私、悪のヒロイン目指します!
やっと出来ました。時間かかったなぁ・・・。
改行を訂正しました。
「うぅぅ・・・イタッ・・・」
なんだろう、この鈍い痛みは。
頭の奥底で鈍痛とも言えないズキーンズキーンとした痛みに
私は眉頭を歪めた。
「えっと・・・そうだった。
確か、階段から落ちたんだっけ・・・」
痛みの原因を探ってみて、すぐに行きついた。
理由が、あまりにも情けなさすぎる。
電車の中でアニメを見て泣いて、
泣き過ぎで目がくらんで階段から足を踏み外すなんて・・・
全く笑えないよなぁ。
確かに、今までも踵の高い靴を履いて駅の階段を踏み外して
ダイブする事はたまにあったけれど、頭をしこたま打つまで
転げ落ちるなんてした事がない。
40歳近くにもなって、ほんとに
「みっともない・・・」
つい口にしてしまった。
そして、その後の自分の姿を想像してみた。
スーツ姿の女が階段から転げ落ちて、スカートが
めくれてなんて、怪我が治っても、
暫くあの路線は使いたくないよなぁ・・・
覚えている人がいるかも知れないから。
いや、階段から落ちて意識まで失ってるって、
きっと救急車も呼ばれたり、結構な大事になっている筈。
いやいやいや・・・ほんと、マジ勘弁してっ。
痛む頭、痛む身体で
『いやぁぁぁ』
とベッドの上で転げ回れないけれど
本当に、本当に馬鹿じゃないのっ!
っと突っ込みながら、そろそろと閉じていた目を
ゆっくりと開く。
閉じた瞳を開けてみれば、光がまぶしくて目が眩む。
白けた風景にピントが合わない。
でも徐々に視点が合い始めると、ボンヤリといつも
見慣れている格子柄の天井を瞳が映し出す・・・筈
だったのに
「んっ?・・・・あれ?」
目に映ったのは天井ではない何かで、
普段とは違う景色に頭が即座に反応しない。
身体は相変わらず痛くて動かせないから、
今度は顔だけをゆっくりと右に傾けた。
「えっと、どこ・・・ここ?」
目に映るのは、赤い布の壁。
布の壁というと正しい表現ではないけれど、
私の目には、最初、壁の様に垂れ下がって見えた布が、
学校の体育館の緞帳にみえてしまった。
・・・まぁ、あそこまで重々しい感じではないけれど。
目線を動かせば、頭の上は見えないけれどベッドの
左右足元と、それぞれ一組二枚ずつの布が
ベッドの周りを囲っていて、柱にそれぞれ金の房で
纏められている。
この赤い布、ビロードの様な光り方。
それに良く見ると赤い布に金糸の花が咲いていた。
「おしゃれだけど・・・高そう・・・」
幕が上がった様に布が縛られているから、周りからバッチリ
私の寝姿が見える様になっているかと言えば、
そうではない。
赤い布の内側には薄いレースがベッドを囲っていて、
それが外界との視線をちょっと遮っていた。
そう、二重カーテン仕様の天蓋付きのベッドだ。
天蓋付きベッドっていうと、お姫様ベッドを思い
浮かべられるけど、こうしてみるとお姫様ベッドの
象徴ともいえるこのレースのカーテンって、
ハッキリ言って蚊帳だよね。
緞帳カーテンだと、風が入らなくて冬場はいいだろうけれど
夏場は熱すぎる。だけどカーテンを閉めておかないと、
虫が飛ぶ。
だから、薄い風が通るレース状のカーテンでベッドを
囲う事で、虫対策、換気対策をとってんだろうな・・・
考えているなぁと変に感心してしまった。
私の部屋は、純和風。畳に障子の部屋だから、
今の状況とは大きく事なる筈だったのに、
レースの天蓋つきベッドの上にいるっていう姿を
大きな蚊帳の中にいると想像した途端に急に和風の部屋に
なっちゃうのって乙女チックじゃないわね。
生活感滲みでちゃう発想になるのって、しょうがない。
所詮アラフォー思考だしね。
しかし、この部屋ってよくよく見てみると
アニメとかで見るお姫様の部屋みたいだった。
「カーテンって、結構高いのよねぇ」
残念ながら触る程近寄って確認する事が出来ない。
何故なら、このベッド・・・かなり大きいし。
身体が痛くて思う様に動かせないから、
ベッドを這ってまで見に行く気にもならないし。
