の戦友であると聞いた事がある。
金茶の髪に王家独特の淡褐色の宝石みたいな瞳を持つ
屈強な体躯を持つ国王陛下は、優しい目をした方だったが
その威厳は優し気に微笑んでいても漏れ出ていて
思わず、
『やっぱり、王様って凄いなぁ。お父様みたいで』と
心の中で呟いてしまう程だ。
「おお。アリィシアか。久しいな。13歳となったか。
挨拶の仕方も様になっておるぞ」
「ありがとうございます。国王陛下。
おかげ様で先月、13歳になりました。」
「そうかそうか。アリィシアに初めて逢ったのは、
ギベオンがアリィシアを抱えて私に見せに来た時だったな。
確か、まだ生まれて間もない頃であった。
その子がもう13歳とは、時が経つのは早いものだ・・・
ギベオン・・・・美しい娘に育ったな」
「ありがとうございます。陛下。
これも陛下の治めるこの地が安寧であればこそ、
我がアードルベルグも平穏で過ごせた賜物と
感謝申し上げます。」
「ふむっ。しかしギベオン。
この様に可愛い娘であれば嫁にやるのも辛いの」
「・・・ははは、陛下には私の心など御見通しですね。
アリィシアも13歳となりましたので、
そろそろとは考えておりますが、
上の娘二人が私の手を離れて行く事が決まりましたので、
末娘はまだまだ手元に置いておきたいという気持ちですよ」
「そうだな。ギベオンの気持ちは良く分かる。
我が娘も、正式に隣国に輿入れが決まった。
いつも側にいてくれた娘が、手元を離れていく事を考えると、
王である前に父親として、寂しい気持ちもするな」
国王陛下が並びに座る王女殿下に視線を送ると、
ストロベリーブロンドの豊かな髪を結い上げた
国王陛下と同じ淡褐色の瞳を持つ王女殿下がにこりと笑う。
「そうですね。ビオラ王女殿下。
御婚約が成立致しましたことお慶び申し上げます」
お父様の祝辞に、ビオラ王女殿下は綺麗な微笑みを浮かべた。
「ありがとう、アードルベルク卿。
私がこの地を離れた後、お父様の事を
よろしくお願い致しますね。」
ビオラ王女様の鈴を転がす様な声が聞こえる。
「はい、ビオラ殿下が心配なさる事がないよう、
このアードルベルク、
命に代えまして陛下をお守り致します。」
「ふふ。信頼していますよ。
アールベルク卿。
私が嫁ぐ地は、この国ではアードルベルクが
一番近い場所にあります。
時々、遊びに行かせて頂きたいわ。」
「勿論、いつでもお気軽にお越しください。
私や、ここにいるアリィシアを含め、
我が家族、領民に至るまで
ビオラ殿下がお立ち寄り頂けましたら、
心を込めて歓待致します」
「ありがとう。頼りにしています。」
「そうだな。ビオラの嫁ぐ先は、
ギベオンのところが一番近い。
何かあった時は、力になってやってくれ。
あの地の王家は、こことは違う文化だ。
その点が少し心配ではあるが、
ビオラがどうしてもと言うものでな」
「お父様。ハロルド様はお優しい方ですから
私は何も心配しておりませんわ」
「そうだな・・・ハロルド王子はな・・・・。
だが、兄の・・・・」
「大丈夫です。一度お会いしましたが
ハロルド様の兄上様です。
お優しい方です。あまりお話しは出来ませんでしたが、
あの方が国防を担っているのですから・・・
色々なうわさが飛び交っているだけで」
「・・・・だといいがの。」
私は王様と王女様、お父様が話をしている間、
黙って話を聞いていた。
話は良く分からなかったけれど
ビオラ王女様、何処かに行っちゃうんだ・・・
そう思っていると
「アリィシアでしたね。
私がアードルベルグに行った時は仲良くして下さいね。」
「もっ・・・・勿論です。ビオラ殿下。
私、美味しいお菓子を用意してお待ちしてます」
「こら、アリィシア!」
「いいのよ・・・・ふふっ。ありがとう、アリィシア。
楽しみにしているわね」
もっと上手く気の利いた言葉を返す事が出来れば
良かったのだけれど、
突然、思いもよらずに自分の名前を呼ばれたものだから
お友達を招待するみたいに言ってしまって、
お父様も慌てていたけれど、ビオラ王女は優しく笑って
『嬉しいわ』と言ってくれた。
綺麗な人は、優しいんだなぁとポォっと呆けてみていたら
王妃様も王子様も私の顔をみてクスクスと笑っていた。
この舞踏会での一番の難関は、王族の方々へのご挨拶。
しかも、爵位の順に挨拶を行うから、
お父様と一緒にご挨拶をした私の順番は、2番目で。
私達のやり取りに、周りの目が一斉に注がれているのを
感じてはいたけれど、笑顔は崩さず、
笑顔の下で『早く終わってぇぇ』と叫びながら、
無事になんとかやり過ごせた。
挨拶が終わって・・・・
「今日の挨拶は上手に出来たぞ、アリィシア」
「はい、お父様。今日の為にお母さまの特訓を受けました。
アリィは頑張りましたよ」
お父様に頭を撫でて貰って、今日の任務は無事達成できたと、
私は大きく一息ついた。
さぁ・・・・これで、今日の私の仕事は終わったわ!
どれから食べようかな!ううん、どうせなら
全部味見してみよう!よし!行くわ!
・・・と鼻息あらく、物色していた所で
「アードルベルグ卿、ご挨拶させて頂けませんでしょうか」
思わぬところから伏兵が現れた。
せっかく食事にありつける!と思った矢先の登場に
私は内心、『えっ!!』と思ったけれど、
勿論、そんな事はおくびにも出せない。
お母様に、
『とにかく、誰かに挨拶を受けたら笑顔を崩さないこと!』
と厳しく言われていたから、
お父様と一緒にニコヤかに挨拶を受ける。
挨拶に来た、何とかっていう人・・・興味がないから
名前を憶えなかったけれど、その人には息子がいて
ニコニコと私の顔を見ている。
すると、
「アリィシア嬢、踊って頂けませんか?」
とスッと手を差し出してきた。
食事ぃぃ!と思っていた所に、ダンスの誘い!!
『嫌よ・・・私は、おなかが空いているの。
今日の食事を楽しみに、朝とお昼は少ししか
食べてないのに、お父様、断って!』
という私の願いは届かなかった。
「そうだね。アリィ、ダンスを」
「えっ!」
「娘は、今日の為にダンスを習ったばかりでして
ご迷惑をお掛けするかも知れませんが・・・」
「いえいえ、結構ですよ。うちのも急場しのぎですから。
お互い初心者同士で良いのではないですか?」
と、勝手に親同士の話は進み、
私はホールの真ん中へと手を取られてしまった。
「アリィシア嬢を初めて見ました。
貴女の様に、とても美しい方を見た事がありません」
「・・・・・ありがとう・・・ございます」
なんて名前の方だったっけ?
名前を憶えていないから、呼ぶ事は出来ないけれど、
この人は全く求めていないのに、
何故、こんな事を言うんだろう
と思いながら、足を踏まない様に気を付けながら踊る。
その後も、色々私の事を褒めてくれていたみたいだけど
お腹が空き過ぎて、それどころじゃなかった。
1曲が終り、お互いお辞儀をして
『はぁ・・・やっと終わったわ・・・やれやれ』と
2曲目の誘いをやんわりと断って、
終わったぞ!さぁ、次こそは・・・と思っていたら
「次は、僕と1曲・・・」
と、また知らない誰かに誘われて
ホールへと運ばれて行く。
一体、何が起こったの?何なのよ、これ・・・!!!
顔で笑って、心は混乱。
1曲終わると、次から次と知らない男の子達が寄ってきて
私をホールの中央に誘う。
『もう・・・ちょっと休ませて・・・』と、
どうやって断れば良いのかわからない私は
誘われるがまま、覚えたてのダンスで、
あっちにクルクル、こっちにクルクルで
最後の方は、本当にクタクタなって、
食事を楽しみにしていたのに
もう帰りたい、早く帰りたいと言う気持ちに
頭がいっぱいになった。
さらに、
「アリィシア嬢は、どなたか既にお相手が?」
とか
「今度!我が屋敷にいらっしゃいませんか?」
と意味の分からない声をかけられまくりで、
ほとほと気が滅入ってしまった。
普段、アードルベルグにいる時は
男の子達とは殆ど接した事がない。
男の人と言えば、家族と屋敷にいる人だけだ。
それが、外に出た途端・・・。
寄って来る男の子達の多さに、
私の張り付けた笑顔の口元がだんだん
ひくついて来るのがわかった。
そして、私はこの時初めて、
自分が『人見知り』するタイプなんだと気付かされた。
初めての相手は緊張するし出来れば目も合わせたくない。
柱の陰からジッとみて、
自分に攻撃してこない人かどうかを
確かめてから話をしたい・・・と思っているのに
目を合わせないのはマナー違反と言われ、
顔もどんなに苦しくて疲れても『にこやかに!』と
お母様から注意を受けていたから、子供ながらにも
必死に笑顔を作ったけれど
自分に投げかけられる言葉の意味が良く分からなくて
でも、何だか『ん?』と感じるものもあって・・・
とにかく逃げたかった。
でも、私がそう思っていても
実際に逃げる事は叶わなくて
助けを求めに、お父様に目を配ると
「うちの子、可愛いでしょ!アリィシアと言います。」
とか
「まるで花の妖精みたいでしょ?