それに、私が寝ているベッドの大きさは、
私が5人、横になって寝ても大丈夫そうな程の大きさに見える。
勿論、寝ている私目線でしか部屋の大きさを図る事が
出来ないから、多分でしかなけれど、普通の一般家庭には
置けない大きさだ。
もし、このサイズのベッドを私の部屋に置いたら
足の置き場もない。
もしくはベッドすら部屋の中に置ききれないぐらいの
大きさよ。
それなのに部屋の真ん中に置かれているらしいベッドは
この部屋自体が大きいから、その対比で小さく感じてしまう。
まるでシングルベッドみたいに感じるくらい。
それに目が光になれてきて、ぼんやりだけど周りが見え
始めたので、目を凝らしてよく部屋の中を観察してみると
部屋に置かれている調度品は品が良くて質の良いものばかり。
高級家具店にでもいかなければお目に係れない程の
凝った細工物が多いし、家具の木材はマホガニーっぽい。
・・・と言っても、私にとっては高級家具は
『マホガニー』っていう言葉しか知らないから、
本当は違う素材のかも知れないけれど
重厚感のあるどっしりとした家具は、数万円で買いそろえた
私の部屋の家具とは、まるで違った。
それに、壁の柄もはっきりとは分からないけれど、
安ものの壁紙ではないわ。
よくある内装カタログでみる値の張るページ部分に
載っている壁紙の様だと思った。
もしかしたら、それより高いかも。
まぁ、何でもモノの価値で見るのは良くないけれど、
OL生活も20年近くなってくれば、どうしたってねぇ・・。
本当、この部屋って凄い贅沢な部屋ね。
部屋に油絵具の絵画とかって・・・いかにも過ぎる。
それにしても、この絵の女の子誰だろう・・・
見た事ある気がするけど、でも絵画を飾るなら私は断然、
人より風景の方がいいのになぁ。
そんな風にボンヤリ眼に、ぼんやりと部屋探索を
堪能していた私だったけれど、そのボンヤリが徐々に
覚醒してくると、
『はっ!』とある事に気が付いて感動ではなく狼狽に
身体に震えが走った。
「まっ・・・・まさか、私が運ばれた病室って
特別室だったりして?」
はっ、はははっと乾いた笑いの後にごくりと唾を飲む。
変な汗が出てくるのも仕方ない。
だって、もし私の予想があたっていたら。
そう考えると身体の痛いのとか頭が痛いのとか、
そういうあらゆる痛みよりも、ある事実の方に気が回って、
一時的に痛みが飛んでいった感じがした。
そう、私は気づいてしまった。
もし、ここが特別室であるならば私にはとんでもない請求が
来るんじゃないかって事を!
一般的な病室なら、私も泊まった事がある。
白い壁、白いベッド、自分の周りだけパーソナルスペースを
確保できるカーテン。
調度品も、お値段以上な簡素なものしか置いていない。
それに、ベッドサイドに置いてあるものと言えば、
プリペイト式のテレビぐらいよ。
それが、私の目に映るものは、高級家具に絵画。
さらに、ベッドサイドに置かれた家具の上に置いてあるのは、
色ガラスで綺麗な細工がしてあるランプと、
TVでよく貴族の人が執事を呼ぶときに
使う様な呼び鈴ぽいもの。
女の子の形をした陶器で作られたものだけど、
普通の家にはないよ。
「痛いとか言ってる場合じゃないんじゃない・・・!
いっ・・・いっ幾らだろぅ、1泊?」
考えれば考える程、痛みとは違う震えに顔がサーッと
冷たくなってくる。
「び・・・びょ・・病室に見えないけど、ここ病室よね。」
よく見なきゃ・・・
私は身体が痛むからガバッと起き上がる事が出来ないけれど
それでもソロソロとゆっくりと、はぁはぁと荒い息をつき
ながら身体を起こし、肩幅以上の大きな羽枕に身体を預けて
上半身を起こして息をつくと、首をクリンと左右に回す。
『どうみても、病室に見えないよね。ここ。
それより、私、どのくらい眠ってたんだろう。
保険・・・保険利く部屋なの?
え~っと、この間アニメのDVDBOX買っちゃったし
給料前だからお財布の中には1万円しか入ってないよ。
退院する時に精算しろって言われて、もし払えなかったら
どうすればいいの・・・?