私の娘達は、どの娘も妖精みたいなんです」
などと、至極御満悦に親バカモード全開で
娘の紹介をしつつ、私のダンスを見ている。
舞踏会がやっとお開きになった頃、
私はすっかり疲れ果てていた。
知らない人と何人も挨拶し、ダンスを踊り
色々な誘いを、どう断ればいいのかと気を回し
それに本来の目的の『食事』にはありつけなかった
事で、
『舞踏会は凄く大変な所』
と苦手意識がついてしまった。
帰りの馬車の中、私は爆睡して・・・。
次の日朝目覚めた時は
『もう社交界は行きたくない』
という気持ちになっていた。
4日かけてアードルベルグに着くと、
私は戻った早々、姉達の部屋に駆けつける。
「お姉さま達が言っていたのとは全然違ったよ!
食事なんか全然出来なかったし、
知らない人とずっと踊りっぱなしで面白くなかった!」
と抗議すると
「あらっ。そうね。うっかり忘れていたわ。」
「何をですか!?クリスベルお姉さま!?」
「アリィには、まだ婚約者がいなかったんだったわね」
うっかりしてたわ・・とクリスベルお姉様が言う。
「婚約者?婚約者ってドレイクお義兄様みたいな人のこと?」
「そうよ。ごめんね。アリィ。
アリィが今回行った舞踏会は
王室で開かれた宮廷舞踏会だけど
アリィの年齢と同じくらの子が沢山いたでしょ?」
「沢山いて、沢山踊りました。」
「そうよね・・・アリィの場合はそうなるわよね」
「どういう事ですか?」
「貴族社会は一般的には、同じ貴族階級の人と
結婚する人が多いのよ。
お兄様達みたいに爵位を継ぐ身だと、
殆ど貴族同士での結婚になるわね。
私達の様なアードルベルグの女たちは、
『貴族間でなければ婚姻はならない』という枠で
縛られてはいないけれど
特別な相手がいない場合は、
他の御令嬢と同じになっちゃうわけ。」
「・・・・・・?」
「私も最初の舞踏会に出た時は、
アリィと同じで沢山の貴族子息から
声を掛けられたのよね。本当に、うんざりしたわ。
お母様との約束だからお相手したけれど、
それがずっと続くのかと思ったら、
とてもじゃないけれど、その中から
自分の相手を探そうなんて思わなかった。
私はドレイクと婚約してから
声を掛けられる事がなくなったし
結婚も間近でしょ?
社交場へはドレイクにエスコートしてもらっているから
声を掛けられる事もなくなったし・・・
今は、自分の楽しみだけに費やしているけれど・・・・
アリィは、そういかなかったわね。」
ごめんなさいねとクリスベルお姉様。
「そうね・・・。私も同じだったわ。
私もデュークと婚約するまでが大変だったけど、
今は全然ないし
だから純粋に食事を楽しむだけに足を運んでいたのよ」
「えっ?なんでドレイク義兄様とデューク義兄様がいると、
声を掛けられないの?」
「だって、結婚相手は一人でしょ?
アードルベルグの女達の結婚相手は、
基本自分で見つけてくるし、相手を決めたら
殆ど婚約を解消しない事が知られているから、
相手が決まるまでは五月蠅いけれど、
決まってしまえば声を掛けられる事はなくなるわね」
「そうそう。でも、アリィはまだ相手がいないでしょ?
だから、今回の舞踏会は、
婚約相手がいない子息子女が集まっての顔合わせも
兼ねていたから、アリィにアピールして来たのよ。」
「なんで、婚約者っていうのがいないとアピールするの?」
「それは、アリィをお嫁さん候補にする為でしょ?」
「ええっ!!」
舞踏会って、食事会じゃなかったの?
話と違うじゃない・・・
そんな事、お姉様達言ってなかったよ。
私が驚いた顔をしていると
「アードルベルク家って、ほら、辺境ではあるけど
公爵家でしょ?お父様は王様と仲良しだし、
上位貴族だから縁を結びたい人が沢山いるのよ。
男の人であれば話をしたり、顔見知りになる事で
力を得ようとするけれど、
アリィみたいに、婚約者のいない女の子がいて
自分にその相手となりそうな子供がいたら
アードルベルクと仲良くなりたい人達にとったら、
最高よ。
縁を結ぶには、親戚になるのが一番いいでしょ?
結婚したり、養子縁組を結んだり・・・」
「・・・・・・・・。」
「今回、アリィに沢山声を掛けてきた人達は
みんなアリィと仲良しになりたいのね。」
「・・・でも、それって私と仲良しになりたいんじゃなくて
お父様やお兄様と仲良くなりたいからなんでしょ?」
「全部が全部そうとも言えないわよ。
アリィが可愛いから、一緒に遊びたいって子も
いただろうし。」
「・・・・・・・・・。」
「私もトリフェも、今は純粋にドレスを見たり
食事を楽しんだりしていたから、
アリィの立場で考えてみなかったわ。ごめんね」
「・・・・・・・・いいです。もう・・・」
私の初社交舞踏会は散々な上、
その裏の目的まで知って、ますます
積極的に参加したいとは思えなくなった。
その事があって以来、ダンスの練習はサボり気味になり
舞踏会の案内があっても、
具合が悪いだの、足が痛いだの
何だかんだ理由をつけて出来るだけ行かなかった。
勿論、全部を断る事が出来ないので、
年に1回だけ開かれる王室主催の宮廷舞踏会だけは
参加はしていたけれど
そこでも出来るだけ壁の花と化し、お兄様に
『私に、誰も近づけないで』とお願いをして
なんとかアピール合戦から逃れさせて貰っていたんだけど
お兄様達は
「いいけどね。でも誰か見つけた方が早いんじゃない?
クリスベル達みたいに・・・」
と言う。確かに、誰かと婚約を結べばいいのだろうけれど
私自身じゃなくて、アードルベルグと縁続きに
なりたいが為に寄ってくる人達に、
愛想を振りまく必要もないし、
結婚なんかしたくない・・と
私は真剣に思っているのだ。
家から出る事が少なくなり、
読書と刺繍の生活を送って過ごした私は、
13歳の時には踊れたダンスも、
今では微妙な感じになってしまい、踊っても、
人の足を踏む可能性が高くなったから無理です・・・
と何かしら言い訳をする様になった。
そんな私にお父様は『仕方がないな・・・』と
苦笑いしてくれたけれど、お母様は
『いつまでも逃げられないわよ』と
笑顔で怒っていた。
それも、今までは何とかやり過ごしてきたけど
今回『目指せ!戦う女。目指せ!魔法剣士』宣言をし
これからは体力つけるわっと公言をしてしまった以上
脚が痛くて・・・とか、体力が・・・という口実から
逃げられなくなった。
しかも、もう18歳。
次の社交会に参加したら、
それこそ結婚相手の一人や二人見つけて来い!
と言われそうだ。頭が痛いなぁ・・・・。
私が深いため息をつくと
髪を解かし終わったパティが
「まぁ、何にせよ、お嬢様自身が『剣士になる』と
決められた事ですから、
意にそぐわないものだったとしても
やるしかないのですよ。」
パティもお母様と一緒で、
見逃してはくれないみたいだ。
「さぁ、明日もありますからお休みください。」
パティはレースの天蓋カーテンを落としながら
睡眠を誘う。
「そうね・・・。気が乗らないけど」
明日からダンスのレッスンかぁ・・・
ただのダンスレッスンだったらまだしも、
3ヵ月後の社交舞踏会が目的・・・
というのが気が重い。
深々とため息をつきながら、
私の着ていた服を片付けるパティの後姿を見て
声をかけた。
「そういえばパティ・・・
パティってタガー使いだったのね」
「はい。お嬢様にお伝えしていませんでしたでしょうか?」
「・・・ええ。聞いた記憶はないわ」
「そうでしたか。・・・私はお嬢様付になる前は
アードルベルグの『ヴォルフ』に所属していました」
「『ヴォルフ』って・・・あの?」
「そうです。」
『ヴォルフ』・・・は、アードルベルグの
特殊工作部隊の名称。
隠密活動もするし、敵対勢力の内部深くに入って
・・・という部隊だ。
誰がその組織に属しているのかは
一般的には知られていない
けれど、その組織に身を置く者達の
能力は抜きんでて高い
というのを聞いた事がある。
この、ポワァとしている眼鏡っ娘のパトリシアが
特殊工作員?
信じられない・・。
「もっとも、部隊を抜けて大分経ちますので
全盛期の様には動けませんが、
お嬢様を守るぐらいは大丈夫だと思います。」
「・・・・・そうなの?」
「はい、奥様に訓練のお相手をして頂いておりますので
なんとか維持は出来ている筈です。」
パティはクローゼットにドレスをしまいながら答える。
「・・・・・・お母様って、鞭使いなんでしょ?」
「はい。奥様の鞭は、それはもう素晴らしいです。」
レースカーテンの向うで両手を胸の前で組んだパティが
大きく首を縦に振っているのが見える。
「・・・・・えっと、それってどういう」
「まず、百発百中です。しかも、繰り出しが速いです。
奥様はとても戦う女性には見えないので、
相手の油断を誘えますし・・・それに」
「それに?」
「その攻撃力は・・・・えげつない程です。」
えげつない・・・ってここで使う意味ってなんだろ。
えげつないって情け容赦ないっていう意味でも
使うよね、確か・・・。
「えっ・・・・えげつないって・・・」
「あっ、失礼しました。とても破壊力があるという事です。
狙った獲物は確実に仕留めます。さらに!その鞭さばきは
緩急と強弱の加減が素晴らしく、敵を落としたい時の
その効力は凄まじく・・・もう確実に相手を落とします。」
「落とすって・・・・・えっ?」
「『寝がえりをさせる事が出来る』という意味です。」
「・・・・・・・・・・それって」
「その姿は、まるで女王様の様ですわ。
その鞭さばきをみたい、
受けたいと思ってしまうのだそうです」
悦に入っていう言葉じゃないよ。
自分の母親が女王様って・・・・
いや、この世界では、日本の世界の『女王様』と
同じ意味で言っている訳じゃないだろうけど
やっている事は一緒だよね。
あのお母様が女王様って・・・・似合い過ぎて、怖すぎる。
「はっ・・・・ははは。そっ・・・そうなんだ」
「ええっ。私も奥様に手加減をして頂かないと、
奥様の鞭からは逃げられません。」
「・・・・・・・ああっ・・・そう・・・」
「ちなみに、クリスベルお嬢様の槍も素晴らしく
繰り出されるスクリューで相手の馬郡を貫き・・・」
「はい・・・・」
「トリフェお嬢様の火薬武器の威力も
固い岩盤を砕く程です。
でも、知っていらっしゃいますか?