っていうか、何で私はこんな高級な部屋に
通されちゃってる訳?
普通の病棟で良かったのに・・・鉄道の人、困るよ~。
いや・・・えっと・・・えっと、落ち着いて。
私、ちょっと落ち着こう・・・。』
グルグル考えて、自然と荒い呼吸で胸を動かし始めていた
私はふーっと大きく息を吐くと、
もう一度改めて部屋の中を見回してみた。
部屋の中は、明らかに病室・・・とは違っていた。
まず、薬品臭くないし病室独特の匂いはしない。
床も塩化ビニールじゃない。
内線電話もないし、ナースコールもない。
高級ホテルの様に見えるけれど、数日間だけお泊りする
ホテル・・・という感じでもない。
日頃から使い込まれている部屋の雰囲気が漂っている。
私は仕事で1年のうち、かなりの日数をホテルで過ごすから
その場限りの仮宿の雰囲気は慣れている分、すぐ分かる。
でも、この部屋はそういう仮宿っぽさは全く感じなかった。
日常生活を営んでいる、もの凄く高級な部屋。
そう感じた。
「・・・・・えっと・・・私はどうしたんだっけ・・・」
取りあえず、記憶を辿ろう・・・。
私は枕に身体を預けたまま目を閉じて
頭の中で自分の覚えている限りの自分に起きた出来事を
反芻してみた。
「・・・・・えっと、確か、『魔法少女セレス』をスマホで
見てて、激押しキャラのアリィが死んじゃって、
泣き過ぎでフラフラして階段から落ちたんだっけ?」
頭の中で駅のホームでの出来事を思い出すと、
その記憶に被る様に別の出来事が脳裏に浮かんできた。
「いえ・・・ちょっと待って。
確か私はお母様からお借りした本を持ったまま階段を
降りようとしてバランスを崩して、足を踏み外して・・
って・・・えっ?あれっ??」
この頭の傷みの原因は、思いあたるところがある。
あるけど・・・・その理由が二つもあって、
自分の中で消化しきれない。頭の中がゴチャゴチャする。
「えっと・・・ここは・・・何処?日本でしょ?
・・・えっ、違う・・・ここはフィリアリブン王国の
私の部屋?
さっきまで、病室って・・・・
あ~、もう、一体、何なのよ!気持ち悪い・・・」
頭の中に二つの映像が沸く。
どちらかが夢でどちらかが現実?
でも、どちらも現実みたいだし、どちらも
夢の様な気がする。
自分の身の所在がハッキリできなくて、何だか気持ち悪い。
ただでさえ頭が痛くて気分が悪いのに、その上、思考まで
混乱してる。
あ~・・・・もう・・・気持ち悪い・・・ガァっ・・・
唸り声とも言えない声が口から洩れる。
その後、大きなため息が出て、私はガックリと肩を落とした。
自分の事なのに、自分の記憶が信じられないって、
こんなに気持ちが悪い事なんだ。モヤモヤする・・・
右手を顎に添えて、う~んと呟く。
でも、考えても思考をまとめる打開策は、
今のところ思いつかない。もう、こうなったら・・・・
「寝るしかない。そうよ、まだ混乱してるだけよ。
寝て目が覚めた時はきっと頭がすっきりしてるはず。
そう・・・今は、頭の中が夢と現実がゴチャゴチャ
しているし、このゴージャス感って普通じゃないし
・・・・。きっと、空想の世界にいるに違いないわ・・
そう・・・そうに決まってる。」
現実を見ない事にして、自己完結した。
考えたところで打開できない状況ならば、
もう一度寝て起きるという行動を繰り返してみよう。
そうしてみれば、きっと何か分かるはず。
うん・・・・そうしよう。
そうとなれば、この夢の中のフカフカベッドにもう一度
潜り込んで、気持ち悪いのがスッキリ取れるまで
寝てやろう!