トリフェお嬢様の一番の武器は火薬ではないんですよ。」
「そうなの?火薬武器だとおもっていたけれど・・・」
「それもありますが、一番は戦略です。
アリの水責めの様に、ジワジワと追い込んでいき、
敵が自ら網に掛って行く様に、トリフェお嬢様の
立てられた戦略通りの行動をしてしまうのです。
そして、最後はトリフェお嬢様の術中にはまり、
仕掛けた罠に一網打尽。
もう芸術的と言えるほどです。」
「・・・・・・はぁ・・・」
「私など、せいぜい、一度に5人程倒すぐらいですから」
「・・・へぇ・・・そうですか・・」
それでも、十分凄いけれど・・・
「勿論、旦那様やリィドルフ様方は一騎当千ですから。
あの方達が通った後は、草木も残りません。
戦場の旦那様とリィドルフ様の鬼にも勝る強さといったら
このアードルベルグの、まさに生きる戦の神々です」
パティ・・・恍惚の表情で、演技じみた行動での説明
ちょっと怖いんですけど・・・。
私はその話を聞きながら、口の端がヒクヒクするのが
止められないでいる。
私の家族達は、凄い人達なんですね。
色んな意味で・・・・。
「そっ・・・それにしても、私、全然知らなかった」
「・・・そうですね。アリィお嬢様はご自身から敢えて
知ろうとしていない様でした。
読書や刺繍は、お屋敷の中で出来るものでしたから
周りで何をしていても、部屋の中にまで話は届かなかった
でしょうし、
皆様方も、あえて話をする必要を感じては
いらっしゃらなかった様です。」
「あっ・・・うん。さっき、リィドルフお兄様が私を
他の領地のお嬢様と同じに・・・って
言ってたのが理由でしょ?」
「そうですね。戦闘訓練に関する拒否反応が
酷かったので・・・。
お嬢様が『戦う女』宣言をなさりましたが、
もしこのままずっと『戦わない女』でも良い様に、
旦那様が手配されていますし、
屋敷の者は皆、知っていますし」
「そうなんだ・・・・」
「ですが、今日、お嬢様の言葉で屋敷の者も
お手伝いが出来ると喜んでおります。
決して無理はなさらないで下さい。
このパティも、お嬢様のお気持ちが叶う様に
一生懸命お手伝いさせて頂きます。」
「・・・・うん。ありがとう・・・
ホドホドに、お願い。」
大丈夫です。人並みの訓練しかしませんから・・・と
パティは言うけど、
パティは元『ヴォルフ』所属の特殊工作員。
いくらヤメタからと言っても、
普通である筈ないよね・・・。
という言葉は、
取りあえず今は飲み込んでおこう・・・。
「ですが、まずはダンスの練習からです。
それに、今回の舞踏会については
奥様も以前から考えておられた様でした。
お嬢様のお話のついでの様におっしゃっていましたが、
お嬢様も結婚の適齢期を迎えていますので、
お相手の方を探してもらいたいと
真剣に思っているのではないでしょうか?」
「・・・・う~ん。その事については、
凄く抵抗あるけどねぇ。
私、あのギラギラした感じが好きじゃないのよ。」
「そうですね。特にお嬢様は
『最高物件』ですから・・・」
最高物件って言い方は、もの凄く生々しい・・・。
「なーに、その言い方。モノの様で嫌だわ」
「ええっ、そうですね。でも、多くの貴族の婚姻は
家同士の縁を深めたり繋げたりするものが殆どです。
ここアードルベルグが変わっているのです。」
「初代のアードルベルグ領主と夫人が原因でしょ?」
アードルベルク領の初代領主夫妻・・・
壁に飾られた肖像画でしか見た事がないけれど
我が家の始まりを作った人たちだ。
「そうです。初代のアードルベルグ領主夫人は
御存じの通り、当時の国王陛下の妹君でした。
このアードルベルグは、その妹君と、
当時の王都騎士団団長様との恋の結果、
生まれた領です。
妹君には当時、婚約者がいらっしゃいましたが
妹君を諦めきれないと、騎士団長様が
国王陛下に申し上げ、騎士団長様は自分に不利な状況
・・・つまり妹君の婚約者の方が
有利になる条件をつけた決闘を、
妹君様の婚約者の方に申し立てられ、
死闘の末、勝利をもぎ取って
晴れて妹君を娶る事を許されたのです。
その時、国王陛下よりこのアードルベルグを
拝領して以来、このアードルベルグのお嬢様達は、
恋愛結婚が認められる様になりました。
クリスベルお嬢様の場合も、
トリフェお嬢様の場合も
数多ある求婚者を打ち倒して、
ドレイク様とデューク様は、
お嬢様方の婚約者の立場を手に入れられたのです。」
「・・・・・・うん、知ってる。」
クリスベルお姉様も、トリフェお姉様も
ドレイク義兄様とデューク義兄様が勝つ事を
信じていたけれど
実際、決闘の日はとても心配していた事を思い出す。
もっとも、その程度で負ける様なら
お姉さま方を守ることが出来ないのだから、
勝つ事は絶対条件だけれど・・・。
でも、信じてはいるけれど心配なのよ
・・・という言葉をお姉様達が言っていたのをみて、
どういう心境なのかな?