そして目が覚めたら、もう一度考えよう。
私は痛む身体をノロノロと布団の中に戻しながら
掛け布団?の間に潜り込ませようとした時
壁際にもの凄くゴージャスな細工の施された鏡があり
そこに、布団に潜り込もうとしている私を
映し出しているのが目に入り、その鏡が映し出した姿を見て、
私の瞳はカッと見開かれた。
「え~っ!なっ・・・なんでここにアリィが・・・・。
いや・・・ちょっ・・・ちょっとまって・・・」
鏡に映るアリィを見ながら、私は右手を上げてみる。
鏡の中のアリィも右手をあげた。
まさか・・・まさかまさかまさか・・・
頭の中のグルグルが、もっとグルグルし始める。
「・・・うぅぅ・・痛い・・・」
私が身体を抱きしめると、鏡のアリィも身体を抱きしめた。
「嘘でしょ!!!私?私がアリィに??そんな馬鹿なっ!!」
「お嬢様・・・どうなさいましたか!」
私の叫び声をあげると間髪を置かず部屋の扉がバタンと
勢いよく開らかれて、慌てた女性の声が
私の耳に入ってきたけれど、私はあまりの出来事に
寝るんじゃなくて意識を手放して
白目をむいて、ポスンとベッドに倒れ込んだ。
その時、またしてもベッドヘッドに頭を打ち付けて・・・。
※ ※ ※ ※
「お嬢様・・・・ご無理はなさならいで・・・」
「だっ・・・大丈夫よ、パティ。ありがとう・・・・」
水で濡らした布で、パトリシアは私の顔の汗を拭う。
私の頭には、氷嚢ならぬ水簔が置かれていた。
「びっくりしました。突然、大きな声を出された上に、
またベッドに頭をぶつけられたなんて、あまりぶつけると
頭が変になっちゃいますよ」
私の顔を拭きながら、眼鏡がトレードマークの
私の侍女パトリシア、通称『パティ』が心配そうな瞳で
私を見つめた。
私は彼女の瞳に映る口の端をヒクヒクと引くつかせた
笑みを浮かべる『アリィシア』の姿を見ていた。
・・・そう、パティの瞳に映った私の姿は、
私の記憶の中にある「魔法少女セレス」で
激押ししていたキャラクター、「アリィシア」その人。
顎のラインで切り揃えられたブルネットの髪。
後ろ髪の部分は腰まで伸ばされ、今は後ろの部分
は三つ編みで首から胸の部分へと垂下げられているけれど。
アニメのキャラクターのアリィよりは、ちょっと
若い感じがする。
でも、アニメで見たキャラが、そのまま抜き出てきたかの様
なビジュアルが見れて嬉しい反面、
現実世界で現すとこういう顔になるのか・・・。
でも、あんまり雰囲気が変わらないって、アニメが凄いのか、
このアニメ顔が凄いのか・・・と、
ちょっと驚いてしまった。
でも、自分の顔が『アリィ』になっているなんて、
どんな夢の世界にいるなのか今でも信じられない。
私は最近、よくライトノベルを読んでいた。
いや、よく読んでいたといのも事実かどうかは分からない
けれど、記憶の中に色々な転生もの転移ものの物語がある。
ザッとだけどね。
しかし、現実にその世界に来ると何だか妙に変な気持ちだ。
私の姿形がアリィシアと同じとなると、私の場合は
異世界転移ではなく、異世界転生という事になる
・・・のよね。
転移だったら、私の以前の姿の片鱗が、何処かしら
残っている筈だし。
と思ったところで、ハタと気が付いた。
『あれ・・・・?私の前の姿って、どんな姿だったっけ?』
・・・・電車で転げ落ちた、アニメを見て。
これは思い出せるのに、私自身の姿が思い出せない。
う~ん、う~んと眉間に皺をよせながら記憶を辿っても
「私」の元の形が分からない。
『えっ?・・・・っていう事は、以前の私も
この姿だったって事?ありえる?』
日本でなら・・・・確かに、ブルネットの髪の色って
黒っぽいから 違和感なく溶け込める。
瞳の色は・・・じっくり見てないけれど
多分、アリィと同じなら菫色だろう・・・
緑とか青とか、そういう色ならハッと思われるだろう
けれど、菫色って、まぁ、確かに珍しい色だとは
思うけれど、光加減では黒っぽく見えなくもないし
日本人としていたっておかしくないかな
そもそも、私って、本当に日本にいたのかな?
家族はって、あれ?お父さんとお母さんの事・・・・
全然思い出せないんですけど?!
ワナワナと身体が震えた。
『・・・って事は?私の場合は転移?転生??
それすらも分からないって事になるよね?
じゃぁ、私の日本にいたっぽい記憶ってなに?』
自分の状況に、ますますため息をつきたくなった。
「大丈夫ですか?お嬢様。お体、痛みますか?
もうすぐ、お医者様がいらっしゃいますから
ゆっくりお休みになっていてください」
私の震えた身体とため息の大きさに、
パティがますます心配そうに顔を覗き込む。
「あ~、うん。大丈夫・・・多分・・・ね」
大丈夫じゃないけど、
自分の事の様に顔を顰めるパティを見て
これ以上心配かけるのも悪いかな?と思った私は
『大丈夫よ』と右手をヒラヒラと振って答えた。
「でも、本当に・・・本当に心配致しました。
このまま、目を覚まさなかったどうしようかと・・・
屋敷の者はみな、お嬢様のお体を心配しました。」
「そう・・・・皆にも迷惑を掛けちゃったのね」
「いえ、いいんです。目覚めて下さったから・・・」
パティが目に涙を浮かべながら軽く口元に笑みを浮かべる。
「パティ・・・・私、どうしたんだっけ?」
私がみんなに心配をかける原因が何だったのか、
私の記憶の中の出来事と同じかを確かめる様に
パティに尋ねてみた。
「お嬢様は、階段から足を滑らせて、転げ落ちて、
頭を床に強く打ち込んだんです。」
「・・・・うん、パティ。転げ落ちるって言い方、変だけどね」
「いえ、落ちたのではなく、本当に転げて落ちたのです。
あまりに綺麗なまでのローリングでしたので、
あっけにとられてしまって。
私、あんなに綺麗な階段落ちする人を見たのは、
お嬢様が初めてでした。」
「・・・・・あっ・・・そう」
何だか、あまり嬉しくない。
「私、言いましたよ。
重いものを持ったままで階段を降りたら危ないって。
それなのに
『大丈夫よ、パティ。私、少し力持ちになったんだから』
っておっしゃて。私が愚かだったのです。
お嬢様の言葉を信じたばかりに、この様にお嬢様に怪我を
負わせてしまい、本当にお嬢様つき侍女失格です。」
パティは肩を落とし、しょんぼりとした。
「・・・いいえ、パティのせいじゃないわ。
私がドジだっただけよ。」
「でも・・・・お止めすべきでした。
お嬢様に重たいものを持たせてしまうなんて」
「・・・・私自身が大丈夫だと決めた事よ。
パティのせいじゃない。
それに、例え重いものだったとしても
足元を気を付けながら階段を降りれば良かっただけの
事だもの」
「ですが・・・・」
「そうなの。
だから、泣かないで。
泣かれてしまうと、私の方がどうして良いか
わからないわ」
「申し訳ございません、お嬢様ぁぁぁ」
ヒックヒックと肩を震わせながら謝罪をするパティを、
よしよしとなだめる。
いや、本当。この動かす腕だって結構
痛かったりするんだけどね。
私のパティの頭ナデナデに、パティが大人しくなっていく。
そして、ひとしきり泣いたパティに、私は尋ねてみた。
階段落ちローリングをした原因は、
一体何だったのかという事を。
「ねぇ、パティ。
私・・・階段を落ちた事は覚えているんだけど
落ちた原因が思い出せないのよ。
一体、どんな重たいものを持って落ちたの?」
脚を踏み外して、階段下まで落ちた原因・・・
もの凄く重たいものよね?
私の寝かされている部屋の様子や、
私専属の侍女がいることから想像するに、
私はお嬢様だ。
40歳手前の記憶らしきものがあるから、
お嬢様と言われる事に何だかもの凄く違和感があるけれど、
まぁ、それは置いておいて。
お嬢様だから、大きいレンガとか、鉄板とか丸太とか、
そういうモノだったら確かに持つ事は出来ないかもしれない。
侍女の制服を見る限りだと、
私もその時はいかにもなお姫様スタイルをしていたんだろうし
ヒールのある靴で階段を・・・って考えると、
まぁあり得る話だわ。
「お嬢様の、階段を落ちた原因ですか?
ええっ・・・ここにあります。私持ってきてます」
今、お持ちしますね。と言って、パティは部屋に置かれた
机の方へと行く。私は
『えっ?机?庭じゃないの?だって、嘘でしょ?