私にはよくわからないわ・・と思っていた事を思い出した。
「今、アリィお嬢様には婚約者も
いらっしゃいませんし、
いくつものお見合いの話も
全てお断りになってしまった結果
求婚者もいらっしゃいません。
そもそも、お嬢様自身が恋愛をされる様な場所にも
全然興味がないとおっしゃって交流ない。」
「・・・・・その気に、全然なれなかったから・・・」
「ですから、奥様は危機感を持たれたのですよ。」
「危機感って・・・・なんの?」
「お嬢様に、その気が起きないのではという事をです。」
「・・・・・・・・。」
「恋愛でも、お見合いでもいいのですよ。
でも、無理に結婚をさせて
不幸にはさせたくないと思っていらっしゃるのです。
お見合いをするにしても、多少なりと顔見知りが良いと
お思いなのです。
貴族の子女は、大抵16歳ぐらいには婚約者を決められます。
アードルベルグは恋愛も可能なので、
もう少し遅くに婚約されている方もいらっしゃいますが、
婚約に至らなくても婚約する様な方とは、
大抵出会っていらっしゃいます。
でも、アリィお嬢様にはいらっしゃらない。
ですから、奥様は強硬手段に出られたのです。」
あ~、そうなんだ・・・。
パティの話を聞きながら、お母様の気持ちを知って、
心配させているんだなぁ・・・とちょっとだけ反省した。
反省はしたけれど、
そんなに簡単に婚約者が出来る筈ないよと
心の中で思ったりもした。
日本にいた私は未婚だった。
ぼやけた記憶にも、結婚相手はいなかった気がする。
恋人も・・・多分いなかったと思う。
それでもいいかと思っていた。無理に作るよりは
そのうち、何とかなるでしょってって
かなり気楽に考えていた。
今の私も、そう思っている。
そもそも、16歳で結婚とかって早いよねぇ。
まぁ、この世界では珍しくないし、
18歳の私が相手の片鱗も見えない方が珍しい
という事は分かっている。
分かっているけど・・・
こればっかりはしょうがない。でも・・・
「そっか・・・・お母様、心配してるんだね」
「はい・・・・旦那様もです。」
「・・・・全然、まったく、気が乗らないけど
やっぱり、逃げられない・・・よね。」
「そうですね。逃げられませんね」
「今回で・・・・見つかるかは分からないよ」
「それは、そうですけれど、
行動してみなければ現状維持のままですから」
「期待されているみたいだけど、無理はしないよ」
「無理には求めていらっしゃいませんよ」
「そうだよね・・・・・うん・・・でも・・」
私は気が重かったけれど、やっぱり仕方がないと
頭の何処かで思った。
「・・・目的は違うけど、ダンス、やってみるわ」
「そうですね。覚えていて、損はありませんから」
パティはそう言って、ニコリと笑った。
※ ※ ※
パティが部屋から出て行った後、
私はベッドの上で枕に凭れ掛かったまま考えていた。
「明日から、ダンスか・・・。
お母様の気持ちは分かったけど・・
ほんと、気乗りしない。
ダンスは良いけど、目的がだよね」
アニメのアリィの様な婚約者ヴァロンはいない。
婚約者を決めないといけない・・というな現実が
突然、目の前に突き付けられた。
アニメのアリィシアとして生きてみたいと思った。
記憶がゴチャゴチャしているし
本当の事を言えば、今までの私ではない自分に
動揺しているのを、『魔法剣士アリィシアになる』
という目標で、不安を打ち消してみようと試みている。
それなのに、アリィシア・フォン・アードルベルグとしての
問題が持ち上がってきて、急に意気込みが
失われていく気がした。
「私は何の為に魔法剣士になろうと思ったのかな・・・。
アリィと同じ顔だったから・・・なんだけどさ。
でも・・・・なっても、アニメの様な人生は歩めない。
アリィはヴァロンを守るために戦っていたけど、
私には・・・その相手もいないし。
お見合いとかって、本当に全然気が乗らないし、
相手を見つけるとかって・・・あ~、何か憂鬱になる」
そこまで考えて、ネガティブな気持ちになる。
顔形が一緒だから、アニメのアリィシアになろうと
決めたのになぁ・・・。
意味があるのかな・・・という気持ちだ。
アニメと現実は違うのは分かっているけれど・・・
「ヴァロン・・・もいるのかな?」
ぽつりと口に出してみる。
私の周りにはいない・・・今は。
アリィシア顔の私がいるのだから、
もしかしたらヴァロン顔の誰かがいるのかも知れない。
でも、その人とはどう出会う?