机の上っていったら・・・まさか・・・』
私は信じられないものを見る様に、
パティが持ってきたものを見て目をシバシバさせた。
「こちらです。お嬢様。お嬢様は、
この様な重たい本をお持ちになって階段を降りようと
なされたのです。
その重さにバランスを崩されて・・・・・
私が持っていけばよかったのに。
本当に申し訳ございません」
と、パティは本を抱えたまま私に目を閉じて謝罪した。
私は驚愕した。
だって・・・・パティの腕に抱えているのって、
そう、あれよ。
私も持っていたブルタニカ百科事典2冊分ぐらいの大きさの
本だったから。
まさか嘘でしょ?あの程度の重さで、階段を転げ落ちるって
私、一体、どんだけ体力がないのよ!!
私が声を発しないのを見て勝手に想像したらしいパティは
「お嬢様、本当に申し訳ございません。
普段、カラトリーと刺繍の針と糸ぐらいしか
お持ちになったことがない事、私知っていました。
ですから、あの様に重い本は無理だって事、
もっと強く言うべきでした。
腕が痺れてバランスを崩されるって。」
いや・・・ちょっと待って、パティ。
私の知っているブルタニカ百科事典って、確か1冊・・・
2kg弱程度だった気がする。
人から貰う時に、送料確認した記憶が何となくだけどある。
2冊っていったら、4kg・・・
4kgって・・小型犬だって4kg以上のワンちゃんいるわよ。
それでバランス崩すって・・・・
私の腕、ちょっと貧弱すぎない?
「お嬢様、今度は絶対にパティが持って行きますからね。
もう、無理をなさらないで下さい!!」
パティに力強く言われても、私はちっとも嬉しくなかった。
※ ※ ※
それから、私が目覚めた事を知って
お医者様が呼ばれ、診察をして下さった。
頭と身体の打ち身はあるものの、あとは問題がないとの
事だった。
私は階段から転げ落ちて3日間、眠ったままだったらしい。
階段数段から落ちても打ちどころが悪かったら・・・
という事だから、10段以上も転げた私が、頭と身体を
しこたま打った・・・つまり、身体は打ち身で動けなく
なっていたらしいけれど、
この程度で済んだ事は不幸中の幸いだったと言ってくれた。
その後、お父様とお母様とお兄様達とお姉様達が
かわるがわるお見舞いに来てくれて
良かった良かったと泣いてくれたり
重いものを持つからと怒りながら『心配したんだぞ』と
頭を撫でてくれたりとベッドサイドで忙しくしてくれて
私はその姿を見ながら、本当に心配を掛けたんだなぁと
ボンヤリとその様子を見ていた。
私は、この世界のアリィシアとしての記憶は
バッチリあるから、
私の周りで騒いでいる人たちが誰なのかは、
ハッキリ分かっていた。
ラノベの世界だと記憶は日本人のしかない・・・
というのが多いけれど、私の場合は逆に
断片的にぐらいにしか日本の事を思い出せない。
OLだった事は思い出せるけど、
どこの会社に勤めていたのかは思い出せない。
日本での日常生活は思い出せるけど、
実際、どういう風に過ごしてきたのかと聞かれると
イマイチはっきりしない。
だから日本人だったかどうかは言い切れなかった。
でも、日常生活よりも何よりも、
クリアに覚えているものがある。それは
「魔法少女セレス」。
あのアニメは、もの凄くクリアーに覚えていて、
第一話から、私がボロ泣きした回まで
ハッキリ思い出せる。
だから正直なところ、日本人の生まれ変わりというよりかは、
「魔法少女セレス」の世界からの
生まれ変わりじゃないかと思うくらいだ。
家族のお見舞いがひとしきり済んで、
ベッドの中からジッと天蓋ベッドの天井を見つめた。
私はアリィシア・・・。
これは、覚えている。
私は日本人・・・・?
これは、やっぱり、はっきりとは分からない。
記憶はあるけれど、日本人だったんだという気が
あまりしない。
日本人でいた時の親の顔すら分からないんだから、余計だ。
私はフィリアリブン王国の公爵令嬢。ちなみに三女。
これは自覚している。
辺境公爵であるお父さんと伯爵令嬢だったお母さんが
出会って子供が5人生まれた。
お父さんを補佐する一番上の兄さんと、
男の子のいない叔父さんのところへ跡継ぎで入った
二番目の兄さん。
それに、結婚している二人の姉。
私は5人兄妹の末っ子・・・。
趣味は・・・・
階段から落ちる前の私の趣味は、読書と刺繍だった・・・。
私の枕元においてあるクッションに施された刺繍は
私の手によるもの。作った事は覚えているけれど
今はあまり興味がわかない。
読書は興味はあるけれど、ラノベとかそういうの
今の世界にはなさそうだ。
もう一人の私、アラフォー間際だった筈の私の事を
考えてみる。
働いている会社は覚えていないのに、仕事の虫だった事は
覚えている。
真面目と思われて、難しい本ばかり読んでいると
思われていたみたいだけど、愛読書はラノベだった。
記憶にある私がラノベが好きだった理由、それは
現実の世界をひととき忘れる事が出来るからだった
仕事で難しい本ばかり読んでいた私だったけれど、
オンとオフは分けたい。
だったら、自分の思いっきり好みのものが沢山出てくるもの
・・・と手を出したのがファンタジー系の
ライトノベルだった。
魔法だとか剣士だとかに異常なくらいに憧れていたから
そういう登場人物が沢山出てくるものを読みたかった・・・
そう、私は昔から魔法使いだとか剣士だとかに憧れていて、
使えたらいのにな・・・と思いつつ、
魔法なんて使えもしないのに、使ったら暴走するかもって
怯えていて。
普通に考えて、日本の世界に棲んでいたとするならば、
魔法も剣士もいないから、まぁ空想、妄想の世界に
住んでいたという事になるんだろうけれど
その想いが何時までも抜けきれなくて、
でも実際にはありえない世界なんだというもどかしさに
手っ取り早くその世界に入る事が出来るアニメだとか
ラノベにのめり込んでいた気がする。
でも、残念なことに、
この世界に『ラノベ』も『アニメ』もなさそう。
部屋の中を見回しても、テレビらしきものはなかった。
日本の安いホテルだってテレビぐらいはあるのだから、
このゴージャスなお屋敷だったら、もしテレビがあったの
ならば一部屋に一台あったって不思議じゃない。
でも、部屋の雰囲気からすると、そういう機械的文明の利器が
あまりなさそうだから、多分ないんだろうと思う。
あ~、凄く残念。
私は自分の両手をそっと布団から抜くと、目の前で
広げてみた。
白魚の手・・・ってこういう事をいうのかな?
と思えるほど、白くて柔らかい。
本当に何もしてないんだな・・・と思う様な手、
労働者ではない手だ。
ペンだこもなければ、手のひらに手豆なんかもない。
お嬢様の手がそこにある。
私の頭の中に、突如沸いた変な記憶。
今のところ、今いる世界の記憶の方が時間を立てば経つ程
クリアになって思い出してくるから、この世界の方が、
私にとってメインの世界なんだと思う。
けれど、何時の記憶なのかは分からないけれど確かに
別の記憶もある。
しかも、その記憶の中には、今の私と瓜二つの顔をしている
アニメのキャラクターがいて、彼女は悪のヒロインで
魔法剣士だった。
そんな事をボンヤリ考えながら、枕元にある手鏡を
取り出した。
鏡に映るのは、私が好きだったアリィシアその人。
それが今、私の顔だ。
嬉しいけれど、複雑な気分だった。
だって私が好きだったアリィシアは、レイピアを振り回し、
正義のヒーローと互角に戦える程の凛々しい
女性だったから。
それが今の私は、4kg程度の本を抱えて階段落ちなんて。
笑えないよ・・・。
はぁ・・・・とため息をついて、鏡を見ながらふと思った。
身体が弱すぎる・・・いや、弱いとは言わないか。
鍛えてなさすぎる・・・っていうのかな。
本を二冊もったぐらいで、転げるって全くありえない。
こんな風に変な記憶が頭に宿っている前の私だったら
きっと、
「だって、重かったんですもの」
とか言いそうだけれど、
日本にいたらしい記憶のある今の私には、
あまりにも貧弱すぎて笑えない。
むしろ、こんな軟弱で、どうやって生きてきたんだろう
って不思議だよね。
これから、どうしよう・・・。
鏡の中の『アリィ』をジッと見つめた。
「そう言えば、アリィシアが死んじゃった後の
ヴァロンって、一体どうなったのかな?」
ふと、ヴァロンの事が頭に過ぎった。
ヴァロンは、私が好きだったキャラ『アリィ』の婚約者。
悪役ヒロインのアリィは覚えている限りだと、
ヒーローとヒロインにコテンパン?にやられて
殺されちゃって、悲劇の悪役ヒロインとして死んでしまった。
お腹に穴が空いて、血まみれって、
ヒロインの死に方らしくない。
その後、血まみれのアリィをヴァロンは見つけたけれど、
どうなったのかな?様子は全く分からない。
分かる事と言えば、予告編の『アリィィ』という
ヴァロンの声と、予告タイトル『絶対絶命!魔王降臨」
だったから、ヴァロンが正義のヒーロー達に
反撃をしたんだと思う。
アニメの世界だけど。
ヴァロンは正義のヒーロー達を倒したんだろうか?