出会ったからと言って、アニメとは違うでしょ?
別人格だよ・・・。
出会ったからといって、
アニメと同じ展開には進まないし進む筈もない。
でも、もし出会ったら、どうなるかな?
好きになったりするかな?
・・・あっ、でも、私の好きって、
アニメのヴァロンが好きだった事が所以でって事は
その人が好きっていうより、
ヴァロンに似ているから好きってだけだよね。
って事は、二次元好きってだけの話じゃ・・・・。
そんな風にグルグル考えていると、
訳が分からなくなる。
・・・・だから、考えるのをやめた。
そう、ヤメタのだ。
「・・・・考えるのはやめよう。
ダンスと社交界と舞踏会からは逃げられないし
参加するしかないけど・・・
婚約相手は・・・まぁ、見つかればいいし、
見つからなかったら、見つからないでいいや。
うん。深く考えたところで、今、意味ないよ。
考えた通りに、なる訳ないしね。
無駄に悩むのはヤメよっ・・・」
うんうんと自分で自分を納得させ、
早々に悩む事を切り上げた。
「そうだ、そんな事を悩むよりも、
試してみようと思ったこと、今、やってみようかな」
頭を切り替えて、思っていた事を実践する事にしてみる。
それは、『魔法』を使う事だ。
アリィシアは『魔法剣士』だから、
レイピア使いとしての訓練を始めるのと同時に
魔法使いとしての訓練を始めようと思っていた。
でも・・・
「えっ・・・・と。魔法ってどうやればいいんだろう。
日本に、魔法はなかったし。
ここでの生活で魔法を使った・・・
という記憶はないけど魔法は、あるしね。
それに、アリィと私、顔・・・同じだし・・・
魔法・・・使えるかも・・・・」
アニメのアリィは、魔法を使えた。
私は、ここでの生活も
日本での生活も魔法を使った記憶はない。
日本では魔法が使えるっていうと
空想癖の人と思われるけれど
この世界には『魔法の書』
という本も発行されているし
私も使っていなかっただけで、本当は
使えるかも知れない。
屋敷の人は、誰一人として魔法を使っている姿を
見た事がないけれど、家族それぞれが武器使いだって事も
知らなかったくらいだから、
どこかで使っているのかもしれない。
それに、アニメのアリィは、
めちゃくちゃ強い魔法を使っていたから
可能性はある・・・はず。
「えっと・・・アリィは翼生えてて、
天空の城に棲んでたから風属性の魔法が使えたけど。
でも、龍族だから、水も使えたんだよね」
アニメと同じとは限らないけれど、
私も、もしかしたら使えるかもしれない・・・。
「だから、ちょっとやってみようかな」
私はスッと右手を前に出して、
アニメのアリィのセリフを口にしてみる。
「我に宿りし蒼穹の王
血の盟約に従い我、汝に乞う。
光の礫に緑の衣を纏わせよ
蒼き息吹となりて我が前に姿をしめせ!」
しーん・・・・
・・・・・恥ずかしい・・・・
何も起こらないよ・・・。
顔が熱いわ・・・・。
今の私って、中二病ってやつじゃないのっ!
前に突き出した右手の拳を握りしめながら、
へへっと照れ笑いをする私。
アニメのアリィのセリフを呟いてみたけれど、
何も起きない。
・・・・誰もいなくて良かったと、心底思った。
パティに見られていたら、本当、赤っ恥だよ。
フゥと息を吐いてから、私はう~んと考えてみる。
さっきも思ったけれど、この世界は魔法はある。
私は実際に見た事がないけれど
『魔法の書』は何冊も発行されているからある筈だ。
もっとも、殆どの魔法の書には、
魔法を使う為の媒介が必要だって
書いてあったけれど、
直接魔力を生み出して使う事が出来る人も
いるみたいな事も書いてあったから、
私のやり方が間違っていたに違いない。
うん、そうだよ。
出来ないって諦めるのは、まだ早いよ。
そこで、魔法の書に書いてあった内容を
頭の中で反芻してみた。
「え~っと、確か『魔法の書』には、
まず、意識を自分の内側に向けて、
自分の中の光の湖を作り出し、
その湖の上で光の玉を作りだす。
その光の玉に自分の魔力が溜まって行くのを
イメージさせる事が大事だって書いてあった・・・
気がする。
口だけの魔法の詠唱では、力は生み出せない。
まず、魔法を作り出す為の力の源を
自分の中に生み出すの大事・・って。
あ~、そう考えると、
さっきは全然、考えてなかったな」
イメージも何も考えないで、
ただ、アニメのセリフを言ってみた私だったけど
魔力の源をつくらなきゃ駄目だったという事を、
なんとなく思い出した。
本の内容はうろ覚えだけど、確かそうだった。