いやいや、アニメの世界は、主人公たちが最終的には
勝つから、ヴァロンだって、そのセオリーに沿った
展開になって倒されたかも知れない。
でも、ヴァロンは凄く強くて、
ヒーロー達よりも、もしかしなくても強い力を持って
いたから、そんな簡単に倒れる筈がない。
そうだとすると、ヴァロンはセレス達を倒したのかな?
魔王様勝利の、アニメ的まさかのバッドエンド?
それとも、ヒロイン達が新たな必殺技で倒したとか?
私の記憶の「魔法少女セレス」は、途中で終わってる。
最終回まで行ってないから、余計に最終回が見たい。
でも・・・・見れる筈もない世界にいる。
しかも、その時の敵キャラであるアリィと同じ顔の私が、
4kg程度の本でヘロヘロになる程の貧弱じゃ、
たとえば、もしアニメの世界が現実になって
今、戦いの場面が来たとしても、一撃も食らわせることなく
ペイって投げられて終わりそうだわ・・・・・。
そこまで考えてハタッと気が付いた。
『いえ・・・・ちょっと待って。
私がアリィだとすると、あの格好良くて美しいアリィが、
戦うどころか惨めな姿で逃げ惑うって事になる訳??
いやいやいや、駄目でしょ・・・。
それって、私のせいでアリィのイメージが
ガタ落ちでしょう!!
勿論、私とアリィが同一人物だという訳じゃないけど・・・
でも・・・・でも、こんなにそっくりなのに、
イメージ壊しちゃ駄目でしょう!!』
コスプレをやる時、そのキャラを崩しまくるのって
ファンとして許せないわ的な発想だけど、
見た目がそっくりな私がこんなに貧弱じゃ、
美しい悪のヒロインのイメージをダダ下げにしてしまう。
「決めたわっ!私のこれからやることを!!」
目の前に広げていた手のひらをグッと握りしめた。
「私は、アリィ・・・そう、アリィシアよ。
私の激押しだったアリィと同じ名前。
だからこそ、私自身がアリィのイメージを崩すのは、
絶対に許せないわ!
本ごときで転げる悪役ヒロインがいる?
いいえっ!何処にもいないわっ!」
私は高らかに宣言した。
「私は、悪役ヒロイン・アリィシアの名を汚さない様に、
魔法剣士になるっ!
絶対になるわっ!
なって、アリィシアを極めてやるわ!
そうと決めたら、身体が治ったら訓練開始よ!」
現実と空想がごちゃ混ぜになっているけど気にしない。
記憶が色々被って、気持ち悪い事もあるけど、
そんな事に捕らわれているなんて、
時間がもったいないわっ!
「見てなさいセレス!!今度こそ倒して差し上げますわっ!」
ホーッホッホッホッホと高笑いしていると
「お嬢様、何事でございますか!」
パティが慌てた様子で部屋を飛び込んできて、
ベッドの中で高笑いしている私を驚きの眼で見ていた
けれど、そんな事どうでもいいの。
身体が治ったら、
私は目指せ!悪役ヒロイン・アリィシアをやるのよ!
そして、カッコよくふるまうのよ!
最高のレディになるのよ!色っぽくもなるのよ。
今の私には、欠けてるものが沢山あるけれど
あ~っ、興奮してきたら居てもたってもいられない気分。
今から走り出したい気分だわ。
「ホーッホッホッホ・・ゴホゴホゴホ・・・」
「お嬢様、慣れない高笑いなんてなさるから・・・」
呆れながらパティが背中をさすってくれる。
身体が痛くて、まだベッドから動けないけれど、
気にしない。
私は今に、美しい悪役ヒロインになる!絶対よ!
ニヤリと笑みを浮かべる私の隣で
「お嬢様・・・お嬢様、お気をしかっかり・・・
打ちどころが悪かったのかしら・・・」
とパティがオタオタしていたのが、変に面白かった。
初期設定が、大分変わってきました。
終わるんだろうか・・・風呂敷広げ過ぎると危ないね。