「よし、今度はイメージしてやってみよう」
私はまず、自分の目を閉じてイメージする。
まず、自分の中に湖を作ってみる。
イメージの中で、湖面が見える。
静かな空間。そこに光の玉を作ってみる。
眉間がサワサワするし、胸の中がギュゥっと何かに
捕まれる様な感覚がする。
湖面の水面に浮かんでいる光の玉を、
イメージの中で徐々に大きくしていく。
サワサワと風が吹いてくるのをイメージする。
その風が光の玉に集まって行くのをイメージする。
光の玉の周りを風が纏う。
湖面は波紋を広げながら、光の玉を映し出している。
「あっ・・・・」
頭の中でイメージしていると、
イメージの中の光の玉が徐々に変化を始める。
何かが生まれるイメージ。
光の玉の中にジッと意識を向けていくと、
玉の中に扉が見えてきた。
白い・・・扉。
イメージは面白い。
何もないのに、現実に『そこ』にある様に
見えるだから・・・。
胸の鼓動がどきどきしながら、
眉間がジワジワとする。
もっと深く・・・もっと・・・もっと・・・・
初めてするのに、何だか知っている感覚・・・
というのも変な話だけれど、
私はその扉の向こう側に行きたくて
仕方がなかった。
扉の形が少しづつ、はっきりとしてくる。
ドアノブが見えた。
私はドアノブに手を掛けて開くイメージを重ねる。
右手のひらが何だか熱い。
でも、このまま開けたい・・・開けなくては・・・
という気持ちが抑えきれない・・・。
私はそのまま、ノブをゆっくりと回して
ドアを開いてみる。
突然、ドアの中がパァッと光が輝いたかと思うと
パチン
と頭の中が鳴った気がして、私はビックリして
目を開いてしまった。
「あ~・・・目、開いちゃった・・・」
初めてやったのに、何だかうまく出来そうだった。
光の玉も湖面も本に書いてあった通りだった。
本に書いてない、扉が出てきたけれど、
イメージでは、その扉を開ける事も出来た。
そうしたら・・・・光が弾けて・・・・
「・・・・・・・・もしかして、だったりする?」
失敗かも知れないけれど、
ちょっと試してみたい気がした。
本に書かれた通りやってみた。
もしかしたら、出来る様になってるかも知れない。
そんな都合よく、なる筈もないけれど
と、自分でフォローを入れながらも
もう一度、さっきのセリフを呟いてみる。
「我に宿りし蒼穹の王
血の盟約に従い我、汝に乞う。
光の礫に緑の衣を纏わせよ
蒼き息吹となりて我が前に姿をしめせ!」
シーン・・・。
・・・・そ・・・そうだよね、
そんな都合よくいかないよね。
右手を突き出して唱えた呪文・・・
やっぱり何も起きない。
ちょっと残念。いや、かなり残念に思いながら
ゆっくりと手を戻して
「魔法・・・やっぱり、ない・・・かな」
と呟くと
『魔法がないんじゃなくて、今は魔法が使えないの!』
という声が耳に入った。
「えっ?・・・なに、空耳??」
私しかいないのに、何いまの・・・
えっ!もしかして、お化け?お化けだったりするの??
急に、冷やぁっと顔が冷たくなる。
『お化け?そんなものと一緒にして欲しくないんだけど?』
やっぱり聞こえる!
顔を右に左に向けるけど、誰もいない!
めちゃめちゃ怖いんですけど!!!
ひゅぅぅと息を飲み込む。
怖い時って、声が出ないよ・・・
パティ・・パティ!呼ばなきゃ!
『いやいや、ちょっと待ってよ。こっちだよ、
こっち!下を見て!』
声がかかる。下を見ろだと?
下っていうと、布団を掛けているけど
私の膝の上って事だよね。膝の上?何かいる訳?
怖い・・・どうしよう、見た方がいいの?
でも、でも・・・誰もいないし・・・
『いいから!早く、下を見てよ、アリィシア!!!』
私の名前を呼ぶ声が聞こえた私は、声のまま下を見ると、
「※%&\!!!!!」
『叫ばないでね。今、声封じちゃったけど。
怖くないよ!』
膝の上に、ちょこんと手のひらサイズの黒わんこがいた!
黒わんこ?
こんな小さなわんこいるの??
いや、いないでしょっていうか、何処から来たのよ!!!
私が自分の中でパニクっていると
『あ~、やっと出してくれたね。もう、待たせ過ぎだよ!
今回も、逢わずに終わっちゃうのかと思ったけど、
良かった』
黒わんこが、二本脚でヒョイっと立って
『おう!オレはグランツだよ!アリィ、久しぶり!』
右手をヒョイっと上げて、挨拶をしてきて・・・
私は小さな黒ワンコを驚きすぎて
ジィィっと見つめるしか出来なかった。
アリィの女家族が、ちょっと変態チックになっちゃいました・・・。
予定になかったのになぁ・・・。